コリンズ教授が、第五に問うのが「ブランドを構築する」です。事業に、はずみ車効果を出すにはブランド力が必要だというのです。


ブランドとしてあげてるのが、ガールスカウト、赤十字、ハーバード大学、メイヨー・クリニック、米国癌協会などですが、どれも昔にできた社会セクターばかりです。


コリンズ教授が関心を持っているのが、こうした昔の社会セクターですが、コンサルタント商売としては、顧客になりそうな所がこうした先なので、当然のことですが、面白い話ではない。ゲイツ財団、スコール財団のようなところは、新しくブランドを築いたところですが、こうした所の方が関心があるのに、それは登場してこないのは、なぜなんでしょう。教授の研究が、まだ広がってないせいなのか、不満です。


コリンズ教授は、時を告げるのでなく、告げる時計をつくれとすすめてます。前者が個別プログラムのこと、後者がブランドを持った組織のことです。個別プログラムだと、プログラムが成功した場合、事業は黒字になり、黒字なら寄付はもういらないだろうといわれてしまいますが、ブランド力があれば、支援が永続します。


これがブランド効果ですが、といってもブランドを築くのは容易ではありません。社会セクターでもマーケティングが大切という論は、ときどき出会いますが、そんな感じのブランドのすすめなのでしょう。

これで、コリンズ教授の社会セクター論を終わりにします。

(今週末、家の建て替えのために、近くに転居し、インターネットをつけかえるので、数日更新が途絶えます)

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コリンズ教授が、第四に問うのが「社会セクターは、利益動機のないなかで、経済的な原動力を働かせるには、どうしたらいいのか」です。


答えは、「経済的な原動力から、資源の原動力に変える」。コリンズ教授の問題提起の中で、一番わかりずらい概念ですが、投入/産出の倍率を高めるぐらいの意味でしょう。企業でいっている投資収益率を高めるのに近い。


まず、投入資源の原動力を開発しなくてはいけません。コリンズ教授が、資源としてあげてる例は、「情熱」、これはなんとなく解ります、企業でも必要ですが、それよりもたくさんいる、「世界一になれる部分に集中」、これは競争力のある事業、企業でいっているコアコンピタンスのことでしょう、「時間」、これはなんでしょうね、地域で参加してくれるボランティア延べ総時間の大きさ、政治的に問題を解決するために、議会指導者の支援を得てだらだらしないことでしょうか、時間資源はいろいろありそう、哲学的ではあるが時間を資源に考えるのが面白い、「資金」、最後が「ブランド」ですが、これは言うまでもないことです。


わかりずらいのは、まだ、アイディアの初期の段階で、十分に練られたものでないからでしょう。また、コリンズは、具体的なツールを提示してませんが、これは今後の研究に期待。


加えて、コリンズは、別のことも考えてる様子です。経済学には、インプット/アウトプットアナリシスがありますが、こうした考え方を、社会セクターにも応用しようという試みも提示してると思いました。


こんなことを書いてます。「ホームレスセンター」の場合、地域にある資源を使うべきで、政府の助成を求めてるのは馬鹿げてるといってます。具体的に何を言っているのかわりませんが、政府の助成には金太郎飴の規制があり、それに縛られるマイナスを言っているのだと思いました。要は、資源の組み合わせの妙を考えよです。


経済学のインプット/アウトプットアナリシスは、産業連関のことで、NPO産業は、不動産(事務所のこと)と情報産業(ネットのこと)から購入し、家計に売るとやります。


事業の性格によって、資源を選ぶ考えは、新鮮な視点で、社会起業家が、考えるべきことです。

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コリンズ教授が、第三に問うのが「人を選ぶ」で、指摘は、こんな具体です。

・熱意のない人を、奨励給で動機づけしてもだめ
・資金は世の中にあふれてるが、才能はそうでない
・不適切な人をバスから降ろすのは難しい、適切な人をバスに乗せること(適切

 な人を、一人、二人。。。と増やし、不適切の人が、自ら降りるようにせよとすす

 めてます)
・生産的に働く、熱意と動機がもともとある、最善をつくさなければ満足しない人

 を探す
・生まれついての性格、生きる意味を必死で求めてる人を求める


ずばりと言ってくれました。日本でもこう思ってる人が多いが、反面、それを大胆にやっては、人の心に傷がつくと思ってしまい、ことは進まないのです。やらないのはいけない、やり過ぎてもいけない、中間領域が適所だ、このぐらいのフィーリングでしょう。


コリンズ教授の過激な提唱をみて、社会セクターは、プロの世界なんだと思いました。こういう感性の人材は、プロ世界のものです。プロスポーツのようなレベルの高い所では、「(基礎技術をマスター人の集団なので)もう教えることはできないが、チャンスだけやるから、あとは自分で獲得せよ」という文化がありますが、それに近いものだと思います。


アメリカでも、社会セクターは企業セクターに比べて、給料は少し安いが、それでも高品質の人材が集まる点が大切です。高賃金国はどこでもそうで、この人材の社会的なストックが、社会セクターを躍進させます。


日本でも、すでにそうなってきており、優秀な人材が、社会セクターへ参入するような社会に変わってきました。希望のある兆候で、ボタンは押された、もう大丈夫、日本の社会は、間違いなく変わります。

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コリンズ教授が、第二に問うのが、社会セクターの「リーダーシップ」です。
これには執行型と立法型の二種があり、執行型は、CEOのリーダーシップのことで、一人のトップダウンで組織を引っ張るタイプ、立法型は、仕組みや仕掛けを設計し、下の階層に下ろして実行させるタイプのリーダーシップのことです。


社会セクターは、生来、権限が分散しており、執行型はできない、そこで立法型になると主張してます。ルールや仕組みのデザイナーです。社会セクターは分権型としたのは、赤十字やガールスカウトのような組織は、国ごとに分権化されており、また地域によっても違うからで、本部は、大企業の本部のようにはいかないからです。


コリンズ教授が研究対象とした社会セクターは、赤十字やガールスカウトのような世界規模で展開してるもので、この規模になると教授の言うとおりでしょう。


社会起業の元祖というと、フローレンス・ナイチンゲールやアンリー・デュナンをよくあげます。両方とに赤十字を創設したカリスマですが、組織が拡大して行くと、分権型のリーダーシップに変わるのです。ゲイツ財団は、ゲイツ夫妻が創設者ですが、これとは別に有能な女性のCEOとCOOがおり、それが使命を実行しており、ゲイツは、任せてるんです。初めは、このやり方を不思議に思いましたが、コリンズ教授の論を知り、改めてなるほどと納得できました。


コリンズ教授は、社会セクターが、立法型のリーダーシップに長けている点は、これから企業が学ぶべきことと言ってます。なぜなら、企業のステークホールダーは、環境団体や消費者など、増える一方なので社会セクターから学ぶことがあるからです。


これも重要な指摘で、日本の企業で頻発し、とどまることのない不祥事の発生理由は、これなんですね。日本の大企業こそ、今、偉大な社会セクターに学べで、学ぶ先は、日本になくともアメリカでもいいんです。

コリンズ教授が、社会セクターに第一に問うのは、「偉大さの測定と判定」で、「使った資源で、どれほど効率的に使命を達成し、社会に際立った影響を与えたか」です。これは、社会セクターの事業評価をいかにして行うかの問題です。


会社なら、売上高の伸び、利益率、株価など、定番がありますが、社会セクターにはないので、経営がだるくなる。しかし、社会セクターだって、評価のやり方があり、それが当たり前になっていないだけです。


コリンズ教授のやり方は、事業が社会へ与えたインパクトを測定するもので、好例が、クリーブランド管弦楽団の躍進です。87年、ここに有能なトム・モリス事務局長が就任し、CEOとなって、赤字楽団を黒字にする話が出てきます。その成果はこうです。
・スタンディング・オベーションの回数が多い
・チケットの売り上げがよい
・クリーブランド流の演奏プログラムが他のオーケストラに取り入れられる
・公演依頼が世界中からある
・ザルツブルグ音楽際のようなブランドイベントに招待される
・市民、例えばタクシーの運転手が、市民の誇りだと自慢する
・支援者の資金が集まり、基金が3倍に


もし、上記のような成果がなければ、事務局長は首になり、できる人に更迭されますが、それは企業のトップ交代と同じです。


クリーブランドは、70年代の後半に市財政が破綻し(借金が返せなくなったデフォルトです)、80年代にクリーブランド・ツモローという再建組織ができ、ここにマッキンゼーにいたタレントが入り、さまざまな市政改革をやったり、市民が、市役所に代わり、社会起業を活発にやった所です。


市の破綻としては、アメリカ最大で、それだけ世間の注目が集まったところですが、クリーブランド管弦楽団の躍進例は、成功例の一つです。


これは成果の測定結果の一部ですが、こうやれば、社会セクターでも成果は測定できます。このブログでも何回か書きましたが、他の研究者の評価法もありますが、どれも似ており、こういのが、社会セクター評価の落としどころです。


このやり方は、定量的な測定と定性的な測定の中間ぐらいのもので、計量的に測定できるもの、定性的なもののブレンデット・バリューが、社会セクターの成果です。企業だって、経営者の資質などは定性的にやってますので、企業評価と比べても、そんなにおかしいものではありません。


日本では、ここまで厳しく迫らないので、社会セクターには、規律の文化が生まれない。現在進行中の指定管理者制度や08年度の新公益法人法ではこれがなく、有限の資源を使い、際立った成果を上げることなどできないでしょう。入れ物だけ変わって、中身が変わらない好例で、すぐに社会の批判を受けるはず、そのときは、事業の評価を取り入れればいいんです。


日本では、非営利法人にこうして厳しく迫る文化がない。税金を払わなくてもよいとか、税金を使うんですから、もっと緊張感ある組織文化がいりますが、この辺りが問題で、コリンズ教授のような研究から学ぶべきことです。

「ビジョナリーカンパニー」の書評、コリンズ教授の新聞、雑誌インタビューをネットで読みましたが、こんなエピソードが書いてありました。


・コリンズ教授は、「ビジョナリーカンパニー・パート1」を書いた直後に、故郷のボ

 ールダーに、研究所とコンサル会社を設立し、起業家型の教授になった。
・コンサル会社の顧客には、メルク、スターバックス、パタゴニアなど、社会性の

 強い企業があり、さらに、教会、ボーイ&ガールスカウト、ジョンズ・ホプキンズ・

 メディカルスクールなどの顧客がおり、ドラッカー財団などと提携して仕事をや

 っている。
・コリンズの著書は、非営利法人の経営者にも読まれ、彼の理論を応用しようと

 したらしい。あるとき、教会の司教からこう言われた。「私の所の創業者は、20

 00年前の人ですが、まだ現代に生きている。(いろんなしがらみがあって身動

 きが難しいが)あなたの理論を応用するに、どうしたらいいでしょう」、コリンズ

 の答えは、「創業者のアイディアをよりよく伝えるのが教会の使命だが、そのた

 めに教会の経営を変えて、装いを新たにしたらどうでしょうか」


こんなのが、コリンズ教授が社会セクターに取り組み始めた理由ですが、彼の理論のキーワードの一つが「規律」です。


規律ある計画、人材、資源配分が、偉大な企業をつくるといい、規律ある人材が、規律ある考えで規律ある行動をとるビジネス文化が必要と説きます。


規律というと、道徳的な規範、不正を起こさない文化などを想像しますが、そうではなく、企業の明確な使命があり、しっかりと実行して効果を上げることを指してます。遺伝子コード、使命・目的を実現するメカニズム、こんなのが「規律」です。


ところが、こうした「規律」が、社会セクターでは、著しく欠けているというのです。日本の公益法人でも、それが指摘されており、2008年度から始まる新公益法人法でそれを糺そうという動きがありますが、アメリカでも同じようなことがあるようです。


もちろん、規律の欠如は、企業にもありますが、ないところは、市場の暴力で淘汰されるためか、程度は少ない、それに比し、非営利法人の方が、その程度がひどいというのです。アメリカの非営利法人を研究していて、規律不足を感じるときがありますが、アメリカ人もそう思ってるのです。


社会起業の評価は、こうした規律文化をつくるための手段です。ゲイツ財団やスコール財団は、規律文化のある新型なんでしょうが、まだ数が少なく、大方は、ダメ財団なのです。


ここに、コリンズなどの経営学者が切り込み、財団の経営革命が起こり始めたのです。この現象は、大変面白いことです。

非営利法人と企業が似てくる話。

まず、非営利法人が、企業経営の技術を取り入れ、これアメリカの先進財団では、もう起こっていることですが、少ない投入資源で最大の成果を上げる経営に転換し、他方、企業が、社会セクターに学ぶのは、企業の関係者、ステークホールダー、が、株主、従業員、仕入・販売先の古典概念から広がり、消費者、環境団体。。。と、昔なら無縁だったセクターが、ステークホールダーに入ってきているので、広いステークホールダーの扱いになれている社会セクターの経験から学ぶ、こんな双方向の関係が、経営学のトピックスになっており、双方が、似てくる話になります。


スタンフォード大学教授ジェームズ・C・コリンズが書いた「ビジョナリカンパニー」は、94年に出版されたベストセラーで、日本でも翻訳版が売れました。原題は「Built to Last」、永続を作り出すですが、永続を続けて偉大になった企業に共通する特質を発見して、あれこれ論じてます。当時読んで、「新しい !」と感じました。


コリンズ教授は、2005年に続編の「ビジョナリカンパニー2」を書いたらしく、この読者の三分の一以上は企業セクター以外の人だったようで、そこでこの理論を社会セクターに応用することを思いつき、社会セクターの指導者100人にインタビューしたり、アドバイスを受けて、「ビジョナリーカンパニー・特別編」(日経BP)、Good to Great and The Social Sectors を書きました。「社会セクターで、良から優になるには」ぐらいの感じでしょう。当初は、パート2の一章にするつもりだったらしいが、研究がまだ未熟でまにあわず、実験版の小論にして、小さな一歩を世に問うことにしたのです。


教授は、「私は、社会セクターの専門家でなく、興味を持って学ぶ学生にすぎないが、熱心な学生だ。企業の研究成果を違う世界に応用したときに出てくる問題を考えて行くのは、ほんとに楽しかった」と謙虚な姿勢で語っており、好感を持ちました。


教授の結論は、企業と社会セクターは、「違ったものである」が常識だが、
・偉大な企業と社会セクターの偉大な組織は似ており原理は同じ
・偉大な企業だけでは、繁栄する社会ができるが、偉大な社会にはならない。経

 営は、偉大な社会の建設を目指さなくては
・企業のステークホールダーが増えてきたので(消費者や環境団体などのこと)、

 企業は、ステークホールダーの多い社会セクターに学ぶ時代になっている
・企業と社会セクターは、偉大な組織になるために、双方向の言葉を取り入れる

 べきなのだ
といってますが、これが別冊版のエッセンスです。


コリンズは、社会セクター組織の対比研究を完成させたいと思ってるが、それには最長10年かかると書いており、この特別編は、まだ途上の作品を世に問うているせいか、理解不能だったり(本人の頭の中でクリアーになっていないことを書いてるので、読者にもわからない。これ、よくあることです)、書くほどのない当たり前のことが書いてあったりと、いまいちの所が多々ありますが、そこは大目に見ました。経営学の新しい頭脳が、社会セクター分野に参入し、どう見えたのか、その実験的なアプローチが、面白いなと思いました。アメリカのこの分野の研究水準がわかるのもよいことです。


この特別編を読み、一流の経営学者が、社会セクターの研究に乗り出したのが、いかにもアメリカで起こったことで、社会セクターが、それだけ存在価値を増してきているのです。また、教授は、現在経営コンサルタントですが、顧客の企業が、社会セクターと強いつながりを持ち始めたことも、研究の誘引になっているのだと感じました。


日本にはない現象ですが、タイムラッグにすぎず、日本でも起こることです。また、このブログで何回か取り上げた非営利法人の評価の問題にチャレンジし、答えを書いてますので、コリンズ流の社会セクター論を、何回かに分けて考えることにします。

Roots of Empathy

テーマ:


これ、Changing the World Child by Child で、赤ん坊を小学校につれてきて、1年の変化を観察し、その体験によって子供の情感を発達させ、燐人愛を育てる教育法です。この事業をやってるのが、カナダにある非営利法人「Roots of Empathy: 感情移入の根」です。ホームページからピックアップした概要は、末尾につけておきました。


井上英之さん(慶応、ETIC.)から来たメールで、このような事業が日本で広がらないことに怒ってます。怒りはこうです。
「思うのは、ほんとうに日本にこのくらいのプログラムはないんだろうか?
実は、意外とあるんだけど、ないのはLeverage していく仕組みだけなんじゃないか?

良質のプログラムがあっても、その展開に対して投資する動きがない。
だから、小さな火種がより大きく成長する機会を逸して、しぼんでいくのでは?

そういうお金を動かす、仕組みがない。
政府でも財団でも、金持ちでも、地域の有志でもいい。そういうものがないから、成長できないのでは?」


ごもっとも。
カナダの経験では、「Roots of Empathy」の事業は、即効性があり、効果が大きいようだ。こうした事業は、今まで日本には無縁なことで、無視してもよいことでしたが、いまや違い、子供の犯罪が増え、子供の情操教育が、緊急に必要なことになってきてしまい、日本でも話題になってるのです。


国会では、教育基本法改正案の審議があり、愛国心教育とは何かだとか議論してますが、現在の緊急問題の解決にはピンとはずれで、テレビで国会の審議を見ていて、政治家には、社会のリアリティがないな、と不思議に思いました。こんな教育に挑戦してみようというようなことを、今の国会で議論してほしいのです。


また、こんなことも考えます。
日本にだって子供教育のプロジェクトはありますが、それがカナダのように急速に広がらないのが問題で、当事者に広げる心が足りない。


アメリカの社会起業を評価するポイントに、「ソーシャルインパクトは強力か」「社会を変えようとする大望があるか」「組織は持続的に拡大してるか」というのがあります。これに合格ならカネが来ます。社会起業家は、ビジネスプランを作るだけで満足せずに、ソーシャルインパクトが大きくなる方策をも提案し、いろんな人々の支援を求めます。


日本の非営利事業は、ここがまだ弱い。井上さんが言うとおり、広げるレバリッジの仕組みがまだないことも確かですが、事業を始めた人が叫ばなければ、鈍感で現場感覚がない政治家や大企業には届きません。残念ですが、こうした遅れた人々から援助が来るんですから。届けば、支援の手は必ず来ます。皆、内心なんとかしたいと思ってるのですから。


アメリカの社会起業家で偉いと思うのは、この「叫ぶ力」と「ステークホールダーを引き付ける力」です。個人力ですね。文化の違いもあるでしょうが、この辺りは学ぶべきことです。


また、アメリカでは、社会起業の経験が、もう20年ぐらいありますので、支援するインフラもある。それに比し、日本は、まだ5年ぐらいのことで整ってないのは仕方ないことだと楽観してるんですが。。。日本社会が、新しい段階へ成熟して行けば、自然に整うことだと見てます。


◆Roots of Empathy:
Roots of Empathy is an evidence-based classroom program that has shown dramatic effect in reducing levels of aggression and violence among schoolchildren while raising social/emotional competence and increasing empathy.
(ルーツ・オブ・エンパシーは、スクールチルドレンにある攻撃的な態度や暴力を、社会性や情緒を養い、人への感情移入を涵養することにより、劇的な効果をあげるクラスルーム・プログラムです)


Roots of Empathy was created by Mary Gordon in 1996 and became a charitable not-for-profit organization in 2000. Working in partnership with communities, the program reaches school children from Kindergarten to Grade 8 in English and French, in rural, urban, remote, and Aboriginal communities both on and off reserve and is being piloted internationally.
(1996年にマリー・ゴートンによって始まり、2000年に非営利事業になり、コミュニティー 田舎、都市、人里はなれたところ、先住民の住むところとパートナーシップによって行われ、現在は、世界に広がってます)


In the 2005/06 school year, there are 1,581 programs operating in 9 provinces, reaching 39,525 children across Canada.
(カナダの9州の1581学級で実施され、39、525人が学んでます)

SPA編集部からメールがきて、慈善事業を記事にするのでインタビューしたいというので、都心に出たついでに浜松町の編集部を訪れ、1時間半ぐらい話してきた。


とても広いテーマなので、ビルゲイツが財団経営に専心する話、ウォーレン・バフェットが、ゲイツ財団へ300億ドルを寄付する話、ebayの創業者ジェフ・スコールが、社会起業家を支援し、ハリウッド映画をつくって社会を変える事業を始めた話など、このブログに書いてあるようなことを話した。


この雑誌、20~30才代の男性が読む雑誌で、グラビアアイドルの写真をすぐに連想するが、最近では、社会性の強い話題も記事にしてるらしい。


今度の企画は、ビジネス欄で社会セクターの事業が成長してきたことを記事にするのが狙いなので、ビルゲイツの生き方の変化について話題を絞り、若い人の刺激になるように話したのだが、そのまま記事になっている。近日中に発刊。


こうした記事を読み、なるほど、そんな変化がアメリカに起こってるのかと知り、若い人が、ライフスタイルを変えることに挑戦して欲しいと願ってる。

国際サッカー連盟(FIFA)と欧州連合(EU)は、ワールドカップ決勝戦に先立って、発展途上国の貧困撲滅に向けた協定に調印した。サッカーの持つ力を、アフリカや中南米、太平洋地域のエイズや結核、マラリア対策に役立てる。


2010年W杯南アフリカ大会までの4年間に、アフリカやカリブ海などの諸国へ総額250億ユーロ(約3兆7000億円)を援助する。協定の英語のメモランダム はここ。


初めてのアフリカ大会を記念した事業で、メモランダムを読むと、健康と医療だけでなく、教育、児童擁護、多文化交流など対象範囲は広く、アドボカシー活動(政策提案)に力点を置いた紳士協定だけの感じもするが、これからどんな具体策がつくられるのか。


これは大きな出来事である。


年1兆円近いカネをどうするのか、EUのほうは、傘下のファンドを使うらしいが、FIFAのほうは、いろんなアイディアを出して事業が開発されて行くのだろうが、どんな斬新な事業になるのか。


このブログでも書いているが、ビルゲイツも同じことを事業化しており、かれの場合は500億ドルだが、これで10兆円近いカネが貧困撲滅に使われる。


欧米には、今こんな雰囲気があり、国家やWHOの事業でなく、民間の事業なのが時代の流れである。日本は、こうした流れから置いてきぼりになっており、寂しい気持ちがする。


日本で起こりそうなシナリオは、ゲイツ財団が、日本やアジアに乗り出し、事実、ゲイツ財団のこのプロジェクトの責任者は、山田さんという日本人の内科医師である、FIFAが、アジア連盟を通じて資金を吸い取るなどのことである。寂しいが、今の日本の実力はこんなところである。