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2008-10-04 10:43:04

アイヌ

テーマ:規制

(転載開始)


とても知りたい質問


こんにちは。
「アイヌ民譚集」「アイヌ神謡集

アイヌ神謡集 (岩波文庫)
¥525
Amazon.co.jp

」セットで
大好きな和人です。

むかしから素朴な疑問を感じていて、
沢山本を読んだり、ネットで調べたりしてるんですが、
どうしてもわからない質問をさせてください。

1.アイヌ語ネイティブっていらっしゃるんでしょうか。
2.次世代のアイヌ語ネイティブを育てる活動ってあるんでしょうか。
(ニュージーランドにはマオリ語の幼稚園があるそうです。中国の少数民族も中学生くらいまでは中国語は副専攻扱いになります)
3.それとも、今のアイヌ語ってエスペラントとか古代ラテン語みたいに教養としてしか存在していないって事でしょうか。

ラジオ講座とか、アイヌ語教室とかの活動はよくみかけますが、
どうみてもどこかにネイティブの人々がいて、その人達と
コミュニケーションをとる為の「アイヌ語学習」という感じが
しないです。

どなたか、知っている範囲でいいので
教えて頂けませんか。


「アイヌ語学校」というのが二風谷村にあります。今はどうなっているのかわかりませんが。ただ、語学を教える、というよりも、アイヌ民族に限らず、多くの子らの面倒を見るための「家」でした。

 このリンクで、創設者アシリレラさんのことがわかります。
http://www14.plala.or.jp/AsiriLela/


明治初頭に禁止されたアイヌ語
風習、生活のスタイルも
今は自由を歌っているこの国も
根底から僕らの先祖の自由を奪いました

ネイティブである事の辛さ
それは計り知れない辛さであったと思います

しみったれた苦労話のつもりではないです

その辛さを後の世代に繋がないと言葉を閉じた先人たち
アイヌである事が辛い 世の中
すべてが悪条件だった時代背景

数少ない伝承者が繋いでくれたのが今
おそらく両方の言語がある時代に過ごした人が最後のネイティブとして
いるのでしょうね

でも現代のアイヌたちの取り組みも一生懸命であります
けっして無くなった訳ではないので
あきらめないアイヌたちの勇気が未来にアイヌ語の生きる時代を
作ってくれることでしょう

NZも近代に復活を遂げている最中

たった一人のおばあちゃんがガレージで始めたマオリ語の教室が
幼児教育に発展して そして今がある

僕らが勇気を持って 自分たちの文化の復活に尽力すれば
未来は開けると信じてます

長々とすみません
うちの会社には満州族の女の子がいます。
特に差別されたわけでもないのに、
固有満州語は1980年代に話者がいなくなりました。

それと比べるとアイヌ語は、死んではいない。
ということが意外な気もし、不思議な気もします。
死んではないどころか、これからたくましく成長していくだろうということが
このコミュニティで分かりました。

楽観的すぎるかもしれませんが。
いま、あくまでわたしが知る限りですが、アイヌ語を完璧に話せる(ネイティブと呼べる)人はいないに等しいと思います。

ただ、アイヌ語を理解できる人は相当数いらっしゃいます。また、途切れ途切れで、なんとな~く会話になりそうな人も中にはいらっしゃるようです。


あと、アイヌ語教室は存在しますが、昔の言葉をそのまま教えるのではなく、現代人が研究・解明したアイヌ語を教える教室が大半のようです。



全て聞いた話で確信がなく…申し訳ありません。。
さんへ
「アイヌ語を完璧に話せる(ネイティブと呼べる)人」と書いていますが、生活の中で自然に習得した母語と用いる事のできる言語の中で最も流暢に使える第一言語を混同しています。アイヌ語を生活の中で自然に習得したのなら、アイヌ語を完璧に話せなくても、それこそ「アイヌ語を理解できる」、「なんとな~く会話になりそうな」人でもアイヌ語を第一言語にしない立派なネイティブと言えます。アイヌ語を自然に習得できる環境が途切れた以上、アイヌ語のネイティブはある世代からいなくなるでしょう。しかしアイヌ語を第一言語にする事は何時でも可能ですから、アイヌ語を第一言語にした人の社会ができれば、そこからまたネイティブも復活します。また現在ではあまり知らない、あるいはまったく知らなくても、ある人にとって先祖の言葉ような特別な関係がある言葉を遺産言語と言います。私はアイヌ語を遺産言語とする日本語とロシア語のネイティブですが、今年の6月からアイヌ語を第一言語としています。
あと「昔の言葉をそのまま教えるのではなく」とありますが、その「昔」は何時の昔なのでしょう。日本語でも時代によって言葉は発音や意味、文法だって異なります。またそういう言葉を現代人が研究したとしても昔の言葉は昔の言葉です。たとえば万葉集は、現代人によって研究された途端に古典ではなくなるのですね。一般に現代人が研究・解明して変化していく部分はせいぜいかつて無かった表記法が確立したり文法が明らかにされるだけであって、それにより言葉自体が変わる訳ではありません。今アイヌ語教育で問題になっているのは全く逆で、大きな使用の中断があった後に昔の言葉を教えているために、現代の生活の中に必要な語彙や表現が不足している事です。そういったものは日本語からの借用で済ませる事が多いのですが、それを今後どうしていくのかが大きな課題です。私が教える旭川では親子アイヌ語教室を中心にその課題に取り組んでいます。そこには言葉の専門家、非専門家、子供とその親、年寄りが一体となって今後自分たちが使っていくべきアイヌ語を受け継ぐだけではなく、様々な議論、口論を経て磨き、正に母語、第一言語、遺産言語としてのアイヌ語を確立しようと努めています。その作業の1例を挙げれば、「コンピューター」をアイヌ語にできないかという事で、若い世代で“imerunoype”「雷・脳」という造語をしました。そしてこの言葉は何処でも使えるのかという話の時、年寄から「神様は聞いたそのまま受け取るものだから、そんな言葉使ったら大変だ」という意見が出ました。実際こんな言葉をカムイノミに使うシュチエーションが思いつきませんが、言われて見れば頭に落雷する恐れがあります。そこで常用語としては“imerunoype”でも雅語としては“kompiwtor”なり“kompiwta”でいこうという事になりました。
貴方も興味があれば是非旭川に来て現場をご覧下さい。連絡をお待ちします。
以前、故萱野茂さんがアイヌ語学校を設立しょうとしと時、募金も全国から送られ、「さて、これから」という時に、行政から「待った」がかけられ、結局、「託児所ならいいが、アイヌ語を教えてはいけない」と言い渡されたことがありましよね。

なんだか、情けないやら、恥ずかしいやら、当時はその種の問題にうとかったのか、ずいぶん後になって、それを読んで知った私は、怒りを抑えられませんでした。その頃、時折、二部谷村の人と文通するようになりました。

東京で生まれ育ったためか、先住民の方々に関する問題意識は私の周りに渦巻いていなかったです。その後、海外で生活するようになり、アメリカ先住民の人たちについて考えさせられる機会を得ました。そして、10数年余り前に北海道を訪れた際、ダム建設問題等、日本の先住民の方々に対する大掛かりな「いやがらせ」が現在進行形で行なわれていることを目のあたりにしました。「行政とゼネコンの癒着、そして虐げられる先住民」の図は、19-20世紀初頭の産物ではないことを知り、愕然としたものです。

大地に根ざしたような美しい響きのアイヌ語の火を絶やさぬようにするのは、日本人すべての義務だと考えています。
知里幸恵さんが残してくれた言葉
いつの日か
強くなって
文化として肩を並べる日

その言葉と心に託された魂を受け止め
繋げる

技術や芸ではなく
持たなくてはいけないのは、魂

くさいかな

俺は、大真面目なんだけどね。

もうひとつ
大切なメッセージ
山本たすけェカシの
「どっこいアイヌは生きている」
なにも滅ぼしてなるものか、俺達は、ここにいて未来へ
決めるのは生き抜いたアイヌ達なんだ。

呪文のような
諦めの言葉にはやられない

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