日野原先生逝く

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今日のニュースで飛び込んで来た日野原重明先生がお亡くなりになったこと。

110歳よりずっと長生きして欲しかったですけど、105歳で人生を終えられました。都内のご自宅で呼吸不全とのこと。

 

そういえば、朝日新聞の土曜日にエッセイの連載、このところ毎週ではなかったんです。楽しみにしていたのに、どうしたのかしら、と気になっていました。先々週のが最後だったと思います。

 

本棚にあったこの本をあらためて読み直しをしようと思います。

 

人生、これからが本番―私の履歴書

 

人生の指標にした本の1冊です。すてきな笑顔ですね。94歳の時の本ですが、この頃日経新聞の講演会でかくしゃくとしたお話を聞いたのが思い出されます。1時間余りずっと立って話されて、なのにナントその日は京都からの帰りだったそうですよ。話すのも歩く足取りも60歳代にしか見えませんでした。

 

この本は90年に連載された日経新聞の「私の履歴書」を加筆されたものです。若い頃のお写真やご家族との写真あり、一世紀を生きた重みが伝わります。文化勲章を受けた2005年には女優の森光子さんがお隣にいますよ。

 

下町大空襲での被災者救済の無力感、よど号人質の一人、地下鉄サリン事件の被害者への救急医療の総合指揮等々が印象的ですが、実はこれは先生の後半のこと。前半は肺結核になったことやご家族のこと、アメリカ留学など半分以上を占めています。

 

聖路加病院は築地にありますが、3月10日の空襲では火災には遭いませんでした。それもそのはず、St. Luke Hospitalの英文名の通り、当時の最先端アメリカの医療を広めるべく開設された病院です。けれども、終戦間際の日本の医療体制は壊滅寸前。医薬品もなく先生はただ被災した方々を見守り続けるしかすべはなかったと。この時の経験から平和への思いを貫き通し日々奔走されていました。

 

94歳なんかまだ通過点!と帯にあるように、あれから10年余もご活躍されたんですね。

 

ご冥福をお祈りします。