イギリスのマクドナルド学

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イギリスのマクドナルドが大学進学に必要な資格を取得できるマクドナルド学コースを開設し、これを公的機関「資格・履修課程局」から認可されたと新聞に出ていた。


コースでは財政や衛生学、人事などを含むレストラン経営を社内研修や実習を通して学ぶ。


ブレア政権もそれをついだブラウン政権も教育改革を政策の旗印にかかげており、それは本来の教育ではないというステレオタイプの批判にもかかわらず、人材の育成に役立ちそうなことならなんでもやってみようという考えなのだろうと想像する。この柔軟な決断には感心する。


若年失業者が多く、特に移民の第一世代や第二世代では教育をなかなか受けられないので、こんな人たちには効果がある。


高校生や大学生がパートタイマーとなって働くのは当たり前のことになっている。マクドナルドはずっと昔から高校生が社会を学ぶ一番最初の学校だと自慢してきたが、そのとおりで顧客とはどんなものなのかを体感して体で理解する。こういう人材は社会に出てもすぐに役立つ。


サッチャー元首相は、実家が地方都市のスーパーで彼女は10才代から家業を手伝い、顧客の本質を知っていた。彼女はオックスフォード大で化学を学び経済学に弱いと思われていたのだろう、保守党党首になったときフリードマンの自由主義経済学に関する難しい論文を読むようにすすめられた。


一晩読んで翌日、こんなことは読まないでも知っているわよと論文を返却してしまったが、消費者行動や消費者の選択などのことは後講釈の理論など読まなくても肌で知っていた。


パートタイマーの仕事で商売を体感し、つけたしの座学で講釈してあげると身に付く。大学で座学だけ学ぶよりもよっぽどよい。


座学をやるコスト負担はマクドナルドの負担になるが、そのくらいのことはやってみようという覚悟がいい。


企業は社会から隔絶されたものでなく、社会が健全でなくては企業は成り立たない、健全な社会をつくるのも企業の存在価値だとなってきており、企業が直接社会事業を開発をやるのが先端になってきたが、そのいい事例である。


日本マクドナルドでも同じようなことに挑戦したらいいのにと思う。

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Dr. Tadataka (Tachi) Yamada

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山田博士はゲイツ財団の Global Health Program の担当理事です。


マラリヤや結核などの感染症の治療法とそれを安いコストで提供しできる方法を開発するのが仕事で、このプログラムの投資ポートフォリオも管理してます。


ゲイツ財団に来る前はグラクソスミスクラインの研究開発担当役員をやっており、その前はミシガン大学医学部長で内科医長をやってました。


山田博士についてはネットでいろいろ検索しましたが出てきません。若いときにアメリカに留学しそのまま滞留した医師だろうと想像しまし。


数年前に山田博士がゲイツ財団に入ったときに、このブログでも日本人がゲイツ財団に入ったと話題にしたことがありましたが、山田博士が主導しゲイツ財団が既に感染症撲滅の事業を開始しているのは速く見事な仕事ぶりです。


ところで昨日福田首相はダボスで人気ロックグループ「U2」のボーカリストであるボノやマイクロソフトのビル・ゲイツと会談し、5月に横浜で開かれる第4回アフリカ開発会議への参加と協力を要請したと新聞に出てました。


会談では5月の会議を通じて前進させたいと予告だけして貧困撲滅についての日本政府の具体案を示めさなかったようで世界に発信できるチャンスを失しました。


温暖化防止では5年間で100億ドルを投じて、日本の省エネ技術を移転すると表明しましたが、もう100億ドルを投じてアジアの貧困を撲滅するぐらいのことを言えばよかったのです。


もし派手なプログラムを提案したら、世界のマスコミは飛びついたのに、パフォーマンスの下手な人です。

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メリンダ・ゲイツ(後)

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フォーチュン誌の特集メリンダが公共へ行く、前回の続きです。


昨日のニュースで、福田首相がスイスのダボス会議へ行き、そこでゲイツ、ブレア元首相、ロック歌手のボノなどがパネリストになるアフリカ会議に福田首相も参加し、こんな活発なスターとやってかすみやしないかと心配ですが、ビル・ゲイツと話し合い、アフリカ支援のためにゲイツ財団と提携して政府は支援やると表明するそうです。ゲイツ財団のどのプログラム、ワクチン投与、農民支援、マイクロファイナンス、それとも新プログラムを一緒につくるのかわませんが、日本政府がゲイツと組むとは拍手喝で画期的なことです。福田さんはじみなイメージですが、ほんとは違うのかしら。


この後マスコミはゲイツ夫妻を話題にしますがその前にメリンダの話題を提供します。


フォーチュン誌の残りの記事はこんな具合です。
・結婚のあとすぐに、メリンダはニューヨーク・タイムズのフロントページにのった世界の健康についての記事、途上国で子どもが病気で死んでゆくストーリーで、アメリカでは決して聞いたことがないものですが、ロータウィルス(胃腸炎を起こす)、マラリア、結核が毎年50万人以上の子どもを殺している、を読んだ。


・メリンダはこれは起こってはいけないことで、私たちには何ができるかしらとしるしたノートをビルに出した。そこでビル・ゲイツは93年の世銀の開発報告書、344ページのドギュメントのなかで疾病を失くすコストが計算されていたが、この報告書を数度読んで、このアプローチは私のやりかたとはちがう、違った方法で実験的に研究しようと考えた。(世銀流でなくゲイツ流に問題を分析し解決策をデザインする決心をした。アフリカ問題の回答を出すために、ゲイツはクリントン大統領とアフリカに行ったこともあり、フォーチュン誌には2人のビルの試みとある)


・メリンダがきたない下着を着てエイズの赤ん坊を抱いた有名になったキャンペーンを夫が開発した。(そういえば、ゲイツ財団のサイトでメリンダが赤ん坊を抱えている写真を見たことがあり、あれがそうだったのだと思い出してサイトを探してみたがもうない)


・(メリンダがこうするのは)自然なことで、親友のシャルロッテ・グーマン、ヒューレット・パッカードを退職しマイクロソフトの役員になり、現在はバフェットのバークシャー・ハザウェーの役員をやってるが、彼女は04年のカルカッタ旅行を思い出す。そこでメリンダは財団の会議に出席したが、グーマンとグループの数人が半日、マザーテレサの死の家ですごし、そこでエイズと結核にかかり、骨だけの若い女性につかまり、誰もゾンビのような女性を凝視できなかった。


・(話を聞き)翌日メリンダが訪ね、歩きながら一息つき、若い女性の正面へ行き、椅子を引きよせ、メリンダの手に女性の手をのせ、若い女性はメリンダを見なかったが、メリンダは、エイズなのはあなたの過ちでない、It's not your fault、エイズなのはあなたの過ちでないと繰り返したところ、涙が若い女性の顔に流れ落ち、彼女はメリンダを見つめ、メリンダは彼女と座りそれは永遠のようだった。グーマンはこれを忘れることができない。(この辺りがフォーチュン誌の記事の圧巻である)


・キーとなるパートナーシップはバフェット(アメリカでゲイツに次ぐ金持ち)と組むことにあり、ゲイツは自分が持っている以上のカネを使いたいからだ。バフェットは死ぬまでカネを持ち続けるつもりだったが、04年に妻のスーシーが死んだとき心が変った。06年の春、たくさんの暗示を受けた後、ビルへその知らせを放った。ゲイツは家でメリンダへ知らせを話し、それから長い散歩に出て、ともに泣いた。メリンダはこう言う、私たちはお互いに、オォー神よ、私たちが他の人のカネを手探りしながら与えることにいかに責任を取ったらいいのか神は知ってるのですか。


・ウォーレンはメリンダを知り、なんてラッキーなことかと思っている、(メリンダと話すと)彼はスージーと過ごした時を思う。


・メリンダはジム、映画館、プール、客をむかえるスペースのある豪邸の設計をやり直し、家族が住むスペース、メリンダのオフィス、スタッフの部署とその周辺部の私的なスペースをつくった。ロック歌手のボノは数度ゲイツ邸を訪問しているがこう言っている。メリンダがデザインした空間は静寂で、禅のような雰囲気がある。


・ゲイツ夫妻の子どもは両親のパッションを理解できる年令になった。06年ゲイツ夫妻は2人の年上の子どもをつれて南アフリカへ行き、ケープタウンでスラムと孤児たちを見せた。数年前には、子どもたちに小児麻痺のドギュメンタリーフィルムを見せたが、ゲイツの子どもたちは写っている身体障害児について両親にずね、その子どもを助けるの、その子どもの名前を知ってるの、なぜできないのと聞いてきたが、メリンダはその少年を知らないが、私たちは彼のようなたくさんの子どもを助けようとしてしているといい、ビルは、私たちはホールセールでリテールじゃないんだといった。(だから現地の子どもたちに直接接してはない)


・ゲイツ夫妻は財産の95%を財団活動に与えようと計画している。どのくらいを子どもに残すかはまだ決めてないが、ウォーレン・バフェットのフィランソロピー、金持ちは何かをなすに十分なカネを子どもに残すべきだが、何もやらないなら十分に残すことはない、に追随するつもりである。


・メリンダは途上国の疾病を撲滅するためにパートナーがいると考えている。NHIは年290億ドルを支出し、カリフォルニア州は600億ドルを使っている。それに比べ私たちのポケットは全く小さい。そこでゲイツ財団は他のフィランソロピー財団、ロックフェラー、ミカエル・スーザン・デル(デルコンピーュタのデルの奥さん)、ヒューレット財団、そしてグラクソ・スミス・クライン(世界的な製薬企業)、プロクター & ギャンブルのような企業といろんなプロジェクトで連携をしたいと考えている。


・最も成功したジョイント・ベンチャーはGAVI(Global Alliance for Vaccines and Immunization)との連盟で、ゲイツはそこへ150億ドルを寄付しスタートを助けた。GAVIは17カ国とEUから寄付を得て、破傷風、B型肝炎、黄熱病ワクチンを最貧国70カ国1億3800万人の子どもに投与したが、これで200万以上の早産死が防げた。


ゲイツ夫妻は、資産をWHO(世界保健機関)、世銀の途上国開発援助プロジェクト、NHI(国立衛生研究所)、アメリカガン協会など既存の機関に寄付してもいいが、そうしないで自分でプロジェクトをつくるというのがさすがである。


起業家は官僚機構の生産性の低さを嫌う。ゲイツ夫妻の挑戦はこうした国際機関と競合するがそんなことは気にしない。ここが起業家らしいやり方である。


財団資産の半分をGAVIへ支出したとは太っ腹でやることが速い。ゲイツ夫妻の途上国での疾病撲滅はもう動き出している。


長い特集記事から、えぇ、そうなのという所をピックアップしたが、女性編集者が書いた記事で、ゲイツ夫妻に好意的な目で書いている。


ゲイツ財団の事業には女性がたくさん登場する。財団のCEO、COOともに女性、フォーチュンの記事にも女性がたくさん登場する。男が稼いだカネを女性が世界の貧困に使う、そんな時代になっている。


アメリカで活躍している女性で今の話題はヒラリー・クリントンであるが、メリンダ・ゲイツの活躍も話題になっているはジャーナリストの視線が彼女にも注がれてるからである。


すごい女性が出てきたものだ。

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メリンダ・ゲイツ(前)

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前回フォーチュン誌1月7日号の特集「メリンダ・ゲイツはパブリックへ行く-ビルと生活し、ウォーレン・バフェットと働き、彼らの数十億ドルを与える」長い記事を2回に分けて紹介する。


この特集はメリンダの一代記で、メリンダの育ち、ゲイツ夫妻がフィランソロピーに向かったわけ、世界の貧困を失くすことに事業を集中した理由などについて記述されている。


・メリンダはダラスで生まれ、勤勉な中産階級の家族で育った。両親は4人の子どもをカレッジへ行かせることだけを考えた家庭だった。父は技術者でファミリービジネスーリース業をやっていた。


・週末には家族はファミリービジネスを手伝い、メリンダはこうして14才のときから父が仕事に使っていたアップルコンピュータを操作できるようになり、ベイシック言語を覚え兄弟に教えるほどのPCの習熟者になった。


・彼女の高校時代は、毎日ゴールを持つ挑戦的な生活を続け、例えば毎日1マイル走る、新しい言葉を学ぶ、その類のゴールを設けていた。


・大学生時代にサマーインターとして働いたIBMの親切なリクルーターからマイクロソフトへ入ることをすすめられた。理由はそこでは恐ろしいほどの昇進のチャンスがあるからだ。


・22才の1987年にシアトルに着任し、ワードのマケティング・マネジャーになった。


・マイクロソフトには多くの特異体質の人がいて、皆賢く、世界を変えている最中で、彼女はリクルートされた中で最も若く、10人のMBAの中で唯一の女性だった。


・マイクロソフトは非常に辛らつな会社で、トップダウンでゲイツとバルマーがマネジャーに熱弁をふるいいじめた。これが彼女を悩ませマイクロソフトを去ることを考えた。


・入社4ヵ月後、ニューヨークであったPCエクスポ・トレイド・ショーに出席したとき、グループディナーで席がゲイツの隣になり、話してみて面白い人だと知った。ゲイツによると隣になったのは彼女のルックスがゲイツを引き付けたからである。


・9年後インフォメーション製品(エクスペディア、エンカルタ、シネマニア)のジェネラル・マネジャーに昇進、300人の部下を持った。前任者のパティ・ストネシファー(現ゲイツ財団のCEO)はメリンダのことを、強いチームリーダーで、もし結婚で辞めなければ経営者になっただろうといっている。


・夫妻の財産を寄付する話をしたとき、ビルが60才になるまで待ち、弁護士と会計士から財団を持つことを奨められていたが断った。彼は他の新しい仕事を必要としなかったからである。


・93年12月に結婚祝い会があったが、ゲイツの母メアリー・ゲイツは肺がんにかかっておりメリンダに手紙を書き朗読させた。母は翌年の6月に死去したが、手紙のエッセンスは "From those to whom much is given, much is expected"(こちらから、与えられ待ち望んでいる人へ)だったが、寄付を奨めたもので、これがゲイツ財団をつくることに拍車をかけた。


・ビル&メリンダ・ゲイツ財団は資産376億ドルの世界最大の財団で、既に144億ドルを支出したが、この額は1913年にできたロックフェラー財団がこれまで支出した額を上回っている。


・メリンダは43才、一番下の子どもが一日中学校へ通うようになったら、子育てからステップアップし財団の仕事に週30時間以上の時間を割くつもりである。9才年上のゲイツには週に40時間以上使うプランがあり、会長としてマイクロソフトには15時間前後を使う。(今年の夏からそうした生活になる)


・メリンダはゲイツよりも教育を受けている。デューク大学でコンピュータ・サイエンスと経済学の学士(ダブル・メジャー)、MBAを5年で取得。ゲイツはハーバード大学中退で昨年6月やっと学士を取得。


・メリンダはアスリートで週に一度1時間に数マイルで走り、週に5日エクササイズを試み、シアトルマラソンを完走し、ロープとアイゼンを使いマウント・レニエを登る。


・カネの使い先について二つの質問を発し、最も人びとに影響を与える問題はどれか、過去に見過ごされていたのはどれか、こうして世界の死に至る病気撲滅ににカネをそそぐことにした。


・アイルランドのロック歌手ボノは、メリンダの全体観的なビジョンとゲイツのブレインパワーのコンビネーションがインパクトをもたらすと話している。


メリンダ像がだんだんわかってきただろうが、続きは次回。



クロニクル・フィランソロピー誌はメリンダ・ゲイツが1月7日のフォーチュン誌のカバーストーリーに取り上げられたことを記事にしている。

フォーチュン誌のカバーストーリーはここ 、サイトで4ページにもなる長い記事である。

クロニクル・フィランソロピー誌の記事はこんな内容である。
ゲイツは財団の資産を夫婦で一緒にやり遂げることに投資するといい、メリンダは最も大きな不公正の海図に納得させられ、私たちはそこに最大の変化を効果的に起こす決心であるといっている。


ゲイツが長期間かけて感染症をなくすためにワクチンを投与し科学的な解決策を目指すつもりなのに、彼女はワクチンだけでは子どもを救えない、インドの村では流れ込んでいる川の流れで牛が排便する、こうした(ワクチン投与とは)違う問題へも投資をして、めざましい効果を出すことを望んでいる。


メリンダはシステム・シンカーである。メリンダにとって、寄付効果のインパクトを最大にする鍵はパートナーシップを作ることにあるとするならそうする。例えば06年にはロックフェラー財団と1億5000万ドルの連携(カネはゲイツ財団が支出)をしたがこれがそうである。


夫婦は(他の解決策との)差異をつくるために深く、深く、深く問題を考え、空想でなく(具体的な)インパクトを求める。


ウォーレン・バフェットは310億ドルをゲイツ財団へ寄付したが、ゲイツはものすごく賢いのは明らかだが、全体像を探す点ではメリンダの方が賢いと言っている。もしメリンダがいなかったら数百億ドルを寄付したかどうか聞かれて、「That’s a great question. And the answer is, I’m not sure」と答えている。(バフェットはメリンダと一緒にワシントンポスト紙の非常勤役員をやっていたときに彼女の実力を知り寄付したという説がある)


ビルゲイツは今年の夏からマイクロソフトを去りゲイツ財団に専念し、夫婦で世界の貧困問題に取り組む。この夫妻の活動がフィランソロピー活動を世代変りさせるほど革新すると期待されているので、年初から記事にしたのだろうと思うが、夫妻はフィランソロピー革新の発火源になるかどうかが話題である。


ゲイツは50才代の前半で、メリンダは9才下とまだ若いので難問解決にエネルギーを投入でき、しかもカネはあるのだから成し遂げる可能性は高い。


フォーチュン誌の記事には、メリンダの意向で10才代前半の長女が財団で働き始めたとある。メリンダの父は技術者で自分の会社を経営していたが、メリンダはそこで10才代から働いていたそうだ。これを習ったものだと思うが、自分たちの世代で成し遂げられなくても次ぎの世代に引き継ぐつもりなのだろう。


面白い大金持ち一家である。



非営利法人誌「 Chronicle Philanthropy」はアメリカの2007年個人寄付ベスト50を調査し1月14日発表した。サイトはここ


そのうちベスト10と11位以降の特記事項が下記にある。


トップはホテル王のヒルトン(写真)で12億ドル、50位でも38百万ドルと個人寄付としては巨額である。


金融、石油、不動産、情報などで財産を築いた起業家が引退まじかになり寄付をしたもので、寄付者の年令は60才代、70才代と高齢である。


寄付先は「大学、医療、自身の財団の三つが好き」と書いている。「自身の財団」とは助成財団のことで、ここからまた実際の事業や活動へ寄付されるので、寄付先は一層広がってゆく。


アメリカは現在史上最も個人の金持ちが出てきている時代である。IT、金融、メディア、生活雑貨などのソフトな産業を起業家が起こし、それが大成功して個人の金持ちが増えた。


アメリカの産業構造が90年代にソフト産業、知識産業主力に転換した結果である。


連邦準備制度理事会の調査だと資産1億ドルをこえる個人資産家は数千所帯もおり、1000万ドル以上の所帯は95年に23万所帯だったが04年には53万所帯に増えている。


個人資産500億円で年利2割で運用すると、年に100億円の運用益があり50億円ぐらいは簡単に寄付できる。金融工学の発達も個人寄付の増大に貢献した。


これがアメリカの個人寄付成長のバックグランドである。経済が回復すると個人寄付が増える傾向があるが、それだけでなく産業構造が付加価値の高い産業へ転換し、起業家がそれを主導した(行政や古い企業ではない)ことによって寄付が増える経済になっているのである。


日本にはそんな個人の金持ちはいないので真似しようと思ってもできない。しかし、遅ればせながら日本の産業構造もアメリカ化に向かっている。


日本はまだ投資効率の悪い大きな公共部門が残っているいるが、ここは市場の暴力で小さくなりカネは民間に回る。さらにGDPの8割を占める非製造業で起業家がソフトな新ビジネスを開発する。ソフトビジネスでは世界市場を相手にするところまで行っておらずに、小さく考えることになれてしまってるが、ここも変って来ると思う。


そうなると2010年代、2020年代にアメリカのような個人の金持ちが増えて寄付が増える社会に変るのかどうか、そうなりそうな感じがする。


★2007年個人寄付額ベスト10
1位、 William Barron Hilton、寄付額 $1.2-billion
the Conrad N. Hilton Foundation へ寄付
ホテル王のヒルトンで、バカな孫へはもうあげないで寄付と話題になっている


2位、 Jon M. Sr. and Karen H. Huntsman(夫妻)、$750.0-million
the Huntsman Foundation へ寄付、化学製品製造業で財を成す


3位、 George Soros、 $474.6-million
あの投資家のソロス、彼が設立した three New York grant-making foundations へ寄付


3位、T. Denny Sanford、$474.6-million
the Sanford Health Foundation(20の子どもクリニックを経営)、金融業


5位、 John W. Kluge、$400.0-million、Media and entertainment


6位、 Sanford I. and Joan H. Weill(夫妻)、$328.5-million
Weill Cornell Medical College, Cornell University's medical school, in New Yorkへ寄付、証券業を起こし、シティバンクを乗っ取った金融業の起業家、シティの経営からはもう引退してるが、シティ株価がまだ高いときに売り逃げて財産を作ったのか


7位、Michael R. Bloomberg、$205.0-million
arts, education, health care, and social servicesの1100の非営利法人へ寄付
ニューヨーク市長のブルンバーグ、金融サービス業で成功した


8位、T. Boone Pickens、$200.8-million
the T. Boone Pickens Foundationへ寄付、石油投資家


9位、Robert Day、$200.0-million
Claremont McKenna College, in Califへ寄付、金融業


10位、Eli and Edythe L. Broad(夫妻)、$176.0-million
the Broad Foundationsへ寄付、金融、不動産業


★11位以降のトッピクス
17位、Philip H. and Penny Knight(夫妻)、$100.0-million
the University of Oregon, in Eugene, to establish the Oregon Athletics Legacy Fund、ナイキの創業者


21位、Pierre and Pam Omidyar(夫妻)、$97.8-million
the Omidyar Networkへ寄付、イーベイの共同創業者


25位、Jerry Yang and Akiko Yamazaki(夫妻)、$75.0-million
Stanford University, in California、the university's Woods Institute for the Environmentへ寄付、ヤフーの創業者、奥さんは日本人なんですね


42位、Paul G. Allen、$46.0-million
the Paul G. Allen Family Foundation、マイクロソフトの共同創業者


49位、Lawrence J. Ellison、$39.0-million
the Ellison Medical Foundation、オラクルの創業者、エリソンはバイオベンチャーへ熱心に投資している

アメリカの社会起業家二題

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日本のアメリカ通2人に見えたアメリカの社会起業家像はこうである。


まず渡邊奈々さん、日経BPネットの対談でこういっている。

渡邊さんはニューヨーク在住の写真家で滞米30年以上、「チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える」「社会起業家という仕事 チェンジメーカーⅡ」を刊行している。サイトはここ

『2000年ごろ社会起業家について知りたいと思い、ジェッド・エマソンにボストンまで会いに行った。彼はハーバード・ビジネススクールで開講した社会起業コースの講師をやっていたがこう言った。「社会起業っていうのは時代の最先端のニーズから発した仕事のあり方であり、生き方なんだ。音楽で言えばパンクロックさ」と』


『最近、米国では風向きが変わってきました。平和部隊が2007年の大学新卒者の人気就職先リストの第5位に入ったのです。雇用先の企業の方も「金儲け」が目標の人より「社会貢献」の意志と能力を持つ候補者を優先し始めたようです。そんな風向きの変化を示す例として、やはり2007年人気就職先の第10位に入ったティーチ・フォー・アメリカ(TFA)があります』


『TFAはエリート大学の成績優秀者が卒業後の2年間、貧困地区にある公立の学力底辺小中校で教師になるというプログラムです。年収は2万5000ドル(約280万円)です。多くのエリート達がめざすJPモルガンの初任給は6万5000ドル(約730万円)ですが、そのJPモルガンを蹴ってまでTFAを選ぶ学生が増えてきたとか。それでJPモルガン側の提案によりTFAとの共同採用が始まったのです。マイクロソフトやアクセンチュアなども右に倣えだそうです』


『10年前なら優秀な卒業生は、投資銀行か法律事務所、もしくは経営コンサルティング会社に就職し、20代で億単位の収入を得るのが王道と言われました。それがカッコいいというイメージは変わりつつあるようですね』


つぎは上山信一慶応大学教授(行政経営)が日経BPネットに連載コラム「続・自治体改革の突破口」で社会起業家についてこう書いている。

上山教授はジョージタウン大学研究教授をやっていたアメリカ通。サイトはここ

『昔の学生はチェ・ゲバラなど“革命家”に憧れた。今の学生は“社会起業家”に憧れる。だが大人たちは「社会貢献で食えるはずがない」と考える。また若者の社会起業家ブームは「就職忌避のモラトリアム」「自分探しの逃げ場」「ホリエモン礼賛の反動」と見えなくもない。だが社会企業の伸長は世界的現象だ』


『米国のNPOのアショカ財団(Ashoka Foundation)は米国内外の優れた社会企業(起業家)を選抜・支援する。彼らは社会企業(起業家)を「社会の最も差し迫った社会問題に対し革新的な解決策をもつ個人」と定義する。スイスのシュワブ財団(Schwab Foundation for Social Entrepreneurship)も社会企業(起業家)を発掘・助言し連携を促す。彼らは「新しい発明や方法、あるいは既存の技術や戦略を使いこなし、組み合わせて大規模かつ体系的で持続可能な社会変化をひきおこす現実的な夢想家」だと定義する』


こんな調子である。日本でもアメリカほどではないが傾向は同じ、違いは大学の先生がそうした学生が出てきたことが大きなトレンドだと読めず、官僚は社会起業家を信頼し任せてみようとは思わず、大企業は支援してみようとはまだ思っていないことである。


でも、日本だって変るのは時間の問題である。

前回経済産業省のソーシャルビジネス研究会の話をして、来年度からソーシャルビジネスを広げるために産業政策を展開することを紹介しましたが、その続きです。


5年ぐらい前にyosakoiソーラン祭りを始めた長谷川岳さんに会ったとき、あなたは地域文化を創造した社会起業家ですねといったところ、しばらく考えたあとで、言われてみるとそうですねと返してきたことがありました。


このとき彼がさかんに強調したのが、3億円近くのお祭り開催費用のうち、自治体から得ている補助金は札幌市からの数百万円にすぎないということでした。費用のほとんどは寄付や事業から生み出したカネです。


起業家には政策や補助金に依存しないことがいいのだという美学があります。社会起業家は起業家なので、熱狂的なLibertarian(自由論者)である場合が多い。こういう人は政策支援なんかに頼らない、自分の力で新境地を開くんだ、そのことが粋だと思っている人種です。


シリコンバレーの起業家がこれで、特にベンチャー・キャピタリストはその傾向が強い。日本だって同じで、私はこんな人に何人も会い、粋な心意気を聞かされたことが何度でもあります。


こういう連中を相手に産業政策をつくるんですから大変です。私は官僚から社会起業支援の政策として何かアイディアはありませんかと聞かれたとき、彼らの精神を思い、邪魔をしないことだけでいいのではと答えていた時期がありました。


これは極端な言い草ですが半分は真理ですが、何かの支援策はあるはずです。


昨年夏、広島市から2010年から始まる基本構想を考え始めてるが、そこに社会起業を入れてみたい、何かアイディアをというので「認知をやったらどうか」と提案しました。市内に潜在している(今の時代、探せば必ず見つかります)社会起業家らしきものを見つけ表彰するのです。


そうすれば地域社会の人はそれを知り、地方新聞も地銀もお墨付きがあるので寄ってきて彼や彼女の事業を支援してくれます。水戸黄門の御印籠効果です。


お上の啓蒙、認知、これを市の産業政策として薦めたのですが、カネがかからないのですぐにでもやったらいいのにと思います。


社会起業家は前例のないことをやるので、右で社会の壁にぶつかり、左でぶつかりとひどい目に会います。政府や自治体はこの摩擦を少なくしてあげる、ソーシャルビジネスが普及するインフラとはこれでしょう。


昔通産省は自動車、半導体、コンピュータ産業などの育成ビジョンをつくり、企業に投資をすすめました。企業は投資計画を実行するとき、通産省ビジョンにあるのだから間違いないと常務会などで計画が通過したものです。


これと同じです。未知のえいたいの知れないものを国が認知してあげれば、それに挑戦する起業家はどれだけ助かることかと思うのです。

経済産業省の研究会のことです。経済産業政策局地域経済産業グループは昨年9月から「ソーシャルビジネス(SB)研究会」を開催し、月に一度会合を開きましたが、その議事録のサイトはここにあります 。(このページにはものすごい数の研究会があり、それだけで驚きますが、ソーシャルビジネス研究会は下のほうに載ってます)


谷本寛治一橋大学大学院商学研究科教授から年賀メールをもらい、そこに「昨年から経産省でソーシャルビジネス研究会が動いています。政府からの支援策も大事だと思い、いろいろと考えています」とありました。谷本先生はこの研究会の座長をやってます。


議事録のページには4回の会合の様子や、資料のところにはイギリスやEUの政策を現地調査した資料、ソーシャルビジネスらしきものにアンケート調査した結果(事業型NPOにいろいろ聞いたものを約300通集計)などがあり、研究者はこれが使えます。


報告書は3月には出るようですが、研究会の論点は
1,認知度が低いのでどう広めるか(認知度向上が重要な支援策になる)
2,資金調達方法がないので資金をどう流すか
3,既存の中小企業支援策が使えないか
4,経営支援、資金支援する中間組織をどうつくったらいいのか(大企業による支援、中間支援組織による支援、大学とのパートナーシップなどの可能性)
5,事業評価をどうやるか(SBではどのように社会性を評価するべきなのか、このように測ればよいというモデルはアメリカにもヨーロッパにもまだどこにもなく、様々に模索されているが日本でもつくることが必要)
6,大学教育などで人材をどう育成するのか(アメリカのように、ベスト&ブライテストな人材がSBに参入していくという流れが日本にはないので、そのような流れをつくる)
7、SB向きの法人をつくる(NPO法人の形態では役員に給与報酬等に制約を感じる、新しい概念の法人格を検討する必要がある)
8,SBの価値(なぜSBなのかを考えなければならない、まちづくりは行政が主導し、NPOは孫請け、ひ孫請けになっており、NPOが疲弊している現状を認識して政策を進める必要がある)
などが議論されてます。


どれもまともな議論で課題は出尽くしている感じがしました。ただ、過去の産業政策と違い、どう政策をつくったらいいのか戸惑いがにじみ出ている印象を受けました。


過去の産業政策の定番は
1、新産業ビジョンをつくる、企業はこれを指針にして投資を行う
2,政策融資、低利融資などの金融支援、新産業は大きな設備投資をするのでそこを支援する
3,税制優遇、減価償却特別償却制度、研究開発税制優遇。。。
でしたが、SBのようなソフトな産業では大きな投資をしないのでこのやり方が使えない、ここが悩みです。


ITとネット産業でも同じような悩みがあります。クリエイティブ産業の産業政策では過去の政策から飛躍してブレークスルーした政策が必要になりますが、それがまだ定着してないのがいけません。


経済産業省が既にもっている中小企業金融や中小企業振興策、ベンチャー振興策のプログラムの中で使えるものがありそうで、それを吟味するだけでもSB支援の政策はけっこうあるでしょう。


新しい資金調達方法は金融庁、大学の新カリキュラムになると文部科学省と広がって縦割り行政のもとでは実現には時間がかかってやっかいなことになるんでは、これが心配ですが問題提起にはなります。


そこでSB支援の政策なら、まずSBの新産業ビジョン、行政でも企業でも解決できない問題を解決する力があるとか、社会をよい方向へ変える力とか、見落としていた社会問題を発見してそのビジネスモデルをつくるとか、企業は社会貢献でなく社会投資をやって社会を変えるとか、こんなことを示して国民がなるほどそうだ、そっちに向かおうと思う心を育てることをやったらいいのです。


「SBで社会をよくする国民運動を起こす提案」、これがSBの新産業ビジョンです。これだけでも示せれば成功なのにと思います。


社会起業家は起業家です。この種の人材は政府の関与を嫌う性向があります。政策支援があると横を向いてしまう連中です。これも政策をつくりずらくしている理由ですが、次回はこれを考えてみます。

毎日新聞:駒崎弘樹さん

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毎日新聞のインタビュー「時代も自分もプロデュース」の2回目にフローレンスの駒崎弘樹さんが登場してます。サイトはここ


保育の世界は不思議だらけで、ニーズは多いのに病児保育をやっているのは全国保育所の2%にすぎず、業界には高齢女性が多いために多様性がなくイノベーションが起こりにくい、国や自治体から補助金をもらってるので縛られて食えない世界、そこに挑戦して従来なかった在宅モデルをつくった。


現在は会員300世帯で100世帯が入会を待ってもらっている。今年度に黒字になる見込みでビジネスとして成り立ちつつある。2010年度に都内で1000世帯を目ざし、地方はノウハウを提供して全国にも広げる。


駒崎さんはこんなことを語ってます。インタビューアーは女性記者ですが、駒崎さんの記事を書くのは女性が多い。働いている女性にとってのどから手が出るほと欲しいサービスだからでしょう。


「時代も自分もプロデュース」の連載1回目はソニーでAIBOを開発した大槻正さんで、ニコンに転職して新しい開発をやる、ソニーがAIBOの開発をやめてしまったので今度はニコンでやるぞと語ってます。3回目は日産のGT-Rのマーケティング・ディレクターの加治慶光さんで、800万円のスポーツカーをブログやユーチューブを使って宣伝したところ、月間200台販売目標のところ3ヶ月で3200台注文があった話をしてます。


AIBO → フローレンス → GT-Rは面白い並びです。フローレンスの革新性を高く評価してるんですね。駒崎弘樹はたいしたものになりました