アリシアへの道

暗闇から光へと向かうカギの在り処


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前回のアップから随分日にちが経ってしまいました~(;^ω^)

終わったとみせかけて、実はまだ終わっていませんでした。

すみません<m(__)m>

 

 

今年の9月23日~10月13日(15日)は、私にとって本当に特別な感覚で、

私が私として本当に生きていくための切り替わりの期間だったように思います(#^^#)

 

主人のことをこうしてブログにアップすることになろうとは夢にも思っていませんでしたが、

この6年間、自分を癒し解放することに徹してきて、やっとそれが終了したのかなぁ~

と思っています♪

 

今、本当の意味で

 

『喪が明けた』

 

ような清々しい気分でいます(^^♪

 

それでは

今回が最終回となります~

長い連載でしたが、お読みくださりありがとうございました<m(__)m>

 

**************************************

 

主人が亡くなってからも不思議なことは続きました。

 

主人が亡くなって一番に思ったことは

 

「この人は私と結婚して幸せだったんだろうか?」

 

ということでした。

 

結婚生活のほとんどが闘病と喧嘩といさかいで、私と結婚していなければ病気になることもなく、

病気になったとしてももっと早く治ることができたのではないか?という懺悔の念でした。


けれど、思い出されるのはなぜか結婚中の苦しかった頃のことではなく、

出逢って付き合いだした頃のお互いに強烈に惹かれあった一番幸せなときのことばかりだったのでした。
(のろけです。すみません・笑)


これは主人が敢えてその頃の記憶を私に想起させてくれていたのだと今なら分かります。

 

 

告別式が終わり、主人が3週間ぶりに家に戻ってきましたが、私は主人の気配もまったく感じられず、

当然のことながら見えたり聴こえたりもなく、1人残された家にいて強烈な寂しさを感じていました。

 

告別式の翌日の昼間、お義母さん・叔母さん・お義兄さんと一緒叔母さんの5年前に亡くなったご主人(叔父さん)のお墓に報告に行きました。
叔母さん夫婦には子供がなく、主人が6年前に右膝の骨折をして入院しているときにチャリンコで片道45分もかけて毎日お見舞いに来て私が仕事から帰るまで主人のそばについていてくれていました。
(そのころはまだ主人の病気も重かった頃なのでこの2人にとても助けられました)
主人もその叔父さんが血は繋がってはいなくとも父親のように慕っていました。
(主人の実の父親は主人が生まれる前に別れて、父親を知りません)


主人が退院する頃叔父さんが食べ物が喉を通りにくいと言い出したので、その病院で検査を勧めると末期の食道ガンであることが分かり、主人の退院と入れ替わりで叔父さんは入院し1年後に亡くなったのでした。
叔父さんはガンの手術後

「おまえの事故のお蔭でわしは助けられた」

と喜んで言っていました。

 

その叔父さんのお墓の前で

 

「おっちゃん、旦那がそっちに逝ったのでよろしくね」

 

と手を合わせて祈っていると、

 

主人と叔父さんが2人で肩を組んで笑って手を振っているビジョンが見えました。
(旦那はピースまでしていました・苦笑)


あぁ、旦那はもう楽になっているんだ

 

ととても安心しました。
(「くそぅ、あんただけ先に楽になりやがって」と悪態ついたのはナイショです・笑)

 

 

お墓参りから帰ってきて、そんなビジョンが見えたといってもやはり何も感じないので主人に

 

「私に分かるようになんか返事してよ」

 

と頼んでみました。


その晩、私は寂しいのでテレビを観ながら主人の遺品を整理していました。
そうして主人の革ジャンをぎゅっと抱いて

 

「お帰り~」

 

と言うと、そのときテレビでしていたバラエティー番組の中でお笑い芸人が間髪いれず

 

「さちこ、戻ったよ!」

 

と言ったのでした。
 
番組の内容はその芸人さんが元カノにもらって大事にしていた服が破れてしまったので

番組の企画で修復するというものでしたが、その芸人さんの元カノの名前が「さちこ」で

それまで「さちこ」という名は出さなかったのに、「服が直ったよ!」でも「服が元に戻ったよ!」でもなく

ただ「さちこ、戻ったよ!」と言ったのには「あぁ、旦那が応えてくれたんだなぁ」ととても嬉しかったのでした。

 


同じく叔母さんもその夜寝ようと思いうつらうつらしていると箪笥の前に主人の顔だけが浮かんできて

 

「しっかりしぃやぁ~」

 

と笑って消えたそうです。

 

 

10月20日ごろ、葬儀が終わってもなんだかんだと忙しく疲れ果てて家でつい昼寝をしたときのことでした。

 

主人が夢に出てきて、私のすぐ横に寄り添いにっこり笑って

私に白い小さな箱を渡してくれました。

 

あまりにリアルな夢で、すぐにハッと目覚めてあの箱はなんだったんだろうと思ったのですが、

それは後日分かることになりました。

 

翌日の晩、相変わらず起きている時は何も気配を感じないので、なんとか主人と話ができないかと瞑想をしてみようと思いました。

 

あぐらを組んで胸の当たりまで意識を降ろしたとき、急に悲しみの感情が湧き上がってきてそのまま前のめりになって

 

「なんで私を置いて死んでしまったんよ~」

 

と号泣してしまいました。


すると主人が私を抱きかかえるように両手を広げて私の前に現れ、

私の顔を心配そうに覗き込んで「ごめんな」と言っているビジョンが見えたのでした。


やはり、意識がはっきりしていて起きている時は何も分からなくても、主人は常に私の側にいてくれているんだと実感したのでした。


その1週間後もう1度トライしてみると、今度は金色の丸い光がパァ~っと光りゆっくりと消えていくビジョンが見えました。

 

11月8日の晩、お義母さんと叔母さんの家に行き主人の話で盛り上がっていました。
ついつい長居して9日に日付が変わった頃のことです。
話の流れの中で叔母さんが

 

「まきちゃん(旦那の愛称)がさっちゃんのこと守ってくれるわ~」

 

と言ったときに、何も光源のない白い壁で金色の光がチカッとはっきり光ったのでした。

 

寂しがり屋で話好きの主人は、やはり私達3人が集まっているところにもちゃんと参加していてくれて、そして叔母さんの言葉に応え「その通り。俺がお前を守るから安心しろ。」と生前言っていた通り私に伝えてくれたのだと思いました。


そうして私が帰った後、お義母さんは寝ていて夜中にトイレに行くとはっきりと主人の気配を感じ、部屋へ戻ると箪笥の前にやはり主人の気配があり何かを話しているのは分かるものの何を言っているのかは分からなかったと言っていました。
また叔母さんも寝入りばなに小さな丸い形で主人の顔が2~3度現れたり消えたりしたのを見たとの事でした

 

 

主人が入院中、私は主人の『生きざま』を見て尊敬と感謝と感動に満たされていたものの、主人が亡くなってからはまた話が違いました。
そこに温かい鼓動を打つ身体があったからこそそんな想いでいられたけれど、亡くなってからは

 

「置いていかれた」

「こんな想いをするぐらいなら出逢わなければ良かった」

 

という喪失感と孤独感に襲われました。

 

もちろん本当の意味で『生きる』ということを教えてくれた主人に感謝と感動で涙するときもあり、

常に主人が側にいてくれているということを実感しながらも、気持ちはまったく安定せず浮き沈みがとても激しくなっていました。


主人がカウンセラーをして私がアロママッサージをして困っている人たちを2人でサポートしようと言っていた将来の計画と目標はがらがらと音をたてて崩れ、唯一絶対信頼し全てを開くことのできた主人を失った私はこの先どうやって生きていけば良いのだと混乱状態になったりもしました。

 

そんな気持ちの安定しない状態で11月30日の主人の四十九日を迎えたのですが、12月になった途端私の気持ちははっきりと切り替わりました。
主人と出逢い共に生き、主人の『生きざま』を見届けながら、自分の人生と全身全霊すべてを懸けて私に『生きる』ということを教えてくれた主人の想いに応えずしてどうするんだと。
主人と加害者との関係が約束であるならば、私にとってもこれは主人と私との約束であるはずなのだから、主人との出逢いと共に過ごしたことを決して無駄にしてはいけないと思い、12月中は必死になって考えました。
そうして、どんなことがあろうとも、だれかに依存するのではなく自立し自分の身体と心・持てる力のすべてを使いきり目の前のことに全力投球することが私の生きる目的なのだと気付けたのでした。
それからは孤独感や悲しみはあるもののそれで泣くということはなくなり、涙を流す時はほとんど主人への尊敬と感謝と感動の涙に変わったのでした。

 

それは悲しみの涙とは比べ物にならないほど深く温かいところから湧き上がるものなのでした。

 

夢で主人から渡された白い箱は、時限式で四十九日に開くようになっていたのだなぁと思ったのでした。

 

 

主人は

 

「次に事故したら俺はもう終わりや」

 

とよく言っていました。

 

それはこれまでのいじめや事故による後遺症ですでに身体がボロボロなので、これ以上身体が故障すればまともに働くことができないという意味で言っていたのですが、やはり言葉通り終わらせてしまったのでした。

 

『カッコよく生きたい』と常日頃言っていた主人は、最後の最後までカッコつけて1人で逝ってしまったのでした。
(「くっそぅ、最後の最後までカッコつけて勝ち逃げしやがって、今に見てろよ」とまた悪態ついたのもナイショです・笑)

 

私のすべてであった主人が亡くなり絶望のどん底まで落ちましたが、

 

『今』の私はそれを『感謝と感動』に変える事ができ、

日々元気に本当に『生かされている』ことに感謝できるようになりました。

 

そして、私も主人の様に自分の夢、意志を貫き通そうと思って、苦しみ楽しみながら頑張っています!(^^)!

 

とっても長くなってしましましたが、最後までお読みくださって本当にありがとうございました<m(__)m>

 

 

※注意
この文章は5年前に書いたもので、あくまで主人の『生きざま』を書いただけです。


今の私は必死で頑張ることはしていません!
ゆるっと馬に乗って癒されています~~(^^♪

 

6年前から比べると今の地球はかなり波動上昇していますので、「必死で頑張って生きる」という

時代はすでに終わっています。

特に今ツラい状況にある方は、決してこれが正しい生き方だと思わないでくださいませ<m(__)m>

 

 

今どんな状況であろうとも~

ただただゆるっ♪と生きてください。

生きてるだけで丸儲け!!です(#^^#)

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