語学の上達方法?

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語学の早道は「その国の言葉をしゃべる恋人を見つけること」というのはよく言われる。イタリアでも、世界中でも、よく言われているらしい。
でも、果たして、そうなのだろうか???


「好きな人と話すために一生懸命勉強する」というのは、とても分りやすいけど、所詮、初級のゼロに近いレベルの話で、それだったら、動機付けは何でもかまわないのでは?「好きな人のため」というのは強力な動機にはなるかもしれないけど。


私がイタリアで見た外国人(日本人も含む)で思うのは、イタリア人の恋人がいるかどうか、がイタリア語の上達だとは、言えないように思う。
イタリア人のパートナーがいるわけでもないのに、ペラペラの人もいるし、イタリアに来てまだまもなくて、イタリア語もほとんど話せないのに「もうすぐイタリア人と結婚する」と言っている人もいる。(愛に言葉は不要?)

充分に意思疎通のできる言語なくして結婚する人たちの心理も不可解だけど、私がもっと気になるのは、付き合う人たちによって(男女間に限らず、周囲の環境を含め)言葉づかいが決ってくるんじゃないか、ということ。


以前「くせ」ってうつるんじゃないか、という話を書いたけど、言葉はそれ以上に、影響力があると思う。日本語同士だって、そうなのだから、外国語の場合、周りの環境ってかなり大きい。


日本は「外国人タレント」として、片言の日本語を話す外国人がテレビによく出るけど、面白いかどうかは別として、片言なのに汚い言葉が次々に出る様子は「彼に日本語を教えた周りの人たちって....」とお里が知れる、ではないけど、見苦しいものを感じるのだ。(面白ければいいのか?)

イタリアにはそういう外タレ、とかはいないけど、目の前で、汚い言葉でののしったり、暴言をはいたりする外国人を見ると、(語彙がないから、どうしても手っ取り早い言葉を使ってしまうのだろう、気持ちはよくわかる。私も口から出そうになることあるから。)「あんなふうにはなりたくない。」と思ってしまう。ただでさえ、めちゃくちゃなイタリア語話しているのに。


私もイタリアに来て、1,2年目くらいまでは「ちょっとしかいないのに、イタリア語できるんだね。」とよく、誉められたものだけど、最近は(上達が止まっているので)めっきり言われなくなった。

昔、誉められたとき「全然!間違いだらけで話しているし、ボキャブラリーも少ないし、まだまだ勉強しないと。」と言ったら
「充分じゃないの?イタリア語で本でも書くつもり?」と言われて
「え?.....そうかー、間違いだらけでも、話は通じるからいいんだ。」と思ったので、気持ちが楽になりました。(それ以来、上達伸び悩んでいるのかも)

汚い言葉を使う人は母国語でもそうなのかもしれない。そうじゃないかもしれない。どちらにしても、外国語が母国語以上になる、ということは普通ないから(何十年も故郷から離れているとそういうこともあるだろうけど)どんなに外国語を勉強しても自分の日本語のレベル以上にはなれないという限界がある。


日本でもう何年も英会話を習っている友人が(実際英語はできる人なので)

「なかなか、いい先生に巡り合えないんだよね。こちらが細かいことや気になることを質問しても、それに答えてもらえなくて。ネイティブなら誰でもいいってわけじゃないよ。自分以上に知識のある人じゃないと。」というので納得したことがある。

結局「語学の上達」には「環境(例えば、誰に教わるか)」と「母国語(日本語)」が大きなキーではないでしょうか....と思う最近です。

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