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・ミクシィ始めました(詩専用)。


・現代詩フォーラム参加しました。


2012年02月01日(水) 23時59分47秒

神様が作りし存在 (Poem No.366)

テーマ:ポエム


私らが一般的に
共有していると
思い込んだ方法論によって接すると
激しく泣いて応えるのだ
存在そのものを否定されそうで
知らない街で傘を持たずに遠くの雨雲を見上げるように
焦りばかりが募る毎日

私らが目にしているのは
これからも何も変わらず
何を足されるわけでもなく
そのまま年老いていって
人知れず消えてしまう存在なんだ
私らが取り込もうとしていかに躍起になろうとも
存在は屹立しますます個性を深めるのである
神様が作りし存在なのだと
言わざるを得ない

なぜ神がその存在を欲したのかは
激しく泣いた時に垣間見える
体を歪ませて泣き叫ぶのは
私らの鏡となっているのだ
法令 規則 慣例 常識 申合
凡そ共存共栄のためにある方法論は
個たる生物としての人間そのものを
著しく歪めているのだ
私らはその存在を不自由だといって枠の中に押し込めるが
逆から見れば私らの存在というのも
いたって不自由な境遇なのだろう

神様が作りし存在は
何も変わらず何も足されず
通り雨のように私らを軽く傷つけて
気が付けば天衣無縫の笑みを私らに投げかけている
あらゆる個を収束して同化させることで発展させてきた
私らの共有する社会は
神様が作りし存在を取り入れることによって
そもそも同化させることが適切であるかという根本的な問いを
投げかけられているのである
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2012年01月28日(土) 20時36分42秒

完全なる世代 Vol.2 (Poem No.365)

テーマ:ブログ
 

疑念に際して まあいいや
侮蔑に際して しょうがない
理不尽食らって こんなもん
隠蔽目的 虚偽に改竄
無事に成人式を迎え 世間的にはオトナと呼ばれる
完全なる世代が見てきた先達のすべて

成人したあかつきに
引かれた手を振りほどいた若者たちが
絶望とため息で日干しレンガをこさえて 
円形の高い壁を築き上げた
壁の中では互いに内側を向きあう
一義的には物質的充足より
精神的平穏とともに暮らすのを是としている

もちろん 壁の中の生活に退屈を覚えて
外に出ていった連中も多い
壁の外に広がっているのは一見複雑で豊かな生態系のようで
分け行っても 分け行っても 年寄り
分け行っても 分け行っても 年寄り
つまるところ 年寄り
向上心は世間知らずと裏腹にあるもの
いらない傷だけ負って 倒れてしまう

かつて世界中で夢見られた千里眼の鏡は
今やポケットにさえ収まる大きさになった
鏡の向こうに光を容易に見いだせる者たちは
俺たちにもよこせと言って暴れだす
鏡の向こうに光を見いだせなくても信じられる者たちは
探すべき何かを必死に議論する
鏡の向こうさえ容易に信じなくなった 完全なる世代では
突き動かされることはもうないのだろうか

彼らが現状打破のために団結しないのを嘆く
団結の作法を知らないからという大人がいる
しかしその見立ては全く間違っているといってよい
壁の中の 完全なる世代には特に不満がないのだ
停滞し老化し 朽ち果てかけた日本社会の中でその日暮らしを終えれば
満足なのだと頭で理解しているからである
千里眼の瞳は暗闇の松明にはならず
広々とした壁の内側で仲間を容易に探すための道具にしか過ぎない
友達なんて息を吸うように簡単にできるのだから

疑念に際して まあいいや
侮蔑に際して しょうがない
理不尽食らって こんなもん
隠蔽と改竄を繰り返した口は
高く 延々とそびえる壁を壊したいと口ではいうものの
実は完全なる世代の生き方に憧憬を覚えてしまっていて
実行に移すことがないのである
この壁が有害であることを分かっていても
一人で取り壊すにはあまりにも頑丈
もどかしさが続く

2012年01月16日(月) 00時13分05秒

点灯 (Poem No.364)

テーマ:ポエム
暖房のきいた部屋のソファに
座りしままに見える
大阪湾岸の高い鉄塔
曇天に白煙を吐く工場の煙突群
視座を百二十度ほど時計回りに回転させれば
流麗な京都タワーのシルエット

仮に
天を衝く存在にだけ光の恩恵が許されるとすれば
僕はこの位置から淡い蝋燭の光を見つめることとなる
二本の光の塔 天球儀に立つように

白地に赤抜きで店名が描かれる
ショッピングセンターと隣り合わせた
冬枯れの畑
冬枯れの雑木林
花はない

赤さびた単線のレールの上を快速列車が通り過ぎた
高速道路も伸びてきていた
冬枯れの畑と冬枯れの雑木林がなだらかにうねる
丘の向こうからずっとやってきていた
線路と高速道路を囲んだ高台に
整然と区画された戸建ての住宅地と
数棟の大型分譲マンションが互い違いに見えた

御土産をいただいた帰りの車内
鉄路で一駅隣の駅前に
まだ市制施行する前からあったであろう
うらぶれた食い物屋と飲み屋が健在なのを確認した

土曜日、所用で京田辺市の松井山手のほうに行きました。大阪からは枚方の奥をとおって「けいはんな」学研都市に向かう途中、地理的には大阪府と京都府のちょうど境目に位置します。
もっとも、関西の発展の軸が「けいはんな」であれば企業の進出も目立って一個の都市のような景観を形成していたのでしょうが、大阪湾岸のほうに投資が集中したので、松井山手から精華・木津のあたりは純粋な郊外住宅地として開発が進んでいるようです。
ニュータウンとして有名になったとはいえ、まだ人口はさほど多くなくて、純農村の色合いが残っています。そもそもこの学研都市線(片町線)沿いは大阪からみれば「すぐそこ」というべき近さなのに風景が意外にも農村的です。関西の住宅地がさほど広がっていないのはやはり関西から関東への企業流出、それに伴う関東への人口転出超過が大きいのでしょうか。

松井山手から一駅、木津に向かうと「大住」という駅になるのですが、大住の駅前には古ぼけた、昭和の看板建築の飲み屋、食いもの屋がまだ数件健在でした。市外局番が「07746」のままだったので張り替えもしていないと思います。ニュータウンとして開発される前、商いがせいぜいこまごまとした地元民相手にとどまっていた時代のよすがが、しっかり保存されておりました。

松井山手の駅前に「ナチュールシロモト」という洋菓子のお店があります。そこでロールケーキを1本買って、あとから頂いたのですが、ケーキと生クリームの分量のバランスが抜群で、かつ、生ケーキはさほど甘ったるくもなく、こってりもせず、絶品でした。

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