缶コーヒー

先週末までぽかぽか春の陽気だったのに、急に寒くなって、今日はヒョウが降ってきて、寒いのでとけないで、雪のように積もってました。まさにMarzo Pazzo です。


日本には当たり前のようにあって、イタリアではありそうでないもの、の一つに缶コーヒーがある。

コーヒーというと、濃いエスプレッソコーヒーなので、30ccくらいかな?だから缶にしようという発想もないのかもしれない。ましてアイスに。


夏にバールでは冷たい「カフェラッテ」は定番としてある。でもミルクなしのアイスコーヒーは....

まだイタリアに住む前、知らなくて、旅行中にバールで注文したことあるのだけど、いつ作ったのか?と思えるコーヒーをビンの中に入れてあって、冷蔵庫にも入れてなくて、とりあえず「さめたコーヒー」を飲んだのがまずかったので、以来、飲んだことはない。中には例えば観光客の多いカフェなどなら、おいしいアイスコーヒーも存在するかもしれない。


缶コーヒー、無ければなくて、「飲みたい」という気持ちにはならないけど、イタリアにもあったら、売れるのじゃないかな、と思う。


そういえば、何年か前、コーヒーゼリーを作ったら、「こんなの、食べたことない」というイタリア人が多くて、好評でした。




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人種差別バス

テーマ:

ある日本人Yさんがローマの郊外でバスに座っていたら、5-60代と思われるイタリア人女性が乗ってきて

「そこの中国人、どきなさいよ、私が座るんだから。」とおどされた、と言う。他にも空いている席はたくさんあるのに。

おとなしく、譲ったものの、虫がおさまらず

「せめて、すみません、とか、ありがとう、とかぐらい言ったら?」と言ったら

「中国人のくせに、え?日本人も中国人も同じだよ、ぎゃーーーーーー」と逆上して怒鳴りかえしてきた、という。


他の乗客がYさんに「ほっときなさいよ、何言ってもむだよ。」と小さな声でなだめたらしいけど、見ると、車内はイタリア人が座っている前方側と、外国人が座っている後方側に別れていた、という。

まるでどこかの人種差別が公的に行われている国みたいに。


幸い私はそういう目にあったことはないし、大部分のイタリア人は外国人に対して差別的な態度をとったりはしないと私は感じている。(本人のいないところで、なに人は好きではない、とかいう話は聞くけど)。一概に日本人に対しては好意的なイタリア人が多い、と思う。(逆にこれも日本人大好きな男性はちょっと迷惑...)

でも、中にはそういう(差別的な)人もいるんだ、と改めて知った気がした。


そういう人に運悪く出会ってしまったら、どう対応したらよいだろう?

言い返しても、無駄だろうし、だからといっておとなしく引っ込むのも、くやしい。

「あら、ここに座りたいの?私の座っていた席だから、あなたにきっとたくさん祝福が訪れますわ。」とにっこり言ってみるとか?さらに逆上されるかもしれないけど。







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年を気にしない

友人宅の夕食である女性がシースルーのシャツを着て下着が透けて見えていたので「今日は色っぽいねー」と皆からコメントされ

「今日はだから、上司の態度も違っていつもより優しかったわ」と言うので

「まったく、イタリアはこういうふうに動くんだから」私がと言うと

「そうそう」と皆に同感された。


日本人は皆同じような服を着て、個性がないとか言われるけど....

確かにお友達同士で行動する若者とかは、皆、同じような格好をしているけど、それはイタリアも同じ。高校生とか皆同じ格好だし。

日本のほうが、選択肢も多いし、ヴァリエーションもある、と思う。

イタリア人は「何歳だから」というのは意識していないと思う。20代でも50代でも同じような格好をしているし「私は何歳なんだから、もうこんな格好はできないわ」ということはない気がする。

だから日本人の「若作り」ともまたちょっと違う。

ただ、年を気にしないというのは単に服に限らず、生き方そのものがそうなのかもしれない。



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偏差値のない国

イタリアの学校の試験って、例えば仮に100点満点として(普通、30点満点とか50点満点とかで100っていうのは聞かないけど)60点以上なら合格、それ以下なら落第、というしくみ。


出席日数が足りないと容赦なく落第だから、高校生の留年なんて、ありふれた話。


試験も私は修復学校の試験しか受けたことがないし、身近に子どももいないので詳しいことは何とも言えないけど、日本のようなマルバツ式、選択回答ではなく、自分で文章を構成していかないといけない。十分な答えが書ければ100点、足りないとそこから引かれていくわけで、日本のようなゼロからプラスしていく試験ではなく、100から引かれて(適当に)70点とか80点とか付けられる...もちろん、申し分ない答えだったら100点プラス、ということもあり、また、筆記だけでなく口頭の試験も同等に重視されるので、ある意味、「試験担当官の主観」も入る(のではないかと)。もともとイタリアの先生と生徒って友達のような会話をするのだけど、先生と仲良くなってれば得、という感覚も見えたりする。


で、日本のような「偏差値」というものはない。

何千人の中で何番だとか、そういう感覚ってイタリア人には、ない、か、度し難い、もしくは耐え難い、またはナンセンスなことなのではないかと、思う。

だから、劣等感も生まれにくいし、「落第したけど、出席が足りなかったからね」とか「先生に嫌われていたからね」とか言い訳ができるので、自分が「他人と比較して劣っている」という感覚がゼロに近いのではないか...と思う。


それはそれで、幸せなことだし、「自分ってすごい」「私はブラーボだ」と自称するあらゆる職業の人たち......「自分でいうか?」と思うのですが「あなたもそう言って自分のことを過剰にアピールして仕事しないとだめよ」と言われているのでした。





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フィレンツェのウフィツィ美術館にある、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」が、東京上野の国立博物館で3/20から始まる展覧会の為に、移動されました。



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この模様、テレビでも新聞でも大きく報道され、周りは報道陣でいっぱい、絵は頑丈な箱に入れられ、東京へと旅立ったのです。


展覧会の度に、名画が海外を行ったり来たりするのは珍しいことでもないのに、この報道の大きさにちょっとびっくりでした。あんなにカメラ、パシャパシャやったら、通常の美術館での「撮影禁止」は何なのだろう、と。


イタリアでも展覧会に国外から絵が送られて来るし、日本にもよくイタリアの絵は行っているはず。これだけニュースになるのは「やはり、レオナルド・ダ・ヴィンチだから」なのか...


以前、ヴァチカン美術館で修復の指導をしていただいた現場の修復士が

「日本で開かれる展覧会の為に、作品の保護をかねて行ったことがあるよ。日本ってすごいね。作品が着いたら、すべて流れができていて、皆、てきぱきと動いて、あっという間に準備完了しちゃったんだ。」

という話を聞いて、うんうん、と思ったことがある。


イタリアだったら(想像ですが)

「これは、どこ?」

「え?とりあえず、ここに置いて」

「じゃあ、これは?」

「これが入んないよ。これはここでは変だよ」

と、延々、時間がかかりそうですもの。



イタリア人友人のLちゃんが

おじいさんって日本語でどう書くの?」

というので「おじいさん」と「祖父」と書いて「2通りあるんだけど」と言うと

「どう違うの?」

「本人を呼ぶときなんかは「おじいさん」で、書いたり第三者に話したりするとき「祖父」と言ったり」と言うと

「この祖父縦書きに書いて」

「いいけど、どうして?」

「刺青にしたいの」

「なんでまた、おじいさんなの?」

「私はおじいさんに、特別の思い入れがあるからね。」

ということだった。

私の手書きを直接使うらしい....



「僕の名前を漢字で書いてくれる?刺青にするから」と頼まれたこともある。

ヴァチカン美術館の中で警備をしているおにいさんだった。



あるCMでこういうのがあった。

男が刺青してもらいながら電話で「今日、君に大切な話があるんだ」と言う。「私も」と女。

会って男は彼女の名前を刺青した腕を見せると、女は「別れたいの」と言う...

何のCMだったかは忘れたけど、「おじいさん」はそういうことはないだろう。

刺青がファッション感覚になって、漢字が流行っているということでしょう。

髪の毛一本

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とあるイタリアンレストランで。

注文した料理の中に髪の毛が一本入っていた。

箸をつけてから(って箸じゃなくてフォークだけど)気がついたのだけど、ウェイターが来たときに

「これ、髪の毛が入ってた。」

と、テーブルの上に出したのを見せたら

「あー、これはブラシの毛だよ」と言う。

ブーラーシー?」疑わしく繰り返して聞いてみると

「そう、皿を洗うスポンジのブラシ」としらばっくれる。もちろん料金も平常どおりでした。


日本だったら...と比較するのはよそう。

でも、何も、そこまで見え透いた嘘をつかなくても。決してあやまらないんだから。

料理はおいしいお店だけに残念です。レストランって味だけでなくてそういう店の人の態度が味に大きく左右するものなのに。

車の免許

日本では、普通「車の免許を持っていない」イコール「運転できない」ということになるけど、イタリアでは、そうではない。


皆、無免許で運転して練習して、運転できるようになった頃、免許をとりに行ったりするから

「免許ないし」といっても「でも、運転はできるでしょ?」ということらしい。


私は日本の免許も更新だけしているペーパードライバーなので、左ハンドルの交通ルール無視のイタリアで、ほとんどがマニュアルのイタリアの車なんか運転するなんて、とんでもないと思っているので、海外で、それも来てすぐ運転できる日本人ってすごいなあ、と思ってしまう。

Marzo Pazzo

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イタリアは日本に比べて年中朝晩の気温差が激しいのだけど、この3月は、朝版は10℃以下、日中は20℃前後、日差しも強くて、という冬と夏が一緒に来たような日が続く。

と思えば、急に寒くなったり、雨が降ったり、先の読めないこの天気、 Marzo(3月) Pazzo(狂った )と呼ばれる。

この変わりやすい天気に狂っておかしな人のことも Marzo Pazzo だって。


日本では春になっても、まだ肌寒い、でも皆、春のファッションの中、厚手のコートとか着るのはちょっと恥ずかしいものだけど、イタリア人はけっこう寒がりなので、20℃前後の暑い中、まだまだ冬のウールやダウンのコートなど着ているので、別に周りの目を気にすることなく、寒いと思えば厚着できます。


北欧のひとたちは、すでに半袖でローマを闊歩していますが。

イタリア新婚旅行組

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イタリアに新婚旅行に来ている日本人のカップルって、どっちかというと女性のほうがリーダーシップをとっていて、男性のほうは、尻にひかれている、優しいタイプのカップルが多い気がする。


「旅行はイタリアにしましょ!」と、女性が決めて「うん、いいよ。」ということになって....とか。


男性が主導的なカップルはイタリアよりも、南国の島なんかに行くのでしょうか。