大正ロマンの旗手として一世を風靡した竹久夢二にも、意外な側面がありました。それは世相に対する鋭い洞察力と、このままでは日本は大変なことになると憂いその変革の方途を真剣に考え、一つの運動を起こしたことです。


それは、夢二が昭和5年にあらわした榛名山美術研究所の宣言文にはっきりと見て取れます。宣言文はかなりの長文になりますので、何箇所か、その中から拾い出してみたいと思います。


冒頭の書き出しは

「あらゆる事物が破壊の時期にありながら、未だ建設のプランは誰からも示されていない。吾々はもはや現代の権力争闘及政治的施設を信用し待望してはならない」

こうなっています。


中ほどから


「まず衣食住から手をつけるとする。」


「そこで商業主義が作る所の流行品と大量生産の粗製品の送荷を断る。」


「吾々の教師はあくまで自然である。」


などなど私たちの心を打つ言葉が目に付きます。


今ですと誰でもわかることですが、今から78年前に世相の問題点を的確に捉え、その改革を目指した人はほんの一握りしかいなかったと思います。


自然破壊、衣食住の欧米化、精神的な崩壊、手作りの消滅などが今目に余ります。このことを夢二が憂いていたのだと思うと、夢二の先見性に頭が下がるのです。


館長 木暮 享

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