郵便局員のごった煮よもやまブログ

とにかく私自身の趣味・思うことなど書き込んでいきます。


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また残念な訃報が相次いで届いてしまいました…。


俳優の川地民夫さんが亡くなられました。脳梗塞で何回も倒れ、亡くなる2週間前も再び脳梗塞で倒れてから意識が戻る事が無かったそうです…。

逗子で隣に住んでいた石原裕次郎さんの勧めで日活に入り、昭和33年映画『陽のあたる坂道』で主役の裕次郎さん扮する信次の腹違いの弟役でデビューし、すぐさま小林旭さん・沢本忠雄さんと「日活三悪トリオ」として売り出されたがすぐに小林旭さんが一気に売れてしまい「三悪トリオ」は自然消滅の格好となってしまった。そして初期の頃は主演もこなしていたが年月が経つにつれて脇役の比重が多くなった。

そして日活退社後も役者として活動していたが、何と言っても菅原文太さんと組んだヤクザ映画『まむしの兄弟』シリーズで文太さん扮する政の義弟で相棒でもある勝役で活躍し大いなる印象を残した。その後も善悪両方こなす名脇役として活躍、個人的には出演作品をほとんど見てなかったので川地さんの姿はドラマ・映画以外の番組で見るくらいであったが、それでも再放送で見た『太陽にほえろ!』でゲスト出演した時はどこか悲しい影を背負ったトラックの運転手の役が印象に残っていました。

考えてみると日活黄金期を支えた役者が次々と亡くなっていく感じがするが、これも時代の流れなのかな…。


元プロ野球選手の高倉照幸さんも亡くなられました。先月から体調を崩し入院していたそうです…。

昭和30年代の西鉄ライオンズの黄金期を支えた選手であった。昭和28年に西鉄に入団し、翌年から出番が増えてレギュラーを確保し、その後は打順も1番打者として定着した。1番打者として初球をいきなり打ってヒットにする事が多く、また先頭打者ホームランも多かったので(特にリーグ優勝を果たした昭和38年には当時の日本タイ記録にあたる6本の先頭打者ホームランを打った)チームの「切り込み隊長」として試合でのチームの士気を高める役割を担っていき、昭和31年~33年の3年連続日本一をはじめ合計5回のリーグ優勝(残りは昭和29年・38年)に大いに貢献。自身も打率3割3回(昭和34年・36年・39年)・ベストナイン3回(昭和34・39・41年)と活躍、そしてチームメイトの中西太が監督を兼任するとキャプテンに任命され「キャップ」の愛称で親しまれるようになった。

しかし昭和42年赤字に苦しむ球団の経費節減策の一環として巨人に移籍、当年こそON(王貞治・長嶋茂雄)の後を打つ5番打者として活躍しチームのV3に大いに貢献するも、翌昭和43年は怪我の影響と高田繁の加入で出番が減り、昭和44年にアトムズ(後のヤクルト)に移籍したが翌昭和45年限りに引退した。思うに怪我と巨人への移籍が無ければもしかしたら2000本安打の可能性もあっただけに移籍による失速が大いに惜しまれたものであった。

引退後は野球解説者を務める傍ら福岡市中洲で高級スナック「キャップ」を経営、更にその後は少年野球の指導にも長年力を入れていた。

しかし西鉄黄金時代の選手も次々と鬼籍に入っていき、残るは中西太さんなど数少なくなってしまいました・・・。前述の川地さんの例もそうだが時代の流れとは本当に悲しいものですね・・・。


 合掌

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毎度クドいくらいの御馴染みの言葉ですが、「昨日元日を迎えたと思ったら」早いもので今日はこの題名の日である。おニャン子ファンの私としては(もうバレンタインデーとは大分縁遠くなったとはいえ)今でもこのフレーズを聴く度に40代のオジンではあるが胸がトキメクものであります。


とは言うものの一方では「時の流れが速いな…。」と感じるのも事実で、「昨日元日を迎えたと思ったら」いつの間にか正月の飾りが消えてコンビニでは恵方巻きの宣伝が目立ち(そう言えば最近残った恵方巻きの処理のニュースが話題になったな…)、そして現在はバレンタイン宣伝が目立っているが明後日になったら早速ひな祭りの宣伝に代わっているだろうな・・・、とにかく時の流れは本当に速いね・・・。



 追伸


「ET-KING」のメンバーいときんさんが38歳の若さで亡くなられた。グループではリーダーとして活躍していたが、昨年肺腺癌に罹り以降は闘病生活を送りながらレコーディングに参加したりして、12月にはライブに出演したばかりであった…。


 合掌

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レツゴー長作師匠の後にあまりにも残念な訃報が届きました。これこそまさかの訃報だった…、まさかこの人の追悼記事を書く事になるとは…、モロにリアルタイムの人だけに「何で?」と何度も思ってしまう…。


有賀さつきさんが先月末に亡くなられた事が明らかになった。昨年痩せた感じがしたので心配する声もあったが、思うに既にこの頃から人知れず病と闘っていたと思う。父親にも病名を明かさなかった事から余程の強い意志があったのだろう…。


正に今日の女子アナ文化を築き上げた一人だった。昭和63年にフジテレビに入社、容姿端麗・花のあるキャラクターで同期の八木亜希子さん・河野(花田)景子さんと共に「三人娘」としてそこらのアイドルも真っ青の絶大な人気を得て、1年先輩の中井美穂さんと共にフジテレビの女子アナブームを築き上げ、その後の女子アナが華やかに活躍する道を切り開いた。


フジテレビ時代の有賀さんといえば何と言っても日曜日の昼に放送された『上岡龍太郎にはダマされないぞ!』のアシスタントの印象が大いに強かった。確か記憶が正しければあの時上岡師匠とデュエットでCDを出していたはずである。

そしてその番組で外せないのが「旧中山道」(きゅうなかせんどう)の伝説である。実際はとある別のアナウンサーが「いちにちじゅうやまみち」と読んでしまった話題に触れる際に有賀さんが「きゅうちゅうさんどう」と読んでしまいボケの上塗りとなってしまったのだが、この流れが影響してしまったのかその後「有賀さつきが(いちにちじゅうやまみち)と読んだ。」と誤解する人が多く見受けられてしまい、しかも文献でもそう書かれてしまったものもあったので結局この件は生涯付いて回る事になってしまったのは御気の毒と言うしかなかった。


その後平成4年10月にフジテレビを退社、一時代を築き大いに印象を残した事もあってあまり気付かない人も多いと思われるが局アナとしては4年半と実は相当短かったのである。その後はフリーアナとして『ミュージックステーション』の司会・『料理バンザイ!』のアシスタントなどを務め、晩年は『Qさま!!』の常連回答者として活躍する事が多かった。

しかしその一方で不倫の恋に走って世間から叩かれたり、芸能界を一旦引退していた事もあったり、結婚したものの離婚してシングルマザーとして娘を育てたりと割かし波乱に富んだ人生でもあった。


晩年の有賀さんは『Qさま!!』では漢字問題で活躍し漢字検定も準1級を所得し最終的には1級も狙っていたそうだが、もしかしたら「旧中山道」の件もあったからこういう方向に進んでいたのかもしれない。

あと個人的には最近BSでよく放送されたタケダの通販のCMで生島ヒロシさんとビーチバレーボールの浅尾美和さんとトリオで出ていた印象が強かったのを思い出します。


それにしてもまだ52歳…美人薄命の言葉通りとなってしまった…、有賀さん、まだ早過ぎるよ…。


 合掌

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今年に入って残念な訃報が例年になく次から次へと舞い込んできていますが、今回もあまりにもショックな訃報が届きました…。


トリオ漫才「レツゴー三匹」の一員であるレツゴー長作師匠が亡くなられた。一昨年から癌を患って入退院を繰り返したそうです…。

音曲漫才が多かったトリオ漫才の中で「レツゴー三匹」はしゃべくりのトリオ漫才の最高峰的存在であった。とは言うものの漫才の中ではボケ担当のじゅん師匠とツッコミ担当の正児師匠のテンポの良い応酬が主で、そんな中で長作師匠はネタ振りの担当で(ネタによっては大いに役割があるのだが)大部分は二人のやり取りをニコニコ見ているケースが多い印象があった。

しかし御承知のように長作師匠の最大の武器といえば歌声である、特に昭和48年に「レツゴー三匹」名義ではあるが実際は長作師匠一人で歌った「新地ワルツ」がヒットしてその歌声が大いに知られるようになり、その後も漫才活動と並行して「人長作」名義で「道頓堀人情」の競作に参加するなど歌手としても活動し、トリオとしての活動が少なくなり個人活動が主になると一人で津軽三味線を持って得意の歌声を生かしてのボヤキ漫談で寄席に出演する一方で松竹新喜劇出身の演技力を生かしてドラマや舞台で役者活動も行っていた。

私が大阪に行き出した頃はトリオでの活動は既に年に数える程しかなかったので「レツゴー三匹」を生で見る事は無かったが、長作師匠のソロでのボヤキ漫談は生で見る事が出来た。ただ場所はどこで見たかは覚えてないが、まず登場すると「レツゴー一匹です!」とツカみ、津軽三味線を確かな演奏で聴かせ、漫談では「難儀やな~難儀やな~」とボヤいて笑わせ、漫才の時とは全然違った多彩な高座に新鮮な印象を感じました。


しかし4年前にじゅん師匠が亡くなり、今度は長作師匠も・・・、そして一人残された正児師匠も現在残念な状態となっており時代の流れの悲しさを感じております…、とは言うもののどんな状態であれ正児師匠の長寿を御祈り申し上げます。


そして長作師匠、長い間本当に御疲れ様でした。


 合掌

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実は1月31日の新宿末広亭の余一会(31日の寄席の特別の会)昼の部は落語協会の女性落語家だけの落語会、名付けて『落協レディース只今参上!』が開催されました。

実は女性だけの寄席の余一会は同じ末広亭で10年・それ以上前かな?2回程落語協会・芸術協会の女性落語家・女性色物芸人が集合しての会が行われましたが(そのうち1回は行きました)、今回の会は落語協会の女性落語家だけ出演の会で出演17人全部落語はハッキリ言って舟をこいでしまう(寝てしまう)可能性があるのだが(だからこそ色物の芸人さんの必要は大きいのだ!)、とにかく折角の貴重な機会なので行く事にした。


12時20分くらいに末広亭に到着、既に事前に予約指定席券は買ってあるのでスムーズに席を確保する事が出来た。席は開演30分近く前ではあるが既に1階はある程度は入っていて、そのうちに普段は開けない2階席も開放する事となり続々と人が入っていった。

そうしているうちに林家つる子さんが自ら客席を周って今回出演の女性落語家たちが今後出演する落語会のパンフレットを御客さんに配っていったのだが、たぶん前座さんは前座仕事・先輩の世話などで手が回らないので二つ目のつる子さんが配る事になったんではないかと思う(ちなみにパンフレットのほとんどは春風亭ぴっかり☆さん絡み)。


12時45分、いよいよ開演。当日のラインナップはどうなったのかと言いますと…、


・林家きよひこ『寿限無』

「きよひこ」という名前だと男性と間違えられそうだが間違い無く女性で、林家彦いち師匠のお弟子さんである(つまり林家きく姫姉さんの姪弟子となる)。

<本来ならばこの次に美人の誉れ高い金原亭乃ゝ香さん(金原亭世之介門下)の出番のはずだったのだが、体調不良のため急遽休演、これは残念。寒い時期が続くので御自愛下さい。>

・春風亭一花『垂乳根』

春風亭一朝師匠のお弟子さんで今度二つ目に昇進する事になった。実は女性の『垂乳根』は初めてなのだが、言葉が丁寧過ぎる女性はやはり女性の方がシックリ来る、聴いてて思いましたね。

・林家あんこ『道具屋』

実は林家時蔵師匠の娘さんで林家しん平師匠のお弟子さんであるあんこさん、内弟子時代の話をマクラで語り本題に入ったが『道具屋』なんだけど今まで聴いたものと違っていたパターンだったので「『道具屋』のネタはいろいろあるんだな。」と思いました。

・林家つる子『味噌豆(上)』

次は開演前にパンフレットを配っていたつる子さん、<九代>林家正蔵門下で可愛らしい顔に似合わず濃い芸風で注目を集めている(『笑点特大号』での「若手大喜利」(ちなみに役割は座布団運び)を見ていただければその濃さがわかりますよ)。

登場して早々、次の出番が姉弟子の林家なな子さんという事もあって「リレー落語をやります!」と発言、なな子さんとのリレー落語となったのだが演目は本来のネタの時間が相当短い『味噌豆』、「あの噺短いのにリレー落語かよ!」と内心ツッコんでいたのだが、何と噺の中に他の噺のエッセンスもアチコチ詰め込みまくり(例・『味噌豆』の店の小僧さんの実家の隣には『寿限無』が住んでいて寿限無に頭をドツかれてコブを作った事もあった)「そこまでやるか!」と思った、芸風どころか噺も濃い…だから面白いけど。

・林家なな子『味噌豆(下)』

リレー落語なんでつる子さんは噺の途中で切り上げて引っ込み、続いて姉弟子(つまり同じく(九代)林家正蔵門下)の林家なな子さんが登場しマクラも無しにいきなり噺の続きを語り出すのだが、店の主人がトイレの中でこっそり味噌豆を食べる場面でいろいろ話りが入るのだがそこで「折角マクラを考えたのにリレー落語になっちゃったから何にもしゃべれなかったよ!」と本音のボヤキが出る始末、この発言からこのリレー落語はつる子さんが持ちかけたと思われる。まあ仲が良いからこんな本音も出るんですけどね・・・。

・柳家花ごめ『魚根問』

次の方は柳家花緑門下の花ごめさん、今回の噺は知ったかぶりの隠居が出鱈目に答えまくる根問い物、鯨・鰯・ヒラメ・カレイ・鰻・鯛と魚に関する出鱈目な答えがこれでもかと出まくった(但し鯨は正式には哺乳類で魚ではない)。

・林家扇『歯ンデレラ』

次の方は林家木久扇門下(つまりきく姫姉さんの妹弟子)の扇さん、今回は題名からして完璧に新作で、噺の中で行われた会は(シンデレラのように)舞踏会では無く高齢者の合コンで、落とした物はガラスの靴では無く入れ歯で、その入れ歯を見付けた男の会社社長が入れ歯の持ち主を探して・・・といった噺なのだが、実は扇さんの兄弟子の林家きく磨師匠作の噺で、今回その噺を聴いて「よくこんな発想思い付いたな。」と感じましたね。

・春風亭ぴっかり☆『こうもり』

次に登場するのは今や愛くるしい容姿でファンも多く、今や二つ目の中では特に忙しいぴっかり☆さん。実はAKB48第1期オーディションを落選した後に春風亭小朝師匠に入門した変りダネ(しかもその後大人AKBのオーディションを受けた)である。

今回の噺は元々は素人落語家が小朝師匠のために書いた新作で、現在は弟子のぴっかり☆さんはじめ若手落語家も手掛ける噺で、あらすじは居酒屋の店先に倒れた吸血コウモリが居酒屋の主に助けられて手当てを受けて元気になって森に放された後、コウモリは「あおいちゃん」と名乗る17歳の女の子に姿を変えて居酒屋に現れて店員となって恩返しをする噺である。ぴっかり☆さんのキュートさとコウモリの「あおいちゃん」のキャラがピッカリ・・・もとい!ピッタリハマっていた、これも演者が女性向きの噺だと思う。

・三遊亭美るく『ふぐ鍋』

次に登場するのは東の女性落語家のパイオニアの三遊亭歌る多師匠の二番弟子である美るくさん、今回は御馴染みの古典だが噺に出てくる「大橋さん」は私の勘が正しければ多分<三代>林家染丸師匠(本名 大橋駒次郎)から来たものだと思う、だから多分ネタの出所としては上方林家系統を通じて来たものだと思う。

・三遊亭粋歌『紀州』

次は同じく三遊亭歌る多師匠の一番弟子(つまり美るくさんの姉弟子)で柳家小八夫人でもあり、女性新作落語の旗手でもある粋歌さん。

新作落語を主としている彼女が今回はなぜか古典の『紀州』を掛けた、とは言うもののこの噺は地噺なので自分の事・喋りたい事を織り込んで喋る(いわゆるクスグリ)事が出来るので新作の人にも向いてる話だと思う。

・古今亭ちよりん『新浮世床』

次に登場するのは古今亭菊千代師匠の門下で、今年9月に真打に昇進して古今亭駒子を襲名するちよりんさん。

今回は噺を聴いてみると「新作かな?」と思ったが後で調べたら『新浮世床』、調べてみないとわからないものである。

・柳亭こみち『蚤のかっぽれ』

中入り前の中トリは<七代>柳亭燕路門下で昨年真打に昇進したばかりで、漫才の宮田昇夫人で二人の男の子のお母さんで本名は(旧姓)高橋愛(マジです!)であるこみち師匠です(どんな紹介や!)。

今回の噺は幇間の家に住みつく蚤の子供がプチッと潰し殺された父蚤の仇を取るために仇である幇間の身体にくっついたが御座敷でバレてしまい許しを請うために見よう見まねで覚えたかっぽれを踊るという噺で、初めて聴く噺で新作かなと思ったが実は昔からあってなかなか聴かれない珍品らしく、「あの人はどうやって発掘したんだ?」と思った。

・林家ぼたん『締め込み』

中入り後に登場したのは林家こん平門下で、真打昇進前は『笑点』で座布団運びの補佐を務めていたぼたん師匠。

今回の噺は<八代>春風亭柳枝・<八代>桂文楽などで御馴染みの『締め込み』、しかも全くの正攻法で語ったのは流石だった。

・川柳つくし『女子会怖い(当日限りバージョン)』

続いてはアナーキーな川柳川柳師匠の唯一の弟子で、自らも新作を中心に活動し、人によっては「マダム♢KANACO」でも知られているつくし師匠。

今回は『饅頭怖い』を女子会に置き換えた『女子会怖い』で、今回は女性の名前を今回の会の出演者全員を実名で出すという当日限りのバージョンである。しかも出演者の実名を出すだけあってその出演者の実のエピソードまで織り込んで大受け状態、正に当日しか出来ない噺であった。

・古今亭菊千代『後生鰻』

トリ前(ヒザ)は東の女性落語家のパイオニアの一人である菊千代師匠、今回の噺は何と私の嫌いな『後生鰻』(嫌いな理由は当ブログ昨年10月23日『(世の全ての人達へ)万人受けする笑いはめったに無い事をわかって欲しい・・・』に書いてあります)、ハッキリ言って逃げ出したかったのだが逃げるに逃げれない状態なので我慢して聴くしかなかった。しかも本来のオチは赤ちゃんを川へ投げ落とす結末である、いくら何でもあんな結末を女性が出来るわけがない、だからと言って桂歌丸一門のように鰻屋の奥さんを川へ落とすのも女性として出来るわけがない、そうしたら何と鰻屋の主人その人を川へ投げ落とすという結末にしたのには唖然としてしまった。

・三遊亭歌る多『替り目』

そして今回のトリは東の女性落語家のパイオニアで最古参の歌る多師匠。今回は定番の『替り目』ではあるが、本来は主人公の酔っぱらいの主人の家の前で人力車に呼び止められる場面からなのだが、今回は何と既に家の中に入っているところから始まったので聴き始めの時は「何の噺だ?」と思ったが聴いていくうちに『替り目』だとわかったのである。

なぜいきなり家の中の場面から始めたのか、どうやら答えは林家なな子さんの時と同様登場人物(酔っぱらいの主人)の一人語りの場面で演者自身のボヤキを入れたためであると思う、ちなみに歌る多師匠は今回の出演者の中では一番偉い存在(しかも落語協会理事)なのだが普段の寄席では先輩が多く(しかも自分が生まれる前から噺家の人も相当いる)いろいろ気を使わなければならない事をボヤいて笑わせた。


そして歌る多師匠の高座が終わったところで当日の他の出演者も落語協会の法被を着て登場したのだが、その中にはプログラムに名前が無かった林家きく姫姉さんの姿もあった。私は姉さんの姿を見て

「自分の賭けは正解だった!」

と言うのも、この会は最初の時は姉さんの名前はあった(いつの間にかプログラムに名前が無かったけれど…)事もあって「もしかしたらサプライズで姉さんが出る可能性があるな。」と読んでこの会に行く事にしたのである、つまり私は始めから姉さんの登場に賭けていたのだ!そしてこの賭けは大いに勝ちとなったのである。

そして姉さんだけでなく今回噺をやらなかった見習いの3人の女性も紹介された、近いうちに正式に前座として登用されて本格的に落語家としてのスタートを切るのだが、この3人を見て「こりゃすぐ追っかけが出そうだな。」と思った(この言葉で可愛いかどうかは想像が付くと思います)。

そして見習い・前座が引っ込んで、二つ目以上の出演者で歌る多師匠の音頭で三本締めを行ってこの会は盛況のうちに御開きとなりました。


御開きとなってからは言うまでもなく楽屋から出た姉さんと1年半振りに会った、「姉さん!」と声を掛けたらすぐに姉さんもわかって1年半振りの会話となったのだが、昨年姉さんが寄席に出てなかっただけに久し振りに姉さんに会えた事が本当に嬉しかった。


何だかんだで終わりましたが、ぜひ今後もこういった会を引き続きやっていただければなと思います。

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