社会起業評価のセミナー

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アメリカの社会起業評価が、どんなものがずいぶん書いてきたが、ぴったりのセミナーが開催される。


日米ソーシャル・イノベーション・フォーラム
日 時: 2005年8月27日(土曜日)13:30~17:00
会 場: 日本財団ビル2F・大会議室 (東京都港区赤坂1-2-2)
共 催: 東京アメリカンセンター、CAC-社会起業家研究ネットワーク
助 成:国際交流基金日米センター(CGP) 後 援: 東京財団


ゲストスピーカー
 Mr. Bill Carter, Founding Board Member, ASHOKA、テーマ”"Social Innovation and 

                                          Power of Ideas"
 Ms.Cynthia Gair, Portfolio Director, REDF、テーマ” "Social Return on Investment"

                                 

アショカは、ワシントンDCにある世界の社会起業家育成では定評のある非営利法人、REDFは、サンフランシスコにある社会起業評価を専門にしている財団で、革新的なツールを開発しているので有名である。


本邦初のコンテンツで、行政の人、企業の社会貢献担当者、社会起業を学びたい若い人、起業家志望者などにお薦め。プログラム・スケジュール、キーノート・スピーカー・プロフィール、お申込み&お問い合わせは、CACホームページから。

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「権威のついていないリーダーシップ! で実行する」ぐらいの意味。
アメリカの社会起業家の教訓で、権威とは、アメリカ大統領、企業のCEO、軍隊の司令官のリーダーシップのことで、それとは違い、社会起業家の権威は、ヒエラルキーから生まれる権威でないと声高に言う。


既に書いたピッツバーグの公立学校改革プロジェクトでは、主導した財団には、市長、学校経営陣、メディア、有権者に権威を持っていなかったが、問題を解決するのにパワフルなプレーヤーを勤めた。


私は、これを読んだとき、当たり前のことで、わざわざ標語にするほどのことでないと理解できなかったが、そうなのかと気づいたことがある。アメリカでは、権威付きのリーダーシップ願望が根強くあり、それではないんだ、こっちの方がかっこいいんだ、とわざわざ言いたかったのだろうと思う。


日本でも権威付を求める風潮がだいぶんあったが、そのトレンドはこの10年間で反転し、アイディア力や人を巻き込む力でやる方向に向かっている。起業家待望論は、その一つで、社会起業家が、これだけ日本社会に広がったのもそうである。


実は、19世紀の開拓時代のアメリカでは、問題が起こると数人が集まり、解決策を考えたが、そのやり方に戻ろうという感じなのだろう。19世紀なら自治体はなく、市民は自分で解決する以外にやりようはない時代だった。当時、ヨーロッパからアメリカを訪れた知識人は、権威漬のヨーロッパに比べ新鮮に見え、権威によらないリーダーシップが、アメリカの特色だと見抜いた。


現在は、自治体があり、企業も過剰なくらいあるが、社会問題の解決に役立たない、だから社会起業家精神で解決しようというのだが、そんな建国時代の生き方や精神に戻る提案ー先祖帰りが新鮮に見える時代になったのだろう。

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トッピクス、政府は、子育て中で再就職を希望している250万人に再就職を支援する政策を検討する。(朝日新聞7月25日)


こんなにいるとは驚いた。聞いた第一感は、ニート60万人、定年退職者数百万人に比べ、こっちの方がよほど高品質、若いときにビジネス経験があり、中には専門力を持っている労働力で、労働力不足経済を迎えるにあたり、これは好企画である。


政府の検討課題とは、国による情報提供、地域でのネットワーク構築、学習・能力開発支援、再就職支援、起業支援の5項目。細田官房長官が主宰し、文部科学相や厚生労働相、経済産業相ら6閣僚が横断的に参加する。 来年度に予算化し、始めるのだろう。


情報提供では、保育や年金、研修など再就職に必要な情報を1カ所で得られる「ワンストップ窓口」を設ける、自宅でも再就職に必要な学習ができるようにする、女性による起業も支援、実施には、地方自治体やNPOとの連携に力を入れる、こんなイメージ。


今は、来年度施策のアイディアが報道されるときで、最近は時代に合ったいい企画がずいぶん出るようになってきたと思っている。そこで実施も見事にやってほしい。


こうした施策の第一の雇用者は、行政や自治体だろう。働かない職員をリストラし、こうした女性を再雇用してほしい。市民サービスのようなヒューマンサービスの提供は、女性向きの仕事なのだから。政府は、企業に対して再就職の門戸を広げるよう働きかけるそうだが、その前に自ら範を示さなくては。


また、施策の実行にはNPOと連携するらしいが、連携だけでは弱い。政府はスキームだけつくり、実施は企業や社会起業家、NPOに100%任せるような新しいやり方がよい。行政の事業下手は、もうさんざん実証されており、だから昔に戻らないで、新しい施策は、新しい器でやってほしいと思うのだ。

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OCGI

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Organization Capacity Grant Initiativeの略。財団は、助成した先の社会起業家を集めてネットワーク化し、相互学習で失敗と成功の経験を分け合い、助成先の組織能力を高め、社会起業家の事業展開を速めて、社会に及ぼすインパクトを極大にする。


「大胆に導け」に出てくる手法で、アドプティブ・プロブレムに対処するのに、一つは既に書いたピッツバーグ型で、もう一つの手法がこれである。


サンフランシスコのペニンシュラ・コミュニティ財団、チャールズ・ヘレン・シュワブ財団、ソブラト家族財団の3財団はジョイント・グランツを組み、ヒューマン・サービスを提供している16人の社会起業家へ小額の資金を提供した。最初の2年間は各5万ドル、3年目が25千ドルで、総額は200万ドルになる。使途は自由、唯一の義務は四半期毎の会合(16法人のエグゼクティブ・ディレクターと3財団のプログラム・オフィサーが出席)に出て、相互学習する。


資金を提供した3財団は、当初はコンピュータ、電話、コピーなどを提供していたが、社会起業家は、そんなことにあまり必要性を感じていないとわかり、もっと助成先の組織能力を高め、アドプティブ・リーダーシップを開発することにカネを使うことにした。


OCGIでは、四半期の会議で事業の進行状況を報告してもらい、財団は容赦しないプレッシャーをかけ続けた。時間と忍耐がかかったが、発酵の期間と腹をくくった。財団は、おうおうにして、プロジェクトが長引いたり、期間がはっきりしないことを嫌ったが、それをやった。


2年目の終わりに、参加者の間で信頼関係ができ、相互学習ができるようになった。3年後、どの法人もマネジメント、資金調達、テクノロジーの力を強め、組織の能力を高めた。財団も寄付先の能力構築への理解が深まった。


「大胆に導け」の著者は、資金を出す財団も、それを受ける社会起業家の双方の非営利法人を効率的に改善し、事業能力を構築する重要性を知らせた顕著な例だと書いており、この方式を薦めている。


しかし、これには裏話がある。このやり方は、サンフランシスコでは広がったが、資金提供を受ける社会起業家は重なっており、今日はA財団の会議、明日はB財団の会議。。。と会議ばかりに出て、本業の時間がさかれて、困っているというのだ。ありそうなこと、困りましたね。

「大胆に導け」のコラムに、(財団の)リーダーシップが直面させられている8つの分野の例示があるが、こうである。


・テクニカル・プロブレム

1、奨学金のファンディング

2、病院の建設

3、フードバンクの棚卸管理(?、ホームレス用の食事供給の効率化)

4、マラリア汚染地域でのマラリアワクチンの投与


・アドプティブ・プロブレム

5、公教育の再編成

6、手ごろな医療サービスを提供する

7、(非営利法人の)組織効率を増す

8、ワクチン摂取率8割を成し遂げる


ターゲットは、教育と医療に集中しているのが特色で、アメリカでは、この二分野に社会起業の焦点が当たっている。教育は公共サービスが担っていたが、それが崩れて、代わって社会起業が代替しようとしている。移民国なので、英語文盲がおり、その撲滅も仕事である。また、家庭の事情で高校以上の教育が無理なときでも、カレッジへ行かせ、実践的な技術を身につけさせる教育も社会起業家のものである。知識経済で被雇用力のある力をつけるのである。


医療は、半分は、連邦と州の医療保険でカバー(高齢者と低所得者向け公的医療保険)しているが、それ以外は企業と個人の負担、これでは医療費が払えない層が出てくるので、それをサポートするのも社会起業になっている。


日本では、公教育システムは、だんだんおかしくなって来ているが、崩壊までは行っていない。医療についても、国民皆保険で、今のところ医療費の支払いに困る事態は起こっていない。こんなわけで、日米には社会問題で違いがあり、社会起業のフィールドにも、違いがあると知ることが重要である。 そこで日本向きの分野は何かだが、定番はなく、白地に絵を描くように、それぞれ自由に考えればよい。

Adaptive Leadership

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スタンフォード・ソーシャル・イノベション・レビューの「大胆に導け」に出てくる新概念で、財団が持つべき新しいタイプのリーダーシップのことである。


社会問題には二種あり、テクニカル・プロブレムとアドプティブ・プロブレムである。前者は、感染症を減らすようなことで、カネを集めてワクチンや抗生物質を買い、権威を使って投与する。後者は、環境問題の解決、公立学校の改革、飢餓やホームレスの撲滅で、関係者が多く、いろんな意見が対立してるので、問題解決には権威は無力、対立したステークホールダーが結集して、当事者が問題解決策を見つけるやり方である。


この二種の問題に対し、解決のアプローチは違う。アドプティブ・プロブレムに対し、テクニカル・アプローチを取り、失敗する例があり、ボタンのかけ違いを戒めている。


アドプティブ・プロブレムには、財団は、そのステータス、持っている資産、知識、専門性へのアクセス能力を使い、もっと大きな地域の問題に挑戦し、公権力をともなわず、リーダーシップを発揮して、社会革新を実行せよというのである。


やり方は、
1、何が問題かを財団が設定する。前期のピッツバーグの例では、市立学校区のボードメンバーの機能不  全。
2、ステークホールダーに拍車をかけ、問題の解決策を発見させる。ステークホールダーが、問題解決の機が熟してると思わせることが必要。ステークホールダー間の対立を、同じ方向へ導いて調停するので、後ろ向きで、無礼な対話や不愉快な公開論争になれてることが必要。
3、その場で、改革のコンセプトとビジョン、斬新な社会問題の解決策を開発する。ステークホールダーが、問題解決に自ら乗り出すよう引き込み、新思考で解決策を考えさせ、伝統的なやり方から離れ、ポジティブな変化をつくる。


この論文は、ハーバード大学のケネディスクール(公共経営学)で教え、財団のコンサルをしている3名の非営利法人を研究している学者が書いたもので、財団の新コンセプトを考案し、それを提唱している。


伝統的な多くの財団は、予め予見できること、結論の出口が見えることにしかカネを出さない保守的な傾向があり、アドプティブ・リーダーシップのような、やってみなくてはわからない、しかもリスク付、なことをやるのはアメリカでも異例なことであるが、でもそれを薦めているのは、行政でも企業でも解決できない問題がある、放置された問題があるのだから、それを財団がリスクをかけてやってみましょう、やり方はこうだ、社会が変革するという成功報酬があるので、レバレッジ効果は大だ、と社会へ提唱している。


彼らはこういことが上手で、なるほどと思わせるものがあり、Bスクールで学んだ学生もコンセプトにはまり、こんな仕事を始める。日本にだって財団はたくさんあるので、ちと、こんなことを考えてみてはどうかと思い紹介した。

ビッツバーグ事件

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ピッツバーグ市の市立学校をめぐる2002年から2004年の話は、「大胆に導け」の論文の核心をなす事例である。


2002年、ハインツ財団、グランブル財団、ピックバーグ財団の三つの財団は、市立学校区へ5年間にわたり1200万ドルを出すことにしたが、これは学校予算の半分に当たる額だった。狙いは、システムの機能障害で危機に陥っていた市立学校システムを改革することである。論文には、機能障害の具体的なことは書いてないが、学力が低いとか、未就学児童の数が多いとか、先生が熱心でないとか、お決まりのことだと思う。


これに対し、学校区のボードメンバーは、怒り、財団はカネで脅していると非難し、改革は子供の役に立たないと反対、話は宙に浮き、財団は資金提供をペンディングにした。


この事態は、市民の間で論争を引き起こしたが、トム・マーフィー市長は、財団がピッツバーグの市立学校区の目を覚まさせた、改革が必要かどうかを考える委員会を作ると表明、38名の委員が選定され、ビジネス、市民、地域、教育の代表者、親、市職員、3財団の関係者が結集した。


地域のステークホールダーは、1年間、市立学校区のシステムを分析、変わるべきと提言、2004年の年初の選挙で、改革の反対派は追い出され、学校のボードメンバーが一新され、2004年2月、財団は資金提供を復活。このあと、コミュニティの代表、市の役人、親、有権者が、市立学校区を一掃する変化に参加した。


三財団は、改革の触媒として決定的な役割を果たした。財団は、参加型民主主義の音頭をとり、自らソーシャルインパクトを作り出す触媒の役割を果たした。論文の著者は、財団が改革の先端を切る顕著な例だと絶賛し、この新しいやり方を「Adaptive Leadership」となずけた。


「Adaptive Leadership」は、この論文のキーコンセプトである。訳すと適応型リーダーシップだが、適応とは、新時代に適応し、改革派は保守派に、その反対もあるが、お互いに適応しあうことである。軍の司令官や企業のCEOは、権力で反対派を排除するが、それとは違い、社会問題は、複雑な構造をしてるので、時間をかけ、ステークホールダーが参加するやり方で、解決策を見つけるのが有効だという。


財団はその仕掛け人で、オルガナイザーになるのである。小さな政府が進んだアメリカで、まだ改革に反対するこんな保守派がいるのが驚きだが、財団が立ち向かえと薦めている。


財団の職員は、ステークホールダー間の触媒を勤めることで、厳しいストレスに見舞われるが、ストレスに立ち向かえる力の連中が、スタッフになる時代になってるのだろう。財団へ資金を出すのが、ITや金融で財を成した起業家で、資金を使うのが社会の改革のために戦う戦士である。


昔なら、地域問題を解決するのは、まず自主的なコミュニティで、その後自治体に変わったが、自治体もだめになり、今やそれをやるのが財団になったらしい。こうしたことが、最近のアメリカの非営利法人業界事情である。なかなかの進化である。

Leading Boldly(大胆に導け)

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これは、”スタンフォード・ソーシャル・イノベション・レビュー”(社会起業では高名な雑誌)にある研究論文の題名である。


著者は、Ronald A. Heifetz(ハーバード大学ケネディスクール講師、ケネディスクールの公共リーダーシップ・センターの共同創設者)、John v. kania(ボストンにあるファンデーション・ストラテジー・グループのマネジング・ディレクター、FSGは、財団と企業のフィランソロピー戦略について助言するコンサルタント)、Mark R. Kramer(ファンデーション・ストラテジー・グループの創設者、ハーバード大学ケネディスクールのシニアフェロー)の3人である。


導く人は、社会起業にカネを出す財団、導かれるのが社会起業家であるが、財団は、過去の伝統的なアプローチをやめて、イマジネーションあふれる社会変革を実現するために、議論があるかもしれないが、リーダーシップを創造し、社会起業を大胆に導けと主張している。そうするために、財団自身を変革する必要性について説いている。


こんなことが書いてある。
「財団は、顕著な社会インパクトを成し遂げたいなら、リーディングでそうしなくてはい けない。そして彼らは、その役割を遂げるよいポジションにいる」
「財団の経営者は、強い公的部門からのプレッシャーに耐える不屈の精神が必要になる。 」
「適応型リーダーシップは、計画を離れ現場で学ぶ実験が必要である」
「財団は、寄付金を集める以上に、変革を起こすために、専門性、政治へのアクセス、メ ディアスキル(メディアへアクセスすること)、大胆な戦略を持たなくてはいけない」


財団の理事はかっこのよい名誉職、社交の場、金持ち家族の贅沢な生活保証(家族財団)、これが108度転換し、社会を変革する源泉になれと提案している。そして、大胆に導くやり方は、金の力で何かをやったり、権力のある政治と結んで何かをやるのでなく、”アドプティブ・リーダーシップ”(適応型リーダーシップと訳しておく)で、財団、社会起業家、住民、役人、企業の人、ジャーナリスト、学者。。。が、討論に参加し、最適の社会問題を解決する解を見つけるように仕向けるリーダーシップだという。キング牧師、ガンジー、マーガレット・サッチャーのやったやり方だという。


アメリカで社会起業を評価するトレンドは、この5年ぐらいのことであるが、ついに古い財団の改革にまで至った。日本にはない面白い事態(日本もきっとそうなる)であるので、これから何回かこの論文をめぐる話題を書くことにする。

京都アントレプレ会の浅野令子さんのブログに「 黒部恋歌」(7月7日付け、こういう演歌が6月に発売になったらしい)、「生地空家ツアー」(7月9日付け)がある。黒部の名水地域”生地地区”へ行ったときの話である。住むにはよい所らしく、『加工され過ぎていない「まち」は、宝箱。日本風BOBOS(ブルジョア・ボヘミアン)(が住むには適地)』


黒部市生地地区は、1500所帯で人口4500人、湧水で有名で、町に湧水の場所が18カ所もあり、今でも生活に使っている。しかし、過疎化が進み、年寄りが死ぬと空家になり、空家は200万円ぐらいで買えるが、そこを別荘代わりに住んでいる人が出てきたようだ。地元では、過疎化を食い止める対策のひとつとして、空家を使って半移住型の生活観光を持ち込みたいと思っており、それをやるのが社会起業家だと浅野さんは書いている。


この難しい問題の解決は、行政や企業、伝統的な○○協議会ではもうできないだろう。そこで社会起業によって問題を解決してみようと考えるのは、今風なやり方で成算がある。


ここには、無数の湧水のほか、日本海に沈む夕日、立山連峰の朝日、温泉、漁村の風景、黒部漁港の魚市場、昔北洋漁業で栄えたことがあるが、その臭いがする町並み(人の臭いがする=コミュニティがあることが大切)。。。いろいろ魅力的なものがあり、豊かな生活ができる場所だが、それでも過疎になってしまったとは。


住み良い場所なのに住む人が減っている所は日本中にいくらでもあり、今の日本の”変な問題”である。豊かな生活を送りたいなら適地だが、問題はそこに仕事がないこと。日本のような産業社会(製造業が主力の経済)では、工場や事務所がある所にしか仕事がなく、それは大都市かその近郊になってしまう。だから、地方は生活しやすいが、仕事がないので、人々は暮らし易さを我慢して仕事のある所に住んでいる。だから、住み易くても過疎になってしまうのは、自然なことである。


経済が変わり、もっと個人の意志で仕事の場所が選べる社会になると、こういう所でも仕事をする人が増えてくるのだが、そんなことは起こるのだろうか。


アメリカのバーモント州のバーリントンは、黒部市ぐらいの人口で、冬はスキー場、夏は避暑地として名があり、町は湖の湖畔にあるので住みやすい。アメリカに留学した日本人は、ほとんど知らないぐらいの田舎の小都市である。


今ここに、ITと金融で財を成した30才代と40才代が移住している。皆若いとき、東部の大都市で活躍し、半ば引退、半ば次の仕事をやるために、こうした風向明媚な観光地に移住する。引退といっても、中年から老年に移るためのギアチェンジで、一仕事は終えた、次の仕事に向かっての発酵の期間である。こうした人は、ブルジョアだが、ライフスタイルがボヘミアンなので、Bobosと呼ばれ、バーリントンは、Bobosの巣窟として脚光を浴びている。移住して来る人は、脳の働きが活発なので、市政では、既得権にまみれた古い市議会を改革し、ほんとの市民議会をつくる運動もやっており、そうした点でも全米から注目されている。


バーリントンは、忘れられた過疎地だったが、それが現在注目されている。これがポスト産業資本主義社会の地方都市の姿である。バーリントンへ移住した者は高学歴で高所得のフリーランサーだが、主力の仕事は創造的なクリエイティブな仕事なので、立地する場所は問わず、創造力がかきたてられる所ならどこでもよい。作ったソフトな製品は、ネットで送ったり、販売すればよい。仕事の場所の立地制約が少ないのである。


要は、日本でも創造的な仕事をやるフリーランサーが増え、一人一人の個人が仕事の場所を選べば、黒部のような所がバーリントンのような所になりはしないかと期待してるのである。実は、今過疎地になっている所は、産業社会だから過疎になっているだけで、社会が根本から変わり、ポスト産業資本主義になれば、話は違ってくる。日本にはどこでも人が昔から暮らした痕跡のある文化資源があり、、自然資源も豊富で、生活するには桃源郷のような所が多い。こうした場所は、ポスト産業資本主義向きである。


人々は、やっと住みやすい所を発見したが、まだそこには仕事がなく、人口移動は起こらない。今はこんな状態だが、黒部市の生地地区の再生を考えるには、到来するだろうポスト産業資本主義社会を描いて(10年もかからないで、日本はアメリカのように、そうした社会に移行するだろう)、そこにフォーカスしたらよいと思うのだ。それは、前例のないことなので、どうしてよいか戸惑うが、何でも思ったことをやれば、それが自然に道を開いて行くのだと思う。

社会起業資本主義

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これまで、アメリカの社会起業家賞の2004年だけの受賞者9件、2005年の受賞者25件、計34件のケースを紹介してきた。アメリカの社会起業のサンプルとしては十分な数であるが、これを見て何を考えるかが大切である。その特色は私流にはこうである。


まず分野は、1,貧困の撲滅(この問題は、アメリカ国内にもあり、開発途上国にもあり、その両方を問題にしている)、2,教育、アメリカ国内では公立学校の改革、途上国では、貧困所帯で子供が十分な教育を受けられないのを改善する、3、低所得家庭の所得安定、自営化、マイクロビジネス、マイクロクレジット事業、4,失業者の技術習得、被雇用力を向上させる、5,ホームレスからの脱出、6,人権、虐待防止、途上国では児童労働の禁止などである。


日本とは分野が違う。日本には荒廃したダウンタウンはなく、ひどい貧困もない。公立校も問題があるといっても、ひところのアメリカほどひどくない。日本には、日本らしい分野があるので、アメリカの事例は直接には役立たない。


アメリカではこうした分野は、官でも民(市場主義)でも問題を解決することができなかったが、それなら社会起業によって新しいサービスを開発して事業化し、そのモデルを全米に広げて問題を解決するぞ、という気概に溢れており、それに成功しつつある。


二番目の特色は、ボストン、ワシントンDC、ニューヨーク、サンフランシスコとその近隣都市で起こっている現象で、大都市の新しい文化であり、草の根とは違う。草の根は、特定の地域だけのことなのに、社会起業は全米への広がりを狙う。


三番目の特色は、Bスクールとロースクールの卒業生が始めたものが多く、一流大学文化、若い人の選良文化の匂いがする。Bスクールの社会起業への著しい貢献も感じられる。ベンチャービジネスの知見が社会起業へ移転し、大企業のリフレッシュ策が既存財団のリフレッシュ策に応用されている。Bスクールでは、社会起業の講座も増えてきた。社会変革の旗手として、大学の自負と荒い呼吸が伝わってくる。


市場経済は貧困をもつくる。19世紀の初めの産業革命のときは、貧困などの社会問題の解決策は、社会主義国家(労働者が金持ちの資産を奪う)か、大きな政府にして税の再配分を行い、福祉国家をつくることが提唱され、実際にそうなった。


今度も、イギリスでは80年代の半ばに貧困層の暴動が起こり、資本主義が崩壊するかという危機があった。アメリカでは、90年頃がそういう時期だった。しかし、この両方が使えない。そこで解決策は、官と民の中間地帯での社会起業である。この中間地帯も市場であり、競争半分、社会性半分の市場をつくり、問題を解決しようというのが新しいやり方で、この斬新さが、知的な選良をひきつけているのだろと思う。


ポスト産業資本主義の福祉サービスの姿は、こんなものなのかと思わせてくれる。さらに、彼らの先に資本主義の新パターン、私の造語だが”社会起業資本主義”が生まれるのかなという感じがする。だから、社会起業家賞を受賞した社会起業家は、”始まりの初め”をはしっている人たちである