見知らぬ㈱ジャパンサイトの代表竹井善昭さんからメールがきて会いました。


竹井さんの本業はメディアプロデューサー、社会起業に関心を持ち会いにきたのです。企業の社会貢献活動にも関心があるといってましたが、このとき話したことは竹井さんのグローバル・ネットニュースに載ってます。

サイトはここ

企業の社会貢献活動は本業であげた利益を社会に還元する活動ですが、そこから世代代わりして社会起業そのものを本業にする提案がアメリカで出てきました。


そうすることで企業のブランドがあがり顧客をつかまえて利益が増えるからです。日本でもきっとそうなります。


利益を増やすにはコストをカットするとか、赤字事業を売るとか、遊休資産を稼動させるとか、過去の垢を落とすことをやってきましたが、これからは新しい事業を創造して利益を増やすようなことをやる時代になりますが、新しい事業とは社会性の強い事業、これは行政に任せていたので穴だらけ、事業開発の目で見れば無限の荒野です。


そんな時代に入ってしまっているので「社会起業の専門動画サイト」「社会貢献活動の先端事例を紹介した動画サイト」などはもう成り立ちます。


CNNはニュース専門のテレビで成功しました。これと同じで社会性の強い事業の動画サイトは事業として成り立つ感じがします。


昔と違ってインターネットでやれば巨大な投資は必要ないのもこの事業が成り立つ理由でしょう。前例がないぶんビジネスモデルをつくるのが大変ですが、オオバケする楽しみがあります。


アメリカでは国民運動を起こすのにハリウッドを使うやり方が定番です。アメリカの軍事力を中東で使うことに反対する映画がハリウッドでつくられるのもこれです。


最近「キングダム」を見ました。サウジの外人居住区の広場で自爆テロがあり100人以上の外国人が殺されます。同僚を殺されたワシントンのFBI捜査員が乗り込み、国務省の官僚主義にじゃまされながら犯人のイスラム原理主義者の集団を探し当て、数人の捜査員だけでテロリストの巣窟、病院でした、を襲撃して退治してしまう物語でした。


テロリストとの戦闘場面がすごくこれが売りの映画でつくりのよい映画でした。テロに対処するには大量の軍隊を送るのでなく、テロは犯罪なので犯罪捜査によって犯人を見つけ罰するのが正攻法だ、警察活動こそアメリカがやるべきことだと映画はメッセージを送ってました。


社会を変える、世論をつくるのに画像を使うのは日本でもそうでしょう。


竹井さんはそんなことに挑戦してるようにみえました。社会起業にはこんな切り口もあります。

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DOWAホールディングス

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社会貢献を本業にした例。


昔の同和鉱業、社名を変更し持ち株会社をつくり、先端技術立社を社是にかかげている。


金、銀、銅などの非鉄金属の精錬業が本業だが、高精度金属製錬技術を活用し、東南アジアから使用済みの携帯電話を輸入し、金や銅などの非鉄金属を取り出して再利用する計画を進めている。


これは有害廃棄物の輸出入を規制するバーゼル条約事務局との共同プロジェクトで、有害物質(例えばヒ素)の不適切な処理も防ぐ国際的なシステムをつくる。


東南アジアでは使用済みの携帯電話が中国に運ばれ、有害物質を残したまま貴金属だけが取り出されたり、一般の廃棄物と同様に焼却処分されていた。バーゼル条約事務局はこれに憂慮し、環境省の仲介で資源回収の協力を要請してDOWAとの共同事業にした。


複数の金属が含まれる電気製品から金属を取り出すための製錬所を持っているのはDOWAがアジアで唯一の企業で白羽がたった。


使用済みの携帯電話には1トン当たり400グラムの金、172キロ・グラムの銅が含まれている。鉱石(1トン)には金は5グラム程度、銅は10キロ・グラム程度しか含まれておらず、電子・電気機器の方が効率的に非鉄金属を取り出せる。


工場が東南アジアへ行く時代に反対に日本の工場が大きくなるのが面白い。日本の進んでいる環境技術を活用すると似たことはこれからもありそうなことである。


有害物質の拡散を防ぐだけなら社会貢献活動だが、取り出した希少金属はDOWAの収益になるのでこの事業は社会貢献活動でなく本業の精錬業である。


収益を目的にした会社がやる典型的な社会起業ではないだろうか。


当座はタイ、マレーシア、シンガポールの3か国が対象であるが、そのうち中国、インドからの回収も行うようになると、埋蔵量が大きな人工鉱脈を掘り当てたようなもので社会性の強い本業が利益を生む好例になるのでは。


こんないい条件の社会起業はめったにないが、社会起業を本業にすえると思いがけないことが起こるような時代になってる。

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野球バット、ゴルフクラブ、テニスラケットなどで中心に当てることだが、経営でもこれが必要という話。


「ヒトデはクモよりもなぜ強い-21世紀はリーダーなき組織が勝つ」(日経BP刊)にこれが出てくる。シリコンバレーで成功した若い起業家2人が書いた本で、ヒトデは端を切っても死なない、クモは頭を切ると死ぬ、致死点のある組織は弱いことをいっている。


「中央集権が一方の端に、分権がもう一方の端にあるとして、権限分散のスイートスポットはその中間にある、最高の競争力を生み出せる位置だ」


分権と集権のミックスは昔からある経営課題だが、現在は分権よりにスイートスポットが動いている。


ネットオークションのイーベイが出てきたとき、シリコンバレー有数のベンチャーキャピタルによって創立されたオンセールと競合していた。オンセールはパソコンを仕入れて在庫として持ち、定価はなく入札者が価格をつけて競って値段を決めるシステムだった。このために在庫管理ができる中央集権型の組織だったがイーベイはそれがなくより分権型へ飛躍したビジネスモデルで、イーベイはそこにスイートスポットを見つけて勝負に勝った。


ネットオークションというビジネスの特質から分権型の方が競争力があったのだが、イーベイが成功したのはそれを誰よりも早くそれを探り当てそこに当てたからである。


GEのウエルチが成功したのも極端に集権よりに行き過ぎていた組織を分権型に戻したからであり、トヨタが自動車産業で成功したのは自動車会社の中で一番早く分権型へ移行した(工場労働者の自主性発揮のことをいっている)からである。


シリコンバレーのネット企業の成功した起業家から見ると、今起こっている企業組織の動態的な変化はこう見えたらしい。


実際の経営では左端の集権と右端の分権の線上で最適なスポットを探して当てるといっても、事前に計算してそれがわかるものでないので混合割合を精密にデザインすることができない。


ここが困ったことで、分権化の方向に行けばいいとわかっていてもその最適点がわからないのが難点である。しかし経営の成功と失敗を単純明快な論で説明するのはなかなかよい。


これを読みこの論は収益性と社会性でも成り立つと思った。


この20年は市場経済原理主義で収益性と社会性の線上で収益性の方に傾いていた。最近頻発している食品加工業で事件が起こるのはこのためである。


食品産業は安全、消費者の信頼、健康など社会性の濃い産業であるが、それを忘れて収益性の方に行過ぎ、世論がそれを糺すトレンドなのでこんなことになってしまった。


時代は社会性の方向に動いているのにそれに適応できずに昔のまま置いてきぼりになった経営が罰を受けているのである。


企業の社会貢献活動で、貢献でなく本業でやるという提唱もこれである。


一方自治体がやっていた事業を民間でやるのは社会性から収益性へ動くことで反対方向であるが、収益性と社会性の線上のスイートスポットを探す現象なのは同じである。


こんなことを考えていると、社会起業は線上の最適なスイートスポットを探して「ここだ」と当てる事業だとわかる。


誰でもそこの点をうすうす感じてることなので「当たり設計」なら支援はくる。


この論で社会起業スイートスポットの公理に沿ったデザインが想定されるが実際にはそれは難しい。そこで実際には社会起業を評価するとき、このスイートスポットの立位置で評価することはできる。こんなことをやりながら社会起業のスイートスポットの大まかな位置を知りたいと思っていろいろ考え始めている。

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地域再生事業(3)

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自然の美しさ、歴史遺産、地元産品の三つで地域再生をやった話しです。


この間NHK総合TVとハイビジョン放送(一回目が総合放送、2回目以降がハイビジョン)で「フランスの美しい村」を紹介する番組をやっていました。


「美しい村」をウッイキペディアで調べたところありました。「フランスの最も美しい村々:Les plus beaux villages de France」、1982年に年に創られた協会で、ここが148の美しい村を認定してます。


選定基準は景観が美しいうえに
1,人口2000人以下の村
2,最低2つの遺産、遺跡があり保護政策が行われている
3,コミューン議会で同意が得られている
となってます。


フランスでは80年代に分権化が始まり、その政策の一環だと想像します。目的は質の良い遺産を多く持つ田舎の小さな村の観光を促進することです。


NHKの番組はこの村のいくつかを岸恵子さんと玉村豊男さんがめぐり村の様子を伝えました。例えばこんな村です。


・農家の戸と窓枠を自然な塗料(カーキ色の漆喰のようなもの)を塗って景観を統一した村

・農家の家の壁が地元の赤い石でできてるので赤い壁の農家を観光資源にした村

・ワインが凶作で壊滅したあと栗の産地で復活し、マロングラッセのような加工品を生産し栗祭りをやっている村

・りんごの加工産地、リンゴジュース、アップルパイ。。。これでりんご祭りをやっている村

・ワイン産地で年に一度ワイン農家を巡るツアーをやっていろんな種類のワインの飲み比べをやっている村

・伝統的な地鶏の田舎料理を売り物にしている村

・トリフが自生している村で10年かけて人工栽培に成功した農家がトリフ料理を売り物にしている村という具合です。


中世の城郭都市だった所で、まわりに城壁がありその中に数百人が住んでいる人口密度が高い村です。何百年も歴史のある村で教会、修道院、昔の町並みなどどこにも歴史遺産があります。


昔は数千人が住んでいたが過疎化が進み現在は数百人だという村もありました。画像では道を進んで行きますが、ほとんど人に出会わないという調子で、日本では典型的な過疎村で暗いイメージの所です。


しかし、村の景観が美しい上に何かの地元産物があり、その二つに誇りを持ち経済的に豊かとは見えませんが、登場した村人は等しく誰もが楽しそうで、小さな幸せを味わっている感じでした。


美しい景観の中に住み、時間はゆったりと流れ、近隣との共同体があり、ちょっとした仕事、農産物の加工などがあり、贅沢はできないが生活している喜びが画面にはありました。


ある村では村長が中年の家具職人で村長は兼務です。100年前の家具をなおしてる様子が写りましたが、そうしないともったいないじゃないか、いい木をつかってるのでなおせば価値が出てくると満足そうな顔をしてました。


日本の村だってこのぐらいの美しさはあり、歴史遺産はある、所得だってフランスの村よりも高そうで同様な人生観で生きられるのに、日本の村はなんだか不幸な感じです。


都市との所得格差を叫びなんとかしてくれという、老人だけになり未来の展望がないとか、農家は壊滅寸前で補助金をくれとか、建設需要がなくなった公共投資をといろいろ不幸をいいます。


世界標準でみると、そんなに貧しいわけでもなく、不幸でもない、それなのに政治家におねだりして心が貧しくなった不幸な人なんだと思いつきました。


私はこの番組を一週間毎日見て、金銭欲は果てしない、どこかで絶てば心が自由になり豊かさ感はますと老子の昔から人間は考えてきた、フランスの美しい村はこの境地だ、日本も一度そこに戻るときだと強く思ったのです。


NHKのこの番組をつくったプロデューサーは安部さんの「美しい日本」に対抗してつくったのだと思いますが、私のように見た人もいるのではと想像します。


現在の地域再生事業にはこんな感覚が欠如している。だからいくらやっても果てしなく、このあたりで幸福感、地元の誇りを取り戻す事業をやるときじゃないかと、今の地域再生事業で欠如してるところを発見した思いです。


幸福感を感じる再生事業だって、どうするんだ ? と言うでしょうが、今だって地方をテーマにした番組はいやというほどあります。どうせやるなら地方には都市にない豊かさがある、うらやましいでしょうというような国民運動を起こしたらいいのでは、この国民運動を起こすのが事業です。


前にこのブログでアメリカの2011年問題、団塊世代がこの年に65才になりますが、隠居するのでなく社会のために働いてもらう、社会資本にしようという研究をハーバード大学が行い、それを実現するために国民運動を起こそう、それにはハリウッドやメディアでそういう物語をつくり国民に考え方を普及する、非営利法人がそのための旗を振る。。。と具体策を提唱しました。


これと同じで、地方は過疎だ、高齢化率が高い、所得は都市の半分。。。という固定観念にパラダイムチェンジを起こすことが大切なんではと思ったのです

地域再生事業(2)

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内閣府のホームページで地域再生事業を読み、これは元大分県知事平松守彦さんがやった一品一村運動の21世紀版だと思いましたが、そう考えてるとき毎日新聞一面に平松さんが登場しこれを語ってましので注意深く読んでみました。


平松さんはもう80歳代と高齢になっているのに現在でもNPO大分一村一品国際交流推進協議会を03年につくって、一村一品運動の精神を日本の各地に伝えたり、アジアの国へ伝えてる事業をやっている話をしてました。


一村一品運動の精神に学びたいという来客は今多いらしい。地域再生、自立の元祖なのです。


ここで平松さんはこの運動から湯布院、関サバ、臼杵と武田のカボスブランドを生まれたと自慢してました。


一村一品運動は79年に平松さんが提唱して80年から始まり27年目になりますが、指定特産品は336、前記の産物のほかシイタケ、大分焼酎、ハウスミカン、関アジなどが有名です。


生産額の総額は1400億円、うち売上高1億円以上の産品が131もあるらしい。大分の経済界が共同で出資してつくった大分一村一品㈱が1988年に設立されて現在ではここがネット販売を担当してます。


平松さんは03年に知事を辞めたとき県庁から一村一品事業を推進する部門をなくして前記のNPOをつくって引き継ぎましたが、県の事業から離れ自由度がました分かえっていい結果をもたらすでしょう。


内閣府もいつまでも抱えるのでなく、めどが出てきた時点で切り離したらいいのにと思います。


平松さんぐらい一人の人がしっこくやらないと地域再生事業なんて息の長い事業なので成功しない、80歳をこしてもまだやっている執念はすごいもので、本人は自覚してないでしょうが平松さんには社会起業家精神がふんだんにあったのです。


平松さんが成功したのはこの執念ですが、さらに一村と狭い地域に限定し一品に絞ってやったのが成功した理由でしょう。執念深く一品に絞り成功した先進事例が大分の村にあり、平松さんはこれを眼力鋭く観察して一品一村運動のデザインをやったのですが、成功体験のエッセンスを抜き出したので成功しやすいデザインになっていたのです。


首長自ら行政に頼よってはいけない、住民の自主性によって事業を展開せよと迫ったのもよかった。


世界の社会起業家を研究していて痛感することは、たった一人のカリスマ的な起業家がいるところがいい仕事をしていることです。並みでないエネルギーを持ち、306度方向から来る反対を気にせずに、変人と言われながら進めると支援者が自然に湧いてくる、こうして事業が自然回転するというプロセスがあります。


内閣府の地域再生事業にこうした一人の人物、社会起業家ですが、いるのかどうかが成否を分けます。いれば内閣府はその人に任せて支援する、いなければ探せばいい、これが内閣府のこれからの仕事です。


大分県の一人当たり所得は九州で一番です。新日鉄、住化、昭和電工、TOTO、キャノン、東芝、NECなどの工業があり、有名な温泉地もあって観光産業が栄え、くわえて一村一品運動により地元産物の成長もありました。


大分県の総生産額は4兆5000億円ぐらいですが、一村一品運動の生産額が1400億円なので地域再生事業に成功したといっても県の総生産額からみればわずです。


現在地域格差問題がありこれを解消することが話題になってますが、解消の到達点を東京などの高い所得へキャッチアップすることなら、地域再生事業ぐらいでその格差がなくなることは絶対にない。


こういうのは論の立て方が間違っており、地域再生の狙いは所得を大都市なみに近づけるのでなく、別の狙い、それは例えば生活の幸せの増大、生きてる実感を感じる、ゆったりと豊かな時間をすごす、住んでいる所に誇りを持つたぐいの幸せの追求と実現です。


金銭的な欠乏感からあれも欲しい、これも欲しいではない。欲しいものをウィシュリストでのせて政治家に頼んだ時代が長く続きましたのでまだその延長にいますが、それでは果てしない不満だけが残ります。


地域再生事業は生活の平穏、満足感といったものをつくるのではないか、そうしたした性質の事業だと悟ったのは、この間NHKハイビジョン放送であった「フランスの美しい村プロジェクト」でしたので、次回はそれを話題にします

地域再生事業(1)

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福田政権は地域格差解消をかかげ来年度予算に新政策を組み込みますが何が目玉になるかまだはっきりしません。


議論されていることは、地方交付税の削減を緩和する、都市であげた法人二税を地方へも配分する、消費税の配分割合を地方へ傾けるなどで、どれも制度変更が必要なので即効性がなく来年度にはまにあいません。


そうなると小泉政権以来進めていた地方再生事業にカンフル剤を打つようなことになるんではと思います。


この事業のことは内閣府のホームページ にあります。


ホームページにはどんな事業が進んでいるのか記述されており、途中経過の事業進行状況もあります。


どんなことを加えたらいいのか考えるためにこのページを読んでみました。


読んだ感想はどの事例にもきれいな言葉が並び計画案としてはよくできたものです。きっとシンクタンクなどが委託してつくったものなんでしょう。


しかし地域が独自に自立するとか事業化に成功する意気込みの点ではいまいちの感想でした。また事業の途中進行状況もこれで地域が再生できると確信を抱かせるものには見えませんでした。


計画遂行に迫力がなく成功を感じさせない理由は、どの自治体でも90年代に公共事業を借金でやりその負債を返済しなくてはいけない状況にあり、夕張市にならないために職員数を削減したり給与を削っている、これでは新しい事業の強力な推進力は出てきません。


地域再生事業の中心に自治体が座っているのは問題だと感じました。借金返済のために新しい地域事業を起こし、そこからの儲けや税収を返済財源に当てることを狙ってますが、借金額が巨大なのでとても現実的な話ではありません。


そこで地域再生事業は自治体から切り離し、社会起業家に任せよといいたい、ここに社会起業家の登場が予想されます。このアイディアならすぐにでもできるので福田首相はやればいいと思いますが、実はそれだけではだめです。


地域には巨大な負債がまだ眠ってます。これを処理しないと再生事業も進まない状況にあります。


今日の毎日新聞に金融庁が地方銀行協会加盟行にたいして来春設立される「地域力再生機構」への期待度を調査した結果が出てました。この機構は経営不振の地方企業や第三セクターを再生するために債権を買い取ったり、債権者調整をやったり、売却のための資産査定、経営人材を供給したりするのが役目です。


回答の8割強が機構の働きに関心があると答え、地銀は負債処理に期待していることがわかります。地銀は地域では力のあるところですが、負債の解決はもう銀行の力をこえているからです。


この機構の設立は来春に決まってることなので、今からでもこれを強化する方策を加えて地域再生に効果を増すようなことはできますのでやればいいんです。


この機構の働きで企業の負債は整理されると期待できますが、自治体がかかえてる負債はどうするんでしょうか。ここにも新たな仕組みが必要です。しかしこれは難問で来年には間に合わない。


地域が疲弊していると叫んでいるのは、建設業者、商店街幹部、農業関係者、皆古い既得権者ですがこうした連中が昔のようないい思いがなくなった、なんとかしてくれと訪れた政治家に訴え一部の政治家が反応しようとしてますが、これでは昔の道で前途はありません。


そうではなく、片方でまだ地域にある負債を整理し、もう一方で新事業を展開する、この両輪がパラレルに進まないと地域再生事業を成功しないのです。


こんな状況で来年度からできそうなことは再生の主役を社会起業家に変えることではないでしょうか

前回、アメリカで社会起業をやるのは、やがてその波を政府にまで及ぼしてアメリカを変えることだという論がアメリカにあることを紹介しましたが、フローレンスの駒崎さんが10月8日のブログで似た論を提唱してます。

サイトはここ

ブログは長々と書かれてますが概略駒崎さんの論はこうです。


・ソーシャルビジネスの素晴らしいところは、その「レバレッジ(てこ)効果」です。
・ソーシャルビジネスは規模が小さいがこれまで様々な権益や規制で硬直的だった業界にイノベーションを起こし、新しいモデルを提示します。
・その新たなモデルは業界全体に広まり、モデルに追随するプレイヤーが現れ始めます。

・政府がそれをきっかけに擬似市場を創出しようという動きになります。
・それによってこれまで硬直的で十分な機能を発揮していなかった業界を再稼動させ、社会的な問題を解決し、国力を高めていくのです。
・こうしてソーシャルビジネス業界に国が「投資」をすることにはロジックが立つようになります。


これが駒崎流梃子論でが、日本でも社会起業を始めてみて日米同じところに思考が到達したのが面白い点です。


加えて駒崎さんは産業二分論を展開します。


一つはグローバル競争をやっている高付加価値・知的集約産業、ITや金融、デザインやコンテンツやアーキテクチャー(ISO等)によって、経済成長を成し遂げ、外貨を獲得する産業を想定してます。


もう一つは、日本国内で多様性と豊かさに資するような産業育成。地域が空洞化しない地場産業の興隆であり、教育水準を高く維持するための教育ビジネスであり、安心して住めるための医療や介護や保育産業であり、安全な食べ物を食べられるための農業であったりしますが、こちらはグローバル資本主義にさらけ出すのではなく、透明で流動性のある擬似市場(介護保険市場や医療保険市場等)を作って保護していきます。


前者は3を10にしていくビジネスで、後者はマイナス5を0に近づけていくようなイメージだというのです。マイナスとは、政府だとカネがかかりすぎる、事業の効率が悪い、スピード感がない、ニーズに細かくこたえてない。。。などだろうと想像しました。


後者にもゼロにとどまるのでなく、3、5、7と新たな創造があるのでしょうが。


駒崎さんの梃子論には、前者の産業群から後者の産業群へ直接支援を行うことを想定してます。政府が途中に入り税金を取り後者へ再配分するのがこれまでの考え方ですが、前者から後者へ直接移転する、駒崎さんは「産業社会内取引論」と言ってますが前者の産業から後者の産業へ直接投資を増やす、例えばCSR活動を方向転換し、CSR活動を本業に組み込むようなやり方です。


こうすることで穏やかな社会ができる、その恩恵は前者の産業が受ける、子育てしながら働けるとか、前者の産業で働いている人は身の回りの社会問題に煩わせることなく仕事に全力投入できる、など恩恵はいろいろあるので直接支援するロジックは企業側にもあるだろうと駒崎さんは言っているようです。


駒崎さんは脳が活発な人で知的な人ですが、彼が社会起業をやりながら到達した論ですから迫力も感じます。


こうなると財務省はいらなくなり、税金を再配分する政治家もいらなくなるので政権が交代したところで実現は難しいとこですが、変化の方向は駒崎さんが言っている通りだと思います。


そこに到るプロセスを考え、具体的にどんな既得権が壊れどんなひどいことが起こって行くのかを示すことは重要なことですが、長くなりますのでここでは書きません。


こんな論が日本の常識になるときがきっと来るんだろうと確信してます

小さな力で大きなものを動かすことを梃子を効かせるというが、小さくとも社会起業を起こす意味は、やがて政府も変えて社会変革を起こすためである。


ロバート・フランク「ザ・ニューリッチ」(ダイヤモンド社刊)の9章に「ニューリッチが政治を変える」があり、そこにはこんなことが書いてある。


「超富裕層のほうが数世代先まで見越して長期的な考えになじんでいる」
「自分の財産を守ることよりも環境問題や後世のことを気にかける」
「政府は慈善の延長であり、慈善寄付にレバレッジを効かせて、より大きな社会変革をもたらすための手段なのだ」
「彼らは貧困撲滅や環境改善、都心部の問題解決や疾病対策に何百万ドルも寄付してきたが、政府が同じ問題に費やす額と比べると自分たちの寄付など大海の一滴にすぎないことに気づきはじめた」
「ブルンバーグ市長にとって政治はきわめて効果的な慈善の一形態なのです」(側近の談話)


金持ちになればなるほど財産運用で長期収益最大化をめざし、そのために健全な社会であり続けることが大切なことを知っている。健全な社会をつくるために自ら社会起業を起こしたり、社会起業家を支援してそれを実現したいと思っている。


現在の金持ちが昔のそれと違って、30才代、40才代とまだ若く、環境などの社会問題への関心が深く、資産をそれに投資する。


昔なら金持ちから税金を取りそれを社会問題の解決に使うやり方、富者から貧者への所得移転が常識だったが、そんな迂回回路を通るのでなく、自ら社会起業へ投資して慈善活動を行う。


そうすることで新しい社会問題の解決策を提示し、遅れて政府が追っかけて来ることを狙う。


これが今の金持ちが政治を変えるやり方である。昔の金持ちがロビー活動によって自分の事業に都合のよい制度やルールを政治家に働きかけるのとは違う。


昔の金持ちが共和党支持だったが、現在の金持ちは民主党支持者が多く、このために大統領選挙の候補者であるヒラリー・クリントンとオバマが巨大な選挙資金を集める理由はこれである。


アメリカの社会起業にはこんな根っこがあるようだ。


金持ちが既得権擁護派でなく社会変革派なのが面白い点である。今の日本はそうなってないが、日本もそうなって行くのかどうか、そうなると社会起業に追い風が吹くのだが。

大きく考える(3)

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アメリカにあるNPOがアジアでやっている事業を急速に広げるのは簡単なことでないが、ルーム・トゥ・リードがアジアで大規模に小学校を建設する方法は、現地で学校づくりをやっているNGOを探してそこに建設を任せるやり方である。それが出来る人を探す力が創業者のウッドにはあった。


マイクロソフトでは役立つ人材には投資しろが教えであるが、ウッドはこれをマイクロソフトで身につけて応用した。


現地のルーム・トゥ・リードの代表はアメリカに留学したりアメリカで働いている現地人や、アメリカ人でアメリカ企業の現地法人に勤務したことがあるような人で、現地事情に通じている。


ウッドはネパールから事業を始めたが、このときはたいした数の学校を建設していない。しかしウッドの事業がアメリカのジャーナリズムで伝えられるにつれて、カンボジアでもインドでもと自薦によって一緒に仕事をやりたいという申し出が増えた。


こんな中から、ウッドに話を持ってくる前に現地政府と話し合いをして支援の約束を取り付けた、現地NGOとはこんな話し合いをやったというぐあいに、事業がすぐにできるぐらいつめた人を選び、現地法人の代表にした。


こうした申し出はけっこうあったようで、ウッドが人探しをするのはそんなに難しいとこではなかった。こんな人材がアメリカにはいくらでもいるようである。


実際の建設を現地事情に任せたのが大掛かりに建設できた理由であるが、このときウッドがつけた条件は受益者負担の原則である。施しではないので現地の人が建設資金の一部を出したり、カネがなければ建設労働者になることだが、子どもの親が喜んでそれをやった。


一部負担をさせたときの利点は、自分たちの学校だという意識を持たせて学校が続いて行くことである。


日本では政治家が地方に行くと、あれもこれも足りない税金でとウイッシュリストを言う、それを新聞やテレビが伝え、格差が広がっていると騒ぐが、私もこのくらいは出すから、やるから国も一緒になんとか考えてくれという話はない。


税金にたかる根性がまだ抜けてない。自立心が湧いてこないと地方はよくなるわけがないのにと思っている。


この現地一部負担の原則は寄付をする人にも寄付をしても大丈夫だという安心感を与えた。


よい人材に投資するのはウッドの方針であるが、そうすると人件費がかかる。ウッドは集めた寄付金の9割は現地の学校建設に使う方針だったので、人件費を寄付金から出すわけにはいかない。


そこで彼が考えた方法は人件費にいろんな財団から表彰された賞金や支援金を当てることであった。


例えばスコール財団からは社会起業家賞を受賞 し、06年までに121万ドルの支援を受けたが、そうしたカネが人件費になった。スコール財団はeBayの創業者のスコールが設立した財団。

スコール財団のHPには、ルーム・トゥ・リードは200の学校をつくって87万人を教育し、2500の図書館をつくって110万冊の子ども向けの本の蔵書をつくり、85のコンピュータと英会話ラボをつくり、08年までにコミュニティと一緒になって190万人以上の子どもの教育を計画していると書いてある。


成果が数字で明確に記述できることが大切である。アメリカの社会起業をやっているホームページにはこの数字がギラギラと書いてある。数字が書けないなら支援が得られないという感じである。


ウッドの事業にはアメリカで賛同者が多く、いろんな支援財団からずいぶん支援を受けたので、優秀な人材を雇うことができたが、これもスピードをもって事業を大きくできた理由である。


社会に必要なことをトツトツとやっていれば自然に社会の賛同が増えて大きくなって行くという考え方もあるが、社会起業は事業なのだから大きくすることをデザインし、意図的にその具体策を作って進め、こうしてソーシャル・インパクトを極大にする、こういうやり方がアメリカで起こった社会起業である。

前回話題にした社会起業で大きく考えるの続きである。ジョン・ウッド「マイクロソフトでは出会えなかった転職」(ランダムハウス講談社)でウッドはこんなことを書いている。


アマゾンのジェフ・ベゾスは会社設立のときホームページで「地球最大の書店」と宣言したが、それにならいウッドは99年にルーム・トゥ・リードを立ち上げてすぐに「1000万人の子どもに教育機会を届ける」と目標をぶちあげた。まわりからは自信過剰という人もいたが気にしなかった。


マイクロソフトでは「大きく行け、それができなければ家にかえれ」と教えられこれがウッドの体にしみこんでいたからである。


大きく考えると
・大胆な目標は大胆な支援者を引き付ける
・大胆な目標を聞くと興味が湧き「会って話を聞かせてくれ」というチャンスが生まれる


大きく考える利点はここにあり、小さく考える人や大きな挑戦を恐れる人の支援は必要ないと割り切った。


ITビジネスでは大きく考えるクセがあるが、ウッドはITビジネスのこの流儀を社会起業でも応用した。社会起業を支援する人はIT関係者に多い。彼ら彼女らはストックオプションなどで金持ちになっており、世界を変えたいという感性もある。だからぴったりでゼロから出発するとき大きく考えることが事業を大きくするコツである。


しかし大きく考えるだけではだめで、大きく実現できるデザインもなくてはいけない。


ウッドは設立後ずっとそれを探しており数年で大きくできるやり方を見つけた。それはアメリカでの資金集めの新しいやり方をつくることと、現地での小学校建設を大規模に進めるやり方をつくることである。


ウッドはこの二つのやり方をつくった。これがウッドの創造でまず資金集め。


昔、カーネギーが鉄鋼業で財産をつくりアメリカ中に2000の図書館をつくった、ビルゲイツは自分の巨大な財産で途上国の感染症をなくそうとしている。しかし自分にはそんな資産はない。そこでウッドはネットワークを使いアメリカ中から小口の資金をカーネギー以上集めればいいんだと思いついた。


ウッドの事業は口コミで広がったり、雑誌やCNNに登場して有名人になっており、あなたの事業を支援したいというメールやレターをたくさんもらっていた。


その中にシカゴで私が主催した会をやるので来てあなたの事業プランを話してくれと頼まれ出かけたが、その会合で学校が二つできるぐらいの寄付金が集まった。主催者からはこの会を継続したいというのでシカゴ・チャブター(シカゴ支部)にしたが、このやり方は他の都市でも使えると気づき、ニューヨーク・チャプターと次々にチャプターをつくり、ボランティアの資金集めを組織化した。東京チャプターもあるそうだがあまり聞かない。


この集金マシンはウッドが創造したものであるが、これができたのはアメリカで寄付をする人はこんなにカネを出してるのにほんの小さな変化しか生まれない、寄付はどこに消えてしまったのかという不満があったからである。


アジアの途上国で貧困から脱出するには教育だとは誰でも考えていることで、そのうえウッドのビジネスモデルは寄付と成果が直接結びついてるので使途が見え成果もはかりやすい。これが当たり、大きな財団へ寄付するかわりにウッドに寄付をする。


ボストンでの会合では出てきたのは学者を目指す若いタマゴで、あなたの教育理論は、教育理論なく事業をやるなんてと非難されるが、二次会でボストンには頭のいい人がいるが学者を目指すだけで社会を変えるなんて見当違いの連中なので気にしないでと慰められる。こんな失敗もあった。


各都市で開催したチャプターの会に出くる人は高学歴でビジネスで成功した人々であり、自分はウッドのように会社を辞めるつもりはないが、世に役立つことをやりたいと日ごろから待ち構えていた人びとであるが、ウッドはその心にはまった。


こうした参加者にはウッドのビジネスプランを読む力があり、ウッドなら世界を変えることができると見抜く知性があり、彼に投資することで世界を変えたいと思っている人びとである。


9月11日、世界貿易センタービルが崩壊したとき、ウッドはこれで経済が悪くなり寄付は減る、どうしようかと悩む話しが出てくる。実際に起こったことはウッドの心配の反対でチャプターの会への出席者は増えて寄付はかえって増えた。


テロをなくす具体的な行動は途上国で教育をよくすることだ、それが私の実践だと考えた人がたくさんいたからそうなった。テロの撲滅と教育は遠い因果関係だが、それを瞬時に結びつける知性があったのが幸運だった。


ウッドはチャプターの事務局長や会に出てくる人は女性が多いと書いているがなるほどである。


ウッドはアジアの国では山奥でも教育によって貧困から脱出できるという信仰が広がっているがこれは仏教の影響だろうといい、中南米やアフリカでも事業を広げてくれという依頼を後回しにしてアジアで事業を広げたのはこうした土壌があったからである。


さらに、教育とは英語とコンピュータ操作術の習得することだと両親も子どももそれを熱望していると書いている。親戚がアメリカへ移民して豊かになったり、アメリカ企業がアジアへアウトソーシングして仕事をつくったりしてるのを見てるからそうなる。


これも聞けばなるほどの話である。そうなので英語の本を贈り、コンピュータ教室を開けばいいのでウッドの事業は明快に進められる。マイクロソフトだって自分の製品のマーケットを広げられるので喜んで支援できる。


大きく考え大きく実行する、ウッドがデザインした事業はこうだった。アメリカならではのもので、日本では無理だなというのが私の感想である。