メロメロパーク
March 26, 2006 01:59:15

自殺問題

テーマ:主観論

ネット巡回中、下記のようなサイトを見つける。


■自殺者リスト


自殺は反対派です。

何より、他人に迷惑をかけます。

意図的(?)な死により、悲しむ遺族友人、死体を処理する人、自殺により(列車事故とか)被害被る人など。


では、完全なる迷惑をかけない自殺なら?

答えはNO。

やっぱりダメです。


迷惑がかからない自殺なんてありえません。


こっそり死んでも、誰かしら精神的/肉体的な制約を受けることになります。


僕は、倫理論者ではありませんが、自殺はいけない。

迷惑がかかるから。




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March 22, 2006 00:39:56

女性のボディータトゥー

テーマ:主観論

たとうー



僕個人の想いですが、女性のボディーに刻まれたタトゥーはとても色っぽいと思います。

なおかつ、博学な女性だったりするとなおそう思います。

単にアウトローなパッパラパーな人ではそう思いません。



■女性のタトゥー

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January 12, 2006 02:00:45

BUSAIKU ~豚どもの叫び~

テーマ:主観論

最近、フェイス(顔)はもちろんの事、人格ブサイクを多く見かけるな。

僕ちんが歳をとって、今まできにならなかったところに気がつくようになったのか。


いや、違うね。


増えたよ。人格ブサイク


今日もさ、今日は「女性」だったのだけど、夜の千代田線内で。

高校生4人組の女達がさ、あ、もちろんフェイクは4人ともあぼーんって感じなんだけどさ、なめた言葉使いのBUSAIKUってスタンドまとって、そりゃあデケー声でくだらない、本当にくだらないハナシを音も発してるんだ。


いいよ、友達といるんだから。若いしね。昼下がりや帰宅途中(夕方)であれば。

でもさ、自分のいる状況が会社帰りのリーマンが乗る電車ってのは、腐ってる脳みそでもわかる事だよね。東武東上線じゃないんだから。なんていうか、空気が読めないんだよね。

やっぱり、社会でて、怒られないとわからないのかな。


空気読めない人って、縦社会の経験地ゼロなんだろうな。


オマケにBUSAIKUだから、余計見てて、その空間に居て、心地が悪い。


空気読めないくせに、自分が周りからどう思われてるか過敏に反応してるから、哀れですよ。

自分の子供は、男女問わずそんな人になって欲しくないですね。



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September 24, 2005 03:20:30

恋人との別れっていろいろ

テーマ:主観論

恋人が死んだらどうしよう。


一度は考えたことあるんではないでしょうか。

最近、変態ブログと称される当ブログですが、たまにはいい話。

※携帯での閲覧不可。。


お師さん



■ちょっとかなしいラブストーリー

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September 19, 2005 03:28:45

幸福の科学からのヘッドハンティング

テーマ:主観論

先日、総選挙の日。そう9/11(日)だったでしょうか。

本厚木の駅をあるいていると、中高齢の方々が、目を輝かせて、こんな事を口走っておりました。






「自殺者をこれ以上増やしてはいけませーん!」


そんでもって、こんな物をハンディングしておりまして・・・・

1



1.2


まず、はじめに言いたい。










「これじゃ、自殺者減らない」と思うし、「幸せ」にもなれないと思うし・・・

確かにさ、自殺者が毎年3万人超えて、社会問題になっているから、街頭でこういったパフォーマンスするのも、もしかしたら自殺者の抑制に繋がるかもしれない。でも、きっとその確率たるや、僕がクリスティーナリッチ と浅草の浅草寺でフライデー される確立と同等ぐらいでしょ。

こんなことするなら、樹海に行って看板立てるとか、自殺者相談所(幸福の科学と第三者の機関が関与すること前提で)設立するとか、効率的な方法はいくらでもあります。

でも、彼らは本当に目を輝かせて、このパフォーマンスに取り組んでる。僕はこの冊子を受け取ると、中年おっさんに捕まった。何分だったろうか、幸福の科学の糞説法を聞かされて、うんざりしてたころ、おっさんの口から必殺の殺し文句が発せられた。。




おっさん「実は、自殺者を抑制できるのは、お釈迦様しかいなんだよ」

おっさん「そのお釈迦様は今、日本にいるんだ」

ぼく「え、それって誰ですか?」




釈迦?

↑↑↑

お釈迦様で~す

でも、彼らは本気でそう思っているから。

これが宗教の怖いとこだし、良いとこでもある。

でもでも、この怖いとこが大きく膨らむからいろいろな事件が起こるのですよね。彼ら信者は、お釈迦様のいうことは何でも聞いちゃうから、詐欺まがいなことから殺人まで何でもやります。だってお釈迦様が言うから。

因みに、幸福の科学ってのは、こんな団体。

↓↓

●信仰の対象
幸福の科学では、「エル・カンターレ」を自称する大川隆法を信仰の対象としています。
エル・カンターレとは「地球系霊団の最高大霊」、仏教で説く「久遠実成(くおんじつじょう)の仏陀や法身仏(ほっしんぶつ)と呼ばれる存在、神々の師である釈迦大如来」を意味するとし、それが地上に大川隆法として現れたなどと主張しています。
さらにインド応誕の釈尊等はエル・カンターレの「意識の一部分」であり、隆法は本体意識であるなどとしています。そういうことで教団では、隆法の写真を本尊として祀(まつ)り、信者に拝ませています。
===


で、話を元に戻しまして。

そのおっさんは、僕にいかに幸福の科学が素晴らしいのか、目を輝かせて語りだした。


おっさん「sd化sjぢおあウィdw%$%$&QW(Q)W()()W(Q'('&W&QW&%Q(EW'(Q')(W'Q)(W」


だから、僕もちょっと頭きて、怒鳴ってみたり。したりなんかして・・・でへ

だって、本来宗教ってのは、自然とその考えに共鳴して、ついていくわけでしょ。街頭でプロモーションやったりしませんよ。

ましてや、自分のことを釈迦だと公言するなんてことはしません。

キリストも、お釈迦様も、様々な苦行を行い、彼らの死後に弟子達が布教していき、皆が共感して「神」として崇められていったわけです。これはとても自然だと思いますが。

日本の最後の神は、昭和天皇だけです。天皇陛下も「人間だ」と公言されておるのに、何をいう!って感じなのです。

話がまたそれましたが、幸福さんたちがくれたパンフレットを拝見すると、随所に大川さんの著書の広告ページが目立ちました。

表四をみると・・・

4

ん?

5






「キャンペーン中」なんだ~

信仰は自由なんだけど、宗教のあり方をもう一度考えた方が良さそうです。

もちろん、幸福さんに入団されて、幸福をつかんだと思い込んでいる思う人はいると思います。

もちろん、この教団で幸福を掴む為には、幸福にたるだけの対価を支払わらなければいけません。それは、お布施だったり、本を買ったり。

これは、経済活動の一環にしか思えないのは僕だけでしょうか?

重複しますが、幸福さんで幸福になられた方もいるので、賛否両論ですが、強要と嘘はいけません。お釈迦様である定義とはナンでしょうか?大川さんはお釈迦様であるの根拠は何処にあるのでしょうか?

最後に、こんな記事を見て、今日は寝ることにします。

おやすみなさい・・・zzz お釈迦様の夢がみれますように・・





■最後にこんな記事

■最後にこんな記事


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September 14, 2005 01:42:02

時勢的かなしい瞬間

テーマ:主観論

勧誘娘


都内某所のストリートで目撃した一コマ。


左の馬鹿馬鹿でかい女性は、どこぞの相撲部屋の面接でもしてきたのだろうか?とにかくデカイ。

右の白衣を着た女性は、いとかわいらしく、今風の女の子してる感じで、男には不自由してねーだろと思ってしまう風貌。


白衣「本当ですか~ お化粧すればいいじゃないですか~ キャハハ♪」


相撲女「まわしを締めさせてもくれないのに、まだ化粧は早いです」


白衣「お化粧すれば、もっと綺麗になるのにぃ・・・」


相撲女「・・・」


白衣「あ、いま~ ちょうどうちのエステで、お肌の診断と、スキンケアの無料体験やってるんですよぉ~」


相撲女「がは。がは。がは。」

相撲女は笑っているのか、苦しいのかわからない声でごまかす


白衣「ちょっとお時間あれば、お店すぐそこなんでぇ~ いいじゃないですか~ キャハキャハ♪」

白衣は相手を安心させる為に、満面の笑みで笑顔


相撲女「がは。がは。がは。」

相撲女は相変わらず笑っているだけ


白衣「キャハキャハ~」

白衣は、相手の次の出方を伺う為、更に笑い続ける




こんな光景がとても悲しく思える年頃です。

郵政民営化?

いいじゃない・・・


年金の一元化?

いいじゃない・・・


僕は、相撲女を白衣なんか比べ物にならないぐらい、いい女に改革してあげたい。


ああぁ、僕にそんな力があったらな。。。



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August 05, 2005 02:06:26

死すること

テーマ:主観論

先日、僕のお友達のKちゃんからメールが入ってきました。

特別養護老人ホームで働く彼女。


メールの内容は、担当していたおばあちゃんが死んでしまったとのこと。


この業界の人にすれば当たり前の事ではあるのですが、このおばあちゃんは特別思い入れが強く、ひどく悲しんでいるとの事でした。


最近なんというか、「死」という人生終止符に対する考えが変わってきました。

今までは、私と親しい人の「死」は無条件で悲しく、私も悲しみにふける事が多かったのですが、今は違います。「死」を迎える年齢によるのですが、自然の摂理として迎える「死」→老衰とか・・・ 人生大往生の場合は、確かに亡くなられた瞬間は悲しいですが、その気持ちと平行して、感動に近い感情が湧いてきます。不謹慎と思われるかもしれませんが、飽くまでこの場合の悲しいは、「死」を受け止める我々の一方的な感情でしかありません。ある程度70歳~80歳まで生きると、老人も自分の死を覚悟し、あとはその時が来るのを静かに待ち続けています。


仏教の考えでは、現世は地獄のようなポジションのようですが、地獄から極楽へいく。うん、なかなか深い事いうじゃんって感じです。


80歳まで精一杯生き抜いて、他人に理不尽に命を奪われることもなく、運命に命を奪われることもなく、自然の法則にのっとり死んでいく。当たり前のことのようですが、とても感動的なことに思えてくるのです。フルマラソンに人生を例えたりしますが、それに近い。42.195kmを走りぬいた。途中でリタイアしそうな瞬間もあったけど、なんとか走りぬいた。

これから死にゆく者の心境も、今更「あと20年いきてーよ!」みたいなことはありませんから(特に明治・大正生まれの方は)、「そろそろ死ぬな、なんか寂しいけどしょーがねーか」的な心境で「死」を迎える人が多いのではないでしょうか。


そう考えると、死の瞬間に立ち会えることはとてもありがたい事で、感動のフィナーレを真近で拝めるわけですから、ラーッキーとさえ思ってしまう。逆に死に目に遭えないことはとても残念な事に思える。


現代は明治・大正・昭和に比べ、「死」と接する機会はますます減る一方ですので、現代っ子の我々は、「死」がとても恐ろしくて、目をそむけ、悲しいもののように錯覚してしまう。

でも、「死」をまっすぐ見つめてみると、その人の人生がなんとなく、かなり抽象的なイメージで伝わってくるんです。最後の最後まで頑張り抜いた選手に、悲しげな表情で迎え入れるのはナンセンスに思います。小泉さんではありませんが「頑張った!感動した!」という面持ちの方がベターなように思うのです。


とまぁ、そんな事を考える今日なのでした。

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