梅田望夫さんは読売新聞の日曜版に月一回、1年にわたり書評を書いていたそうだ。その12冊の書評を自分のブログに掲載しているが、最後の書評がジョン・ウッド「マイクロソフトでは出会えなかった天職」(ランダムハウス講談社)であるが、こんな内容。


・ジョン・ウッドは、典型的な米国ビジネス・エリートとしての前半生を過した。ビジネススクール(ケロッグ経営大学院)を出て、金融機関(コンチネンタル銀行)で経験を積み、時代の旬を生きるマイクロソフトに職を得て(面接官は結婚前のメリンダ・ゲイツだった)、組織の階段をのぼって要職(アジア地区マーケティングディレクター)につき大きく稼いだ。


・そんな彼が三週間の休暇を取ってネパールに行き、貧しいネパールの学校に本がないことを知り愕然とし、友人や父親と協力しながらネパールに本を送り始める。


・その活動で「生の充実」を知った。


・彼は仕事を辞め、上昇志向の強い恋人と別れ(カンザス出身者で背が高くブロンド、国際的な広告企業の北京代表になりアジアのネパールなどへ行く気持ちがゼロ)、「ルーム・トゥ・リード」を設立する。


・このNPOはいまや、年間1000万ドル規模の寄付を集め、これまで7カ国で学校442、図書館を5160も作った。


・前半生のビジネス世界での一流の経験こそが後半生の「生の充実」のために活かせる、という彼の経験から勇気を得られる。


梅田さんは、ジョン・ウッドが35才でマイクロソフトの華やかなキャリアを捨て社会起業に転進したのは「生の充実」のためだと見立てた。


IT産業ではこれが得られない、そうかITで成功しても満足しない、足りない生の充実を探すんだ、ビル・ゲイツ、イーベイ創業者のオミディアとスコールもこれなんだ、社会起業に参入する動機に「生の充実」があるんだと思ったのである。


「生の充実」というと宗教の世界に入ることを想像するが、それを社会起業に求めるのが斬新なことで、なかなか贅沢な生き方の希求である。


さらに、99年にNPOの事業を開始し、8年間でこれだけの実績を上げたのは驚きである。ソーシャル・インパクトを大きくする点では見本である。それが出来たのはネットをふんだんに使ったからで、具体的な手法は本を読んで学んで欲しい。


ジョン・ウッドはまだ44才、マイクロソフトで成功し、ルーム・トゥ・リードで成功し、もう一つぐらい何かが出来そうである。


かっこのよいライフスタイルで日本の同世代だって憧れるだろう。

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上を伸ばす

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東京の国立に住んでますが、ここの駅前通りは桜の名所です。咲きぐあいをときどき見に行きますが、一橋大学(国立にあり桜並木道沿いにあります)が春休みにもかかわらずに人の出入りが結構あり、なぜだろうと見てましたら、新入生らしきものが下見にきているようでした。中には家族で来ており、校門の前で記念写真をとってました。


一橋大に入学できた喜びがにじみ出ている場面です。


こんな場面を見ながら、この新入生たちは2010年代の中ごろに社会人になりますが、どんな仕事を選択するんだろうか、そこで勝者になれるんだろうかと考えてしまいました。


官僚、金融、商社、多国籍企業、こんなところがこれまでの定番ですが、2010年代の中ごろには大組織に入りそこに依存する生き方でなく、今よりも一層個人の力を発揮して仕事をやるようになっているのではないかと思います。


社会起業をめざす人も今よりずっと増えてくるでしょう。


そうなると、一橋大学は個人として強く生きて行ける人材を育てなくてはいけませんが、そうなっているかどうか、ちょっと不安があります。これは他の一流大学についても言えるわけですが。


梅田望夫さんはウェブのインタビューで日米の大学教育を比較しこう言ってます。
「日本では優秀な人が隠れちゃっていることに、すごくもどかしさを感じる」


「勉強している人は勉強していると言わない。能力を持ってうまれついた人はそれを社会のために活かすべきだ、だからその人たちを徹底的に伸ばすんだ、というのが欧米のエリートの育て方ですが、日本社会はそういうことに対してすごく強い不快感を表明します」


「アメリカに上を伸ばすという発想の教育がある」


「精神的にも頭脳ももっと強くなれと僕は言いたい」


「僕の知り合いの東大の大学院生で2006年にスタンフォードのコンピュータサイエンス学部に行った人がいます。彼は一年で成績が上位5%に入ったんです。久しぶりに会ったら見違えるほど成長していて、自信に満ち溢れていた。まさに男子三日会わざればですよ。その彼が東大大学院時代の100倍勉強してますと話していた。いや100倍ってことはないだろうといったら、100倍ですと。課題は多いし、先生は本気だし、世界から集まった学生が競争しているからすごくやりがいがある、と」


梅田さんは上にいる学生がもっと上に行くような教育をやらないと、情報化社会では社会を変えるようなことはできないと強く主張してます。


シリコンバレーに住んでいると、そう感じるだろうことは想像できます。こんな連中と競争するんですから大変です。学生は大学が提供するカリキュラムを忠実にやるだけでなく、自分で道を切り開いて行かなくてはいけないんでしょうね。そんな時代になってしまっていると思います。


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医療保険がないので死亡

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今日の毎日新聞に全日本医療機関連合会(医療生協の医療機関が加盟、昔の左翼系病院団体)の調べでは、昨年1年間に医療保険がなかったために受診できずに死亡したのが31人になったそうです。加盟病院・診療所1700箇所を調べてわかった。


31人中に無保険者は27人もいた。


判定基準が書いてませんので死亡と医療無保険の相関関係がはっきりしませんが、もっと早く受診していれば死ななくてすんだのにというのでしょう。


厚生労働省によると、昨年6月で国民健康保険の滞納世帯は475万世帯もあったそうです。これは医療サービスが受けられない予備軍で、医療保険がないために死んでしまう例がこれからも増えるのは確かなことだと思います。


政府はどうするんでしょうか。テレビのドギュメンタリー番組では保険のない患者に生活保護を申請し、公費の医療扶助を受けられるようにしろとすすめる場面が時々出てきます。このやり方は解決の一つです。


医療無保険→生活保護申請→公費医療扶助の流れを知らない人はけっこういるのでしょうから、医療無保険者にはこうした手続きをすすめて医療サービスを受けられるように整える社会起業は成り立ちます。自治体はそこまでていないなサービスをやらないでしょうから。


2000年代の初めにイギリス人の医者から、90年代のイギリスでは医療保険がないために受診できずに死ぬ人が増え、これではいけないと社会起業が起こった話を聞いたことがあります。


この事業のやり方は日ごろから無保険者の健康管理をして病状をウォチし、予防に努める事業でした。これなら治療するよりも安いコストでできるので健康管理センターの社会起業でめんどうを見ることができるのです。話してくれた医者もこれをやってる人でした。


こんなやり方も有効です。国民皆保険なので無保険者がいない社会のはずで、無保険者のめんどうを見るサービスが欠けてるのです。皆保険社会といっても実際には無保険者はいるので制度と現実のギャップを埋めることは必要です。ギャップを埋めるのが社会起業です。


大統領選挙でヒラリーは皆保険制度を提案してますが、オバマは貧困層では保険料が払えないので皆保険にならない、まずは子どもだけ皆保険にしろと提案してますが、オバマの方がよほどリアリティーがあり、オバマは理想を掲げえるだけでなくリアリストでもあるとわかりましたが、アメリカでも難しい問題になってます。


医療無保険者にたいしてどうするかは難問題ですが、日本でこれから社会起業家が取り組むべき問題だと思います

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フローレンスの駒崎弘樹さんがブログで、3月17日にハーバードビジネススクールの日本同窓会 "HBS Club of Japan"の「 Enterpreneur of The Year」 に選ばれたことを書いてます。


このクラブは、HBSの同窓会で、1000人を越える卒業生が参加しており、米国ビジネススクールの日本同窓会としては最大だそうです。


毎年ベスト起業家を選定しておりこれまでの受賞者はこんな人たちです。
2001年:楽天・三木谷社長
2002年:ユニクロ・柳井社長
2003年:松井証券・松井社長
2004年:アスクル・岩田社長
2005年:ザインエレクトロニクス・飯塚社長(LSIの企画・設計、販売、ファブレスメー 

     カー)
2006年:ブックオフ坂本会長
2007年:ワタミ・渡邉社長
2008年:フローレンス・駒崎代表


こんな賞があったことは知りませんでしたが、最年少(28才)受賞者でNPOが受賞したのも初めてのことで、快挙です。


受賞理由は「多くのNPOが運営費のほとんどを行政に頼る中で、フローレンスは保険共済型の会費システムで一定の安定的なキャッシュフローを確保するという画期的なビジネスモデルを備えている」、保険共済型といっても保険会社と契約してるわけでなく、あらかじめ月会費をもらって病児保育が必要なときにサービスを提供するぐらいの意味です。


これまでの受賞者が出来上がった企業の創業者でしたが、これに比べて異質な感じです。


ハーバド大学ビジネススクールは社会起業を研究しそれを教えているところで、こうした点でアメリカのメッカになってますが、若い卒業生がそれに感化されて(アメリカにいたときに学んだ)フローレンスの受賞になったんでしょうか。


受賞したといっても大金の賞金があるわけではありませんが、駒崎さんは卒業生100人ぐらいを相手にフローレンス・モデルを説明し、社会を変える決意を述べたようです。


HBSの卒業生は金融機関や商社、大企業、コンサルティング会社で働いていたり、起業をやったりしている人たちで、これからフローレンスを支援しようとなって行くでしょう。


日本でも社会起業が認知されてきた証拠でいい出来事でした。

フォーチュン誌の毎年恒例のこのランクが発表になりました(3月17日号)。

サイトはここ

1位,International Paper(森林経営、製紙)
2位、United Parcel Service(運輸)
3位、Starbucks
4位、Fortune Brands(家庭・事務用品、酒、ゴルフ用品)
5位、Walt Disney
6位、McDonald's
7位、Medco Health Solutions(医療サービス)
8位、Herman Miller(家具)
9位、Weyerhaeuser(森林経営、製紙)
10位、Union Pacific(鉄道)


有名企業はUPS、スターバックス、ディズニー、マクドナルドぐらいで、これがこの3年社会責任企業ベスト10に入っている常連です。あとは地味な会社ですが、インターナショナル・ペイパーは07年の8位から1位に躍進しました。


フォーチュン誌ランキングは、米国の企業幹部や業界アナリストなど3700人以上を対象に行った調査を基に選出しており、計量的な分析だけでなく専門家の直感や印象点によるランキングの特色があります。


こんなことからその年に印象に残ることをやった企業が社会貢献で上位に来るのでベスト10は毎年変動します。企業と社会の関係はそんなものなんです。


ついでにフォーチュン誌の「米国で最も尊敬される企業」ランキングも話題にしておきます。


08年はアップルが1位になりました。06年7位、07年7位からの躍進です。06年、07年ともに1位企業はGEでしたのでそれにかわりIT企業がトップになりました。グーグルも06年はベスト10の番外、それが07年には8位、08年には4位になりました。


新興企業がオールド企業にかわり尊敬を集めるようになりったのはアメリカではソフト産業が主力産業になったと認識された証拠です。


意外なのは2位のバークシャー・ハザウェイ、ウォーレン・バフェットが経営している投資会社ですが、「今日の問題を明日の利益にする、レモンからレモネードをつくり続ける」、うまい表現で評価された理由が書かれてます。問題が起こり株価が下落したところを買収し、立て直して利益を上げる、再生して社会価値をつくるのが評価されてるのだと思います。


ここは06年4位、07年4位から08年は2位に評価されました。アメリカでは金融が大混乱し、バークシャー・ハザウェーが活躍する時代に突入した、この会社の再生能力をフルに発揮して傷んだ社会を金融で再生してくれ、活躍を期待してますよぐらいのメッセージでしょう。

America's Most Admired Companies:
1位、Apple
2位、Berkshire Hathaway
3位、General Electric
4位、Google
5位、Toyota Motor
6位、Starbucks
7位、FedEx
8位、Procter & Gamble
9位、Johnson & Johnson
10位、Goldman Sachs Group

社会起業に引かれる動機

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社会起業に引かれる動機は、オープンソース・プログラム開発に参加する動機に似てると前回書いたが、その続き。


まず現実世界からの忌避説、これには就職忌避のモラトリアム、自分探しの逃げ場、ホリエモン礼賛の反動などがある。


私は2000年ごろ社会起業コンセプトを提唱したが、それから数年はこういう感じがあった。いやな現実が目前にありそこに入りたくないので私のところに来た人がずいぶんいた。


逃亡者には社会を変える創造はできないと心の中では思っていたが、せっかく関心を持ってもらったので付き合った。


つぎが原体験、同じ頃この反対の人にもずいぶん会った。話を聞いてると真摯で迫力がありオーラを発するような人だった。このオーラはどこから発するのだろうと考えたが、原体験がもとになっているんだと気づいた。


原体験は社会にたいする強烈な不満で、それはおかしい、こうしようと思う心である。


病児保育のフローレンスを創業した駒崎弘樹さんは、ベビーシッターをやっていたお母さんから、顧客の若い母さんが子どもが熱を出したので会社を休んだら解雇になったことを聞き、おかしなことだと思い解雇にならなくてすむようなフローレンスモデルをつくった。


社会におかしなことがあることは誰でも体験するが、普通はそこで終わりビジネスモデルまで進化できない。それがビジネスモデルになってしまうのは不思議なことで、並みの頭脳でない。


原体験のもう一つの話。マイクロソフトでアジア担当のマーケティング・ディレクターだったジョン・ウッドは休暇をとりネパールでトレッキングの旅をしていたとき山小屋で山麓の学校のために必要な資源を調達する地区の担当者に会った。明日トレッキングコース沿いにある小学校へ行くのでいっしょにどうぞと誘われてつきあったが、校長からこの学校の図書館には本が足りない、アメリカに帰ったら余っている本を送ってくれと頼まれ、1年生から英語を学んでいるので英語の本でだいじょうぶといわれた。


トレッキングのあとカトマンズにもどりカフェで100人以上の友達に小学校で体験したことを書き、ついでに余っている子供向け本があったらコロラドの両親のもとに送って欲しいと伝えた。


このときの電子メールは彼が書いた本「マイクロソフトでは出会えなかった転職」に出てくる。感動を覚える内容で「みなさんにとっては小さなことでも、貧困と故郷の孤立ゆえに教育を受けられない子どもたちにとっては、大きな変化を起こせるのです。最悪な選択はなにもしないこと」。


メールを読んだ人は感動し共感したはずで、あっというまに友達の友達に転送されて、オーストラリアのオフィスに戻ったとき100~200冊届いていればいいと思っていたところ、父親のメールには3000冊以上ありそうだが数えきれないと書いてあった。


これがルーム・トゥ・リード(アジアの小学校へ英語の本を送り、英語教室を開き、パソコン教室をやる社会起業、アメリカでは高名な社会起業になっている)の最初の話しである。


このときウッドには社会起業を起こそうと思う心はなく、自然に流れるままにやっただけである。ただ、マイクロソフトで10年ぐらい働きビジネスに疲れておりそろそろ慈善活動もやりたいと感じており、そこで校長の依頼をわざわざ電子メールに書いたが、この最初の電子メールに同じ気持ちの友達が応じて事業の最初がスタートした。


インターネットの威力がわかるが、不思議な偶然が重なっている。


いい社会起業の始まりはこんな感じのものが多い。理詰めで机上で事業をデザインしたなんてものは皆無である。


原体験、これは潜在している需要の一端だが、これにふれ直感的な行動で進み、ここがビジネスの一番始まりであるが、あとは自然な流れに任せて流れる感じである。


だから動機は何かと聞かれても理屈っぽいものを語ることができない、この辺りのフィーリングはなかなかよいものだと思う。動機は感性の世界にあるので語れないのじゃないのか。

コンピュータ・プログラムの開発にオープンソースがあるが、このプログラムの主催者と社会起業家は似ていると思っていたが、梅田 望夫さんがフォーサイトのコラムでオープンソース・プログラムの開発者の動機について書いており、なるほど似ていると思った。


梅田さんはオープンソース方式でプログラミング言語「Ruby」を開発している松江市在住のまつもとゆきひろさんと対談し、開発の動機を聞いた。Rubyは世界中に広がり利用者は100万人、マイクロソフトやサンまで開発に加わり、日本発のプログラミング言語では稀な成功をしている。


オープンソースの世界には、経済的取引という概念はなく、雇用関係による組織的指示命令系統も存在しない、すべては参加者の自発性だけに委ねられている。


開発の動機を問われ、まつもとゆきひろさんは「私の動機は利己的なものです。自分が欲しいものを作っているだけ」と答えた。利他的な気質とか奉仕の精神がオープンソースの本質なのではないという。


またプロジェクトに参加する人は「適切な大きさと複雑さを持ったいい問題を探している」、プログラマーの大半は自分で問題設定することができない、プログラミングは好きだが何のプログラムを書けばいいかわからないという人が世界中に溢れている、そういう人が参加するのだという。


そこで主催者は「適切なサイズの問題」を不特定多数に提示し続ければよい。


世の中にないものをつくる、世界を変えるものをつくるという利己的な動機は社会起業家も同じである。できた結果、事後的に人びとの役に立つが、初めは利他的な動機が消えているというのはそうだろうと思う。


また、世界を変える大きなデザインなら、その構図に引かれて私もそれに参加させてくれとなるのも同じである。


オープンソースも社会起業も利他的な行動だと思いやすいが、そうでないというのがなるほどだと思ったのである

水戸黄門待望論

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片山善博前鳥取知事が最近の地方政治を評してこう言ったそうである。水戸黄門とは国への依存心、公共事業のことである。


毎日新聞高知支局の若手記者が改革派の橋本知事が去ったあとの高知県の様子をコラムに、自立を説いた改革派の知事が去ったあと、水戸黄門待望型に戻ったと嘆いている。


橋本知事の次は財務省出身の若い知事、与党相乗りの組織票で当選したが、水戸黄門待望の世論を現しており、この人なら公共事業がきそうだと選ばれた。


今は日本中こんな状況なのだろうと思う。


高知県は総生産額の42%が公共事業でこれが3割も減り経済は打撃を受けた。住民が公依存から脱却し地域の特性を生かした産業を起こし自立した自治を築くのが掛け声だったが、自立効果はすぐには出てこない。じっと不況に耐えるのには限界があったのかもしれないと記者は振り返り、でも水戸黄門待望の風潮にも反旗をひるがえしている。


ああでもない、こうでもないと、今地方にある出口が見つからない暗さを書くとこうなってしまうのだろう。


県が昨年9月つくった産業ビジョンでは
・食品などの地場産業を育成
・電子デバイス関連産業の集積作り
・自動車産業モノづくりクラスターの形成
・クリーンエネルギー・環境関連産業の創出


こうして現在は5000億円の出荷額を2011年に95年のピークだった7000億に戻す、これが県が目ざす方向である。


しかし過去のやり方で、高知県に電子産業、自動車部品産業ができるとは思えない。現在は産業づくりのパラダイムが変わってしまってるのにまだこんなことをやっていてはよくならない。


県の総生産額の4割を占めていた公共事業が2割ぐらいまで減り、民間の6割が8割になる過程で民が埋めるスピードがあれば不況は長く続かないが民の力はそれほどない。そうなると数年は不況続く。


そうなると「新しい公」「新たな社会の仕組み」を新しい民が出てきてつくる、減った2割分を社会起業で埋める、こういう挑戦があると先に進むエネルギーが湧く。


水戸黄門に頼るのはやめて、社会起業に挑戦すればいい結果がでるのにと思う。

財団がNPOをつくる話

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財団法人日本サッカー協会がやっていた「夢先生事業」が今秋からNPOに独立するそうだ。夢先生事業のサイトはここ


この事業はサッカー協会が年1億円を出して運営し昨年4月ににスタートしてから首都圏を中心に224回の授業を実施した。


現役Jリーガーや元選手らが先生となり小学校の教壇に立ち、実技と講義を行なっていたが、これが好評だったのでプロ野球、水泳、バレーボールの元選手にまで広げてスポーツ界全体の取り組みとするために分社する。


財団から独立してNPOにするのは珍しい。こうすればプロ野球連盟から資金提供があるかもしれない。


サッカー協会はスポーツ協会の中では川渕キャプテンの影響だろうか、経営感覚のあるところだからこんなことができた。


新しくできるNPOはスポーツの社会起業として経営してほしいと思う。野球やサッカーチームなどをNPOで経営しる例はずいぶん増えてきた。かってはなかったことで好ましいことである。


私はこうした人に何人か会ったことがあるが、元選手、アメリカでスポーツマネジメントを修めたような人で、情熱にあふれた人たちだった。しかし、経営感覚、その経験の点ではいまいちで、これでは事業が大きくならないだろうなと思ったことがある。


サッカー協会のNPOも、事業資金の三分の一は協会からの支援、三分の一は企業の支援、残る三分の一は地区の教育委員会からの支出ぐらいになれば大きな事業になって地域社会にインパクトを与えることができる。


学校の普通の体育の時間と比べ、生涯記憶に残るような経験を与えることができるだから広がって欲しいと思うが、それには社会起業家精神がいる。ぴったりとはまった人が経営者におさまるといいんですが。


なんだか面白くなりそうなプロジェクトである。

前回、フォーブス誌の世界長者番付でビル・ゲイツを話題にしてゲイツとウォーレン・バフェットは自分の財産を世界の貧困撲滅に投じる話をしましたが、湯本裕和 さんからコメントをちょうだいし、IT会社を日本で経営しているビル・トッテンがブログでビル・ゲイツを批判していることを教えてくれました。こんな批判があったとは知りませんでした。教えていただきありがとうございました。


「こんにちは。私は技術者で、社会起業を目指す者です。ビル・ゲイツについては、技術者の1人として、その不純性に大いに疑問を感じています。彼の財団活動についても同様です。同じ技術者の、ビル・トッテンの次の記事が、私の感じ方に近いです。
草の根の、庶民の一人ひとりとしての「思い」をベースに、私は活動するつもりです。よろしくお願いします。」


湯本さんは、里親型のグループホーム、おとなと子どもが一緒に暮らす小さな農場をつくって、子どもたちを預かることをやってます。


ビル・トッテンさんが1月15日に書いたブログ「食料使って人間支配」のサイトはここ 。ビル・トッテンの主張はこうです。
・ゲイツ財団は、「アフリカの緑の革命のための連合」(前国連事務総長アナンが主導しているプロジェクトで、アフリカの個人農家の生産性を上げる事業)へロックフェラー財団と連携してカネを出している。(このプロジェクトについてはこのブログで書いたことがあります)
・このやり方はロックフェラー財団が70年代にアジアでやった「緑の革命」のアフリカ版である。
・アメリカの農学者ノーマン・ボーローグは、60年代に小麦の高収量品種(小麦は穂が重いから倒れてまう、ボーローグは背の低い丈夫な麦を作った)を開発し、穀物の大幅な増産を指導し、メキシコでは3倍もの生産量の上げた。
・この功績で70年にノーベル平和賞を受賞した。
・ロックフェラー財団はこれをアジアの農業に持ち込んだが、化学肥料・農薬を大量に使用し土地を痛め、新しい種子は年ごとに収穫が減少してしまった。
・時がたつにつれ、伝統的な農業から農業を多国籍企業に移すプロジェクトに過ぎなかったことが明らかになっている。石油を支配するロックフェラー家や種子を握るモンサント社等が利益を得たという批判も起こった。
・ゲイツ財団がアフリカでやってるのは、この二の舞ではないのか。


ゲイツ財団のアフリカ農業プロジェクトにロックフェラー財団が参加しているのはアジアのこんな経験からです。


メリンダ・ゲイツがアメリカの多国籍企業と連携して、アフリカの農業を収奪する狙いを持っているとは思えず、動機はアフリカの貧困を失くす、飢餓を失くす、民族紛争を失くすなどもっと純粋なものだろうと思います。


斬新なことには必ず批判はあり、グラミン銀行のマイクロ・クレジットはノーベル平和賞を受賞しましたが、カネを借りた親は子どもの教育費を返済にまわして子どもは教育を受けられないでいるという批判があったり、またマイクロ・クレジットでほんとに自立したのかどうかアメリカで調べてみると、自立できなかった例もあるという調査もあります。


ルーム・トゥ・リードをつくったジョン・ウッドは、ネパールやカンボジアなどのアジアの貧困国の小学校へ英語の図書を送り、英会話教室とパソコン教室を開く事業をやってますが、これもアメリカ文化の尖兵となり文化植民地をつくろうとしているという批判を展開することもできます。


アメリカの大手銀行や大企業は、ブラジルでNPO活動を熱心に支援してますが、うがって見方をすれば自分のマーケットをつくる先行投資をしていると見えなくもありません。


こんな具合に万事批判はつきものです。


ゲイツ財団もロックフェラー財団もアフリカでアジアの緑の革命の失敗を繰り返すのかどうか、それはわかりません。あれから40年もたってますので、われわれはもっと賢くなっていると思いたいのですが