銀行が社会性の強い事業に融資を始めた話。

「日本の大企業は、なぜ社会起業へ支援しないんでしょうか」とときどき聞かれる。欧米の企業がそうしてるのに、日本の企業はだめだというのだが、それが変り始めた話である。


毎日新聞は 、大手銀行が、専門部署をつくり、環境ビジネスへ融資を始めたことを記事にしている。


・三菱東京UFJは、昨年下期に環境融資室を新設、今年3月までに500億円の環境関連融資をとりまとめたが、今年度上期は600億円に達し、下期は800億円の融資を目指す
・対象事業は、風力発電や生ごみを利用した発電施設、北海道でホタテの貝殻を牧草地の土壌改良剤にリサイクルする施設
・地方で埋もれている案件が多いので、地銀と協力して発掘
・みずほ銀行は、環境に配慮している企業に対し、金利を優遇するローンの取り扱いを昨年末から始め、風力発電事業への融資も積極化
・三井住友銀行は、今年3月に大規模な環境ビジネスの企業交流会を開くなど、中小企業も対象にした環境関連融資の拡大を目指す


社会貢献をアピールしてもうけすぎ批判をかわす狙いや、環境ビジネスの成長に伴って資金需要の拡大が見込まれていることが背景になっている。


環境産業ではこうだが、銀行は農業への融資も拡大しようとしている。農業でも起業家型の先端農業が起こり、そこへ融資するのだが、成長分野へ進出するという当たり前のことのほか、社会性の強い事業を支援したいという銀行の気持ちも感じられる。


やっとそうなってきたかという感じだが、社会起業の資金不足問題は、こうしたことで解消されえ行くのはいいことで、銀行によって社会起業のビジネスプランがチェックされるのもいいことである。社会起業の評価を銀行がやるのだが、ここを通過するために、ビジネスプランが磨かれ、事業に進化できる。


などなど、社会起業には、追い風が吹いてきた。

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日本にも1989年に設立された「市民バンク」、94年設立の「未来バンク」などがあり、2000年代に入り数が増えている。話題は、坂本龍一、小林武史、櫻井和寿が始めた ap bank 、ap とは、Artists Power → Alternative Power のことで、自然エネルギーの普及や環境事業に融資している。昨年の5月に募集開始し、20件の融資をおこなったが、つなぎ融資が多い。


最近では、コミュニティビジネスや事業型NPOが増えてきたので借り手は多くなり、つれてコミュニティバンクが増えるのは自然なことである。


しかし、問題は資金調達の道が細いことで、自分のお金を社会に活かしたいと思っている個人から小額ずつ集めるので、大量には調達できない。これでは社会起業の資金需要が大きくなっているのに追いつかない。


そこで、問題を解決するのが、既存の金融機関が仕事を広げて、ここに進出することだ。市民の社会事業活動が大きくなり、すでに新しい資金マーケットができているうえ、このマーケットは金利が高く儲かり、しかも貸し倒れが少ないので、既存の金融機関からみると、おいしいマーケットである。だから、出てきそうなのだが、そうでもない。


その理由は、不良債権の処理に追われ、新マーケットに進出する余裕はなかったからだが、それも一段落したので、進出はこれからである。例えば、りそなは、「地域密着型の営業展開は、飛躍に向けた大きなテーマのひとつです。大阪・埼玉・東京を中心とする、地域・お客さまからもっとも支持されるコミュニティ・バンク・グループを目指します」と標榜し、新方向へ向かい始めた。地銀、信金、信組の中にも、コミュニティバンクを標榜するところが出てきており、山口県の西京銀行は、市民バンクとタイアップして「しあわせ市民バンク」をつくった。


先進国のコミュニティバンクについては、このブログでロールモデルになるような事例を三つ紹介したが、これ以外にもあるので、それを学べば進出にはそんなに時間はかからないだろう。

加えて郵貯が民営化し、自主運用を迫られてるが、コミュニティバンク機能は、郵貯にぴったりでなので、進出してくるのではないかと思う。


私は、日本の金融機関のコミュニティバンク化は、これから一気に進むのではと思っている。そうなることで、社会起業の資金調達が容易になり、資金調達難の問題は、解消されて行く。

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寄付金が減税になっているNPOを「認定NPO」というが、現在37件、具体的にはここ
認定は国税庁がやるが、その認定要件はここ


24,000もあるNPOの中で、37件とはいかにも少ない。そうなるのは、要件が厳しいからである。
要件の一つに、パブリック・サポート・テストというのがある。これは、市民の支持実績で要件を判断し(収入のうち、寄付が2割以上あること)、大勢に支持されてるので公益性があると考えて、そこを認定する考え方である。政府の審議会などで、どこを支援しようかというとき、よく出てくる考え方である。


すでに安定した事業収入があるところを助成をしようというもので、組織の継続性では安全策であるが、古い実績のあるNPOばかりにカネが集まり、アイディアがすばらしく、事業に斬新性があるビジネスプランの最初の立ち上がりの段階には役立たない。


認定NPOには、アメリカの非営利法人の日本法人が多いが、これはアメリカですでに実績があり、日本法人ができても、すぐに立ち上がり寄付が得られるからである。


日本のNPOで減税になっている数を英米の人が聞くと、少ないのに驚き、信じられない顔をする。英米で、寄付減税法人が、何十万もあるのと比較してのことであるが、英米では寄付減税の対象先を実績主義からはずし、狭い制限をもうけず、寄付をする人の判断に任せて、先端事業を開発しようという考え方に立っているからである。


特に、アメリカでは社会起業の先端開発に、寄付金が多く使われるようになってきており、最近一層そうなってきているようにみえる。寄付金が、研究開発資金のような役割をはたし、ロールモデルをつくって社会に広げるのである。


「市民の支持」というが、過去の支持か、未来への支持なのかが問題で、過去ばかりではだめだ。寄付が、未来を開発するという思潮は、今のような変革の時代には必要である。

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ビジネスウィークが、米国の慈善家番付(この5年間の寄付金総額)を発表したが、インテルの創業者ゴードン・ムーア名誉会長が、70億4600万ドル(約8400億円、5年間の年平均寄付額が1680億円とすごい)で、首位の座にあったビルゲイツの54億5800万ドルを抜き、首位になった。(11月19日 読売新聞


一方、これまでの寄付金の累計総額では、ビルゲイツが279億7600万ドル(約3兆3300億円)で他を圧倒、2位のムーアは約4分の1の73億ドルだった。
ムーアは、まもなく訪れる死を前にして、一気に寄付をした感じである。相続税を払うのはやだ、資産は一代限りのもの、子孫につがない、という潔い気持ちが寄付を増やした。こうした感性は、今でも日本にあるので、わかりやすい。


前回書いた「寄付減税のテコ効果」で、減税が高額所得者で強く働くという屁理屈を書いたが、これを考えたのはアメリカの寄付常連の金持ちだった。何度も寄付をやっているうちに、ふと思いついたアイディアだったのだろうと思う。
減税がありますよ、金持ちはどんどん寄付しましょうという提案は、一代で資産を社会のために使いきりましょうという思いが底にある。


京都の浅野さんは、前回のブログのコメントで、シアトル滞在12年間で感じたことは、『 寄付は最大の娯楽であるということ。「欲せられることの喜び」をアメリカのNPOは実に楽しくさせてくれます』と書いている。求められる喜びは、日本にもあるので、これもわかりやすい。


井上さん(慶応大学、ETIC.)は、アメリカの金持ちが寄付をするのは「万能感」だという。私は、なんでも解決できるのだ、難しい社会問題の解決だって、私の脳ならできるのだ、解決する私の設計図をカネつきで出すので、若い人々よ、そのとおりにやってみなさい、である。
日本の最近の若い起業家も、同じような感性を持っていそうだ。


どれも、日本の金持ちでも起こりそうなことであるが、まだ、寄付をするほとの巨大な金持ちが誕生していない。


個人寄付が増えるのは、個人の金持ちが生まれるからである。日本でも、主力産業が情報産業や知識産業や健康産業。。。に変わりはじめて、個人の金持ちが生まれ始めている。まだ、六本木ヒルズに立地して喜んでいたり、ネットワークへ再投資したり、テレビ会社へ投資したりと、金持ちの初期の段階にあり、慈善というところまで行ってないが、新産業が、アメリカのように数千億円、数兆円の巨大な金持ちを誕生させるのは確かである。


そうなると、アメリカ同様なことが起こるが、それは5年先か、10年先か、遠くない先に、個人寄付の時代がやってくると思う。

寄付減税がインセンティブとなって寄付をするのだが、そこにはテコ効果が働くという説がある。具体的にこうだ。


私がA財団に1000ドル寄付する、全部が免税になると、所得税率が5割なら500ドル免税(寄付金が費用控除となるので、実際の免税額は500ドル以下だが、簡略に500ドルとする)、1000 - 500ドル = 500ドルで、私の純負担500ドルでA財団は1000ドルを手に入れた、私の500ドルは2倍になってA財団の資金になったと考えるのである。


この説がいいと思うのは、高額所得者の寄付が多い理由を説明できることだ。
所得税5割なら寄付額が倍増し、所得税2割なら800ドルの私の純負担で100ドルの寄付になるので、寄付金は25%増える。
税率が高いぶん、高額所得者のほうがテコ効果が高くなる。


ちょっと不思議な考え方だが、アメリカにあり、面白い考え方だと思った。

これまで、よいアイディアやビジネスプランが、資金調達力を増す話をしてきたが、今回から資金調達の定番である寄付金問題を考える。


誰もがいうのが、「日本は個人の寄付が少ない。個人の寄付減税が少ないためで、税制を改めれば増える」。現在、NPOで寄付減税対象団体は三十数団体にすぎず、2万以上もあるNPOで、これじゃ個人寄付は増えないというのだ。
英米では、寄付減税対象団体は、数十万もあるので、日本と英米寄付格差は、これだ ! と誰でも思う。


ところが変化が訪れる。来年度の税制改革で、寄付減税のNPOが増え(範囲の拡大)、再来年度には、減税額が拡大(額の拡大)が検討されているらしい。そうなると、非営利法人の資金調達源として、英米なみに、いよいよ個人寄付が主流になる時代が来る感じもするが、そんな単純なことではないのだ。


寄付が増えるには、こんな条件が必要である。
1、納税と寄付は逆相関の関係なので、減税になると寄付が増える。
 ジョンズホプキンズ大学のレスター・サラモン教授が唱えてる説で、80年代の先進国の非営利法人を研究して、この説をつくった。80年代は、小さな政府が進み、反対に減税がさかんに行われたときで、パラレルに個人寄付が増えた。


 サラモンの説は、私たちは、社会のためにカネを出すとき、納税か寄付かの 二者択一をやってるというのだが、わかりやすい説で、寄付をする理由を明快に説明している。


 この説では、日本は、財政赤字の解消と借金返済のために、来年度から増税 時代に入るので、寄付は増えないことになる。それでも寄付減税の範囲を拡大し、さらに額を増やすのは、時流に乗った政策をやるためで、 減税範囲や額を拡大するといっても、増税時代には自ずから限度があり、英米なみになるのは残念だが期待できない。


 この増税時代の10年は、個人寄付が増えるための、下地(制度や思潮)づくりの10年間ではないのか。


2,個人の寄付が増えれば、寄付は増える
 アメリカでは寄付の7割は個人、日本は5%、日本では個人寄付は有望。
 日本は、個人金融資産大国なので、制度がうまく設計できると(例えば、アメリカのように個人財団、助成財団が栄えるようなこと)、寄付減税効果は強烈に働く。


 もう10年以上も前のことだが、日経金融新聞に、アメリカの個人財団(金持ちが、自分の財産を財団に移し、死後、家族を養ったり、公益のために使う財団)の話を書き、日本でも学ぶべきだと書いたところ、即座にアメリカの金融機関の日本法人から電話があり、「その制度は日本でも必要だ。実現のために話し合いたい」ときた。彼らの関心は、基金の運用であるが、なるほど、目をつけてるのかと思ったことがある。


 個人の寄付を増やすには、こうした仕掛けが必要、今、新金融技術がアメリ カから輸入されているので、ついでに、こういうのもやればいいのにと思う。


3、所得が増えると寄付が増える
 当たり前の説であるが、これから景気が回復し、個人所得が増える時代が来 るので、寄付が増える時代になりそうだが、寄付の所得弾性値(所得が増えると、寄付はどのくらい増えるかの値)は、アメリカは日本の3倍も高く、増え方が違う。


 寄付の所得弾性値を上げる政策(寄付減税、個人財団のようなもの)もパラ レルに必要であるが、この辺りがまだ不十分。


4、寄付文化があると寄付は増える
 日本では、社会サービスは、行政が独占しており(明治以来の公益国家独占 時代)、個人主導の社会活動が少なかったせいで、寄付が少ないのは、国民性。。。というような話じゃない。
 日本だって公益国家独占になる前は、寄付文化はふんだんにあり、世界有数 の寄付社会だった。


 寄付文化がなかったのは、それが必要なかっただけのことで、阪神大震災、 新潟県中越地震、スマトラ沖大地震のような大事件が起こると寄付が増えた。 ウォールストリート・ジャーナルは、この事態をみて、「日本は寄付の新時代を迎えた」と驚いたぐらいで、寄付文化は眠ってるだけ、もう目覚める時期にきている。社会起業を提唱してるのも、目覚まし時計づくりである。


5、寄付を増やすにはマーケティングが必要
 寄付を増やすには、「寄付向け商品」の開発が必要である。あるNPOが、寄付減税団体に指定された。そこで、代表に「寄付は増えましたか」と聞いたところ、「増えない」だった。
 指定されただけではだめで、寄付をしたくなるような具体的な商品が見えなくてはいけない。呼びこみ策で、企業の製品開発と同じで、こういう感性も今は欠けている。


このように、個人の寄付を増やすには、寄付減税だけでなく、やるべきことがたくさんある。

現在、義務教育費を地方にあげるかどうかでもめている。文科省は国庫補助のままにしておきたく、自治体は補助でなく財源を移譲し自分の予算で欲しいといっている。新聞は、半々にして中学は地方にあげ、小学校は今のまま残す案が有力とか書いてるが、来年度から、義務教育費が地方に行くのは確かな情勢である。


それで不思議に思うのだが、カネをもらった地方で、どんな教育にしたいのかのアイディアがないことだ。普通は、○○の教育に変えたい、いいアイディアでしょう ! それをやるのに独自な予算がいる、とかやるのですが。


カネが来てからやることを考えるでは、順序が逆でへんだが、とにかく、来年度から自治体や市議会は、独自な教育予算を審議することになる。どう独自性を出すのか。


朝日新聞の 5月14日号に「NPOへ1億円助成、不登校問題の研究に 文科省」が載っていた。不登校小中生徒の学習プログラムを開発するために、文部科学省はNPO十数団体に計約1億円を助成する。開発期間は2年、成果は都道府県教委や他のNPOなどに提供する。

一箇所1000万円弱の助成だが、大きな助成で画期的なことである。NPOが運営するフリースクールでは成果をあげてるところがあるので、それをもとにして、ロールモデルが開発できるだろう。

あるNPOフリースクールの経営者が、「私のところで教育が成功すればするほど、生徒は元の公立学校に戻ってしまい、生徒が減って経営が悪化する。変だと思いませんか」と話していたが、異常にへんなことで、こんなことも是正される。


最近は教育特区で、いろんな学校が認可になっている。ひところ、「学校は、校舎と校庭がないといけない」と、屁理屈をつけてNPO学校を門前払いしていたが、そうしたこともなくなり、独自教育をやるNPO学校の門戸は広くなってきた。


幸い、このように社会起業としていろんな実験的な試みが行われるようになってきたので、それを「種」にして、独自なカリキュラムを考えやすい時代になっている。


このブログで、地方議会で独自な社会起業を審議せよと提唱してるが、このように、教育では、もう架空の話でなく、現実のものになった。自治体にも議会にも、独自なアイディアがあるとは思えないので、そこで、市民派の議員は、独自なアイディア → ビジネスプラン化 → インパクトの拡大策をつくり、自治体と議会に持ち込み審議したら、議会が生き返る。
市議会、町議会で、社会起業を審議するのは、すでに架空な話ではなくなってきており、今の問題になっているのだと言いたい。

現在の市議会や町議会の議員は、建設会社の社長や流通業の社長が議員になってるので、社会起業家が議員になってもいいではないか。そうなれば、議会は市民議会に変わる。


スェーデンの地方議会は、市民議会になっている。いろんな職種の専門家のプロが議員になったり、若者や女性が議員になってるらしい。こういう人は、現場で仕事をしているので現場感覚があり、○○主義に殉じていないので、反対だけしている人と違い、自分で問題を解く方法を提案し、サービスを創造する。こういうのを知ると、これが市民議会なんだ、これから日本でもそうなるんだと思う。ポスト産業資本主義の時代には、そんな市議会が似合う。


脳には二種あり、官僚脳と商人脳である。官僚脳は、自分のことだけでなく、社会のことも考ええるクセのある人、昔の官僚はこうだった。商人脳は、自分の利益だけ考える人。利権派議員は商人脳で、社会起業家は官僚脳である。だから、社会起業家は市民議会向きだと思うのだ。


社会起業に関心がある人の集まりに出ると、若い市民議員やその候補者にときどき会う。あぁ、社会起業と市民議会は似てるんだ、社会起業家が市民議会の議員になる時代が来ればいいのにと思っている。

地方議会の議員は、高所得の上、勤務時間は、議会のあるときなので、1年の三分の一ぐらいだろう、だから兼務できる。そうなると、社会起業の道が開け、資金調達も容易になる。

社会起業では、アイディアやビジネスプランがカネを集める話を続けてるが、地方議会で市民派の議員が、そのアイディアを条例などにしたらどうかという話である。

この間、市議会議員は、議会事務局(市役所の職員)が少人数なので、議員立法の仕事が十分できないという話をさんざん聞いた。市長は、数百人の職員を持ってるのに対し、こちらは数人か数十人、これでは議会は、市長の言いなりになってしまうのは当たり前という話だった。


まともな話だが、なぜ、専門力のあるボランティアを集めないのかと不満である。今の時代、大都市ならはせ参じる人は、いくらでもいるのに。


市役所は、現業の仕事を持ち具体的な事業をやっているが(ここが市や町の強さである)、そこで、議員は、何度も書いているアショカと同じ目線で、自分の市の中でショーシャル・インパクトが大きそうなビジネスモデルを探し、それをもとにして事業プランを設計して議会に提案するのだ。


例えば、前回書いたフローレンス・モデルを加工して付加価値を高め、「この町で病児保育をやろう」とやったらどうか。厚労省が目をつけてるぐらいなので、市議会に付議したっていいではないか。


こういう視線で見れば、種はいくらでもある。
要は、地方議会の議員は、社会起業のビジネスモデルをつくれといいたいのである。町の緑の環境を保護するとか、マンション規制の条例をつくるとか、町並みを保存する条例などの例は多いが、新しい事業の提案はほとんどない。中央官庁は、東京で事業プランをつくり、地方にやらせてるではないか。それを地方で独自にやっちゃうのである。


こんなことをやっても、議会では無視されるのは想像がつくが、市民の関心は湧き起こって、既得権保持議員にはプレッシャーとなるんだから、議会を変える効果は高い。

こうなれば、社会起業の資金調達は容易になる。

ソーシャル・インパクトが大きい好例は、Yosakoiソーラン祭りである。ずいぶん前に、この祭りをつくった長谷川岳さんに会ったとき、「あなたは、地域文化を創った社会起業家ですね」と話したことがあったが、彼の反応は、言われてみるとそうだという感じであった。
この祭りは毎年3億円強の資金を調達してるが、事業収入、寄付金、参加費、協賛金などで調達しており、調達は順調である。


こんな事例はまれであるが、そのぐらいになりそうなのがフローレンス で、巨大な潜在力をひめている。ここは、病児保育を事業にしているNPOである。元看護士だった家に病気の子供を預けて保育する。今年の春に、月島で事業を開始したが、一月で顧客がウェイティング・リストにあふれるぐらいで、需要超過状態でスタートした。


このビジネスプランを考案したのが駒崎弘樹さんで、厚生労働省が、似たモデルを全国数十箇所で展開したり(プロジェクトを募集して補助するプログラム)、来年度に全国の自治体で、自治体事業として似たモデルをやると新聞に出ていた。駒崎モデルが、全国に波及しはじめたのだ。


駒崎さんは、「ぱくったな」と不満の様子だったが、駒崎モデルが、厚労省に認知され、全国にインパクトを与え始めたので、その名誉を手に入れたと思えばいいのである。


気の毒なのは、前回話したような普及のインフラが、まだ日本にないので、駒崎さんの事業が、駆け足で広がって行かないことだ。
月島で、顧客超過の話を聞いたとき、同じ立地は、東京に100箇所はあると直感し、駒崎さんに「1年で100箇所ぐらいに拡大したら」とすすめたところ、そんな実力はまだないですよ、3年ぐらいかかりますと話していた。


まともな返事であるが、1年で100箇所の標語を掲げれば、人々の関心を引き付けて、いろんな人がはせ参じ、駒崎モデルを「種」に普及のインフラができて行くのに。


以上の話は、アイディア → ビジネスプラン → 組織拡大、のインパクトの極大化 のプロセスで、2番目まではあるのに、3番目がいまいちなので、難渋している話で、もったいない。厚労省が、自分でやるのでなく、駒崎さんに委託すればいいのに、そうすれば組織拡大が実現するのにと思うが、まだだめだ。


しかし、日本でも二番目の矢印にさしかかっているプロジェクトが出てきたなんて、たいしたことである。フローレンスには、最近、共鳴した若者が、ぞくぞくと集まってきているようだ。若い力で、駒崎さんが、二番目の矢印を突破するモデルを開発すると期待している。