神社は、キリスト教なのか

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明治維新で日本を変えたのは、言わずと知れた薩摩藩が中心。

薩摩の歴史を調べてみると、

天皇の子孫である源義朝が、薩摩藩の地頭として、

渡来氏族「秦氏」の血を継ぐ、島津家を充てた。



渡来氏族「秦氏」とは?

秦氏は、新羅経由で日本に来たが元々はチベット系のチャンミン族。

彼らは失われたイスラエル10部族のひとつであるマナセ族の末裔。

エンジニア集団であり、政治的な成功を求めず経済的な成功を求めた一族。

様々な政治環境のもとで、経済的に生き延びてきたとされます。

古墳が巨大化したのも、秦氏の土木技術。

秦氏一族は、 原始キリスト教徒であるらしい。

それは、秦氏が設立にかかわった宗教的な建物や習慣に、

ヘブライ語や旧約聖書の儀式・慣習といったユダヤ性だけではなく、

新約聖書からの教理や教えが、含まれているからです。

また、秦氏は古事記(神話や伝説、天皇)にも深くかかわっているのです。



秦氏が関わったとされる建物

●稲荷神社

東方キリスト教では、イエス・キリストのことを、「INRI」と表現します。

これを読むと「インリ」すなわち「イナリ」となり「稲荷」は当て字ととれます。

秦氏はイエス・キリスト神社として稲荷神社を建てたのかもしれない。

最初に建てられた安閑天皇の時代、稲荷神社は、和歌山県有田市の糸賀稲荷。

建立時の稲荷神社は霊験あらたかで、瞬く間に日本全国へ広がりました。

狐が祀られるようになったのは、後の8世紀になってからで空海による後づけです。


●伊勢神宮

神道用語で「造化三神」です

アメノミナカヌシ、クニノトコタチ、ウカノミタマは、

明らかにキリスト教の三位一体(父なる神、子なる神、聖霊)と似てます。

外宮には、アメノミナカヌシこと父なる神(ヤハウェ)が祀られ、

内宮には、アマテラスこと子なる神(イエス)を祀ったという説もある。

伊勢神宮は、イセ神宮、イエス神宮とも聞こえなくもない。


●四天王寺

四天王寺は実は神社であり、玉造(たまつくり)の地に

あったことがいくつかの文献にあります

イナリの神が祀られ、聖徳太子はそこで戦勝祈願しました。

587年に最初に建てられた地には

現在は「玉造稲荷神社」が建っていて、鳥居は赤くなく、西向きであり

現在の、四天王寺の西門には、神社でないのに鳥居があります


●宇佐八幡宮

現在応神天皇の宇佐八幡宮は、秦氏が創建した全国の八幡神社の中心であり

そこには本殿が3つあり、本来は3つの神(三位一体の神)が祀られていました

「八幡」とは、元々「ヤハタ」と読み、

「ユダヤ」を意味するヘブライ・アラム語の 「ヤェフダー」、

あるいは「秦氏の神」の「ヤハ・ハタ」から来ているとされます

749年に、ここから初めて神輿(みこし)が登場しましたが、

神輿は旧約聖書の「契約の箱」に酷似しています

箱



その他にも伏見稲荷など、多くの有名な神社仏閣に関わっています



●秦一族は古代の技術・経営エリート

秦氏が得意とした鍛冶、農耕、土木、養蚕、機織、紙すきなど多彩なテクノロジー、

当時の日本人にとっては奇跡にも近い神のワザだった。

特に、鍛冶は自然をあやつり、そこから光り輝く銅や鉄を生み出す神秘の所業です。

九州北部・近畿の銅山に展開された銅を生産するマネジメントは、

秦氏および関連の一族によってなされたものとされます

火を制御する鳥が鍛冶シャーマンのシンボルであり、

秦氏の場合、神の鳥のシンボルは「鷹」でした

秦氏は、鍛冶の技術をよく営み、金属器をよく鋳造したので、

必然的に錬金術・魔法・神というような

シャーマン的色彩を帯びています。秦氏は初代神武天皇という説もあります。

古事記や日本書記は、天皇が日本の八百万の神の頂点であるという布教本。

八百万の神々を、ひとつの神道としてまとめ上げたのは

秦氏の経験的・統治論によったものともされるわけです。



テクノロジーは時に魔法にも、神の業にも見えます。

古代において技術者は祭祀者でもありました。つまり、ものづくりとは自然に働きかけ、

そこから神秘に満ちたモノやコトを生み出す神聖な所業でもありました。



日本のものづくりの原風景が秦氏界隈には沢山あリます。

秦氏は日本に養蚕、ハタオリの技術をもたらした一族でもあり

蚕を飼い、つくる繭から生糸を紡ぎだし、

艶やかに絹で織られた着物を作り出しました。

ちなみにサンスクリットでハタは「絹の布」をさします



話は説のひとつですが、

秦氏は大和朝廷時代から、技術、産業、軍時、政治などで、

深く関わった数多くの事実があきらかになってきています。


ということで、日本人のものつくりや知恵、そして神々も

秦氏、原始キリスト教が、ルーツということがあきらかになりつつあるのです