生活は穏やかそのものだった。
海からの風は優しく、波の音は耳に心地よかった。人間関係はあたたかく、陽の光はいつにも増して柔らかかった。
「赤ん坊にとってこれ以上の環境は望めないだろう」
それほどアダコアは理想的だった。
一か月の滞在のあと、祝福の二人は日本に帰っていった。二人はアダコアでの日々を充分に楽しんでくれたようで、必ずまたいつか戻って着ますと社交辞令を残して去っていった。
これにより生活のリズム――というよりもバランスが微妙に傾いた。初めは気のせいかと思うぐらいだった。
「最近うちの猫見ないわね」
オルータがわずかに表情を曇らせた。ネズミ退治のために二年前から飼っている猫のことである。
名前は特になかった。普段は猫(プッシー)と呼ばれていた。
当時飼っていた黒猫(2002年)