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2015年02月27日

ヒヨコちゃんの愛と操体 その6

テーマ:雑談

「いつまでも変わらぬ愛を 君に届けてあげたい・・・」。


『いつまでも変わらぬ愛を』(作詞 織田哲郎 作曲 織田哲郎)。



何だかポカリスエットが飲みたくなりますが、


「いつまでも変わらぬ愛」ってのはスゴイですよね。



だって恋も、愛も、いつかはさめてしまうもののようなんですから。



一時はラブラブだった夫婦間の愛だっていつのまにかさめてしまい、


そのうちに「あれから40年・・・」なんて


綾小路きみまろさんの漫談みたいになっちゃったりしてね。



感情としての愛は条件がつく場合がありますので、


その時々によって見方や感じ方が変わってきます。


でも、その条件を取り払って無条件の愛ということにしたら、


これはきっと「いつまでも変わらぬ愛」ってことになるのかもしれません。



例えば太陽は一切の条件をつけることなく光を放ち続けています。


ワタシだけには無料で光を与えてくれて、


藤沢の某実行委員殿からは「一万円ちょうだいな♪」なんてことはしませんから。



太陽が光るのに条件はないんです。


そして、そうした無条件の愛をワタシ達自身も与えられるとしたら素晴らしいですよね。



ワタシのような日頃の行いの悪い人間にはとてもできそうにない感じもあるんですが、


操体には「命あるものは無条件の愛から生まれた」という帰一の法則という考えがあります。



命あるものは無条件の愛から生まれ、その神性に帰っていく。



そして、生まれたところがそこならば、


ワタシ達の内にはそういった源がきっとあるんだと思います。



操体は自分のからだの内に意識を向けて気持ちのよさをききわけますが、


その結果として最終的に内なる無条件の愛に触れることができれば・・・。



操体を学ぶということは、そういったところにいきつくということなのかもしれません。




東京操体フォーラム実行委員ブログ より転載

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2015年02月26日

ヒヨコちゃんの愛と操体 その5

テーマ:雑談

「どんなに困難でくじけそうでも 信じることさ 必ず最後に愛は勝つ~」。


『愛は勝つ』(作詞 KAN 作曲 KAN)。



この歌は流行りましたよねぇ。


それに「必ず最後に愛は勝つ」って何だか勇気がでますよ。



そんな勇気に押されてか、


「愛は勝つ」を口ずさみながら好きな子に勝負をかけた某友人がおりました。



結果はブーメランフック一発で真っ白な灰になっちゃったわけですが、


まぁいつまでもモヤモヤしてるよりはよかったのかもしれませんね。



ワタシも恋愛ではありませんが、困難でくじけそうになることはありますよ。



例えばなかなか良くなってくれない患者さん。やっぱり悩みますよね。


もっと知識があればとか、もっと技術があればとか、いろいろと考えます。


でも、悩んでも仕方ないんです。


だって治すのは施術者ではなく、からだの仕事なんですから。



橋本先生も「治すことまで関与するな」と言われております。


治療はただの技術ですが、癒しというのはもっと違う次元のものなのかもしれません。



だからからだの治癒力を信じて、ヘタはヘタなりに一生懸命やるしかないんですよね。



以前に元日赤従軍看護婦だった方が


「一生懸命しよる人には、手の先に真心がこもっとります」と


述べられているのを見たことがありますが、


きっとそこには愛があるということなのではないでしょうか。



「信じることさ 必ず最後に愛は勝つ」ってのは、案外治療の根本なのかもしれません。




東京操体フォーラム実行委員ブログ より転載

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2015年02月25日

ヒヨコちゃんの愛と操体 その4

テーマ:雑談

「あの人のことなど もう忘れたいよ だってどんなに想いを寄せても 遠く叶わぬ恋なら・・・」。


『片想い』(作詞 浜田省吾 作曲 浜田省吾)。



何だかどよ~んとした空気になりますな。


お医者さまでも、草津の湯でも、恋の病は治せないそうなんですが、


とにかく片想いってのは一方通行ですからねぇ。まぁ辛いもんでございます。



ところで一方通行といえば、ワタシらの仕事もそんな感じなのかもしれません。



施術する先生と施術してもらう患者さん。


その場合、施術の主体はあくまで先生であって、


患者さん自身が施術に参加するということはあまりありませんから。


つまり先生が全て診断し治療するという一方通行的な空間です。



でも、操体法の場合はちょっと違うんです。



操体法の場合は先生と患者さん、


さらに患者さんのからだという三位一体の空間となります。


一方通行ではなくて、スクランブル交差点ってところでしょうか?(意味不明)。



先生からの一方通行的なアプローチではなく、診断も治療も患者さん自身に委ねてしまう。


面白いですよね。そこが操体法の他に類をみない特徴といえるかもしれません。



そんな操体法の施術でワタシがとっても好きなシーンがあるんです。



三浦先生の操法に渦状波というものがあります。


ワタシもヘッポコながら使わせていただくことがありますが、


その渦状波を行うと、ただ静かに涙を流す方がいらっしゃるんです。



どうしてなのかわからないけど、ただ静かに涙が流れる。


そのときの静かで温かい何ともいえない空間。



そんなシーンが大好きなんです。


そして、そんなときワタシは何となく愛を感じちゃうんですよ。




東京操体フォーラム実行委員ブログ より転載

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