(節分) 

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(節分) 
節分2月。
節分は厄を除け、福を呼び入れ春を迎える準備である。
節分で使用する豆は落花生が一番いい。
それでもボンゴ豆、五色豆、バンビ豆、丹波の黒豆なども売られ使用される。
豆乳ブ-ムでもある。
人の暮らしで「豆に暮らす」という言葉も今は死語になっているのかもしれない。
日本のお正月は黒豆を食べる。それはお正月で食べられるおせち料理に、豆に暮らせるようにと意味があるからだという。
このごろ少し景気が良くなってはいるようだ。
世間様それでも、これはバブルのときとは違うのですよ。
人の基準はすべて違う。価値観も。
それでも自分が「豆に暮らす方法」もこれから何が起こるかわからない時代に少しだけ、日本の昔の伝統をしっかり考えるときも必要かもしれない。

節分といえば千年以上も前、宇多天皇が鞍馬山にいた鬼が都に乱入しようとしたのを、毘沙門天の示現によって豆で鬼の目をつぶして厄を払ったという言い伝えもあるそうだ。
毘沙門天は調べたところ、もともとはインド古代神話の神。ヒンズー教ではクベーラという。財宝の神の象徴である。妃が吉祥天という。その形が仏教に帰依すると、北方にあった四天王のなかでも最強に神といわれるようになる。仏教が説法されているところでは通常毘沙門天は多聞天といわれる。その理由は仏教が説法された道場などの場所で常にといて説法を聞かれることろから多聞天と言われるようだ。中央アジア、特に北の地方では、
毘沙門天は勝利の象徴とし、甲冑を身に着けている。右手に鉾、左手には宝塔。
 日本では唐時代、不空三蔵の祈祷で現れた毘沙門天という神が敵軍を四散させた話をし、足利尊氏や上杉謙信、そして楠木正成などの戦いの神として戦国時代武将が信仰してきた。ギリシャではトロイにも似ているかもしれない?
その後、中世あたりからは、福神として「七福神」のに仲間に入るほど人気が出た。
利益の神であり、観音像、阿弥陀如来像の脇侍としても毘沙門天像が単独で人気の神として仏像が造られるようになる。今では仏教守護、開運や出世、財宝などの金銭授与・商売繁盛・智慧明瞭の神としてご利益があるという。

ところで節分の話。

節分のある日、雪が丁度少ないどちらかと言うと、雪融けの、春のチョロチョロと雪解けの音が聞こえそうな川。そのような光景がみ見られる北の地方。
ちょっと薄曇りの、飛行機雲でも出てきそうな、ちょっとどんよりした、濁った白空が見える雪の降る北国だ。
 そこにある4人家族が登場する。2月は節分。
節分だというので豆を蒔こうとその一家は豆を買ってきた。落花生だ。
各自自分の年の数を、外にでていき「鬼は外」、内に入って「福は内」と豆を蒔いた。
「よ-し」と、このときとばかりに張切ったふりをする鬼役を買ってでた、鬼のお面をつけたとうさんは、その鬼役で思いっきり豆を自分のこどもから投げ浴びせ受けた。
結局、とうさんは、頭がふらふらになってしまった。
ついでにのこの時とばかり、おかあさんまでも、旦那にあたってありったけの自分の日ごろの鬱憤をちちおとうさんにあてつけたように豆を投げることもあるのだろうか?
それでもおかあさんの日ごろのうっぷんはそれで終りだ。
そんなとき、とうさんは、「なんで自分ばかりそんなことやられにゃならないか?
鬼は外、福は内だろと、鬼は俺でないと古臭いことを言ってのける。
「あ、、、今って死語だろ?」結構子供は冷静だ。
おとうさんは「お前達、俺が飯を食わせてやっているのだぞ。冗談でもやり過ぎだ。」とカンカン。こんな家庭も少ない時代だ。
すっかりこの世もバブルの時代はうって変わって父の威厳もなく、精一杯の力を振り絞り、がんばっている父親。団世代もあと1.2年で退職を迎える時代だ。それでも、この世代が
時代を作ってきたことは確かだった。
そして、世界でもどの人も人としてみた場合、子供のために頑張ってしまう母親も、現実をみるとこの世の悲しさもこの子供の未来も予測ができないけれど、それでも母性はしっかりとだれにでもあると願いたいとそう感じている母親。
豆まきでは、すこしひねくれてちまって、しらけてしまったこの雰囲気を、とりあえずなんとかとり戻そうと、父をなだめる子供らがいた。妙に意地らしい気もする。
 その家族の様子を、一匹の烏が、家族の住む家の居間から見える窓の大きな杉の木のてっぺんに立って止まりジっとみていた。烏はとても頭がいい。
烏は、どうもあの家族の豆まきの話しを、今は、北国でもなかなかみられない高い空で列をなして大陸移動をする渡り鳥の話から、あの家族があるとき、豆を自分の年の数ほど蒔くと願い事が叶うらしいと聞いた。それを聞いてじっと待つ烏である。
あの家族の家から節分に豆が蒔かれた。烏は豆をこっそりと、いや、大胆にも地面へくちばし木の一番てっぺんから降りて拾ってみた。が、烏も考える。「俺の年は幾つなのだろうか」と。烏は「俺は年の数もわからないのだな。だから豆を拾っても幸福も来ないのか?だって自分の羽の色だって真っ黒のままの烏が。一度でもいいから白い色の烏になってみたい気もしている。「よく考えてみて。シンガポ-ルにはパロットという白いきれいな鳥もいるっていう、日本の北東のほうには鶴という鳥が、鷺という鳥もいるようだ。そんなことも烏は知っている。
節分。恵方にむかって豆ではなくて、特に日本の東北のあたり、黒い海苔にたくさんの具をまいて丸かじりする海苔巻きは大流行らしい。丸かじりすると福神がくると。じゃあその海苔巻きでも食べるか?烏は気まぐれだ。
「ああおてんとう。黄色の色をしたあのグレープフルーツだかっていう人間様が食べる果物に似ているやつだろ?海苔巻きは?」「それはちがう。」そらから偶然飛んでいた小さいすずめはそう答えて去った。
「しかし人間さんには、黒羽を白くしたい烏の願望は一度だけでいい。」
その家族に願う烏。そうはいっても、年の数がわからないのなら話しにはならないと烏は思った。
「それにどうも鬼は外、福は内っていっていたな。俺の拾ってきた豆は鬼のものなのだろう?いや違うさ。俺も幸せがまっている。」と勝手な解釈をしながらも、烏の年はハテ?????何個の豆をとって食べたらよいことが参ってくるのか?そう悩む烏。

一方、節分の豆を蒔いたあの家族はというと、一斉に豆を自分の年分だけ拾って食べた。
父親も蒔いた豆を肴に酒を飲んだ。父親がその豆を食べている間、母親は自分の好きな銀杏を豆の数の後に焼いて食べた。「銀杏神社というのがあるの。毎年自分の生まれた所の近く。そこで拾った銀名だ。お正月の寒い時期にそれを食べるのが私の好きなこと」。と母はいうと、それを聞いていたお父さんは「ははは、これですごい年になってしまったね。」とからかう。
 北国ではあまり馴染みのない銀杏。それでも銀杏の木葉は黄色くて色が綺麗で寒い心に妙に残る。あの銀杏は一般的に市場では一月の終りころ初物が一般にお目見えする。
銀杏の焼いた匂いは、少し深寒い冬の空気にすこし変わった香り気が漂った。銀杏の他にかぼちゃの種もときどき干して焼いて食べたのもずいぶん昔の話。それでもこの家族の思い出のおつまみは、銀杏。母親はとても銀杏が好きだ。小さい時から彼女は嫁ぐ前銀杏を食べていたらしく、節分季節母親はムショウニ故郷の銀杏を食べずにはいられない。彼女の育ったここからら少し南へいった生まれの母には子供のころから食べているもの。それは自分にとっての懐かしい故郷への思い出と重なる。
日本も北から南への長い列島。同じ国とはいえ、多少風習や食文化も違う。母親の子供たちも、家族からすこし独立して、外で味わった人のうちの家の食べ物が、相当違うというカルチャ-ショックを受けたものだ。家族をみて自分の親が育った環境で得た食べ物や思考も子供にも影響は多少ある。それでも子供はそのカルチャ-ショックが新鮮だった。世界中の食べ物を食べているような、すこし大げさな、違う文化に家と家族という中で文化に触れること。それは子供にとって少し得した気分であったのだ。
 ところであの烏はどうなったであろうか。あの人間の家族の蒔いて拾い終わった豆が地面に残っているのを見ながら、拾って一度いいから自分の願望である白鳥になってみたい。その思いは募る一方。
 「北から南まで、渡り鳥みたいに飛びまわる白鳥なんて体力を使うだけ。」烏は、すこしひねくれてみる。
心の奥底は烏は白鳥をうらやましいと思っていたし、烏は黒い。汚いし、悪者のイメ-ジ。
たまに白くなって飛びたい。白かったらどこに飛んだってかっこいいに決まっている。それは案外錯覚かもしれないけれどね。 
「エ――――イ。」と烏は友達のいる動物園に向かって飛んだ。ここは白熊もいる北の動物園。
動物園に向かう途中、必ず烏が立ち寄る林がある。世間でいう烏とは桁が違う大きさの北国の烏たち。今は冬時期で、動物園のあたりの林を散歩する人間は、寒さのあまり訪れない。
林の中で100年は届きそうな古い木。彼はその木てっぺんにのぼり「サクッサクッ。」と烏は木の上で揺らしながらテンポよく踊る。その烏の揺らす振動がかえって木に伝わり♪カランカラン♪と鳴って返ってくるリズムが、烏にとって心地よい。そして広い自然の中でその木々を揺らす音は、シンと静まり返った林の隅々まで聞こえるかのようだ。
烏はここで踊るのが大好き。烏のダンスなんて誰も見てはいない。滑稽だし、様にもならないのだから。やればやるほど滑稽にみえてしまう。
それでも「ああ、白烏だったら。それでもこうやって遊ぶんだ。ほっといて。」そういっても滑稽だ。
ユサユサユサと木々を揺らす。烏は遊ぶ。誰も見ていないところでも。
それでも烏は楽しそうだ。いつもお墓のあたりにいるだけのイメ-ジじゃあないのだよ、烏はね。
ユサユサユサユサ。こんな俺も見てくれないかな?
そんな姿をおてんとう様はにっこりと微笑んでいた。
「おほほ、またやっておるなあ烏くん。そんなに恥ずかしがらなくてもよかろう。
結構かっこよく踊れているじゃあないか。」
おてんとうさまは、彼の気持ちを察している。
この北国の夕暮れ時の、すこし曇ったグレ-色をした雲時は、雪の空は大雪が降る。その大雪が大量に降った後、カラット晴れた瞬間が一瞬あるのだが、時に天候は女の心と同じく気まぐれだ。
その大雪が降ったあと少しだけ空に光が差した。まるで照明が当たったスポットライトのように。そのスポットライトがちょうど遊んでいた烏をつつんだ。
「おっ、いい感じ。なんだか暖かい。」
烏はこころもち、ほんのりと暖かい光が烏をいい気分にさせてくれたようで、烏はコツコツコツコツと、今度は自分のくちばしをきれいにその木々で研いで見せてやる。鋭く磨かれた烏のくちばしは光輝いていた。それでも自慢げ。
気分も身なりもカッコ良くなった気分の烏は「そうだ。動物園にいるイノシシの所にいこう。」と身奇麗にして空高く飛んだ。キラッっと烏の目にスポットライトがあたった陽の光で一瞬輝き、一気にイノシシの元へ飛んでいった。「おい、イノシシくん。俺ってかっこいいだろ?いま華麗にダンスを踊ってきた。俺はすこし変わったかな?」そんな言葉にイノシシは「何を言っているの。どこが変わったっていうのだよ。」と冷たい。イノシシのところへくる前、烏は、必ずお気に入りの林で気分よく踊りを踊ってくるというのを聞いていたので、ああ、また踊ってきたのだな、と不器用なりに反対に烏にイノシシは踊りを踊ってみせた。ゴロンゴロンゴロンと太っちょでいて、滑稽な踊りをイノシシは烏に踊って見せたのだ。
「カッコ悪い…・変。感じ悪い。」烏はいのししの踊りを笑った。イノシシも少し笑ってわらって「どうだ?かっこ悪いだろ。自信持ってやっているのだけれど。賢明な姿も時にかっこいいだろう。俺としてしてはだけど。」烏はそんなイノシシをクスッっと笑ってしまった。
イノシシはかわいい。それにイノシシ自慢は、その牙を高く空に突き上げることだ。両サイドから突き上げて高く牙をあげる瞬間の音は、刃物を研ぐ職人だって真似できないくらいシャキンとしている。
北の空の空気はとてもきれいだ。澄んでいる。特に雪時期は温度が低くなればなるほど、空気の澄んだ音が響き渡る。人間だって、新雪の上を歩くと、その音は温度を意零下に下げれば下げるほどその歩いている靴と雪が摩擦を起こして「キシッキシッ」「キュッキュッ」というような音がする。それで北国の人間は相当寒いのだな、ということを肌で感じる。

さきほどまで幸運にも、雪は止んでいたが、雪はまた、深々と降ってきた。

そうだ、烏は聞きたい事があるのだった。それは豆の事だ。
烏は「なあ、イノシシくん。豆ってしっているかい?」「えっ♪豆?♪」「そうだよ豆だよ。豆だ。人間が、家の中から節分という時期になると外へその豆を蒔くんだ。それを年の数だけ拾って食べる。そうすると幸せになるんだって。」
いのししは「ああ知っているとも。豆は「節分」では欠かせないものだ。この辺りの神社っていうのがあるだろう。そう人間が呼んでいる卍型のおばけみたいに大きな柱があるところだ。その神社へ、お前も見たことがあるとは思う。お正月に見たこともないくらいの数の人間様が神社に集まって今年もいいことがありますようにとわんさかやってくる。
そうすると、そこら辺も人っ気がいないのに、急にざわざわ騒がしくなってきて、俺達動物はびっくりしてしまう。
その時だけはあんまり寝られないくらいだ。人間にとって、この神社へ行く時が年の始まりで「初詣」と言うらしいよ。
その初詣から太陽の日が昇ること約30数回。節分がくる。人間はそのとき幸福を願って豆を蒔くのだよ。蒔くと家が幸せになるって言う話だよ。」「へえ。その豆を見たのかい?」烏はイノシシにそう聞いた。雪の降る地面には降った雪で隠れてしまうこともある落花生やそのたの豆はいっぱい落っこちているものだ。」
烏は「そうか、おれもこうやってダンスでも踊ってなきゃやっていられねえときもある。」というとイノシシは「お前はいいな。おれは動物園という中でしか動けないのだから。一度外に出てみたい。まあ無理って事かもな。ただ、俺のところには有り難い事に、さまざまな動物が遊びに来る。お前みたいな烏も、猫も犬も。人間並に色々なことを聞くことができるのだ。総理大臣だって知っているかもよ。」イノシシは自慢げだ。
その会話に、イノシシと烏の会話を散歩中のネコがとおっていった。
「おい何処へ行くんだ?」とイノシシは猫に問う。猫は気まぐれ。「私は、あなた達みたいなのとは付き合わないのよ。今忙しいんだから。寒くてこごえ死にそうなのよ。今日はね節分なんだって。人間様の間では。好奇心でその豆をもらって幸せになるのよ。アア忙しい。」と、きままなネコは勝手に話を終わらせて行ってしまった。
烏は  「そうか、豆はやっぱりいいんだよ。」烏がそう話す。
イノシシ「そうだ、烏くん。」
烏   「へっ?なんだよ。」
イノシシ「この間さ、動物園で猿に聞いたけれど、お前のような烏っていうのは何処にでもいるのだね。また、苺っていう果物が人間が好きで、苺を多く作っている地方では大きな川の河川敷や川べりのあたりには、お前の仲間がいるんだって。それからすこし北のほうへ移動して行くと、木々もあまりなくて、ダンスも踊れなくていて、、コンクリ-トの影にいる烏もいるのだって。人間が作った建物の中に入って住んでいるものもいるようだ。そこからたまに烏は出ていって、下に落ちているごみっていう人間の食べたものの残りがいっぱい袋に入っているものを突っつくとかしている
そこどき烏はストレスで人間さまに向かって石を投げたりするらしい。
人間にチョコンと石を落とす。悪い烏もいるらしい。」
烏「へえ。俺よりも小さいのか。」
いのしし「それに、ここの動物園には、鳥でも真っ白な鳥がいるらしいぞ、ほら自由に飛びまわれるお前でも入っていけない、あそこのコンクリ-トで囲ってある中にいてる。あのあったかそうな。。建物だ。」


続。。
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