イタリア人は聖人の名前が多く、同じ名前の人たちがたくさんいる。
それも聞いたことある名前が多く、覚えやすい。
逆に苗字は、実に様々で、全部意味があるのかよくわからないけど、何かにこじつけて覚えないと、覚えにくい。
日本では同じ苗字の人はたくさんいて、名前のほうはありとあらゆるのがあるから、対照的だ。

イタリア人の名前は同じ名前の男性形女性形がある。
例えばマリオ、マリア、ラファエッロ、ラファエッラ、ティツィアーノ、ティツィアーナ、フランチェスコ、フランチェスカ、ロベルト、ロベルタ......
友達のクラウディア(今まで何人のクラウディア、知り合ったことか)の彼氏はクラウディオというらしい。
彼女の両親の名前は、アンジェロ、アンジェラ(天使!?)2人だと複数形でアンジェリと呼ばれるという。
「日本は兄弟で似た名前をつけたりするけど、兄妹で同じ名前でクラウディオ、クラウディアみたいなことはするの?」と聞いたところ、
「普通ないね。よほど親がクレイジーだったらね。」という返事だった。
アンドレアという名前、他の国では女性の名前だけど、イタリアでは男性の名前で、わりとポピュラーだ。女性でアンドレアはいない。いたら外国人だったりする。ちょっと不思議。

イタリア人は誕生日のほかに、Onomastico(オノマスティコ)といって、名前に由来した誕生日を持っている。
1年を通して365日、毎日守護聖人の名前が記されていて、イタリアのカレンダーは普通この聖人の名前が日付の横に記されている。
例えば今日2月18日は偶然「クラウディオ」だった。この日はイタリア中のクラウティオ君はまわりから「おめでとう」を言われるのだ。
オノマスティコを名前にする、つまり生まれた日にオノマスティコの聖人の名前を名づける、ということは(昔はあったのかもしれないけど)普通しないみたい。
親だって自分の子にはつけたい名前があるだろうし。
知り合いのイタリア人夫婦に最近子どもが生まれたのだけど、娘の名前を「Asia」アジアと名づけた。最近は聖人の名前にこだわらなくなってきているのかも。
「次の子はアフリカ?アメリカ?」と言われている。
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休暇

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明日から10日ほど有給休暇。夏休みも冬休みもなく今まで働いたので、いいでしょう。
イタリアから逃亡する予定だけど、パソコンは持っていかないので、日本語環境のできるインターネットカフェでもない限り、しばらく更新しない予定です。
帰ってきたら、報告します。たぶん。
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ランキングについて

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ジャンルの中では日記が大多数なのと、私自身のブログを読み返して、あんまり日記という感じでもないので、ジャンルを日記から旅アウトドアに変更したら、ランキングが900から17000に一気に下がってしまった。0からのやり直しらしい。
いまいち腑に落ちない。そんなものなのかな。
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聴覚の問題

イタリア人は大声で話す。
別にイタリア人に限ったことではなく、日本人が小声で話すだけであって、日本人に比べると、中国人もアフリカ人もスペイン語圏の人もインド人も皆大声なのだけど。
(携帯で話す声が周囲中かなり広範囲に渡って聞こえるし。例えばバスの場合、バス中によく聞こえる。)
電車の座席、通路をはさんで左右に座った人同士が普通に話をする、なんて日本じゃちょっとないけど、イタリアは普通に行われる。
それどころか、ホームの向こう側にいる友達と、別に大声で叫ぶわけでもなく、普通に日常会話していたり。
ただ声が大きいだけなのか、耳も難聴ぎみなのか。テレビを見るときは映画館のように大きな音で、ついでに部屋も暗くして見る。
小さな声や音は聞こえないのか?だから目覚ましなっても起きないのか?(ほとんど毎日隣の部屋の目覚ましで目が覚める私)
イタリア人と会話するときは大きな声で話しましょう。(たぶん他の外国語も)

そういえばアルゼンチン人の子がスペイン語のアドバイスをしてくれたことがあった。
「スペイン語を話すときはね、はっきり口を開けて話すの。ローマ弁みたいにモゴモゴ言ってちゃだめ。」
確かにローマ弁はモゴモゴ言うって他の地方のイタリア人にからかわれるのだ。

Raffaello

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白水社の「ルネサンス画人伝 / ヴァザーリ著」ではラファエルロのが小さいになってるのだけど、変換ができなかったのでイタリア語読みにラファエッロとする。(にアクセント)日本語読みにラファエロと言ってもイタリアでは通じない。

16世紀のヴァザーリによると彼はべた褒めである。ヴァザーリも様々な人を天才的だと褒めたりしているが、ラファエッロに関しては「天性、謙虚な善意の人」であったとし、また「いかなる人にも好意を与え、彼ほどたぐい稀な天分に恵まれた人々は死すべき神々とでも呼ぶ人々である。」とまで言っている。
さて、ラファエッロはペルジーノの弟子であった。道理で作風が似ている。
当時の法王ユリウス2世、レオ10世からも愛され、時代の寵児となったラファエッロはイタリア各地で活躍し、その名声はフランスやドイツにまで届く。デューラーが彼に尊敬をこめて自分の作品を贈呈したほどだ。

「画工たちがラファエッロと一緒に仕事をすると、みな気分が一致しておたがいが円満に調和し、愉快に働いた、ということである。ラファエッロを見ているうちに、不愉快な気分はみな次々と消滅していった。そして卑しき考えや低俗な考えはみな脳裡から去った。」
「ラファエッロは、画家というよりも、王侯貴族のごとく生きた人であった。それだから、絵画という芸術は幸福者である。ラファエッロによってその地位を高く引き上げてもらったのだから。」

また「ラファエッロはたいへん女好きで惚れやすい人であった。」ともヴァザーリは書いている。女の一人に夢中になっていていっこうに仕事に打ち込むことができなかったこともあった、とか。
37歳の若さで(自分の誕生日の日に)この世を去った天才の夭折なのだが、ヴァザーリによってその原因はこう書かれている。
枢機卿からその姪との結婚をすすめられ、しぶしぶ承諾したものの、ぐずぐず引き延ばしていた。その間も彼は女遊びを続け、度を越した放蕩に耽っていた。そしてあるとき、ふだんにもまして不節制の度を過ぎたために、帰宅するや高熱を発した。ラファエッロが放蕩については何も打ち明けなかったので、医師たちは不注意にも瀉血した。(血を取ること)そのために衰弱し、ついに命が尽きた。本当は強壮剤を必要としていたのである。

当時の医学、なんとも恐ろしい.....
時の法王にも、画工仲間にも、女にも、皆に愛されたラファエッロ、しかし第一には神に愛されたがため、夭折したのか。
そういう目で見ると、彼の絵も優しい美しいラファエッロの人が感じられて、天才も人間だったのね、男だったのね、と思ってしまう。
もちろん、いい絵というのは、説明なしに、いいのだけれども。
「いま地球上で使われている言語は1500-6000もあるというのに、自国語は世界一豊かだと思い込む幸せな人はどこの国にもいる。もっとも1つの外国語もかじる程度以上に身につけていない人に限ってこういう独りよがりを言う。単に当人の母国語の知識が外国語の知識よりも豊かであるにすぎない...
でも実は更に深刻なのが、習得した外国語を絶対化する患者たちだ。外国語を1つしか学習しない場合、えてしてその外国語を絶対化しがちになってしまう.....略....日本における英語偏重は度を越している....」


そうなのだろう。イタリア人は英語はできなくても他の外国語ができたりする。フランス語圏やスペイン語圏の人たちにしてもしかり。
外国語を学ぶのは確かに意義のあることだと思う。が、イタリアに語学留学する人たちは、何のためにイタリア語を勉強するのか、ちゃんとした目標が必要だと思う。単なる、イタリアへの憧れや日本脱出だけが目的だと、本人自身がもろいものだから。(実際は皆、たくましく生きていくのかもしれないけど)
言葉は単なるコミュニケーションの道具にしかすぎない。通訳や翻訳家になるのなら別として。(その場合は相当日本語も作家なみに言葉を操れなくてはならないでしょう)


「人間の脳みそって2割くらいわからなくても情報として印象に残って入ってくるんだけど、5割以上わからないと、もう灰色で何もわからない、なかったも同然になってしまう。」


そうなのだ。3年前、例えば買い物とかすると「あなたイタリア来てどのくらい?まだ数ヶ月なのにそんなにしゃべれるの?」と言われてつつも修復学校の授業ではさっぱりわからないことばかり。特に美術史、化学、修復理論。
ぽつん、ぽつん、と聞き取れる単語はあるのだけど、半分以上はわからないから、全体的に何を言っているのか、「全然わからない」といった感じだった。「わからなーい」を連発して、クラスの皆には本当に助けてもらった。
(黙っていても、誰も助けてくれないが、助けて、というと親切すぎるくらい助けてくれるイタリア人)
今は、テレビやラジオ、映画などでも、全部わかる、というわけではないけど、分る部分が多いので、全体的に何となく分る、という状況にある。
その5割から8割の差の間なのだ。問題は。
場合によっては8割もわかってないときもあるし、その差はもっとわずかなのだ。「わかる」と「わからない」の.....

日本で仕事をしていて、職場や部署を変ったとき、取引先や担当の人の名前が変ると、電話で「○○ですけど」と言われても、最初、聞き取れなかったりした覚えがある。(そういう体験はずーっと同じ職場にいる人でないかぎり多少誰にでもあるんじゃないか?)
もちろん2,3回聞いたり、相手の名前を覚えると、次からはそう聞こえるようになるのだから、ようするに「慣れ」であって、人の耳は自分が慣れて聞き取り易いように聞こえるようにできているのだ、と思う。
イタリア語の場合、単語を覚えると、何と言っているのかわかってくる。きっと英語よりこれは確実。
ロシア語通訳家のエッセイ。(文春文庫)
まるでイタリア語のようなタイトルもガセネタ、下ネタの駄洒落であって、通訳仲間から聞いた裏話やロシアの裏話満載。

例えば、ツルゲーネフは美男だったが、トルストイは、というと....
伯爵家の御曹司のトルストイを拒める農奴女はいなかったから、生まれ故郷からモスクワまでの道筋に彼の子どもが200名ほども産み落されたと、今でも語り草になっている。しかし醜く野暮ったいトルストイは、自分と同じ階級の女には、絶対的にモテなかった。
"アンナ・カレーリナ"や"戦争と平和"で女にモテる美形男が、彼の小説では決して幸せな結末を迎えられないのに対して、不細工な男には、最後には穏やかな幸福が用意されているのは、偶然だろうか。」.....


「ソ連時代、本屋に本がなかった。ある本といえば、マルクス、エンゲルス、レーニン著書、そしてチェーホフ、ドストエフスキーなどの純文学。たまに新作とかでると、たちまち売り切れ。大江健三郎の新訳が出たときなど、客同士、つかみ合いの喧嘩になり、発売開始30分で売り切れ。増刷などしない社会主義経済、皆でタイプで筆写してまわし読みまでしていたという。
ところが現在は「売れる本」の氾濫。ハーレクインロマンス、ハウツー本、B級推理小説、ゴシップ雑誌。純文学なんて今のロシアじゃほとんど見向きもされない。本屋にも置いていない。
まるで雑誌と受験参考書と漫画だけの本屋ばかりの日本の書店のような、自分と自分の同類がどうやら絶滅へ向かっているらしいという予感。.....」


私の初海外旅行はロシア、いや旧ソ連だった。まだその頃はソ連の事情など、日本では何も情報がないに等しかったから、見る物聞く物、すべてが新鮮で、カルチャーショックで、エルミタージュを見たときなんかは、ワインの味も知らずに極上のワインを飲んでいる、と感じたものだった。
今ではロシアもどんなに変ったのだろう。
私としてはあのときのロシア体験があるから、どこの国に行ってもさほど驚かずにいれるのかとも思う。
英国チャールズ皇太子が4月8日に再婚されるという。今日はイタリアの新聞でもテレビでもトップニュースだった。
相手の方とは35年の付き合いだとか。何だか、ねえ、という気分。これ以上の情報は日本でも詳しく出ていると思うので解説はしない。
ところで、チャールズ、イタリア語ではCarlo;カルロとなる
参考までにイタリアのニュースのサイトです。

http://www.adnkronos.com/Esteri/2005/Settimana07da07-02a13-02/02np_1102.html

昔、イギリスのカルロ王子っていうのを聞いて、チャールズ皇太子のことだと分るまで1年くらいかかったのだ。
日本人も英語を日本語読みするので英語圏の人が聞いたら通じないこともあるだろうけど、イタリア語はもっとすごい。
固有名詞のスペルまで変えてしまうのだ。
分りやすいところではフランスのパリ「Paris」は「パリッジ;Parigi」、ロンドンは「Londra;ロンドラ」この辺までは分る。
トム・クルーズは「トム・クルイス」シルベスター・スタローンは「シルベスター・スタローネ」この辺もまだ分る。
ミッキーマウスが「トポリーノ」(ねずみがイタリア語でtopo)ホワイトハウスが「カザビアンカCasa Bianca」って、ただの「白い家」?
そしてチャールズがカルロ。
アメリカのマイケル君もフランスに来るとミシェル、イタリアに来るとミケーレと呼ばれるのか?
(さすがにマイケル・ジャクソンはミケーレ・ジャクソンとは呼ばれていないが)
固有名詞が変化するのは当人はどういう気持ちなのかわからないけど、日本人の私としては混乱はなはだしい。
聖書になるとヤコブ、ヨハネ、ペテロが英語ではジェイムス、ジョン、ピーターになり、イタリア語ではジュゼッペ、ジョバンニ、ピエトロになるのだから.....

イタリアのクリスマスケーキ

テーマ:
パネットーネはイタリアのクリスマスケーキで、ドーム型のフルーツケーキ。
11月くらいからお店で売り出されはじめ、これを見ると、「もうすぐNatale(クリスマス)だな。」というものなのだ。
それで12月になるとお世話になった人にパネットーネをあげたり(日本のお歳暮感覚)友人宅に招待されたときに買って行ったりして、お正月を過ぎるころは各家庭パネットーネがごろごろしていたりする。
もちろんクリスマスには食べるのだけど、日持ちするので毎日こつこつ食べない限り何ヶ月もクリスマスケーキを眠らすことになる。

私はもともとお菓子には好き嫌いがある。いちごのショートケーキとかチョコレートケーキとか、だめなのだ。匂いかいだだけで気持ち悪くなってしまう。
でもこのパネットーネは大好きで毎日食べれる。
今年はお店の同僚が職場に持ってきたり、もらったりして、いつになくパネットーネをたくさん食べている。
いつもはクリスマスにちょっと食べるだけだったのに、今年はというと11月の終わりくらいから2月の現在に至るまで、ほぼ毎日食べているのだ。それも1つも自分で買ったのではない。
朝は朝食に、職場ではおやつに、といった具合で1日に2回食べる日も少なくないし、クリスマスからお正月にかけては他のケーキも。

写真はトレマリエというメーカーでパネットーネの一流ブランド。
「おお、トレマリエのパネットーネ。」ともらう人は喜ぶ。
というわけで今日もまたパネットーネ食べ続けている。太らない方が不思議だけど、なぜか太らない。でもそろそろ健康のために控えなくては、とも思うのだけど、この塊を前にして、見過ごせない....