Independent Volunteerism ともいう。対する概念が、ストラクチャード・ボランティアだが、これは自治体や教会、非営利法人が組織するボランティアのこと。


ハーバードの研究で想定してたのが、ストラクチャード・ボランティアやエイジェンシー・ベイスド・ボランティアだったが、そこがリツールして、高齢者のボランティアを受け入れるかどうかをあれこれ考えたが、元来保守的な組織が多いので、それはとても難しいと気づき、Entrepreneurial Volunteerism のアイディアに到達した。


Entrepreneurial Volunteerism の提唱は、この研究の大事な結論の一つで、もっとつっこめばよいのにと思ったが、新しいコンセプトの提唱だけにどどまったのは物足りず、惜しいことをした。

この研究をやったのが、公共医療政策を研究している研究者で、ビジネススクール系の人ではない。カンファレンスには、Bスクールの先生や社会起業家も参加していたが、それらが主導したのでないので、先に行けなかったのである。


起業家、社会起業家とくると、次は起業型ボランティアとなっても不自然でない。Entrepreneurial Volunteerism は、「自分の興味にしたがい自己開発を引き起こし、社会に役立ち、自分が楽しくなる体験をともなうボランティア」だという。社会起業とも相性がよく、あって当然。


老後にソーシャル・キャピタルになることは、前例がないので、その先人は起業家精神のある人である。そこで一人で始めて、エピソディックな活躍物語ができて、それが見本となって広がって行くのが起こりそうなことである。ソーシャル・キャピタルが増えるかどうかの成否は、Entrepreneurial Volunteerism の広がりにかかっている。

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二者択一とは、「回想的な生活か、社会参加か」の選択である。
回顧的な生活は、産業社会では定番の生活で、老後はこれしかなかった。それ以外をやりたくとも、場がないのでかなわない。そのやり方をやめ、社会再参加の場をつくるのが、ハーバードの提案で、これはポスト産業社会の老後生活の新提案である。


この二分法の間には、両者がブレンドされた選択もあり、実際は、三者択一の選択なのだが、こうして老人の生き方が多様化する。


ハーバード大学の報告書がさかんに強調しているのが、「仕事」、「リタイア」、「ボランティア」は、産業社会の単純化しすぎた概念で、老後生活は、ほんとはもっと複雑な現象であり、人間の活動を無理に古い概念に押し込め、我慢するのはもうやめようといっていることだ。


このあたりが、読んだ人の心をうつ。


実は、こうしたことは、老人だけの問題ではない。若いうちから仕事でハード・ワークし、同時に社会参加もする、生産者であるともに消費者でもあり、納税者であり行政サービスの受給者でもある。。。と続く複雑な個人の生活を、ありのままに表現した生き方をしようといってるのだと思った。

もし、若いときからこうした生活をしていれば、わざわざ定年後社会再参加などいうことはない。


ハーバードの報告書には、「産業社会」「ポスト産業社会」という言葉は、あまり出てこない。研究したのは公共政策の研究者で経済の専門家でないのでそうなったが、私には、産業社会がポスト産業社会に移行してしまっているのに、一時代前の古い生活が残っているが、それは意味のないことで刷新しようと提案しているように見えた。

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アメリカのベビーブーマーは、父親の世代にくらべて若いときに社会参加の経験が少なく、自己だけを考える人で、それが老後社会参加するのだから、問題である。


父親の世代は、第二次世界大戦、朝鮮戦争、冷戦を経験し、さらに郊外生活の第一陣で、畑のなかに地域社会をつくってきた。ケネディ大統領の影響も大きく、統一された世代で、「偉大な世代」と呼ばれていた。

それに比べ、ベビーブーマーは、PTAで親としての活動や子供のスポーツクラブでボランティア活動をやったぐらいで、投票に行かず、教会や市民組織にも適応せず、社会参加の体験が少ない。

ベビーブーマーの後の世代は、アジア、アフリカ、中南米からの移民が多く、エスニック社会をつくったが、それに比べても劣る。


ハーバードの報告書は、この問題をああでもない、こうでもないと、くどいほど考えたが、明快な出口を見つけることができなかった。

そこで飛びついたのが、パットナムの「ソーシャル・キャピタル論」である。パットナムは、ハーバードの政治学者で、社会が安定しているかどうか、産業が発展するかどうかは、そこにソーシャル・キャピタルがあるかどうかだと主張する。教育程度の高い人的資本があり、相互扶助があれば社会は発展して安定する。

パットナムは、アメリカでソーシャル・キャピタルの減少傾向に警告を発したが、それなら、ベビーブーマーを、老後ソーシャル・キャピタルにしてしまえというのがハーバードの研究の出口である。


人為的にそんなことができるのか、しかし、見通しはある。
多世代間のボランティア活動をやってきたのは、教会コミュニティとエスニック社会で、もう教会コミュニティではないので、そのノウハウを社会起業に移転し、世代間コミュニティをつくる実験を始めたり、エスニック社会の中でまずやればよいと考え、その実験が先端的なモデルとなって広がって行けばいいのだという。


そんな実験は、行政も企業もできないが、社会起業モデルこそ実現のかなめで、このコンセプトがあるのでできそうな感じを与えてくれる。社会起業モデルが、ソーシャル・イノベーションを起こす好例で、後日、ここで社会起業モデルが偉業を成し遂げたと評価されるかも。


実験精神は、相変わらず旺盛で、こんな先に起業家的なボランティアが生まれるが、その話は後日。

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ハーバードの報告書は、「仕事」「リタイア」「余暇生活」などは、産業社会の20世紀的な遺物だとさかんに書き下ろしている。
「仕事から解放されたウィークエンド」「自分の生活はウィークエンドに楽しむ」「長期休暇でリフレッシュする」「アーリーリタイアメント願望」は、自分を拘束する仕事、対する自由な余暇願望をあらわしてるが、これは産業社会の遺物で、すでにポスト産業社会に入っているので、死滅したという。


事実、80年代の半ばから、リタイアメントの年令、なかでも女性のリアイアメント年令は、劇的に上がってきた。こうした現象は、アーリーリタイアメント思想が終わったことを示しており、90年代に入ると、アーリーリタイアメントからの逆転は、確かなものになった。


そうなったのは、経済ブームで労働需要が増えたことや、情報技術の発達で、年をとっても仕事ができること、年をとっても健康で体の衰えがないこと、長寿で遊んでばかりいては飽きてしまうこと、リタイアメント・ベネフィットの開始年令があがり(年金支給年令は、62才→65才と上がり、66才→67才へさらに上がる予想)、60才代半ばまで働く必要がでてきた。。。と、長く働くことには必然性が出てきている。問題は、働き方だが。。。


こんなわけで、「社会に暗黙裡にあった義務の定年思想」が終わり、長く続く新しいトレンドが始まっている。
そこで、リタイア後は、これまで行われてきた回顧的な生活か、自己開発して社会資本になるのかの二者択一を迫り、ソーシャルキャピタルになる提案が行われたのだが、二者択一を迫れば、社会資本が選択されるという自信があるのだろう。


「老後も社会的な存在であり続ける」は、昔からあった生き方で、こういう選択肢があって当然、それが産業社会で忘れられていたのは異常なことで、もとに復しただけか、という感じがする。
ハーバードの提案は、正攻法でよい線を突いている。

1998年、AARP(全米退職者連盟)と Roper-ASW が、2000人にインタビューし、2001年にフォローアップした調査で、高齢者を5類型に分類している。


1.The Strugglers :生活闘争派、9%
 低所得、低い教育程度、未婚や離婚した女性、失業者、病気がち、
 社会保障に頼って生活、老後を社会に貢献する余裕はない


2.The Anxious :生活不安層、23%
 低所得、低教育、パートタイム労働、旅行、コミュニティ活動に時間を使う
 経済的な余裕はないが、社会に関心を持っている


3.The Enthusiasts :熱狂派、13%
 レジャー派、伝統派、自助派、半分は富裕層、教育程度が高く健康
 多様性追求派、社会起業の資金のリソースになる


4.Todays Traditionalists:今日の伝統派、25%
 中産階層、とくに黒人とヒスパニック系で見られる、
 リタイア後、多様な働きをしたいと思っている、ボランティアの主力候補


5.The Self-Reliants :自己確信派、30%
 富裕層、既婚、高教育、健康
 社会にかかわっていたいと望んでいる、ボランティアの主力候補


老後、ソーシャル・キャピタルになりうると確信を与えるのがこの種の調査である。4.と5.がその要員であるが、2.と3.も可能である。ざっと見て、高齢者の半分以上は、社会に再参加したいと思っており、三分の一は、ボランティアをやりたいと思っている。


実は、ハーバードの報告書のバックグランド・ペーパーには、AARPだけでなく、この種の調査がたくさん出てきて、こんなにたくさんやっていたのかと驚いてしまう。どの調査にも、社会再参加を望んでいる姿がみられ、ソーシャル・キャピタル化は、架空の話でないと思わせる。


これが当事者の願望で、高齢者からのボランティアの供給はある。特に、女性の方がボランティの経験が多く、社会のネットワークにつながっている。また、両親や夫のめんどうをみていたので、それをリタイア後もステップアップして広くやりたいと思っている。ここでも先端は女性だ。


問題は、それを活用する需要側(受け入れ側)にあり、アメリカでも未曾有のことをやるので、受け入れる構造がない。実現すると既存のボランティア組織を変えてしまい、伝統的なコンセプトを破壊するので、それはどうか。。。と問題は山積。


ハーバードの報告書は、この点をていねいに考えており、実現のためにこんな提案を行っている。

「連邦政府主導は現実的でない」
「動機、情熱、スキルなどで、ブーマーの興味をたたくために物語をつくる」
「エイジェンシー・ベイスのボランティアの代替策として、起業家的なボランティア、 独立のボランティアをつ くる」
「有償ボランティアを開発」
「既存の非営利法人はリツールし、受け入れ促進策を考える」
「政策担当者は、サポートする政策をつくる」
「大学などの教育機関は、若者だけでなくブーマーを相手にしたカリキュラムを始 める」
「州、市町村は、雇用を考える」
「雇用者は、在籍しているうちに、社員に公共サービスにトライさせる」
「教会は、多世代間の活動になれてるので、コミュニティ・ネットワークを大規模に組成し、高齢者を受け入れる」
「地域クラブは、事業をコミュニティへ広げ、世代交流プログラムをつくる」
「エスニック社会の中で始める」


アイディアだけだが、始まりはこんなもの。しかし、起業家的なボランティアは面白く、また、インフラづくりに教会が先頭に立つ考えもなるほどで、エスニック社会毎に始めるのも、ありかなと思う。やりようは、いくらでもある。

アメリカのベビュー・ブーマーは、1946年~1964年生まれの18年間で、先端は2006年に60才、2011年に65才になる。こんなにも長く続くのは、戦勝国で占領軍として滞在したことと、朝鮮戦争があったためである。


ベビーブーマーの人口は7700万人で、日本の約10倍、数が多いだけに日本以上に大問題である。

18年間も広がった層なので、41才から59才まで分布し、一様ではない。だから、ベビーブーマーの老後を考えるとは、多様な老後生活を考えることで、まだない老後生活を作り出すことができる。
日本が3年間に固まっているのとは違う。アメリカの方が、備える時間があり、固定観念にとらわれずに、自由に対策を設計できるので、やりやすい。


ハーバードが提唱してるのが、リタイア後(65才後を想定)の20年を、社会を活発にするための前例がない社会資源(ソーシャル・キャピタル)にすることである。これからもいろんな提案が出てくるのだろうが。。。

この世代は、若いとき公民権運動やベトナム反戦運動をやり、ウォーターゲート事件にあい、反権力、反社会の傾向が強い。しかもアメリカ経済の絶頂期に育ったので自信にあふれた自立主義者で、社会によりかかったりせず、反対に社会に貢献する気持ちも薄い。若いときのボランティア活動も、両親の世代に比べて少ない。


この世代をあらわす有名な話があるが、一人でボーリングをするが、ボーリングクラブに入ったり、ボーリングリーグに参加することはなかった世代といわれている。それが、老後は社会に再参加し、社会をよくする活動をやるというのだから難事である。


日本ではどうか。
60才定年を63才、65才定年に延長するのが提唱されており、少し進んでいるが、それが定着するのかどうか。また、65才以上はどうするのか。
目前の問題なのに、解決策は未済、個人の自助努力で生きよ、となってるが、これでは不安定社会が続く。


東京都がやった調査では、東京にいる団塊の世代はいなかに帰らず、東京で仕事をやりたいと思ってる人が多く、それができると思っている自信家である。同様な調査は静岡県でもやっており、ここは製造業の多い県だが、定年後もそのまま仕事を続ける人が多かった。製造業は人手不足で、特に名人級は引く手あまたであるので、こうした所では、2007年問題はない。
要は、2007年問題は、東京のような大都市にいるホワイトカラー問題なのだが、いなかに帰らず東京にいて、ほんとに仕事があるのかどうか。


ハーバードの報告書は、こうした先進国の問題解決を大胆に提案し、国民運動を起こして40~50年間にわたって広がって行く新しい生活の創造を提案しているのは、さすがである。日本では高齢化問題の議論は、年金問題などステレオタイプのものばかりで、出口が狭く暗い。それに比べて新鮮で面白く、未来性が豊富にあるのがすばらしい。

これから何回か「団塊の世代の社会起業論」を考えてみる。
4~5年前に、私が社会起業家を研究していたせいか、大企業の見知らない50才代の訪問を何回も受けた。みな定年後は社会起業をしたいので、今から準備というわけである。


当時、社会起業に関心があるのは、若者、女性、高齢者の三種だと見ていたが、なかでも高齢者が熱心とこのとき実感した。その後、定年退職者がやる社会起業が、いくつか出てきており、これからもこのトレンドが大きくなると思う。


同様な傾向はアメリカにもあった。こちらの方がずっと大胆で、日本よりも先に行っている。それが2011年問題である。
2011年問題とは、アメリカのベビーブーマーの一番年上の1946年生まれが、65才に達する年で、以後何をやって生きるのかの問題であるが、解決策は、在来の概念の余暇で余生を送るのでなく、まだ元気なので社会に再参加し、ソーシャル・キャピタルになるというのだ。


この年代が60才になるのが2006年で、2006年問題がないのは、60才をすぎても働き続けることができるからである。
日本の団塊の世代は、2007年に60才になり、定年後どうするのかが大問題になっている。アメリカに比し、5年も早く問題になってしまったのは、経済の回復が遅れているからで、楽観した見通しでは、経済が本格的に回復してくると、仕事は増えるので2007年問題は自然解消し、日本でも2012年問題に変わると思う。そうなると、日米は同じ問題をかかえることになる。


さて、表題の「リインベンティング・エイジング」であるが、この概念を提示したのは、Center for Health Communication Harvard School of Public Health で、2003年10月ボストンであったカンファレンスで「 Reinventing Aging: Baby Boomers and Civic Engagement」(高齢社会を作り直す:ベビュー・ブーマーを市民社会に組み込むぐらいの意味)を発表した。本文が50ページ、バックグランドデータが100ページ以上もある本格的な論文で、ベビーブーマーの老後研究の集大成である。


再構築しなおした老後の新しいコンセプトにしたがって、再び社会に復活し、働き続けよう、そうするのが本人にとってもよく、社会にとってもよいという。

これは、50年代、60年代に女性が社会に進出したように、2010年代から老人を社会に再進出させよう、その準備を今からやろうという大胆な提案で、実現するために大規模な国民運動を起こし、さらにインフラづくりのための社会起業を始めようというのである。


高齢者がやる社会起業の前に、そのインフラづくりに社会起業を起こそう、それは今からでもできるというのが斬新なアイディアである。昔なら、インフラづくりは、行政の仕事だったのだから。


Harvard School of Public Health は、これまでも国民運動を起こすプロジェクトではいくつか成功した経験があり、今度も自信がある様子で、また、インフラ作りの社会起業は、もう始まっている。
これは老後にかんした思想革命で、日本にもおおいに関係がある。さらに、社会起業の一大分野になる可能性もあるので見逃せない。

「世界最大級の買収ファンドの米コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)は14日、東京事務所を近く設立し、日本やアジア各国で企業買収などの投資を本格化させることを明らかにした」(朝日新聞9月15日


このロバーツが、何度も書いているREDFを創設したロバーツである。ロバーツは、サンフランシスコのホームレスのひどさにショックを受けて、2000万ドルを出してREDFをつくり、ホームレスを再教育して仕事につける社会起業を始めた。現在、社会起業の代表的なモデルになっている。


KKRは70年代から世界で約17兆円の投資実績がある買収ファンドの「本家」的な存在で、香港にも事務所をつくり、アジア進出を本格化する。アジアには投資の種がたくさんあるので、進出は成功するだろう。


それで思うのだが、ついでに、REDFジャパンもつくって、アメリカ流の社会起業を広めて欲しいと思う。
今のところ、そんな計画はないが、日本だって社会起業が急速に広がり始めている。この分野への進出も、日本を刺激し、よい結果を作り出すので、そうなることを願っている。

シンポジュームにコメンテーターとして登場した Susan Stroud さん(Innovations in Civic Participation 代表)は、ホワイトハウスで社会政策をつくってきたこともある市民活動家で、98~2001年にかけ、フォード財団で若者を活性化させるプロジェクトをやったときの話をしていた。


「世界のどこを見ても、若い人たちが社会のアクターとして活躍することに対 する投資が不十分である」「若い人にはアイデアや情熱があっても、それを 活かすための場や制度が不十分である」
「若い人たちの価値観や行動パターンや技能を考えると、私たちは楽観的な気 持ちになれる」「アメリカではこの10年ほど、20代前半の人たちがいろ いろなNPOを作っており、ここで、いろいろな経験を分かち合い、協力しあ っている。野球チームをきっかけにしてプロになるのと同じように、これが より大きな場に飛躍していくきっかけになる」
「世界各地で活動してきたが、若い人は決して無力でも無気力でもなく、熱意 と関心を持っている。若い人たちが無関心、という言い方は間違っており、 気力の問題でなく、構造的にチャンスがないのである」


 アメリカでも日本と同じらしい。彼女は、フォード財団の支援でアメリカで若者のチャンスを広げ、そのやり方を中年米に移転しようとしている。今あるアメリカの雰囲気を伝えた。


 社会起業は、アメリカでも若い人に人気が高い。一昨日、ソーシャル・ベンチャー・ネットワーク・ジャパン設立の会合に出たが、200人ぐらいの参加者の半分以上は若い人だった。社会起業の集まりは、どこでもそうだ。


 アメリカでは、スーザンさんだけでなく、こうした若い社会起業家を支援する活動はずいぶんある。Ashokaフェローなどはそれだ。 それに比し、日本はまだこれからで、なんとかしなくちゃ、という所である

前回、Project Impact のことを話したが、似たのがいくつかある。
ApproTEC(Appropriate Technologies for Enterprise Creation) は、サンフランシスコにある非営利法人だが、ケニアで手動の灌漑ポンプを現地生産し、農家に売っている。


これを使うと、乾季にも農産物の生産ができ、農業生産高は3~5倍にもなる。さらに手動灌漑ポンプ産業がおこるので、生産と流通で雇用が増える。

このプログラムは、社会起業の成功事例の代表となっており、アメリカの論文にはしばしば登場し、受賞歴も多い。このモデルは移転しやすいので、アフリカや南アジアでも応用され、インパクトが世界中に広がっている。Project Impact も、インドで始まったばかりだが、あっというまに世界中に広がるのだろうと思う。


グラミン銀行とACCION International は、マイクロファイナンスの二大巨人で、前者は南アジア、後者は中南米で小額融資をやっているが、慈善の援助を受けるだけだった貧困層が起業家となり自立し、市場経済を通じて貧困問題を解決するモデルに挑戦している。


ASHOKA、ENDEAVOR GLOBAL INC.も社会起業家を育成し、貧困から脱するモデルをつくろうとしている。


経営学者 C.K.プラハラが書いた「The Fortune At The Bottom Of The Pyramid」は、富のピラミッドの最下層にいる最貧層は、人口が40億人と巨大で、貧しいとはいえ消費しているので、多国籍企業200社(うち日本が40数社を占める)は、このマーケットを開発し、成長させて市場として狙ったうえ、貧困問題を解決せよとすすめてる本である。


以上、どれにも共通してるのが、途上国の経済開発は、政府援助や国際機関の援助でなく、市場の力でやるという新しい思想に基づいている点である。

日本には、まだなじみのない考え方で、日本の実例もないが、アメリカの社会起業は、すでにこの地平線に達している。彼らは、こうした現象を慈悲深い資本主義、慈悲深い起業家と自ら呼んでいるが、社会起業が進化した結果、経済開発理論のパラダイムは、全く変わってしまったのである。


アメリカの社会起業が、5年ぐらいでここまで到達してしまったことに私はショックを受けた。初めはアメリカのどうしようもない社会問題の解決から始まったが、やっているうちに、似た問題は世界中にあり、アメリカ流手法で解決できると気づき、猛烈なスピードでこの新しいアメリカ文化が世界中に拡散しているのである。

なぜ、こんなことが日本でできなかったのか、私は呆然として考えている。