ローマの平日@裏話-befana

1月6日は「Epifania(エピファニア)の日」と呼ばれ、今のイタリアではいわゆる「子供の日」、子供たちがプレゼントをもらう日です。


伝統的には、良い子にはお菓子の入った靴下悪い子には、で、それをくれるのが魔女「Befana(ベファーナ)」と言われています。


なので6日は「Epifania(Befana)の日」として休日となり、学校やオフィスはクリスマス休暇がだいたいこの日まで、というのが通例です。



もともと、カトリックではキリスト誕生から12日目にあたるこの日、東方の三博士がキリスト礼拝にやって来たことが祝日のいわれです。(魔女はキリストとなんの関係もないけど....)


この時期になると(クリスマス頃から)店頭に魔女の人形、マスコットや、靴下、長靴にお菓子の詰め合わせといったものが、売られるようになります。



日本で「クリスマスのプレゼントは靴下に」という言い伝えや「赤い長靴にお菓子の詰め合わせ」という商品はこのEpifaniaの伝統がクリスマスとミックスされてしまったのでは、と思われます。単なる想像ですが。



それにしても、子どもへのプレゼントもお菓子だけではなく、高価なおもちゃだったりするようなので、イタリアの子どもは誕生日、クリスマス、そして1月6日、とプレゼントをもらうのです。(復活祭も少なくとも卵型巨大チョコはもらうでしょうし)


それもそれぞれの日、自分の子どもだけじゃなく、親戚の子どもなどにも....


昔はせいぜいお菓子くらいだったのかも。
今は炭の代わりに炭の形をした黒いお菓子も売っています。



子ども天国なイタリアですが、日本もお年玉とかあるから、同じ?かな。


(私はイタリアで子どもの誕生会には行ったことがないのですが、場所を貸し切って、中には手品師や芸人を招いたり、プレゼントも豪勢で盛大にパーティをするようです。それも子どもだけじゃなくて付添の親も含めてご招待、20-30人招待なんてざら、とかも聞きます。もちろん経済的にできない場合もあるでしょうし、そうなると、それはそれで問題も生じるらしいのです。面倒ー。)


大人でもいくつになっても、誕生会しているから、単なる祭り好きなだけ?



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日本の年末って、あわただしくて、忙しくて、仕事も締めがあったり、帰省したり、年賀状を準備したり、大掃除をしたり、おせち料理の準備をしたり、テレビも「今年の総まとめ、特番」とかがあったり、紅白とか、忠臣蔵とか、除夜の鐘とか、独特な雰囲気がありますよね。


イタリアはクリスマスを過ぎると、平常な感じです。


大みそかのカウントダウンのときだけ、花火や爆竹で騒々しいですが、一夜あけて元旦は普通の日曜日のような感じですし。


クリスマスは家庭ででも、大みそかの日の晩餐は「Cenone」と言って、レストランで食事する人たちも多いです。(日本と逆?)
レストランでもスペシャルメニューがあったり。(割高です)


一昔前までは、そのCenoneにも、イタリア人、正装して行ってる人が多かったのだとか。肩や背中のあいたキラキラしたドレスとか着て。
それに比べると今はかなりカジュアルになってると思います。


でも、家でパーティなどするときも、普段着ではないのですね。自宅でもハイヒールとかはいてたり。(着替えて、メイクして、靴も履き替えるのです。)


イタリア(ヨーロッパ)の家ってセントラルヒーティングで自動的に夜は暖房が効いているのですが、それでも20度以下、15度前後でしょう。レストランなども、日本や他の北のヨーロッパに比べてイタリアは暖房節約なのか、そこまで暑くはないんですね。


家や場所によっても違いますが、私が長そで3枚くらい着こんでいるときに、イタリア人女性は肩出し半そで、ノースリーブとかになっているので、「そ、そんなに暑いか?」と思ったことがあります。


でも、外で一番厚着しているのもまたイタリア人なんですよね。寒がり?暑がり?
ローマなんてそんなに寒くないのに、毛皮を着ているのもほとんどイタリア人(年配のシニョーラだけですが)....
見栄っ張りおしゃれなのです。

新年までイタリアはまだ24時間以上ありますが、もう、爆竹の音が....

皆さま、よいお年を。

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聞いた話なのだけど。


Eさんは隣に住むGさんに迷惑しているという。


Gさんは、30歳くらいのイタリア人女性。Eさん宅に時もかまわず押しかけるのだという。
Eさんには子どもがいて、家族で団らんしているときであろうと、来客があるときであろうと、朝早くであろうと、夜おそくであろうと、Eさんは
「ちょっといい?」ではなく「もうー。聞いてー、私の話、ひどいのー、聞いてー、こんなのってないわー。」と押しかけてくるんだとか。時には子どものように大泣きしながら。


Eさんも、その旦那も、始めは熱心に聞いてあげたり、アドバイスしたりしていたのだけどGさんは人の話を聞かない。
「黙ってて。」と言いだす始末。だったら、相談に来るなって。


Gさんの話はたいてい彼氏の話で、またそれを話すと長くなるので、今回は省略しますが、とにかく裁判沙汰にまでなるほど、もめたらしい。


そこまで周りを巻き込んでおきながら、翌日にはけろっと彼氏と仲直りしていたり、するのだとか。
裁判も告訴取り下げにしたとか。だいだい子どもの前で問題児ならぬ問題男の話もしてほしくないのに、とEさん。



Eさんがこどもを遊びに連れて行くというのでGさんは「じゃあ、私も行く。」と車に乗り込んで付いて来たはいいものの、車の運転に文句をつけたり「寒い」とか「もう降りる。」とか言い出したり不平不満が絶えないのだとか。子どもが一緒じゃなかったら、Eさん夫、爆発していた、と。


近所だけに逃げられない。
Eさんも「そんなに言うことがころころ変わってたら、誰も、あなたの話、聞いてくれなくなるよ。いいかげんにしたら?」と言ったらしいのだけど、我がまま自己中心「私、私」のGさんは「でも、でも」と通じない様子。



日本は「空気を読む」ってことがすごく重視されるけど、イタリア人はそれに比べたら、全く空気を読まない人が多いようです。自分しか見えていない...


日本で「KYさん」(もうすでに死語?)と呼ばれている人でもイタリアでは普通、というか、並み以上に読んでいるでしょう。


Gさんほどになると、ちょっと異常だと思いますが、人の迷惑も顧みない、くらいイタリアでは日常茶飯事で、どこまで「私は、私は」を主張できるかが、謙虚さよりも重視されてるような気がします。(イタリアにおいて謙虚さに美徳はあるのか、疑問ですが.)


何よりも自分の感情優先だから「客観的に見て、見苦しい」ということは考えてない、というか....特にイタリア人女性に感じます。甘やかされているっていうか。


もともと、女性は男性に比べて、理性よりも感情が優先されている、というけど、イタリア人女性に関しては、その比率がものすごく高い、99%感情?みたいな.....人がたくさんいるんじゃないかな。

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夫婦別姓

イタリアは結婚しても夫婦別姓が普通のようです。
日本は「籍を入れる」という言い方をよくするので「結婚同姓になること」という考え方がありますが、イタリアは結婚届を出しても姓は変わらないようです。イタリア人同士でも、対外国人でも。
もちろん、希望して変わる人もいるようですが。


例えばロッシ氏と結婚した女性がシニョーラロッシ、と言われる、呼ばれるってことはあっても、女性の身分証明書、保険証、パスポートその他の姓は変わりません。
(未婚を既婚に変更するだけ)


建物のインターフォンにはよく両方の姓が書いてあったりします。
大家の名前が書いてあって、住んでいる人と関係ないことも多いです。


子どもが生まれたら父親の姓を名乗ります。
そうすると、消えていく苗字もあるんだろうなあ、と思うのですが、そのへんのところはよくわかりません。


イタリアの謎

今日は交通機関のストライキがあって、まあ、よくあることなのですが、朝の8:30から夕方5時まで交通機関がストップする、というものです。


といっても、全くストップするわけではなく、間引き運転で、多少は動いているようなのですが、とにかく不便です。


なので、早めに家を出て8時半まえに地下鉄に乗ったのですが、当然いつもより混んでいました。(日本の満員電車に比べると全然平気ですけど)


中には仕事が10時とか11時から始まる人たちも、電車がなくなるまえに、と、早めに出勤している人もいたようです。


でも、日本みたいに時間潰すところって、ないんですよね。バールもコーヒー飲んでさっさと出て行くのがイタリア式なので、だらだらゆっくりくつろいで長居はできません。


友人の地下鉄の駅では、乗客が多いとみた駅員が改札で「人数制限していた」のだとか!そんなに群衆なのか、といえば、全然。ホームはガラガラ。


だいたい、あなたたちのストライキのために、乗客は迷惑被っているのに、人数制限するとは何なのでしょう?
乗れなくなった人はどうするの?歩いて行けって?

(そんなことは駅員の知ったことじゃないのでしょうけど)


まあ、乗客もほとんどイタリア人だから、怒って駅員無視して改札入っていったそうですが。


こんなにストライキが常習化しているだけで異常だというのに.....


関連過去記事


イタリアストライキ事情


ショーペロ


またストライキ


タクシーがない日

「イタリアには家庭科の授業がないからボタンつけもまともにできないイタリア人が多い。」という記事を昨日書いたのですが、音楽や美術についてはどうなのでしょう?


日本の場合は義務教育で毎学年、国語は年に何時間、算数は何時間、音楽は何時間、という具合に、カリキュラムが組まれていて、どこの学校に行ってもその時間数そのものはほぼ同じはずだと思います。


イタリアの小・中学校には「芸術教育」という時間があって、学校によって「今年はこの先生で音楽にしよう。」「美術にしよう」「ダンスにしよう」と決まるらしく、一通り、やる機会がある人もいれば、高校に入るまで「一度も水彩画を描いたことがない。粘土や紙や木材で工作を作ったことがない。」「一度も音楽教育を受けたことがない。歌も歌えないし、楽器も弾けない。」....という人もいるらしいです。


道理で音痴のイタリア人が多いわけです。日本のような「塾」はないのでスポーツを含め「習い事」をさせている家庭も多いようですが。結局「家庭次第」....(あまり学校に期待していない?



日本は子どもの問題で何かあるとすぐ「学校の責任」にされて、学校の先生も「授業で教えるだけ」じゃなくていろいろ大変のようですが、(個人的には社会的問題を起こす子どもを「学校の責任」にする親は「自分の責任転嫁」の場合が多いのではないか、と思います。私は子どもがいないので、偉そうなことは言えませんが。)


イタリアの先生は基本的に「授業で教えるだけ」で子どものいじめや社会問題で責任を問われることもないし、休みも多いし(夏休みは子供と同じ3か月!)日本の先生より楽そうだなあ、と思っていたら、最近、問題が起きています。


「教員の数を減らす」政策が実施されているのです。何でも、各科目専門の先生だったのが、小学校などは日本のように一人の先生で複数科目教えるようにして、教員の数を減らすのだとか。


「公務員なのにいきなりクビ?」

「夏休みが終わってみれば、仕事がない?」


突然なため今、各地で教員のデモなどが行われています。


大学によっては「教員養成課程」が閉鎖されたとか。新任教員がいなくなる?年配だけしかいなくなる?
信じられない話ですが、すべて予定は未定で、その場しのぎで、当事者の状況はお構いなしのイタリアの政策です。


美しいデザインの服でも、すぐとれる、玉どめしてないボタンのように「見た目」に隠された「その場しのぎ」なイタリアを垣間見るようです。



ちょっとだけイタリアの教育を弁護しておくと、美術史の授業って、かなり重視されています。高校の美術史の教科書なんて電話帳のように厚い!

さすが奥が深いイタリア美術の知識は生半可じゃいかないわけです。


また、美術館などでよく学校の子供たちが見学しているのに遭遇しますが、子供の頃から、専門の美術史の先生のわかりやすい説明つきで、本物の美術品を見れるのは、うらやましいことだと思います。


日本の教育は世界的にみたら、どこの学校も同じことを同じ時間教えて「画一的」なのかもしれませんが、子供のころは「広く、浅く」いろんなことを学ぶことって、大切だと思います。どういう道に進むかはその後決めればいいことですし、「小学校でやったことがある」こと(例えばボタンつけ、しつこい?)は「小学生でもできること」なのですから、「やったことがある」「ない」は将来、大きく違ってくるはずです。





日本には大きな手芸雑貨店がありますよね。
ビルまるまる専門店で、布やボタンの種類だって無数にあったりして、好きな人は何時間いても飽きないとか。


イタリアにはありません。


だいたい布を売っている店ってカーテンテーブルクロスが専門だから、糸やボタンやファスナーなんて売ってないのです。


じゃあ、そういう裁縫用具はどこで買うのかといえば、小さな店はあるのですが、本当に小さくて、選択肢がない。



私自身は手芸の趣味はないのですが、必要に迫られて探さなくてはならないとき、すごく面倒なのです。まあ、これでいいか、と妥協して買うしかないし。


イタリアの人は裁縫しないのかな、と思っていたら、学校の授業で「家庭科」がないから、ボタン一つつけられない人が多いのだとか。まあ。


玉結び玉どめが難しいらしい。そういえば、イタリア製の服はボタンがすぐとれるけど、ちゃんと玉どめされてないのが原因かもしれない。


ジーンズを買ってもお店でその場でカットしてはくれないため、折り曲げてずるずる引きずっている若者が多いです。


親から教わった人はできるのでしょうけど、そうじゃなかったり親ができなかったり、というわけで、できない方向に進んでいるようです。
だからといって裁縫のできる女性が「家庭的、女性的」で好ましく思われるか、というと、それも疑問です。


ボタンをつけたり、ほころびを縫ったり、そういう仕事って「召使い」の仕事だったわけだし。


そんな先入観もない日本、手芸文化がさかんで、選りどりみどりで材料を選ぶことができて、学校教育で男女ともに「家庭科」がある日本、男性だってボタンつけくらいする日本、素晴らしいことだと思います。


過去記事

オンチなイタリア人


イタリアにはない教科




今日の各紙によると、外国に移住するイタリア人が増えているという。昔、イタリア人がアメリカや南米やヨーロッパ諸国に移住していった時代もあったけど、今は昔と違った意味で、外国に住むイタリア人が増えているらしい。


その人口、3,734,000人(ってイタリアの人口の6-7%?。かなり多いです。イタリアにいる外国人よりも多い。)そのうち54%35歳以下


仕事がなかったり給料が低かったり、コネがないとろくな目にあわないイタリアにいるよりは、外国に出た方が、いい生活ができるから、らしいです。

(全くイタリアって平均所得はヨーロッパ一(ギリシャの次に)低いのに、物価はヨーロッパ首位かというほど高いですから。)


イタリア人が一番多く移り住んでいる国はドイツで、600,000人以上、その次はアルゼンチン、544,000人。

(なぜ遠いアルゼンチンなのか詳しいことは知りませんが。昔移民していった親戚がいるとか?親戚はなくても社会ができあがっているのでしょう。


またイタリア語はイタリアでしか使えない言語なのに対して、アルゼンチンのスペイン語ってイタリア語に似ているらしいのです。

どおりで、アルゼンチン出身の人のイタリア語は他のスペイン語圏の人に比べて完璧なイタリア語だったしります。そのへんも関係しているのか、どうか)


また外国にいるシチリア人600,000人もいるのだとか。(外国にいるイタリア人の6人に1人!映画の「ゴッドファーザー」を思い出します。マフィア関係もいらっしゃるのでしょうか....)


イタリアに住む外国人も増加傾向にありますが、イタリアを出るイタリア人は更に増加傾向のようです。


将来はそういうふうに世界中が混ざっていくのでしょう。

残念なことに黒人がイタリア人から暴力されたとか人種差別問題は現在イタリアで次々に起っています。(言葉による人種差別なんかしょっちゅうだし)

きっと今は世界中が過渡期なので、あと100年くらいしたら、子供のときから同じ学校でいろんな人種がいるのが普通になってそういう問題もなくなるかもしれません。アメリカを見ていると、いや100年たっても200年たってもなくならないか、という気もしますが。



「これが常識」と思っているイタリア人の常識が世界からどんなにずれていることか。いろんな意味で。
それが分かっている、現在外国にいる若いイタリア人が将来のイタリアを変えるしかないと思うのですが。(イタリアには戻る気がない人が多いのでしょう....個人の事となると)



美女2人

イタリアの人気番組で"Striscia la notizia" というのがあって、バラエティになるんでしょうけど、ニュースや政治、行政の批判などもやっているのですが、政治家が会議中に居眠りしているところとか、ズサンな体制や怪しい病院、裁判所などの組織の証拠収録やその追跡とか.....深刻にではなく、「これでいいのか?」という感じで笑いで終わることが多い、軽い痛快番組なのですが、その中で毎回2人の美女(Velina)がポルノまがいに踊り狂います。それが司会者のテーブルの上なのもちょっと違和感があります。


Veline1
Veline2
Veline3

(↑まるでアダルトサイト?と勘違いされかねないので、仕事中の人は気を付けてください。イタリアではゴールデンタイムの政治の話題も含む普通の番組なんですけど......)



その美女たちは2年ごと?に変わるらしく、今回新しい二人組決定に、何週間も何か月も番組は「美女予選コンテスト」を繰り返していました。
「今日はどこどこからの予選中継です。」という具合に。


ほとんど見てはいないのですが、たまに見ると、一応「ダンス」で競い合っているようなのに、私の素人目にもはっきりわかるくらいダンスも全くの素人、と思われる人たちがたくさん出ていました。


日本だったら、芸能人のバックダンサーの人たちだって、さすがプロで、キレのある踊りをするじゃないですか。それがなくて、高校生が音楽に合わせて友達と踊っている、という感じ....または、ストリップショーのようなセクシーダンス。出場者は普通の学生や勤め人.....


で、数人ずつの予選で選ばれるのは、その中でもダンスのうまい人、というわけでもなく...結局、顔?セクシーさ?

何か月にも及んだ予選のはて、最終戦が9月18日にあり、これがそのとき選ばれた二人 。2人とも18歳ですって。翌日は新聞各紙に載っていました。ミスイタリアより有名かも。


velinaで検索したら、たくさん出てきたのですが、優勝者のうちの一人のショーの様子。


Costanza


4組8人が残った最終回だけ見たのだけど、この2人が優勝するとは思わなかったなあ。これも裏があるのかもしれません。


Velinaに選ばれると、毎週テレビに出て、イタリア中に有名になるから、その後の芸能活動の道も開ける、らしいから。



余談ですが、イタリア語で「踊り子、ダンサー」のことを「Ballerina(女性)Ballerino(男性)」というのですが、求人広告などで「Ballerina募集」などと書いてあったら、ストリップショーのようなダンスのことを指すことが多いし、要するに踊るってこと自体、そういうこと(上記動画のような)なのでしょうか.....

客観視

友人宅で夜にしゃべっていたときのこと。


「この間もここ(キッチン)で友達としゃべってたら、隣のうちから静かにしてくれって、苦情がきたんだよね。」と言う。
「それも女4人でそんなに大声でもなかったし、音楽でうるさくしてたわけでもないし、夜もまだ10時だったのに。」


別に寝室に面しているわけでもなく、お互い窓を開けているから窓越しに声が聞こえるから、という。


「そのくせ、彼らの夫婦喧嘩は何て言ってるかわかるくらい大声で怒鳴り合うから全部聞こえるからね。それもしょっちゅう。どういう神経なんだか。」


きっと、自分のことしか見えていないから、客観的に見えていないのでしょう。


そういえば、元福田首相の言葉が話題になったとか、ブームになったとか。商品化までされたようで、とても日本的だと思えるのですが、イタリア人はそもそも「主観」で動いていて、自分を「客観的」に見る、ということができない人、そういう発想さえない人が、かなり多いのではないかと思えます。


客観的に見て、恥ずかしいから、自分の感情をコントロールして抑える、怒鳴りたい、叫びたいのを抑える、ということがないから、怒鳴りたいだけ怒鳴る、叫ぶ。


抑圧から逃れられずにいつか爆発して他人を巻き込む犯罪にまで発展する日本人の感情を思うと、怒鳴りたいときに他人の目も客観的も何もなく怒鳴っているイタリア人の方が健康的なのかな、とも思うのですが......

でも怒鳴ったところで落ち着くわけではなく、ますます興奮するだけでしょうし、隣近所にまで聞こえるほど怒鳴り合っているのは見苦しいものがありますので、やはり「客観的目」というのは必要なんじゃないかと思います。


多分、日本人は誰でも多少なりと持っていると思うので、イタリア人にもう少し持ってほしいものです.....