アンニーバレ・カラッチ

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アンニーバレ・カラッチの展覧会に行ってきました。


カラッチは16世紀後半、活躍したバロック期のボローニャ派の画家。カラッチというと、兄アゴスティーノ、従兄弟ルードヴィコというカラッチ画家一族をさすのだけど、アンニーバレが一番有名でしょう。


彼の詳しい美術史的位置付けはこのページでごらんください。

Wikipedia/カラッチ


カラッチの特徴で、私の独断的印象でいうと、一人の画家が描いたと思えないほど、色んな絵を描いているのです。
この展示会のサイト を見るとわかるのですが、(Opereというところをクリックすると絵が出てきます)宗教画、肖像画、民族風俗画(肉屋、とか、物を食べたりする人や、酒場で楽器を演奏する女とか)、そして、何といっても私の勉強した美術史のはかない記憶によると、風景画、と呼ばれるものを始めたのもこの絵が最初ではないか、と言われている....とか。



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エジプトへの逃避というと、宗教画には違いないのだけど、それまでこういう「風景画」というものがなかった、ということがへええ、と私が初めてカラッチを知ったときの印象です。

それと、こういう豆を食べる人、なんて、庶民の生活を描いていたり。


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はたまた、ファルネーゼにはこういうフレスコ画も描いているし


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(フランス大使館のため、一般公開されないので、ローマにあるのだけど、入ったことがない。一度見てみたいものです)


展覧会は人気なのでしょう、1月から続いていて、週末は夜遅くまでやっていて、外国人観光客もけっこういました。私が一番気に入ったのは冒頭の絵と、この絵です。



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Pieta`


余談ですが、受付のイタリア人女性が「あら、あなた、知ってるわ、誰々の友達でしょ?会ったことがあるわ。私も彼女の友達だから」と言われてしまった。
私は彼女の顔は覚えていなかったのだけど。

狭いローマ....いつ誰に会うかわかりません。

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普通の固定電話へかけても、日本まで1分2セント、って3-4円?市内電話より安いですね。


関連過去記事

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イタリアは路上駐車が多い。

街中も住宅街も第一車線はずらーっと車が並んでいたりする。

家も駐車場が付いているところもあるけど、アパートなど、空いている道路に駐車したりするので、家まで来てから車を止める場所がなかなか見つからず、うろうろすることもあるらしい。


道路には間隔をおかず、縦列駐車がされていたりして、運転しない私からすると、あんな隙間によく上手にとめれるなあ、と関心するのだけど、実際、当てたり、擦ったり、ぶつけたり、はたまたそのまま逃げたり、ということもよく聞く。


せっかく新車を買ったのに、止めている隙にぶつけられていた、とか。

盗まれた、とか、も。


愛車を洗車したり、ぴかぴかに磨いたり、という話は聞かない、ので、どの車もほこりまみれだったりする。

(よほど高級車の人は違うと思いますが)

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Pensa / Fabrizio Moro

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Pensa

Fabrizio Moro オフィシャルサイト


サビの部分がここ


Pensa prima di sparare
Pensa prima di dire e di giudicare prova a pensare
Pensa che puoi decidere tu
Resta un attimo soltanto un attimo di più
Con la testa fra le mani


適当に訳してみると


考えて。撃つまえに。
考えて。言うまえに、批判するまえに、考えてみて。
考えてみて、決断できるのは君だってことを。
ちょっと待って、頭をかかえて、もう少し考えてみて。


ちょっと前から最近にかけて、よく流れている曲なのだけど、アメリカの銃殺事件とだぶってしまう感がある。
もともと、争いや諍いをする前に、「Pensa,考えて」という歌なのだけど、sparare、銃で撃つ、という言葉があるから、どうしても思い出してしまうのだ。
もし、この歌が英語で、あの彼が聴いていれば、「考えてみて」撃つことをやめただろうか。

simpatico

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女性形はsimpatica、辞書によると「感じの良い、好感のもてる、親しみがわくような、愛想のよい、快い」という意味なのだけど、イタリア語でとてもよく使う。

人を形容するときに「bello, simpatico(男性) bella simpatica(女性)」で「かっこよくて、感じのいい」「きれいな人で、感じもよくて」という具合なのだけど、新聞の恋人募集などのコーナーで、皆、自身をそういうふうに自称したり、相手に求めていたりする。

お店の人の対応が愛想よかったときもsimpatico、イタリア人にとって、「愛想がよい」ということと「感じのよい」は同じ言葉で、人の性格・中身を表現するとき、かなり重視されている言葉なのだと感じる。


あまりにも使われすぎて、イタリア人simpaticoだらけで、ほめ言葉としての重みは軽いのだけど、イタリア人にとって「必須」項目なんだな、とsimpaticoという言葉を改めて考えてみて、思ったのでした。

一人旅

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日本人の女性(皆、たぶん30代前後)数人がお店に来たとき

「皆さん、お友達ですか?」と聞いたら
「いえ、皆、旅行に一人で参加してたんですけど、親しくなって」と。聞けば、船の旅、1ヶ月以上なのだという。
そりゃあ、友達と一緒に休みとって旅行に来るのも難しいでしょう。お金も時間もかかるし.....

「じゃあ、グループの他の人たちは、おじいさんおばあさんばかりとか?」というと
「いえ、けっこう、私たちの他にも一人参加の人もいて、ほとんど女性ばかりですけど。」ということ。

きっと、皆、プライベートに色んなことを抱えながら、仕事を辞めたりとかして、参加してるんだろうな、と思ってしまった。
イタリア人女性は一人旅をするってことは少ないと思う。時々いますが。

何しろ、一人では食事もできない (←過去記事)人たちですから......

美しい手

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欧米人は足が長くて頭が小さくて、スタイルがいいなあ、という人は多いと思う。確かに。体のバランスの作りが違う。


でも、それに対して「アジア人は手が美しい」と気がついている日本人は少ないかもしれない。

ほっそりした指、器用そうな手、きれいな爪。日本人はまわりが皆、きれいな手をしているので、自分の手が美しいなんて意識してないかもしれないけど。


イタリア人は爪を噛むくせがある人が多いからか、爪が短くて横長、指が短くて、でも節は太く、手は小さいけどごつい、という人がけっこう多い。赤ちゃんの手をそのまま大きくしたような。


美男美女でスタイルもよくて、でも手を見ると、え?という人も珍しくないのです。


イタリアのネイルアートも付け爪ならぬ、「ジェル」を爪先に付け足して、爪を長くしてから、マニキュアを塗るのが一般的だとか。


といっても、ネイルアート自体、まだ日本のように普及していないので、ネイルアートした日本人の手はイタリアでは目立ちます。それでなくても「アジア人の手は美しい」のですから......

ティボリ

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ローマからバスで1時間くらい行ったところにある丘の上の町です。
けっこう観光地なので、バスの乗客もティボリ地元の人と観光客が入り混じっている感じで、観光客が「ここ? Villa d'Este?」と聞いているので、降りるところは判りやすいです。

Villa d'Este (エステ家の別荘)は16世紀に立てられたフレスコ画が壁や天井に各部屋にダイナミックに描かれた邸宅で、見ごたえがあります。


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また、外は噴水がたくさんある庭になっており、大きな噴水、動物の顔が並んだ噴水、など見ていて楽しいです。


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高台にあるので、庭からの眺めもすばらしいです。一度、是非、足を運んでください。

実は、Villa d'Este は以前、来たことがあったのですが、冬だったので、今回は庭を散歩するにも花がたくさん咲いていて、気持ちのいい季節でした。


ここから、もうひとつの見所、Villa Adriana (ハドリアヌスの別荘)までは、2キロくらい離れたところにあり、標識もなくて、地元の人にどのバスに乗ったらいいか、聞いてたどり着きました。

ここは私は初めて。ハドリアヌスが別荘の建築を始めたのは118年、という....
道理で、あちこちに残るローマ時代の建築物が、広大な敷地にあちこちに残っているのです。それもかなりしっかり。


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宮殿跡とか、浴場跡とか、池も広く、緑も多く、静かで、のどか....まさに別荘地。観光客、特にアメリカ人の学生たちがたくさん来ていました。
天気もよくて、緑の上では、ごろん、と寝転がって、お昼寝している人たちも。


ティボリに行ったら、エステ家の別荘だけでなく、こちらにも足を運ぶこと、是非お勧めです。

ブログ人口

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現在、世界のブログ人口は72,000,000人だという。そのうちの37%は日本語で、第一位、英語は36%、中国語が8%だそうです。
日本のブログ人口がいかに多いか、ということですね。
イタリア人からすれば「日本はコンピュータ、テクノロジー、ハイテクの国だからね。」という程度の印象なのかもしれないけど、37%というのには、びっくりしました。

アメブロのメンバーも私も、その一人なのだけど。
私なりの推測だけど、なぜ、そこまで日本で流行っているか?というと...(イタリアと比較してみましたけど、日本以外の国では大なり小なりそうなのではないか、と思います)


1.もともと日本人は読むという行為が好きで、読書好きな国民で、また書くという行為も好きなのだと思う。イタリア人はあまり読書はしない人が多いけど、携帯電話ではよくしゃべる、マナーモードなんて言葉も存在しないから、メッセージはするけど、日本人ほど始終打っているわけではない。文章を書く、なんて面倒くさい、という人が多いのではないかな。


2.PCもインターネットもイタリアに普及してきたけど、仕事以外でPCに何時間も向かっているという行為はイタリアでは「マニアックなこと」と見られている傾向があると思う。

3.日本人は情報を手にするのが大好きだと思う。それは生活に必要な情報だったり、「へえ、そんな人もいるんだ、面白い」という程度の興味好奇心の情報だったり、自分の興味のある分野(例えば映画とか、料理とか)に関する情報だったり、他人のちょっとした日常に共感したり、新発見をしたり...とか。「そんなの、日本人に限ったことじゃないんじゃないか?」
でも、日本の流行の移り変わりがものすごくすばやいこと(流行歌などを始め)、ニュースの時間も多いし長いし、ほとんどの国民が新聞を日曜も含め毎日購読している、週刊誌の種類もすごく多い、など、情報を手にするのが好きというか、習慣になっているように感じます。


4.イタリア人は携帯でもしゃべるけど、普通に身近な人、家族や友人とよくしゃべる。「今日、こんなことがあって」「明日は何をしなければならない」「聞いて、私の上司ったらこんなにひどいの。」とまあ、よくしゃべる。バールでコーヒーを飲みながら、バスを待ちながら他人同士でもサッカーの話やイタリアの現在と将来について嘆いたりする。友人の家で「もうそろそろ帰らなくちゃ」と腰を上げてからも、おしゃべりが止まらず、30分、1時間....
わざわざ、ブログを作って他人に聞いてもらうことなしに、毎日散々、しゃべっているからストレス発散しているのかもしれない。私が「まったくもう、イタリア人って」とブログに書いてストレス発散しているのに対して。言いたいことがあるのに言えないというイタリア人がいたら、余程日本人的なのかもしれません。


ざっとこんなところです。イタリア語のブログもちょっとだけ読んだことあるけど、すごく主張的なものだったり、超くだらない日記だったり、で、つまらなかったので、中には面白いブログもたくさんあるのでしょうけど、書きたい人が勝手に書いているだけなのかも、という印象です。主張的なブログに共感する人は別として。

日本のブログって面白いと思います。