ピラミッド棚

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日本はもう新年ですね。おめでとうございます。

イタリアはまだ夜の7時頃ですが、気の早い花火や爆竹の音がバチバチしています。今朝から、というか、前日からしていましたが、12時がピークです。


今年の最終報告として、一番最近仕上がったピラミッド型の棚の修復報告です。

こういう棚。またまた中国製で、年代も前の椅子と同じ1800年代だと思われます。


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修復前。足があちこちグラグラしている部分があって、不安定でした。
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修復後
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修復前
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修復後

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修復前
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修復後
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注射器でアクリル系樹脂を入れて、補強し、ジェソで隙間をうめて固定しました。
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修復前
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修復後
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修復前
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修復後
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新しい年も5枚目の屏風の修復で始まる予定です。


イタリアではクリスマス前後からAUGURI、おめでとう、と挨拶します。新年あけてなくても、おめでとう、です。


よい2008年を。






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ポーランド人の話

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また実話です。


1945年、ポーランド。

11歳のユダヤ系ポーランド人の男の子C君が家族とユダヤ人ゲットーに住んでいたら、ある日、ドイツ人がやってきました。お兄さんが「年を聞かれたら16歳というんだぞ、11歳ってわかったら殺されるからな。」と忠告しました。C君は11歳にしては背が高くて痩せてひょろひょろしていたのです。

ドイツ人兵に「何歳か?」と聞かれたのでC君が「16歳」と答えると、お兄さんと同じグループに入れられました。母親が別のグループに入れられたので、かけよって

「ママ、ママ」としがみつくと、母親は、今までに見せたこともない恐い顔をして

「こっちに来てはだめでしょ!あっちに行きなさい。」とすごい剣幕で怒りました。

それがC君が母親を見た最後になりました。


その後、お兄さんと一緒にベルリンにある収容所に連れていかれて、重労働していました。

ある日、C君は風の中に母親の声を聞きました。

「明日、天使をお前におくるから」と。

寝泊まりするバラックの裏に、ドイツ人が住んでいる家があって針金のフェンスが仕切ってありました。ある日、フェンスの向こう側に金髪がくるくるの、青い目をした天使のような可愛い女の子がいました。

「君の名前は?」

C君はドイツ語で話し掛けましたが女の子は返事をしません。

同じ事をポーランド語で話し掛けると答が返ってきました。彼女はポーランド人でした。

「おなかがへってぺこぺこなんだ。」とC君が言うと、女の子はポケットからりんごを取り出して、フェンスの上から投げたので、C君はむさぼるようにガツガツたいらげました。

「明日も来て。」と女の子は言いました。


翌日同じ時間に行ってみると、女の子はいて、今度はパンの入った紙袋を投げてくれました。

そして「明日も来て。」と、また言いました。


彼女に会うのが見つかったら、即、殺されるほどの行為だったのですが、彼は毎日、食べ物をもらうことができ、7ヶ月が過ぎました。彼女だって、見つかったら、どんなことになったかわかりません。

翌日、別の場所に移動されることを知らされたので、女の子に

「明日からもう来ないで。」と言い、二人は別れます。


その後、C君はお兄さんと別の場所で死体運びの仕事をしていました。焦げた、ユダヤ人の死体を。

いつかは我が身、C君は「もう、お父さんもお母さんもいない、僕も死んでもいい」と、思っていました。

ある日、「明日、10時がお前の処刑の時間だ。」と言い渡されます。

C君は恐くありませんでした。

朝が来て、8時ごろ、周りが騒々しい騒ぎになりました。ロシア人が入ってきて、皆を開放しました。

戦争が終わったのです。



その後、C君はイギリスに渡り、エンジニアになり、アメリカで働いていました。

ある日、同僚が「女の友達が別の女友達を連れてくるから、一緒に出かけよう。」と誘いました。

「そんな、知らない人と出かけるなんて、僕の趣味じゃない、帰る。」と言い張ったのですが同僚は「行こう、行こう。」と強引に誘うので、断りきれず、出かけました。

知り合った女の子はとても感じがよく、ウマがあったので、車の中で4人、おしゃべりに花が咲きました。女の子はポーランド人でした。でもポーランド人同士、戦争中のことについて語るのは、身内を失ったりしていて、あまりにも重い話なので、普通は避けていました。

でも、ついに彼女が聞いてきました。

「あの時代、どこにいたの?」

「ベルリンのどこどこの収容所にいて.....」

「私もその近くに住んでいたわ。父がたまたまドイツ人の神父と知り合いで、偽のドイツ人名簿を作ってもらって、ドイツ人ということにして隠れて住んでいたの。近くにフェンスがあって収容所の男の子が、毎日おなかぺこぺこで、私、食べ物を投げて渡していたの。」

C君は自分の耳が信じられませんでした。

「その子は、やせてひょろひょろじゃなかったかい?7ヶ月後に、もう来るなって言わなかったかい?」

「まさに、そうだけど、もしかして?」

「そう、僕だったんだ。」


C君は彼女こそ命の恩人、自分の天使だ!と確信し、その場でプロポーズしました。

彼女はもちろん驚きましたが、その日のうちにOKしたそうです。


そして、その後もずっとお互いを助け合いながらお互いがお互いの天使でありつづけたそうです。

この話はわりと有名で、アメリカだかどこかでテレビ番組にもなったとか。


「普通、男女の出会いって、ロマンチックに始まって、散々な結末になることが多いものだけどね。」と語ってくれたドイツ人は言います。(もう長年イタリアに住んでいるのでドイツ人という国籍は意味はないかもしれませんが、普通、人は彼をドイツ人と見るのだなあ、と。そう見られ続けるのだなあ、と。それは私がただの日本人と見られる、というのとはまったく違った意味を持つようにも思われます。)


ロマンチックに始まって、散々な結果になるのは自分の理想にしばられた結果なのでしょう。

命懸けの行為をしている人には、誰かのために生きている人には、そういう不幸とは無縁なのかもしれません。

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金色の箱

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クリスマスの実話です。


クリスマス前夜、アメリカの貧しい家庭で、父親が家に帰ってくると、5歳になる娘が、金色の包装紙をたくさん全部使って大きな箱を包んでいました。


「この紙がいくらすると思っているんだ、そんなに無駄遣いをして!」父親は怒って、娘を罵倒までしたそうです。


翌朝、娘は前夜の金色に包まれた箱を持って走ってきて「パパ、パパ、これ、パパへのプレゼント」と父親に差し出します。

箱を開けてみると.......



中はからでした。


「ふざけるのもいいかげんにしろ」と父親はまた怒鳴ったそうです。


「この箱の中にね、いっぱいいっぱい、キスを入れたの。パパに。」と娘。


それを聞いた父親はひざまづいて、娘を抱きしめ、涙を流して謝ったそうです。



それからまもなく、娘は事故で死んでしまいます。


父親は娘からのプレゼントの箱をその後何年も何年も手放さず、枕元において大切にしたそうです。

そして時々箱を開いては、彼女からの「愛」を感じていたと。



彼女は父親の心を開かせるために生まれてきたのでしょう。

愛って.....

プレゼントって.....

命って....

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クリスマスも間近、街は買い物袋をいっぱいさげた人たちでいっぱいです。


財布をプレゼントするときには、現金を入れてあげると幸運を呼ぶそうです。

そういえば、以前、友人宅でクリスマスをしたときに、現金を500ユーロだったか入れた財布を親が娘に贈ってました。家族同士、特に親から子どもへのプレゼントはかなりの出費と思えます。

ノートパソコンなどの電化製品もあったり、奮発するんだなあ、と。


一方、もらって迷惑なプレゼントも多いと思います。

「いつも義理の姉からもらうプレゼントって、ろくなのじゃなくて、安物の趣味の悪いサングラスとか、下着とか、捨てるのも悪いし、困るのよね。」と友人が言っていました。


思いがけないプレゼントはうれしいけど、もらって困るプレゼントも氾濫していることでしょう。

いつのまにか、クリスマス、イコール、プレゼントという意識になってしまい、贈ることだけを考えてしまうと、本来のクリスマスの意味を見失っているイタリア人も多いことかと思います。(ローマなどの都心ではミサにも行かない人たちが多いし)


道ゆく人たちの抱えるショッピングバッグを見ながら、これらのプレゼントのどれほどが無駄になっているのやら、と考えてしまいます。


第4の東方博士

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magi

絵はボッティチェッリの「東方三博士の礼拝」

東方三博士というと、イエスが誕生したときに、それを祝いに星に導かれてやってきた東方の王たちで、よく絵にも描かれていますが、第4の博士の話を最近聞いたので、お話します。


一度、聞いただけなので、うろ覚えですが。


イエスの誕生を遠い国で予知した第4の彼は「私も祝いに駆けつけたい、何か贈り物をしたい。」と思い、全財産を売り払って、3つの宝石に変えました。ルビー、サファイヤ、真珠。


エルサレムに行くには広い砂漠を超えなければならず、そのためにルビーを売って、ラクダを買い求めました。


当地に着くと、ヘロデ王が「赤ちゃん殺し令」をやっていたため、赤ちゃんのいる家へ殺しにやってくる者たちが大暴れしていて、大変な騒ぎになっていました。そこで赤ちゃんを抱いた女性から「助けてください」と頼まれます。第4の彼は殺しにきた者たちのボスにサファイヤを贈ります。ボスは「この家は赤ん坊はいない。次へ行け」と見逃してくれました。


その後、第4の彼はイエスを探して何年もさ迷い歩きます。そしてとうとう、イエスが捕まり、また町は大変な騒ぎになっていました。

ある若い女性が家の借金のために売られようとしていました。また「助けてください」と頼まれた第4の彼は最後の宝石、真珠を贈り、彼女の身を助けることができました。


「ああ、とうとう、何もなくなってしまった。」イエスに会って贈り物をすることだけを一生の望みとしていたのに。


そこにイエスが現れました。「お前は、正しいことをしたのだよ。贈り物が必ずしも自分が最初に望んだ方向へ行かなかったとしても、贈った人から直接じゃなくても、回りめぐって君に戻ってくるのだから。こうして、お前の望みはかなえられた。」と。イエスが現れたのですから、望みは叶えられたわけです。この日イエスは十字架に架けられました。彼が見たのは、イエスの肉体だったのか、意識だったのか。


「何か行動を起こすと、直接じゃなくても、それは必ず自分に戻ってくるのです。見返りを期待する必要はありません。行動は、反射するんです。この話をする度に、考える度に、私はじーんとしてしまうんです。」

と話してくれたシニョーラの声は涙ぐんでいて、聞いているほうも、もらい泣きしそうになってしまいました。



たぶん作り話ですが、いろいろと考えさせられました。

何か、強い望み、目的を持って生きることは必要かもしれません。ただぼんやりと過ごすよりは。

でも、その時、その時に正しいことをしていく、ということが「最初の目的」そのものよりも優先することだってありうるんじゃないか、とか。

「こういう条件だったら、私は何々しよう」とか、自分の都合や損得ではなく、無償の贈物をすることに意味があるんじゃないか、とか。他人であればあるほど難しいですが....


皆様、よいクリスマスを。


停電事件

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停電といっても私の住んでいる所だけの話。


帰ってきたら、電気がつかないので、携帯の光でブレーカーを見ると、問題はない。

ふと、床を見ると、何か紙があって、読んでみると「電気代滞納のために、ストップしました。以下の分...(10/10期限、いくら...)。ついては、支払いの上、下記に連絡、FAXしてください。8時半から夕方6時まで....」とか書いてある。


ええええ....(そのとき既に夜9時)


呆然としているところにルームメートが帰ってきて、「見てよ、これ...。期限はすぎたけど、払ったはずなのに。」と説明し、もう一人のルームメートにも連絡し「確かに払ったよね?今すぐ帰ってきて。」と。


どうやら11月の中頃に払ってはいるものの、FAXをしてなかったので(期限過ぎて払った場合はFAXをしなければならなかったらしい)電気きられてしまった模様。私は自分の分のお金出して、「もう期限すぎてるから、早く払って。来週?じゃあ、あなたが払いにいってよね。」と何度も催促していたのに。


電気会社に連絡しても、留守電で月曜から金曜の朝から夕方に連絡してください、というだけなので、「明日、朝FAXするから。」ということで、その晩は蝋燭の光で食事をし、テレビもコンピュータもつけられない、本も読めないし、「おやすみなさい」と。


翌日帰ってくると「まだ、ついてないの?」と。まさか、とは思っていたものの.....


「FAXしてから24時間なんだって。だから、明日つくって。」


やれやれ。あきれて、ルームメートと笑ってしまった。


食事はガスで作れるし、暖房もセントラルヒーティングで効いて暖かいから、寝るだけの分にはなんとかなるのだけど、お湯は電気なので、シャワーもできないのだ。


明日もとまっていたら、友達のところでシャワーを借りることにしよう、と思って翌朝家を出た。


お昼ころ「電気が戻ったよ」とルームメートから携帯にメッセージが来た。


「電気があるって、なんて便利なんでしょう」と、ありがたみをかみしめている。

これにこりて、支払い滞納することもないでしょう。


クリスマスプレゼントを買う人で町は賑わい、店によっては買った商品を包装してくれる「ラッピングコーナー」の場所まであったりする。


イタリアのプロのラッピングなんてきっとおしゃれなんだろうな、と思いきや....


これがまた、全然プロでもなくて、ただそこの店の人がやっているだけで、それもまた、簡単に「キャラメル包み」要するに、包装紙に平行に物をおいて、くるっと包んでセロテープ何個所も張って....しかも、仕上がりはザツで、ちっとも可愛くないのです。(リボンを鋏の裏でひっかいて、クルクルにするのは定番ですが)


こんなんだったら、自分で包装したほうがまし、と思えるほど。

イタリアは包装紙も高くて、それもいいお店やいい紙になると高いのです。4-6ユーロとか。って1枚1000円ですよ。1ユーロショップなどで売っているのは本当に、安っぽい紙なんです。


「プレゼント」というと、箱に入れて、紙でラッピングして、リボンして、というイメージがありますが、イタリアのプレゼントでよく見かけるのが、紙袋に直接入れて、そこにリボンをするだけ、というスタイル。こうすると、ラッピングもいらないし、大きくなって見栄えもするし、持ち帰りも楽...ということでしょうか。紙袋もお店の物でもいいし、赤い紙袋なんかもよく見かけます。


日本のお歳暮コーナーなどのラッピング、セロテープ一つ使わずにどんな大きさの箱も機械で包んだのかと思えるほど、余分なシワひとつなく、きれいに包まれていますよね。あれこそラッピングの達人だと思います。


キャラメル包みなんて....



水も品切れ

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ブログネタ:水道水飲んでますか? 参加中

先日、タクシーが2日間、ストをしていたと思ったら、昨日から、トラックの運転手のストなのです。
トラックだったら、あまり私たちは被害を被らないか?いえいえ、直接トラックを利用していないとはいえ、スーパーで売られている野菜でも牛乳も水も皆、トラックで運ばれてくるのだから、なんとスーパーの商品それも生鮮物がガラガラ状態なのです。

お水を買いにいったらそれも品切れ、水道水を飲むしかありません。別に死ぬわけではないけど、一度病気になったことがあるので(水が原因かどうかは不明なのだけど)以来、できるだけ水道水は飲まないようにしているのだけど....

イタリアにいると信じられないことがいろいろ起こるのだけど、ガラガラのスーパーというのも異様です。それも金曜日までとのこと。まだ3日もあるのか。

別件だけど、郵便局に行ったら300人待ちだったのであきらめて、翌日行ったら、400人以上待ちでした。いろんな支払いの締め切りが来ているのか、クリスマス前に贈り物を送る人たちか...多分諦めて帰った人たちも半分以上いるだろうけど、それでも2-3時間は待つことになるでしょう。100人でも1-2時間は待つから。
そんなに待っている時間もないので、また、明日、出直ししなければ。

全く、ここは、中途半端に都会になって、機能する部分が都市の進化についていっていないから、いろんなことが滞ってしまう。それでも「まあ、なんとかなるさ」と先延ばしにすればいいことなので、いちいちイライラしていたらキリがないのでした。


過去の関連記事





働くイタリア人

前回の弁解ではないけど、働くイタリア人もたくさんいるのでちょっと書いてみる。


私の友人たちですごく働いているイタリア人たちがいる。特に今の時期、という。

それも気楽な仕事ではなく、議会や国会といった場での仕事なので、気も頭も神経も使い、夜も12時過ぎることもあり、帰ってくると疲れで吐き気がしそうだ、とか。休日も突然出勤になったりするらしい。


別のイタリア人友人たちも締め切りがあったりすると1週間ほとんど徹夜という状態で仕事したりもしている。


映画関係で仕事していたという人の話を聞いても「夜遅く帰って寝るだけ、プライベートよりも仕事が優先、本当にその仕事のために生きているんじゃなければ、やってられない」と語っていた。


それでも、たまの休みの時は家でごろごろ(する日もあるんでしょうが)家族や友人たちとの付き合いは大事にしているし、例えば料理に何時間もかけてもてなしてくれたり....(手の込んだ料理って、本当にを感じます)


本気で仕事している人っていうのは、なに人に限らず、プライベートも充実させて、薄っぺらい人生は送らないのかも、と思えます。それが他人から幸福と見られるか、どうかは別として....

友人が紹介してくれた、こんな記事があった。


イタリアの公務員のずる休み


イタリアの公務員は年平均65日も休んでいる!と言うのだけど、「そんなもんでしょ」と今更驚かないが、ちゃんと出勤しているときにさぼってないで、仕事をしてくれれば、と思う。

書類ができるのに何ヶ月も1年以上も待たされたりするのだから....


私のイタリア人の知り合いの学校の先生は夏休み、3ヶ月まるまる休みで、それでも持て余すことなく、毎年楽しみにバカンスのために働いている....


日本の学校の先生をしている友人は「休みがない、放課後も部活の顧問、夜も自宅で仕事、日曜もテストで出勤、夏休みも補修で数日しか休めない」とイタリア人が聞いたら信じられない生活をしているというのに.... (日本ではそれでも普通、というのでしょう...)


イタリアも出稼ぎ外国人は働いています。

朝から夜遅くまで1日10時間以上働き、休みも週に半日くらいで働いている人たちが大勢います。

イタリアの経済が循環しているのは外国人が働いているところによるものが大きいと思うのですが、公務員はまだ全員イタリア人だから、仕事が渋滞しているのかも、と思えてなりません。