乙武さんのレストランでのトラブル

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乙武さんのレストランでのトラブルを聞いて


母は紆余曲折がありましたが

リハビリの病院から実家に退院して

すごく元気になりました

やっぱり自宅が良薬でした

でも週の半分はショートステイ

残りは通所ケアでウイークデーは自宅にいることが出来ません

日曜日だけ自宅にいることが出来ます


私は出来るだけ日曜日母を誘い

公園、食事 地域の行事 等に連れ出します


そこで感じてること

それはそうだよね

母90歳

私60歳


他人の手助けがあるなんて望んでは無理だよね


砂利に車椅子に取られても

ドアが車椅子で邪魔でも


人は通り過ぎるだけで

ちょっと冷たい視線

私は明るく

よいしょ!よいしょ!

私も

期待はしていないし


私は

母といられる今に時間があるだけで幸せと

でも

ちょっと


だから

乙武さんのトラブルを聞いて


納得”


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認知症

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母の病院に行くと大きな母の大きな声が【耳が遠いので】

食堂から聞こえてきました

入院する前からのケアマネージャーさんとケースワカーさんでしょうか

二人の女性と話をしていました

母の後ろで話を聞いていましたが

今度11日に病院、ケアマネージャー等と今後の方針(母の治療について)の話があるといっていたので

ケアマネージャーさんが母の具合(たぶん認知の)の偵察ではないかと、思いました

何度も着替えを、お願いしておいたのに

幾日も同じ服ばかり

急に入院したからこんな服でと、恥ずかしそうな母

二人の話が終わった後

そばの店に行ってカットソーを買ってきた

着替えた母はうれしそうだった

(=⌒▽⌒=)

母はだいぶ出来ることが増えました

手伝ってあげると自分で車椅子からベットに移れます

車椅子だけど自分でトイレに行けます

(=⌒▽⌒=)

でも、

シートベルトというベルトで拘束されているので(一人では椅子から落ちる恐れがあると思われている)一人では行けない

(。>0<。)

確かに

3月には90歳になる母は、認知症が始まっていると思うけど

病院の人や一緒に住んでる母の家族が思っているより

ずっと普通で、そんな家族のこともじっと観察しています


トイレでアーイヤだ早く家に帰りたいと嘆いていました

娘だけど、家族ではない私たちは

病院に行ってリハビリががんばれるよう励ますことしか出来ません

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食後の母

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車椅子で食事の後

看護士さんや、お世話をしてくださる人が忙しいせいか

まだ上手に車椅子を操れないのか

体力が無いのか

認知症だからか

いつも母と3人がナースステーションに用も無いのに並ばされ(車椅子のまま)ています

看護士さん達は車椅子に乗ってる人たちを

そこに置いといてとまるで物扱い

昼間食事もそこそこに30分ぐらいのところにある病院に着くと

今日も三人横に並んで話もしていないで

カーデガンのの毛玉を取っていました

とても哀れです

すぐ車椅子を押して窓際で話をしました

今日はじめて気がつきましたが

骨折した足がパンパンに腫れてむくんでいました

マッサージをしてあげると少しひいてきて

足にしわが出てきました

トイレに連れて行くと

一人で上手に座って出来ました

お母さんがんばってリハビリして家の人に迎えに来てもらおうね

そういったものの

迎えに来てくれるのでしょうか?

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母のリハビリ

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昨日、冬休みの愛ちゃんと病院に行くと、若いリハビリの先生について頂いて

歩行訓練をしていました。

ヒイバーがんばってと愛ちゃん

思ったより足に力があると先生の言葉

こうして応援して頂けるとありがたいです

とまで行って頂いた、先生に感謝!


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ロコモ予防のため1年ほど前から毎日午前中に運動を始めました

おかげで体重も5キロほど減り

筋肉も付いて少し体力に自信が付いた矢先

母が大腿骨骨折で入院、毎日病院に通うことになって

しばらく運動はお休みしてます

お昼少し前に病院に行くと

母はいつも誰に聞いたの私が入院にしたことといい

その後はとてもうれしそうに話をします

この年で一度もオムツでトイレをしないですごいですねと

看護師さんがほめてくれました

痛い痛いといいながら

看護師さんに助けて頂いて、最初は移動式のトイレで

その後は車いすでトイレに行っていました

私が帰るというと

家に帰って寝ているから連れて帰ってと言われて

とても悲しかったです

母は89歳

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12月5日母が転んで大腿骨を骨折しました

姪の電話で急いで国立病院に行くと

一人で留守番していた母は暗い玄関で一人で転んで起きられなくていたのを

会社から帰った甥が発見して救急車で病院に行ったらしい

翌12月6日に緊急手術

手術は成功しました。


手術室から病室に戻った母は

麻酔からさめるとき

とても混乱していました


弟が癌で急逝し弟のお嫁さんと、おいと暮らしていた母は、

一人でいることが多く

いつも寂しい、寂しいといっていました


病室にみんながいるので

麻酔が覚める混乱している頭で

みんながいて幸せ 幸せととてもうれしそうでした


そんな母を見て、きっと直して家に帰ってほしいと

私は、強く思いました


翌日

お昼少し前に病院に行くと

ナースステーションで

母の大きな声が聞こえた(耳がひどく遠いのです)

私はどこも悪くないのでこんなところでご飯は食べない

といっていました

まだ入院したばかりなのに

認知症が急に進み、骨折し入院していることを忘れているのです


ご家族がこちらで食べてくださいといっていましたと

看護師さん


前日手術したばかりの母は

車いすに座って仕事している看護師さんの隣で昼食を食べさせて頂くところでした

私は、中に入って

私が食べさせますといって

談話室で母と昼食をしました

献立は湯もりうどんでした

整形外科なので食事の量は多く二人で湯もりうどんで昼食しました

母は2度も脊椎圧迫骨折を、していて、そして昨日大腿骨骨折の手術をしたばかりです

家族がいれば病室で食事が取れるので

毎日昼食時には病院に来ようと思いました



ハロウイン

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久しぶりに、ブログ再開

今日は高校時代の友達と、食事に行きました

とても楽しかったけど

この年で、現役、大変な私

帰ってきて、仕事して

苺ちゃんと、ハル君を、英語教室のハロインに送っていって

PM6時にお迎えに行くと

終わるのは6:30分との事で

隣のおすし屋さんで7人分のお鮨を買いながら

待つことしばし

今夜は手抜きのご飯でした