L'art de Vivre-おかずの教室
 このブログでもおなじみ、私の韓国料理の師匠・なすんじゃさんの初めての料理本が出ました! 「なすんじゃさんのキムチ・ナムルとおかずの教室」(アノニマ・スタジオ刊)です。韓国料理のレシピ本はいろいろ出てますが、これだけキムチやナムルの種類が豊富なのは初めてではないでしょうか? 私は教室でいろんなキムチ・ナムルを習っているので、このラインナップに今さら驚くこともないのですが、一般の人々にとっては「目から鱗!」だと思います。青梗菜や茄子、キャベツやタケノコも美味しいキムチになってしまうんですから。まぁ、ほとんどの野菜類はキムチにできると言っても過言ではないかも?(ちょっと大げさかも…(^^;)) 私は、以前、青梗菜のキムチのレシピでゴーヤのキムチを作ってみたことがあります(冒険!)。でも、意外に美味しかったですよ。


 韓国料理というと、調味料をいろいろ揃えなければならないんじゃない?と敬遠する人もいますが、揃えておきたいのは、唐辛子(中国産ではなく是非とも韓国産を!)、コチュジャン、その他、キムチを作るためにあるといいのはカナリエキス(キビナゴの魚醤)、アミの塩辛ぐらいです。アミの塩辛は韓国食材店に行くと500gぐらいが1袋で売っていて、「多い!」と躊躇される方もいるかも知れませんが、これは冷凍保存が利くので大丈夫。

というわけで、これからいよいよ白菜の旬を迎えますね~。待ちに待ったキムヂャンキムチ(白菜キムチ)の季節。この本の通りに作るには、2日かかります。でもね、美味しいんですよ、ホントに。手間はかかるけど、やっぱり美味しいので作っちゃいます。自慢じゃないけど(笑)、自分で作っちゃうと、市販の物はあまり食べたくなくなっちゃうぐらいです。

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みをつくし料理帖

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 仕事の関係で、一時期時代小説ばかり読んでいたことがありました。元々読書好きではありましたが、時代小説はあまり縁のなかったジャンル。それでも、はまったのは池波正太郎さんですね~。飲み食いが好きなことで知られている作家さんですから、所々に出てくる食のシーンがしみじみといいのです。作者逝去のため未完で終わった藤枝梅安シリーズなど私は特に好き。独り者の梅安が相棒の彦次郎を部屋に呼んではもてなす料理など、たまらんです。何がたまらんって、私は池波さんの作品を読むたびに日本酒が飲みたくなっちゃうんですよね~。

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梅安と彦次郎は、居間の長火鉢に土鍋をかけ、これに出汁を張った。笊に、 大根を千六本に刻んだのを山盛りにし、別の笊には浅蜊の剥き身が入っている。
鍋の出汁が煮えてくると、梅安は大根の千六本を手づかみで入れ、浅蜊も入れた。刻んだ大根は、すぐさま煮えあがる。 それを浅蜊とともに引きあげて小皿へとり、七色蕃椒を振って、二人とも、汁といっしょにふうふういいながら口へはこんだ。
(池波正太郎「梅安晦日蕎麦」)
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ふふふ…。どうです? 旨そうでしょう? で、飲みたくなりませんか? 日本酒。


L'art de Vivre-みをつくし料理帖
 と、随分前書きが長くなっちゃったんですが、本論はこれから。最近、そういった意味ではまっている時代小説シリーズがこの高田郁さんの「みをつくし料理帖」です。訳あって上方から江戸に出てきた料理人の澪が、雇われ先の「つる家」の女料理人となって店を繁盛させていく物語。いわゆる江戸の人情物です。澪の幼なじみや、昔の奉公先の女主人、密かに彼女が思いを寄せる浪人風の男など、周囲を彩る人物との人間模様もさることながら、各章のテーマになる料理がいい! 澪は出身が関西ですから、江戸の味にはしょっちゅう戸惑うことになります。そのような地域による味の壁、そして「女の作った料理など食べられるか!」というような性に対する偏見もある中、澪が奮闘していく様がうまく描かれていて、思わず応援したくなる。そして、随所にちりばめられている謎や伏線が、次第に明らかにされていくのも魅力。読者は、真相を知りたくて先を読み進めざるを得ない。このあたり、上手い作家さんだなと思います。そんなこんなで、あっと言う間に既刊の4冊すべて読み終わっちゃいました。あ~、次はいつ? 早くも待ち遠しい…。

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あまがさ

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あまがさ  秋は、カラッとして抜けるような青空が嬉しい反面、長雨の季節でもあります。そんな時に思い出すのがこの絵本。先日も子供の頃の愛読書『チョコレート工場の秘密』をご紹介しましたが、これもやはり愛読書の1つ。小さい頃読んでたのはもうボロボロになってしまって、いつの間にかなくなっていたので、4、5年前に書店で見つけて買いました。奥付によれば初版はなんと1963年で、私が買ったのは新版14刷。40年余りも読み継がれている絵本なんです。


 主人公はニューヨーク生まれの女の子・モモ。3歳の誕生日に買ってもらった赤い長靴とあまがさを早く使いたくって、「太陽がまぶしいから」とか「風が強くて目にごみがはいるから」とか理由をつけて晴れの日でも傘を使おうとするのだけど、そのたびに両親に「もう少し待ちなさい」と言われます。そんなある日、待望の雨が降る──。

ぽんぽろ ぽんぽろ
ぼろぼろ ぽんぽろ
ぼとぼと ぽんぽろ
ぼとぼと ぽんぽろ


不思議な音楽を奏でながらふる雨の描写は秀逸です。なんだか懐かしいような絵とあいまって、時々開いてみたくなるお気に入りの絵本。


ところで、この本の作者である“やしま・たろう”という人物、作者紹介もないのでプロフィールがよくわからないのですが、戦前に彼が取り組んでいたプロレタリア美術運動が軍の弾圧を受けたため、家族と共に昭和14年にアメリカに亡命して絵本作家として活躍した人らしいです。自分の半生を綴った著書などもあるようなので、今度読んでみようっと。


やしま・たろう著『あまがさ』福音館書店

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チョコレート工場の秘密

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チョコレート工場  今、公開中の映画“チャーリーとチョコレート工場”の原作です。ジョニー・デップのファンである私はもちろん見に行くつもりなのですが、そうでなくてもこの作品には惹かれるものがあります。子供の頃の愛読書だったんですよ、これ。なつかし~と思って本棚を探すも、残念ながら見つからないので新しく買いました。評論社から「ロアルド・ダール コレクション」なるものが刊行されていて、その2巻である本書は新訳版。つまり、以前に読んだ訳とは異なるということ。しかも、訳者は柳瀬尚紀さんですから、普通の訳であるはずがない。わがまま放題の子供たちの名前は、それぞれ、
オーガスタス・ブクブトリー
イボダラーケ・ショッパー
マイク・テレビズキー
バイオレット・アゴストロング
といった具合だし、
工場で働く工員たちの歌も、うまく韻を踏んでいて「さすが」です。

 
 子供の頃は、チョコレートの川などに驚嘆したものだけど、大人になってみると小気味良い「ブラック」ならぬ「チョコレート(?)」ユーモアが楽しめます。ロアルド・ダールという作家に俄然興味が湧いてきてしまった私は、早速ほかの作品に挑戦。あ~、でも、今いっぱいあるのよね、読まねばならぬ本が…。だけど、これは「別腹」ですから…。

恋する日本語

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 ひとも言葉も変化していくのは自然の流れだと思っています。だから「最近の若い者は…」とか「近頃日本語がおかしくなってきている」とか説教じみたことを言うつもりはないのだけど、やはり言葉って大事だよねとしみじみ思わされたのが小山薫堂『恋する日本語』(幻冬舎)

 これはある意味、絶滅の危機に瀕している日本語の単語から膨らんだイメージで紡いだ、ほんの小さな物語。「刹那」「玉響」「偶さか」…などなど、豊かな情感を秘めた言葉ってこんなにあったのね。「夕轟(ゆうとどろき)」(=恋心のために夕暮れ方、胸が騒ぐこと)なんて言葉を聞けば、字面だけでもぼわ~んとイメージは膨らむし、思わず心がざわざわとしてくる…(これはある意味、快感かも??)。こんな風に想像力をかきたてられる言葉は、やはり失いたくないもの。と同時に、いつも十分に「感応する」ことのできる自分でいたい。

 だけど、今、周囲を見回してみれば、想像力を必要とせずに使える言葉だけが、生き残っているような気がする。背後にたくさんの意味を隠し持った言葉にとって、現代は受難の時代なのかも…。「最近、想像力に欠けた人が多いよね。ちょっと考えればわかることなのにね」なんてことを友人と言い交わしている私は、やはり「近頃の若い者は…」って眉をひそめる前時代の遺物と化しているのかしらん…。

マスク男に葉巻男

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 モモ  朝、職場のあるビルのエレベーターに乗ったら、私の周囲はみんなマスク男だった! これってなかなか怖いよ。なんかSFみたい。「西暦3000年、地球は大気汚染が進み、人は超高性能防菌マスクなしに外出することができなくなっていた…」。なんてね。それとも、「ある日、時間軸(?)の異変で違う世界に迷い込んでしまった私。そこは、マスク着用を義務づけられた人々の住む世界だった。マスクで表情を隠し続けて日々を送るうち、人々の心の中からいつしか感情というものが失われ…」。何を妄想してるんだか、あたしは…。


 な~んて、考えていたら、映画「モモ」を思い出しました。ミヒャエル・エンデの名作の映画化です。これに登場する「灰色の男たち」というのが、実は人々の余分な時間を盗む時間泥棒。だいぶ前に見た映画なので記憶が定かではありませんが、彼らはそろいも揃って黒い帽子、黒い服、黒いサングラスを身につけ、それに太い葉巻をくゆらせているんです。その葉巻こそ、盗んだ時間であり、彼らのエネルギー源。そう、その怪しい葉巻男たちを思い出したら、あ~急にもう一度あの映画を見たくなっちゃったな。(写真は、以前に大枚投じて買った「エンデ全集」。でも、まだほとんど読んでない…)


 というわけで、まだかろうじて花粉症の洗礼を受けていないわたし。でも、いつ来るかと不安な日々。