入院したときの話2

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そういうわけで、いつ、退院できるのやら、と思っていると
「明日、検査をします。」と言われ、またその検査の1,2日後に「○×日に手術します。」と言われる。
「手術といっても、切るわけじゃない。小さな穴をあけてそこから石を取り出すだけの簡単なものだから、心配しなくていい。」と。

そのとき同室だったのが、例のスリランカ人なのだけど、彼女は同じ結石でも重症で、石が卵みたいな大きさになって、爆弾方式でそれを拡散させ、その後それを吸い取る大手術をしなければいけないという。
「あなたはラッキーよ。軽いうちに発見されて。私も何年も前から痛みはあったのだけど、いつも痛み止めの薬をもらって抑えていたの。最初に、ここの病院にかかっていれば、ここまでひどくならなくてすんだのに。」と言っていた。
先に彼女の手術の日が来た。(この日から数日私の不安の日が続く)
普通、手術が終わってベッドで目が覚めて「あ、気がついた?」なんていうのかと思っていたら、大違い。
彼女は手術後、部屋に抱えられながらもどってきて、「いたーい、いたーい」と言いながら、お腹からを流していた。こわーい。
そして一晩中「うーん、いたーい、あああ。」とか言うので、私も眠れなかった。不安で。
イタリアの手術って....と思って。
そして私の手術の日が来た。前日に「歯は全部自分の歯?」と聞かれ
「そうですけど、もし、違ったらどうするんですか?」と聞き返すと
「抜かなければいけません。手術中に抜けて喉に入るといけないから。」
というので、どういう大手術なんだ、歯が抜けるほどのショックを体に与えるのか?とまたまた不安になっていた。
結局、麻酔でコロッと効いてしまったうちに手術は終わったのだけど、部屋に戻ってきたときは既に麻酔は切れていた。自分でベッドに入ったもの。
私はスリランカ人のようにその後うなされることもなく、痛みもなく、無事その翌日だか翌々日だか退院した。

病院食は、あまりおいしいとは言えなかった。
朝、カフェラッテみたいなものが出たのだけど、色だけで、コーヒーより牛乳より水の分量が明らかに多い、薄々味。
それとパンと果物。
お昼はちょっと豪華で、肉魚料理も出たような。さすがイタリアと思ったのはチーズ。モッツァレッラが固まりが、どん、と出たり。これはおいしかった。(病院の味付けじゃないから)
夜は昼より少なめ。翌日検査や手術のときは絶食またはミネストローネ(といってもコンソメスープに小さなパスタが浮いているだけのような)そのうえお腹の中をカラにするために下剤とか飲まなければいけなかった。
もちろん時間は早い。イタリアは夕食は普通8時くらいにするのに、5時とか。6時とか。(よく覚えていない)

病院は2人部屋にトイレ1つ、シャワー1つ、ついていたのだけど、トイレにはティッシュペーパーがなかった。
毎回マイトレットペーパーを持参で入るのだ。
そうそう、入院初日、生理中だったので「ナプキンください。」と看護婦さんに言ったら「ありません。これしか。」と言って持ってきてくれたのが脱脂綿
21世紀にこれはないでしょう...

まだまだつづきます
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入院したときの話1

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日本では入院どころか点滴もしたことなかったのに、イタリアに来て入院、手術まですることになるとは、想像もしなかった。
そのときの体験話。
もう3年も前のことになるので、覚えていないこと(例のスリランカ人の顔も含め)も多いけど。(3/17ブログ「見られるということ」参照)

ある朝、目が覚めると、腰が痛くて起きれなかった。目覚ましをあわてて止めたから、ぎっくり腰になったのかも、とベッドの中で仰向けになって、うーん、腰が痛いよ、と思っていたら、だんだんお腹も痛くなってきた。
吐き気もして、でも何も吐けなくて、ただ立っていられない。
いっしょに住んでいた人にタクシーをよんでもらって、病院へ。
心電図だかを見るまえに水を飲んで、このボトル1.5L全部飲んで、と言われたのだけど、とても飲めない。せいぜいコップ1杯。
診断の結果、「今日はここにいてください。」と言われる。
「泊るんですか?」
「だって、そんなに痛くて家に帰ってもしょうがないでしょう。」
というわけで、生まれて始めての入院。車椅子とベッド車も初体験。その上、点滴まで。麻酔効果があったのか、夕方まで熟睡する。
夕方、目が覚めて、2人部屋に移される。(それまでは廊下に並ぶベッド車の上)
もう一人の人はかなり重病らしく、呼吸ができなくて、口から呼吸器をつけられている。彼女は夜中に何度か呼吸困難になり、ドクターたちが何人も集まってきたりしたけど、私はその度に数分目が覚める程度で、朝まで何も食べず、またまた熟睡。
翌日、退院できるのかと思ったら「病院を移ることになります。」と言われ、何人かと救急車で運ばれ(座ってたけど)知らない病院に着く。
「いつ、退院できるんですか?」と聞いても「それは、調べてみないと。」と言われ、不安になる。「結石がある」ということは初日にわかったらしいのだけど。
でも当時はまだ、イタリアに来て間もなかったので、イタリアのいいかげんさについての知識も今ほどなかったから、無知の怖い物知らずだった。
その後数日、(腰から下腹にかけて)痛みが1日に何度か襲ってきて、その度に看護婦(男女)をコールしては、点滴か注射で痛みを抑える、ということを繰り返して、「いつになったら帰れるんだろう?」と思っていた。

イタリア語もまだよくわからなくて、そのうえ病気の専門用語で、不安だったか、といえば、実はそんなことは全然不安じゃなかった。
「痛いです。」とか基本的なことしか言わなくていいし、修復学校でのイタリア語のプレッシャーからすると、病院にいるのは痛いのをのぞけば、精神的には「楽」。
がんばったり無理しなくていいし、1日中わからなくてはいけないのにわからないイタリア語についていけなくて、落ち込んだり、まわりのイタリア人にたえずイタリア語を助けてもらわなくてもいいし、宿題もないし...と。(その分、休めば休むほど、先が不安だったけど)
体のことは「たいしたことない。小さな石だから。」と最初に言われていたので、本当に心配していなかった。
つづく
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おでんを食べる

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「おでんの素が手に入ったからおでん食べにこない?」と日本人友人から誘われ、4年ぶりにおでんを食べてきました。
しゃぶしゃぶ、すき焼きなどの鍋物は、日本のようにはいかないけど、調味料があれば、なんとか鍋になったのだけど、おでんはそういうわけにもいかないから、ずっと食べてなかったのでした。
といっても、練り物は手に入らないので、大根、卵、じゃがいも、きんちゃくもち(もちも薄上げも日本から持参したそう)だけ、というシンプルおでんだけど、おいしかった。
その上、肉まん(小麦粉からの手作り)や、ちらし寿司、フライのあんかけ、とご馳走を用意してくれて、サザンの音楽聞いたり(これも3年半ぶり)で、今日は日本にいたようでした。

夏時間になったせいか、日が長くなり、おそくまで明るくなりました。
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ローマの平日

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ブログを始めるとき、何となく「ローマの平日」というタイトルをつけてしまったのだけど、既に「ローマの平日」というコラム で、本まで出ていたり、別で「ローマの平日・イタリアの休日」 という本も出ているということをごく最近知らされた。
本は読んでないけど、それらに比べると私のは、拙い文章で、個人的なしょうもないことばかり書いて、読者に読まれることより本人の自己満足に終始していることと思う。ブログだし。
それでも後から同じタイトルをつけられる、ってことは先に使った人にとっては(また、先にその本を読んだ読者にとっても)不愉快なことだろう。
本を出版するわけじゃないんだから、著作権云々も関係ないし、このまま、いいか、とも思ったけど、「ローマの休日」でネット検索すると、私のブログもひっかかるし、先の2件を知ってる人からすると、「タイトルパクリ」と見られても仕方ない。
「ローマの平日」変えたほうがよいかな、と悩み始めた。
「ゆらのとのローマの平日」?「ゆらのとのローマ生活」?(自意識過剰っぽくてやだ)
「某日本人のローマ生活」?「ローマ裏話」?(怪しげなタイトル!)
ネーミングって大変だ。何かアイデアのある方、ご連絡ください。

復活祭 Pasqua

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今日3月27日は復活祭。英語でいうイースター、イタリア語ではパスクァ(Pasqua)。
パスクァの日は年々変わる。春分の日(3/21)以降の満月の次の日曜日ということらしい。去年、一昨年は4月だった覚えがある。ただ、いつも日曜日で、その翌日月曜日がパスクエッタ(Pasquetta)といって、休日となる。
だから、たいていのオフィス勤めの人は土日月、と3連休。公立の学校はそのまえから休みで1週間から10日くらいの休暇だったり。
お店もこの日曜月曜は閉めるところが多く、せっかく休みでローマに観光に来ても、どこも閉まっている、という状況に。(イタリア・ヨーロッパ近国からの観光客は多い)
経営者がキリスト教以外のお店は開けるので、「ベニスの商人」ではないが、「あそこはヘブライ(ユダヤ人)だから復活祭の日も店あけるんだ。」などと言われている。
いいではないか。彼らは彼らで別の日に、別の宗教行事をするのだから。

このパスクァ、イタリア人(カトリック)にとっては、クリスマスについでの大行事。なんといってもイエスキリストが再び復活した日なのだから。
「ナターレ(クリスマス)、パスクァ」というくらいだから、日本人がいう「盆、正月」という感じ。
日本人が大晦日に大掃除をするように、パスクァの前には大掃除をする、という話も聞いたことがある。
若いイタリア人(17歳女の子)に確かめると「知らない。聞いたことない」と言われたけど。最近はしないらしい。
かといって、たいていのイタリア人は特別宗教行事をする、というわけでもなく、家族親戚と食事をする、というくらい。
そこで、卵形のチョコレートやハトの形をしたケーキを食べたりする。
(今、スーパーはこのシーズン物のお菓子でいっぱい。日本ならその日が終わるとシーズン物は姿を消すけど、イタリアの場合、ディスカウントされて、来週以降も並んでいるはず。)
このお菓子を家族そろって食べるのは実は朝食。もともと、その前日から(あるいは金曜の夜から)断食しておいて、この日曜日パスクァの朝食にチーズやお菓子といった、高カロリーな食事をするのが慣わしだったとか。宗教的には。
信心深いひとたちは、今でも断食も含め、やっているらしい。
断食して、大掃除もしたら、体力持たないと思うのだけど。

断食するとか、教会に行くとか、宗教行事はであって(卵形のチョコなどその形骸化した産物、いや商品にすぎない。)信仰で、本当に大切なのは、中身、なのだと思う。
日々、生きていることに感謝をする、という。どの宗教であれ、どの神であれ。
イタリアで、キリスト教以外の宗教のひとたち(ユダヤ教、イスラム教、仏教など)とも宗教の話にふれることもあるので、私自身そう考えるように至ったのですが。

「日本人どうしで宗教の話をするのって、気を使うんだよね。タブーな感じ。」というと
なんでー?どうして? 」と。
彼らの信仰に対する、自信、確信、誇りを見た気がした。

K-PAX

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SFというよりヒューマンドラマ。またミステリー。謎がとけたとき、悲しい衝撃と暖かい気持ちを残して。

宇宙人がショックで心を失った人間(ケヴィン・スペイシー)の中に入り込み、積極的な風変わりな人間として、周りの人たちも元気にして、そして彼の中から出て行く。
彼はまた抜け殻に戻る。
バナナを皮ごと食べる、K・スペイシーの宇宙人ぶりは、最高だ。周りの人々を変えていく様子は「カッコーの巣の上で」のジャック・ニコルソンのようだ。キャラクターは違うけど。
スターマンでは宇宙人役だったジェフ・ブリッジスがここでは精神科医役、というのもすごい。

宇宙人は人の中に、実際いるのではないかと私は思っている。本人の意識無意識に関わらず。
人は何度も生まれ変わりをするうちに、宇宙人から人間へとも生まれ変わっているという。
それは退行ではなく、人間に対する啓発の役目なのかもしれない。
無意識にそう生きているとしたら、人が動物に生まれ変わったようなもので、本人にとっては、過酷な人生かもしれない。

イタリアのお土産 1

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お土産店でバイトしているのですが、イタリアのお土産でいろいろ気がついた点について、差しさわりのない分(大暴露まではブログではできませんが)多少書いてみます。

ツアーで例えば免税店、ベネチアンガラス工場見学、カメオ工場見学などに行って、そこでお土産を買われる方。
物は確かで、偽物をつかまされる、ということはないし、安心です。その替わり、値段は高い。(そこで買い物することを前提として、お店から旅行会社に売れた分だけマージンが支払われる、というカラクリになっている。旅行会社の方、クレームがありましたら、この記事、削除変更しますので。)
そこでしか買えない手作りの1点ものとか、貴重な物に出会えることもあるから、「これがほしかったんだ。」と気に入るものに出会ったら買うべきでしょう。
そうじゃなくて、適当なお土産、別にそれでなくてはならない、というほどの物でなければ、ツアーで連れて行かれるお店より、普通のお店の方が下手すると半額以下の値段になります。種類もたっぷりよりどりみどりだったり。
普通のお店、といっても色々だし、物も似たように見えて、同じ物とは言えないので、同じ物が半額以下、という言い方もできませんが。
例えば、同じデザインの時計でも時計の中身が日本製、スイス製、イタリア製、中国製で値段が違うし、もちろん品質も違います。
カメオは作家によって値段が違うので、大きさだけでは比較できないし。

ベネチアンガラスはベネチアで、革製品はフィレンツェで、カメオはナポリで、とやはり本場で買うのがいいのか、と言うと、それもいいきれない。
皆、そう考えるから、かえって高い値段をつけている店もあるようだし。(見るからに高級そうな店など特に)
だから、本当はゆっくり何軒も見て、気に入ったのが値段と納得したら買えばいいのだし、そうでもなかったら
「ここでしか買えないから、妥協して買おう。」と思わなくても、本場じゃない土地でかえって安く、あるいは気に入ったものを買えたりするかもしれません。

ブランド物と違って、ただのお土産品は、偽物、の基準がないから、同じような物でも、なーんか安っぽいなーと思うと、値段も安かったり。(中国製のベネチアンガラスだったり)
それでも「ベネチアンガラス」のシールやタグをつけて実に簡単に「本物」にしてしまうので、結局、自分の目を信じるしかありません。
さすがに高級・高額品にはそこまで詐欺はしていないから、安心して買っていいと思います。(ただ他の店でもっと安いのがあっても後悔しないように)

それと、日本人ってどうしてディスカウントしろってうるさいんでしょうね。お金の有無に限らず。
日本の店では言わないでしょうに。
もちろん、どこに行っても、言われた分、「はい」と素直に払わなくても、交渉してみる、というのはありですが、買った物、金額、お店の雰囲気、交渉の仕方、などいろいろ状況をわきまえない人は恥ずかしいかな、と。(中国人にも多いです)
安い金額なのに、まけろ、としつこい人たち。(イタリア人や欧米人はその点あっさりしています。買うなら買う。高いなら買わない。)
「払いたくないのなら、ほしくないんですね、買わなくてもいいですよ。」
日本にはこんな店員いないだろうな。

L君の災難

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バングラデシュ人のL君(仮名、25歳くらい)は、同国の仲間とアパートに共同で住み、路上で物を売って仕事している。
兄の結婚のため、国に帰るのに1ヶ月休暇をとり、1週間後に出発の予定だった。
バングラデシュの結婚はかなり派手で大掛かりなものらしい。animaさんのブログ でもありましたが。

ところが、L君、大変なことになったそうだ。
家が泥棒に入られ、スーツケースごとなくなったらしい。
被害はパスポート、滞在許可証といった重要書類や、チケットを買うための現金、お土産に買った数々。(もともと出稼ぎにイタリアに来ているから、そのお土産には奮発して大金をかけている。)
また、親からもらった大事な物や、思ったこと、いろんなことを書いてきた、美しい日記や、お金で買えない大切な品々.....
一緒に住んでる他の仲間は被害にあわず、L君だけなのだと。
「そりゃ、おかしいよ。普通の泥棒だったら、他の人からも取るでしょう?まして、現金だけとかならともかく、スーツケースや書類までとっていくなんて。」
「そう思う。でも皆、何も知らないって言うんだ。」
仕事も順調で、国に帰ろうとしているL君への"やっかみ"なのだろうか。
「気持ちわかるよ。私も、何度も泥棒にあったし、家でもあったよ。一緒に住んでた人たち、すごく信頼してたから、疑いたくなかったけど、他には考えられないし、ほんと、ショックだったわ。」というと
「僕だって、仲良くやってたし、ご飯も一緒に食べて、全く疑ったことなかったんだ。この先、どう人を信用していいか、わからないよ。」と、かなり落ち込んでいた。
2,3日後、「それで、国には帰れるの?」と聞くと、
「パスポートは大使館ですぐに発行してくれるんだけど、滞在許可証は半券(オリジナル受け取りの引換券)をくれた。オリジナルは3週間後にできるというから、出発には間に合わない。
警察では半券のまま、出発できるというんだけど、いざ出国や、帰国の時にだめって言われるのが怖いんだよね。」と言っていた。
つづく

オリヴィエト

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オリヴィエトからローマに通勤している友人がいる。
オリヴィエトはローマ近郊のとても魅力的な町だ。
ローマみたいにごちゃごちゃしていなくて、何と言うか、神秘的な。イタリアの小さな町には、都市にはない魅力がいっぱいある。
そこの町の雰囲気、空気は大好きだけど、住むには、皆知り合い、になりそうな小さな町だし、毎日ローマに通勤となると、朝も早起き、いいかげんなイタリア鉄道に毎日つきあわなければいけない、なんて、私にはできない。
それをやってる彼女が言うには、朝は、ローマ・テルミニ駅は終点だから、寝てこれるし、1時間ほどなので、通勤仲間も多いのだとか。30分おきに出ているし、朝はもっと頻繁に。
(それを考えると待っても来ないバスを30分待ったり、いいかげんで時間がよめないローマ市内の交通機関も不便には変りない。)
が、オリヴィエトの場合、帰りは夜行長距離電車となる。終点はヴェネチア、あるいはミュンヘン
こちらの夜行電車は日本の寝台車と違い、(一番安い席の場合)ベッドなしに普通の座席で夜を明かすので、うっかり寝過ごしてしまったら、遠い国に着いていた、なんてこともありうる。
そうなっては大変なので、眠いときは、携帯の目覚ましをかけるのだとか。
それでなくても、夜は外真っ暗で、アナウンスもないので、今どこなのか、起きていても、分りづらいのだから。

ピエタ

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修復学校のクラスメイトと路上でばったり会った。(狭いローマ)
3年目のクラスで唯一の男性だったY君(仮名)、「元気?今何してるの?」と聞いたところ。
「それが何とサン・ピエトロのミケランジェロのピエタの修復してるんだ。」という。
「えー、すごいじゃない、どうやって仕事見つけたの?」
「それが、今まで、ずーと何ヶ月も仕事なくて、出身の北イタリアのほうでも探したけど、なくて、ローマのアパートも引き上げようか、と思ってたら、向こうから電話がかかってきたんだ。自分でも耳が信じられなかったよ。」
「へー、いいわねー。」
「でも、僕自身、この仕事、2月から始めて、3月末には終わりそうなんで、先は見えないんだけどね。」
「どういう修復してるの?」ときくと
「1970年代にピエタのオリジナルが破損したため、大規模な修復が行われたのだけど、そのとき1930代の鋳型(calco:石膏型取りしたもの)が残っていたから、それをもとに修復できたんだ。
でもその鋳型がいたんでいるから、その鋳型の修復をしているんだ。オリジナルはもちろんサンピエトロ寺院の中にあるから。」
「鋳型でもすごいことだよ。ミケランジェロのピエタだなんて。毎日楽しいでしょう?私も修復したいよー。何かあきの仕事があったら、連絡してね。」としっかりコネをつけておいた。
期待はしてないけど。