まだまだ暑い毎日が続いています。秋という季節が恋しいぷっくる@隊長です。
えっ、何が恋しいのって。そりゃ秋の味覚でしょ。読書の秋とかいうけど本には全く興味のない私。
このごろの仕事は文書を作成するのがなぜか多い。ワープロなるものも姿を潜めて久しい。
パソコンでチョチョイと、あっという間に出来上がってしまうという。まあそれは原稿があればのお話。
まず原稿の内容から考えなければならないぷっくる@隊長は、お疲れであります。
昔昔は、文書は万年筆の手書きでされていたようである。一文字間違えると、その文書はダメになって、また書き直し。というなんともご苦労なことをされていたようである。
文具の1つとして『修正液』が登場したのは、1950年代のアメリカのようであり、どうやらテキサス・バンク・トラストという銀行で秘書をしていた女性(ベット・ネスミス・グラハムさん)がタイプライターで文書を打ち出す仕事をしていたとき、頻繁にタイプの間違いをしていたらしいです。
間違えると、またはじめからやり直しというのが普通だったようですが、彼女は彼女は元々芸術家志望で、絵を描きたかったのですが、その趣味が高じて間違えた文字も白い絵の具で塗りつぶし、その上から文字を打ち直すという行為をしたようです。
なんと、これが大成功!!
そればかりか、「修正液」を発明した人にもなってしまったのです。
この修正液は同僚からも高評価を得て大人気になり、「私にもちょうだい!」というお願いがひっきりなし!この最初期のリキッドペーパーは、彼女のキッチンでミキサーを使っての手作りでした。
実はこの女性ベット・ネスミスさんは、「モンキーズ」のギタリスト、マイケル・グラハムの母親です。
瓶詰めの作業は、若いマイケルも手伝っていたようですよ。
注文はどんどん増え個人の生産能力では追いつかなくなるほどになりました。
そしてついには彼女は、1956年(昭和31年)にミステイクアウト社を作り、商売を始めました。『ミステイクアウト』、後に『リキッドペーパー』と名づけられたこの商品は爆発的にヒットし、『修正液と言えばリキッドペーパー』と認識されるまでになりました。
その後日本にも輸入されましたが、タイプライター用なので、ボールペンや万年筆の修正にはむいていませんでした。
そんななか日本の筆記に適した修正液を開発・発売したのは兵庫県の丸十化成によってであった。
大阪で万国博覧会が開催された1970年のことでした。
その頃は、とても画期的な出来事だったにちがいありません。
しかし、なんでもスピートを求める今、つまり簡単に言うと『イラチ』が蔓延している世の中。その修正液は、『乾きが遅い』『塗り方によっては盛り上がる』『すぐペン先が固まる』などの欠点が指摘されるようになりました。
この欠点をみごとにクリアしたのがプラスチック消しゴムのメーカーであるシード。
『修正テープ』の、いよいよ登場となります。
簡単で乾くのを待つ必要はありません。まあ、あえて言うならば、手先の不器用な人はうまく的(間違えた文字)に貼れないってことがあるかもしれませんね。
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修正液も修正テープも、もう一度、パソコンで間違えた箇所を訂正したら、不要かもしれんなぁ。
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人生で修正液がいらんようにするほうがむずかしいかもしれんなぁ。
----------- (企画・製作)ぷっくる@隊長 -----------