外務省は9日、核兵器持ち込みなどをめぐる日米の「密約」に関連する計331点の外交文書の機密指定を解き、公表した。この中で「核兵器を持たず、つくらず、持ち込ませず」とする非核三原則を提唱した佐藤栄作首相が1969年当時、沖縄返還交渉で米側から有事の際の核再配備を迫られ、政府内の討議で「『持ち込ませず』は誤りであったと反省している」と苦悩の心情を吐露していた事実が明らかになった。
 沖縄返還交渉が大詰めを迎えた69年10月、佐藤氏は翌月のニクソン米大統領との首脳会談に向けて東郷文彦外務省アメリカ局長(北米局長を改称)らと対応を協議。その記録によると、佐藤氏は沖縄返還時の核兵器撤去を米側に求める代わりに、「(再配備が)非常事態で必要というならイエスと答える」との決意を固めたことを打ち明け、非核三原則の「誤り」に言及した。 

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