全国の高校では、単位取得のいんちきをやって大騒ぎになっている。今日の国会でも問題となり、教育委員会や校長の旗色が悪くなってきた。奈良市で病欠で騒ぎを起こした職員は即解雇されたが、けじめをつけるために、また処分なんかがあるんでしょう。


今度の出来事で自治体の教育委員会や校長の経営能力の欠如が問われているのだと思う。馴れ合いだったり、隠し事をしたりと、経営姿勢が大分前のものなのだ。それですむものと思っていた感覚は、処分に値する。


教育改革の狙いに、愛国心教育、伝統文化の継承、自虐史観の排除などがある。昔は左派勢力が、学校で社会主義思想を生徒に植え付けるというのがあったが、その反対で、右派勢力が優勢な時代になり、左派と似たようなことをやるわけだ。


これも押し付け過ぎると毒になる。国を愛せ、家族を大事にせよ、気品のある国家に誇りを持て。。。と押し付けるのだが、確かにこうしたことは欠けてるので一理あるが、アクセルとブレーキの踏み方が肝心で、この辺りは微妙な操作がいる。


愛国心というと、国歌と国旗を押し付けるのがあるが、サッカーのガンバ大阪の播戸選手は、代表初出場となった4日のガーナ戦で、試合前、君が代を歌ったことを聞かれ「震えるものがあった。あの瞬間が一番好き。代表選手として国を背負って戦っていると実感する」と答えた。こういのは自然だが、場がないのに、ただ押し付けては反感をかうだけで、教育効果はマイナス、さて、どんな現代的な場をつくるのだろうか、再生会議は、これが問われてるんだと思う。


それにしても、愛国心や伝統文化の継承は古臭く、現在ならコミュニティの再生や社会規範や社会常識を教えることこそ必要なことでないのか。あるいは、進学高校→一流大学→大企業のライフスタイルだけでなく、自分が信じるライフスタイルを進むのが尊いんだというような教育が、今流なんじゃないかと思う。


今あるのは復古主義に匂いが強く、これでは改革に成功しないので、復古主義だけではダメだと気づくんだと思うのだが、どうなるのか。

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教員免許法改正法案を来年の通常国会に提出するようだ。教育改革第一弾である。


夏に出た中教審の答申では、期限10年、座学の講習会でIT技術や教え方などの新知識を習得すれば自動更新する案になっているが、下村博文官房副長官は、そんなんじゃやだめ、「ダメ教員を排除」するのが教育再生会議の狙いだと意気込んでいる。


すでに自治体ではダメ教員排除のプログラムを進めており、500人が摘出されて再研修後もとの職場に戻ったり、100数十人は退職した。再生会議の試みは、これとだぶるという文科省の反論があるらしいが、自治体の再研修制度は、校長が指摘し、教育委員会へ申請し、第三者委員会が審査のあと研修に入るが、ダメ教員を排除するには臆病な制度(企業がやっているダメ社員排除に比べて甘いやり方)で、これでは父兄や市民は納得しない。


こんなわけで、再生会議で新制度をつくるのは意義のあることだ。


問題は排除の基準の作り方で、誰でも知っているダメ教員を指摘するのは容易だが、それだけでは不足で、幼稚園から高校まで100万人の教員のうち排除されるのはどのくらいになるのか、企業の基準でいえば1~2割ぐらいにはなってもいいが、数%、数万人ぐらい排除しなくては納得できない。


これで教員には緊張感がはしるはずで、教員の独占領域だった学校に地域の人々の知恵が入り、地域社会との協調関係が新たに構築されるなら、強引なダメ教員の排除は意義のあることだったとなるのではと思う。

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第5回 個人の志をまちづくりへーつくり方・つなげ方・広げ方教えます


市民と自治体、地方議会、企業を結びつける仲介事業は、典型的な社会起業ですが、今回登場するゲストスピーカーは、これをやっている人たちです。


まだ未開拓な事業のために、みな試行錯誤を繰り返してノウハウを蓄積する段階にありますが、今回はこうした先人たちの話を聞くことができ、市民活動をめざしている人々におすすめです。


日時: 2006年10月30日(月) 19:00~21:15
会場: 日本財団ビル2F・大会議室(港区赤坂1-2-2)
参加費: 無料(先着80名)


ゲストスピーカー
・有田芳子(NPO日本メディエーションセンター常任理事)
コープかながわ常任理事、主婦連合会環境部長、消費者・市民と行政とのよりよい協働を模索、市民と行政との円滑なコミュニケーション手法の研究・開発に取り組んでいる


・佐野哲史(NPO 志・タウンミーティング代表)
「信頼できる政治家を創るNPO ステイツマン」を創設、4人の議員を市民ボランティア運動のみで当選に導く、より幅の広い市民の政治参画の方法を模索研究


・中島 淳(株式会社 カルチャーアットフォーシーズンス代表取締役)
会津地方での広域周遊観光の企画、岩手県遠野郷での集客・移住促進への取り組みを通じて地元住民発意の重要性を学び、2005年より山形県庄内地方で総務省「地域再生マネージャー」として活動


・広石拓司(NPO法人 ETIC.フェロー)
三和総合研究所でED!SON(市民生活室)を立ち上げる、企業や行政の活動へ市民の参画力向上に取り組む


申込み:氏名、所属、Email、講演後の名刺交換会(参加 or 不参加)、参加動機/講師への質問を、FAX(03-6229-5505)または Eメール( uchida@tkfd.or.jp ) にて申し込む

お問合せ: 東京財団 情報交流部 (担当:内田)TEL 03-6229-5501 FAX 03-6229-5505

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自民党の中川昭一政調会長は毎日新聞のインタビュー で、「日教組の一部活動家は(教育基本法改正反対の)デモで騒音をまき散らしている」としたうえで「下品なやり方では生徒たちに先生と呼ばれる資格はない。免許はく奪だ」と述べたそうだ。


不良教員を排除するという教育改革の本音が出てきたようである。


中川さんは、遠慮しないでずばっと本音をいうのはいいところだが、教育改革改正反対だから免許剥奪は言いすぎ、奈良市で5年間も病欠していたのに給料をもらっていた自治体の職員がいたように、先生も組合活動ばかりやって授業をさぼっているのがいると想像がつくが、こういうのを排除するなら賛成である。


ただ、やりすぎると思想信条の排除まで行ってしまい、個人の思想の自由を侵害したとかで教育現場が混乱するので、行過ぎない知恵が必要である。


ところで、奈良市の虚偽病欠問題は、ネットニュースによると、この職員は、部落解放同盟奈良市支部協議会の副議長で、市長らが出席する年1回の全体交渉など、日常的な会議に出席し、しかも白いポルシェで市役所に現れていたそうで、やはりそうだったのかと納得。 マスコミはこういうことを書かないが、ネットはほんとのことを伝える。

教育再生会議の第一回で、安部首相は「志のある人材を育成する教育を考えて欲しい」と挨拶したそうですが、こんなことを言うところをみると、安部さんの頭には松下村塾があるんだろうと思います。


これに成功したのは、緒方洪庵、石田梅岩、吉田松陰、中江藤樹、福沢諭吉などおますので、できないことでないでしょうが、どれも時代の変人で、時代を変えるという志があり、それが弟子に伝わったんですが、再生会議のメンバーにそんな人材がいるのか、それができるのか疑問です。


志教育には、もとになる旗がいる。明治の初めに富国強兵の旗印のもと、欧米の侵略に対抗して自立した国家になるための教育に成功しましたが、富国強兵という明確な旗印があったから成功したんです。旗印が美しい国ではだめですね。現在旗印になりそうなのは、「相互依存社会」「自立した社会」「情報社会」「クリエイティブ経済立国」などが思いつきますが、再生会議は、このあたりから考えないといけません。


ところで、昔の塾に似てるのが、各地で行われてる出前授業じゃないんでしょうか。一例を話します。


井上英之さん(慶応、ETIC.、東京SVP)は、ついこの間、隠岐の島の海士中学校で出前授業をやってきました。その様子はここ

井上さんは、中学生を相手に、「Change the world」、誰かが変えるんでなく、いまそこにいる、あなたが世界を変えてくれ、という授業をやったらしいが、意外なことにそれが生徒に伝わり、参加者総立ち・・IT'S ME !!と「イッツミー!」って言いまくったそうだ。自立した志の醸成に成功したんです。


田舎の中学生に、チェンジ・ザ・ワールドと教えるのも相当な変人ですが、即座に伝わったのも感動的なことです。


志教育とは、こんなことを言うんではないか。再生会議は、全国で始まっている出前授業を研究して、変人の塾長のカリキュラム集をつくったらどうなんでしょう。志教育のベストプラクティスですね、こういうのを目前にしないと、具体的なカリキュラムなんてできません。

東京ソーシャル・ベンチャー・パートナーズのメンバーである桑野さんから、ガイアックスのCEO上田祐司さんが、大学生相手に「社会起業家が世の中を変える~ソーシャル・アントレプレナーに求められるスキルとは~」の講演をし、懇談をする会の案内が送られてきました。


ガイアックスは、“Empowering the people to connect”(人と人とをつなげる)をビジョンにかかげ、インターネット上のコミュニティに特化した事業をやっており、売上高は20億円、社員約100名、上田社長はまだ30才代前半の若い人です。


メールの前文にはこんなことが書かれてました。
「CSRという言葉が世間に定着しているように、非営利組織と同様、企業が社会に果たす役割を当たり前に重要視する時代となりました」
「働く従業員がいかに自律的に意欲を持って仕事を進めるか、やりがいを感じられるかということが重要視されています。我々の関心は、企業という枠中での”やりがい”ではなく、社会における自分の仕事にやりがいを求めるようになりました。企業を中心に自分の仕事意義を捉えるのではなく、社会を中心に自分の仕事やキャリアを捉える時代へと変わったのです」
「企業の強みである効率性や収益を非営利団体に提供し、NPO・NGOの非営利団体から社会貢献という姿勢を学ぶー企業と非営利団体が相互に補完し合い、共生する存在となっていくのです」
「この変化の激しい時代における企業の存在意義は、社会変革や社会貢献の志を持つ人材を育成し、その人材を通じて事業を産み出し、社会に新しい変革を持たらすものへと変わっていきます。」


わくわくするような前文です。ガアックスについてはよく知りませんでしたが、こんな会社がもう出てきてるんですね、頼もしいことです。


日時は10月27日(金)18:30、場所は渋谷のガイアックス本社です。
参加申し込みはここから

サッカーの日本代表監督オシムは、インド戦に向かうとき、乗り換えのバンコク空港で、待ち時間にスタッフを呼び寄せ、「レミー」(マージャンに似たトランプゲーム)を教え始めた。これは非常に頭を使うゲームだそうで、今後積極的に選手にも教えて行くつもりである。このゲームで頭を鍛え、洞察力や試合の流れを読む力を養い、「考えて走る」サッカーを実現する。


サッカーは、頭の良し悪しが左右するゲームで、敵の動きを読み、次の一手を打つことが大切である。オシムは、実際の練習でも頭を使う練習をやり、選手は初めてのことで、「この練習はなんのためにやっているのか」と混乱が起こったが、生来頭のいい選手はすぐに理解し、Jリーグに戻って、さっそく成果を上げている。


サッカーを強くするのに筋肉でなく脳を鍛える話が面白かったが、こんなことを話したのは、教育改革のテーマの一つに、丸暗記だけでなく自分で考え思考力をつける教育というのがあるからである。


思考力養成では、ゆとり教育があったが、このプログラムでは思考力は養成されずに失敗し、次のプログラムが求められている。


脳は、10才前後のとき記憶容量が多くなるので、このときに何か、例えば聖書や論語や和歌や俳句を覚えさせ、10代の後半にこれを横につなぐ機能が大きくなるので創造力や推理・論理力が育つといわれている。


ユダヤ人は、10才のころ母親から強制されて聖書を覚えさせられる。これを苦痛というが、おかげで脳が発達し、頭のよいユダヤ人がうまれる。


暗記と論理力は、対立する概念でなく、脳の発達にしたがってめりはりをつけて教育をすればいいのである。


要は、脳を鍛え、創造的な人材をつくる教育制度をどうつくるのかが教育改革の本筋だと思うが、今の教育改革論にはその匂いが全くない。愛国心教育、教師免許の更新、不適切教師の再教育など、組合潰しが底流にあり、それにとらわれ過ぎているからでないのかと思う。


どうも本筋から外れた議論が行われるようにみえるが、これではだめだ。

これを聞き、すぐに思い浮かんだのがビルゲーツで、ビルゲーツもノーベル平和賞を受賞する時が来るんだと思ったのです。


ノーベル平和賞は、地域紛争を解決した仲介人の元大統領や元首相が受賞するのが定番でしたが、この数年、社会起業の巨人が受賞するように変ってます。新聞は社会起業家が受賞したなんて書きませんが、そうなのです。


ユヌスの受賞理由は、貧困を撲滅する新しいやり方を開発したことですが、社会起業家が受賞者になったことは、これからもそうした人が受賞するんだろうなと思わせます。


実は、貧困撲滅と平和の相関関係は、そんなにはっきりしてるわけではなく、所得が上がって貧困がなくなっても戦争はあるんですから、両者の関係はあいまいですが、それでもノーベル平和賞だったんです。


ユヌスは、ノーベル経済学賞を受賞するという話を読んだことがありますが、開発経済の新しい手法を開発してた点では、こちらの方がにあってます。しかし、経済学賞は、理論経済学で新理論をつくった人に限られており、アメリカ人しか受賞してませんが、アメリカの力で受賞者が決まっている感じがします。


さて、ビルゲイツですが、このブログでも何度か書きましたが、結核、マラリア、ハンセン病などの感染症を撲滅するプログラムを進めてます。感染症がなくなれば健康な体になって働くことができるようになり、貧困は減って行きます。


どれも先進国では治る病気ですが、途上国ではそれができず、そこでビルゲイツが乗り出しのですが、これは効果を出すのが容易な分野で、数年後には、ゲイツの功績は明らかになり、平和賞を受賞するなんてことになるのではと思います。こうなるとユヌス以上に大騒ぎになり、面白いことになります。


また、政府の開発援助、例えばODAのようなものですが、これも同じことをやっており、ここの非効率な手法への批判も増えることでしょう。国連機関の官僚的なやり方にも批判が加速する感じがします。


このように、ユヌスの平和賞受賞は影響が大きい。世界を社会起業寄りに変えるのはいいことです。

今月スタートする再生会議のメンバーは、反文部、反組合の姿勢がありありと見え、その姿勢には期待が持てますが、ジャーナリズムで活躍する人材が多く、人選はちょっと軽薄な感じがしました。これで、あっと驚いたあと、なるほとという案ができるのかどうか、教育には、思想性が深く、重厚な感じが必要だったんではと思います。


実は、教育は社会起業の典型的な分野で、アメリカとイギリスでもそうなってます。公教育の独占事業を、民間にばらすのが教育改革で、今度の教育改革をきっかけにして、そうなればいいなと思ってるんですが。。。


明治20年ごろまで、市民のための医療と教育は、国家の仕事でなく、市民社会の事業でした。明治維新政府が、国のすみずみまで公教育を行うほどまだ力がなかったので、そうなっていたのです。


幸いなことに、江戸時代には、○○塾、寺子屋など、市民による教育事業がたくさんあり、それを引き継いだのです。緒方洪庵(適塾)、石田梅岩(京都の自宅で開いた商人養成塾)、吉田松陰(松下村塾)、中江藤樹(藤樹書院)。。。このどれにも思想性が濃厚にあり、時代を変える教育とは、こういうのを言います。教育とは、人の脳を変えることなんですから。


江戸幕府の官僚は、維新政府に入ることを潔しとせず、こうした良質な人材が教育事業に入り、市民活動をやったのです。福沢諭吉の書に「やせ我慢の記」がありますが、勝海舟や榎本武揚のような幕府の官僚が、明治政府に寝返ったことを激しく非難してます。諭吉自身誘われましたが断り、慶応義塾をつくりましたが、現在の大学は、ほとんどこういう人がつくりました。


こういうのが教育を改革するための気概です。


それを国家が取り上げたのが30年代のころで、富国強兵の国にするためでしたが、以後、公益国家独占時代がずっと続きました。それを再び市民が取り戻す時代になっている、だから社会起業だと思うのです。


今度の安部政権の教育改革は、そこまで広がってませんが、公教育の再生に手をつければ、必ずそこまで広がって行くはずだと思います。

安部政権の教育改革(1)

テーマ:

教育基本法改正、教育再生会議。。。と安部政権がさっそく手をつけるのが教育改革なので、これを考えて見ます。


狙いは公教育の改革で、具体策は再生会議などで議論するのでこれからしょうが、安部さんの本や折々の談話に出てくるものは、
・愛国心教育
・教員免許の更新制(中央教育審議会の案は10年で更新)
・学校の外部評価の義務化(父兄、地域住民によろ評価は進んでいるが、第三者機関で評価する)
・教育バウチャー(利用券)
・教育成果をあげられない教員の再教育と排除
・学力向上(国際比較で日本は負ける国になってしまった)
などが論点です。


劣化してしまっている公教育を再生し、昔のようにしゃんとしたものにするのが狙いでしょうが、もう昔に戻ることはできません。安部さんは若いわりには復古主義の匂いがしますが、ここでもそうです。


再生でなく、情報化社会に適応して進化した教育を創造する狙いであって欲しいと思うのですが、どうなるのでしょうか。