─ 都内某所、信長や優子らの住まう町の町内会、集会所 ─
「いよいよだな。」
「うむぅ。信長さん、ちゃんと喋れんのかねぇ。」
約十畳の部屋に詰めかけた町内会の主だった顔触れが、上座に鎮座する大型テレビに注目している。
『国会解散からおよそ一ヶ月、今日はまさに、日本の歴史が大きく動く瞬間と言って良いでしょう。ここ霞ヶ関、
旧国会議事堂前より、ワタクシ、レポーター山崎が、その一部始終をお届けして参ります。』
聞こえてくる大仰なレポートから察するに、おそらく報道特番的な生番組であろう。
『おっと、到着されたようです! ・・・今リムジンから降りて……おお、見えた、見えましたっ、今話題沸騰の織田新政府総裁です。そうです、誰もが知る戦国大名、あの織田信長公ご本人! まさに伝説、ヒーロー・オブ・レジェンド。視聴者の皆様にも伝わっているでしょうか、この、この感覚・・・ワタクシの様な凡人でも分かります、形容しがたい存在感・・・やはりただ者ではない、オーラのような物を感じます!』
「大袈裟なレポーターさんだなぁ。」
「はは。それにしても信長さん、相変わらずスーツが似合わないねぇ。」
「んだな。やっぱ和服の方がサマになるよねぇ。」
大仰な実況のレポーターとは裏腹に、信長の為人を知る町内会の面々は、気の抜けたリアクション。
『織田総裁、警護など不要とばかり、早足、いえ、軽快な駆け足で壇上へ向かいます。』
実況に混じり、テレビからは集まった人々の歓声も聞こえてくる。
『今マイクに向かい・・・おっとこれは、原稿は要らぬと突っぱねました。これは流石に大丈夫なのでしょうか!?・・・見ているワタクシの方が緊張して参りました・・・そして・・・どうやら準備が整ったようです。』
信長の第一声を鮮明に伝えるため、レポーターが自重して沈黙、同じく群衆の声も静まり返った。
「お、とうとう始まるぞ。」
「ぉぉおおお、こっちが緊張するわ。」
「しっ、黙るっぺ。」
町内会面々も、各人緊張した面持ちで沈黙した。

─ 霞ヶ関、旧国会議事堂前 ─
「本日付にて総裁に就任した、織田、信長である。」
信長はまず、良く通る甲高い声で、ゆっくりと挨拶をした。
『うぉーっ!!』
『わぁーっ!!』
待ちわびた英雄、その肉声を耳にした人々から歓声が沸き上がり、再び会場は騒然となった。
「・・・聞いて欲しい。」
信長はそう言って右手を掲げると、人々は統制の取れた軍隊の様に静粛し、英雄“織田信長”に注目する。

ここで説明しなければなるまい・・・。
読者諸氏におかれては、信長が総裁に就任という、このあまりの急展開に困惑、或いは失笑を禁じ得ないかもしれない。
そも、現代に現れた織田信長という存在、そんな者が人々に受け入れられる事自体、常識的に考えたら有り得ない話である。
では何故、この様な事態になったのか。
一つは、先のプルトン騒動勃発の折、プルトンは心に闇を秘める者たちを誑かし、その者たちの潜在能力を覚醒、或いは下位魔族と契約させ、人知を越えた超常の力、所謂“超能力”を与えた。
彼らはその力を以て、それまで自身が受けた不条理への報復、或いは欲望の赴くまま暴威を振るった。
軽度の悪戯、腹癒せから、傷害、殺人事件、無差別テロにも匹敵する規模の事件まで起こり、そうした物のいくつかが映像として動画サイトなどに流出し、報道規制、各機関や伊集院の隠蔽工作を以てしても、隠しきれる物ではなくなった。
全てはプルトンの策で、立つべき者、即ち伊集院、また信長らに、様々な事象に抑圧されつつも感情を圧し殺し、耐える事を美徳としてきた、日本人特有の国民感情が限界を迎え、ひいてはそういった事が並行世界生成を加速度的に増大させ、最早猶予無しという事を知らしめ、決起を促すための荒療治だったのだが、プルトンと少なからず因縁のある空也としては、そのせいで楓や空也が暖めていたプランを前倒しせざるを得ない事態になり、苦虫を噛む思いをしたわけである。
兎にも角にも超常の力は人々の知るところとなり、伊集院としては釈然としない心地ではあるものの、ならば是非も無しと、プルトンの思惑通り、それを利用しようと考えた。
では具体的に何をしたのかと言えば、つまりは異世界、俗に言う魔界と神界、そしてそこに住まう異形の者たちの存在を公開し、仮面で素顔を隠した優子らにもメタモルフォーゼさせた上で、人知を越える超常の力を以てパフォーマンスを行い、国民に対し、全て紛れもない現実で、決して人類が地球上の生物の頂点、まして支配者などとは烏滸がましい話であるという事を、徹底的に認識させた。
更にこのタイミングで並行世界の件、即ち、可能性や御しがたい想いにより分岐された、別の世界線上にある類似世界の事であるが、その世界たちは目に見えずとも、その体積自体は宇宙空間に存在し、宇宙を圧迫し続け、結果宇宙は膨張を続けており、このままではいつか宇宙が破綻し、想像もつかぬ由々しき事態になるという事、それ故に監視者、宇宙の意思とも呼べる存在、そのインターフェイスたるルインが居て、これまではそのルインが、特性所持者を処分していた事まで公開したのである。
ルインについては眉唾に思った者が少なくはなかったが、並行世界云々については、意外にも、否、過去にも少なくはない研究者が、同じ様な内容を、断片的に唱えていた理論だった事もあり、容易に受け入れられてしまった。
その様な流れで、一気に多くの知識を得て、置かれている現実を認識した人々は、伊集院や各機関による、マスメディアを利用した巧妙なプロモーションの成果もあり、ならば過去からのタイムトラベル程度、有ってもおかしくはないとし、信長という存在は真であると判断したわけである。
もう一つは、これも伊集院や各関連機関が手を回した事であるが、私利私欲にまみれた既存政治の腐敗、そういった物がここ数日中に相次いで、生々しく具体的に暴かれ、政権に対し国民の信用が完全に失われた事。
この事態を憂慮した皇室は、堪らず、内閣府、そして総理大臣に政治権限の禅譲を求めると、彼らは言い逃れできる筈もなく、その要請を受諾、この時点で、事実上、明治より続いた日本国政府は完全に崩壊したのである。
更に、皇室は政治体制を根本から改めるべく、古から日本を陰で支え、多くの危機から国家国民を守り続けてきた伊集院一党に対し、政界の表舞台にて指揮を執るように要請、先のパフォーマンスにより、伊集院に対し期待を高めていた国民も大いに賛同し、その声に応える形で、各分野の要職には伊集院の息が掛かった者たちが就く事となった。
また、総裁の座については、伊集院家現当主である楓を総裁にと言う世論が高まり、皇室もその様に要請したのであるが、楓は自らの前世と特異体質、即ち、諸葛孔明の転生者である事と、肉体的な老化が圧倒的に遅い事を明らかにした上で、人の理から逸脱した身、そして王たる者を補佐してこそ活きる性分であると、とどのつまりは分不相応であるとして、国を束ねるにはこれ以上ない存在、つまり皇室に織田信長を紹介した上で総裁に推挙し、楓を含む伊集院本家は、その信長が決断した事を全力でサポートする役目を担いたいと返答した。
この伊集院の明瞭な提示に対し、皇室も異を唱える事は無く、歓迎する意向を示した。
斯くして、信長を総裁に頂く、新政府の樹立という運びになったわけである。

「儂がこの時代へ参って半年にも満たぬが、一つ得心した事がある。それは、世界が如何様に変革しようとも、人の本質は変わらぬという事である。」
人々は静寂を保ったまま、黙って聞き入っている。
「なれば、人の本質とは何か。苦しみ、困っている者を目にした時、救いたい、救わねばと思う心、これが本質である。また、才有る者を敬愛する、或いは羨む、妬む、もしくは己が道の妨げになるを恐れ、陥れ排除せしめようと思う心、これらもまた本質、否、高い知性を持ち、損得を考える、業深き人ならではの本質であろう。」
およそ政治とはかけ離れた演説に、いったい何を言い出したものかと、人々は困惑し、ざわつき始める。
しかし信長は、少し口元を緩め、最後まで聞けば解るとばかり、構わず続ける。
「左様に清き心、悪しき心、即ち陰と陽、光と影を併せ持つが人の本質、性である。そして多くの者は、概ね、常に陽多き者を好ましいと考える。なれば、皆が左様に心掛ければ良いのであるが、そう容易く行かぬのも、己が心情を覆すをよしとせぬ、人の性なのであろう。」
今ひとつ要領を得ない信長の演説であるが、それでも、今までの政治家が行っていたマニュアル通りの演説にはない、本質的で革新的な事を言おうとしているのではないかと、期待を膨らませ、人々は改めてその一言一句に集中する。
「儂ら人がこの世に生を受けし折、皆等しく言の葉も紡げぬ赤子、自力では何一つ適わぬ。これ即ち、己が力で地に立つ獣にも劣るであろう。左様な時分、人に陰も陽も在りはせぬ。言い換えるならば、善悪という隔ては、人が人たらんとする始めには、存在せぬのである。」
信長の真意が未だ見えぬ人々であるが、その言葉は何故か心に響き、胸を打たれる思いがしている。
「儂が何を申したいと思うて居るのか、疑問に思い、困惑して居ろう。だがそれでよい。言わば、今までの話はぷろろーぐである。されば、そのぷろろーぐを踏まえ、そろそろ本題に入ろう。」
信長の発したプロローグという単語が意外で、言い回しもユーモラスに感じたが、同時に、たった半年でここまで現代に順応し、これ程のポテンシャルを発揮する信長に、人々は驚きを禁じ得なかった。
「既に長々と論じてしもうたが、儂は生来長話を好まぬ故、手短に参ろうと思う。」
ここで信長は、用意されていたペットボトル(ミネラルウォーター)を口に運び、喉を潤した。
「ぷはっ、美味いのぉ、良き時代じゃ。慣れぬ口上でちと口が渇いてしもうての・・・失礼した。」
集まった人々がざわめくが、これは呆れたり嫌悪したわけではなく、信長の人柄に共感し、つい笑い声を漏らしてしまったために起こったざわめきである。
「では話をまとめて行こう。まず全ての者に関わる大きな問題、即ち並行世界については、既に伊集院より達しがあった通り。目には見えぬがこの空の上、宇宙という場に広がり続けておる。故に宇宙は膨張し続け、捨て置けば、いつしか限界に達し、ルインが申すには、全ての世界が無に帰すという事である。途方もない話ではあるが、人の思いとは、斯くも凄まじき物という証なのであろう。」
並行世界生成特性所持者を探索するシステム、そしてその特性を除去する方法を確立させている事、また先んじてルインが探知した場合、伊集院に伝達するという協力姿勢を示した事、これらは国民にも伝達済みである。
そして万一、一刻を争う危険度の高い場合については、遺憾ながらこれまで通り、ルインの手により理不尽に処分される可能性がある事も伝達済みである。
「然りとて、左様に大きな影響力を持ち得る者は異例中の異例であり、己が可能性を無闇に恐れる必要はない。だが左様な事態に至らぬ様、一つだけ、皆に心してもらいたい……否、肝に銘じてもらいたい事がある。」
一瞬の沈黙、人々は固唾を飲んで待ちかまえる。
「正しくあれ、善行を心掛けよ、などとは言わぬ。したが大儀も無く、人道を逸した行いには、明確な報いが訪れるであろう。何故ならば、左様な行いこそが、受けた者の魂を害し、件の力の元凶と成り得るからである。即ち、今後は組織や個人を問わず、商い、勉学、その他全ての交流に於いて、あらゆる不正、不条理、弾圧などを禁ずる。左様な仕打ちは、斯の者らの精査により隠し通す事能わず。必ずや暴かれる事となろうから、その旨、肝に銘じてもらいたい。」
そういうと、信長は右手を掲げ、合図を送る。
すると四方八方から、黒装束を纏った者たち、即ち清十郎率いる伊集院の精鋭十数名が信長の後方に舞い降り、続いて空也が、信長の傍らに転移してきた。
人々は既に、彼らについても、各種メディアの映像等で知っているのであるが、常人離れした登場シーンを目の当たりにした事で、改めて現実を突きつけられた心地になり、さざ波のようにざわめき立つ。
「僭越ながら、わたくし、伊集院家執事にして信長様の補佐官、御崎空也から、今後の方針などについて補足させて頂きます。」
いつにも増して不敵な笑みを浮かべてはいるが、まともな口上の空也である。
『空也さーん(はーと)』『空也さまー(はーと)』
空也の事を既に映像で見知っているファンであろうか、集まった人々のそこかしこ、幅広い年齢層の女性たち、またはそちら系の“男の娘”、或いは新宿某所に居そうな体躯の良い“漢(おとこ)の娘(こ)”などから、黄色い歓声が飛び交う。
彼女たち?からすれば、ルックスは勿論、立ち振る舞いもスマートで完璧な空也であるから、その乙女心に火が点いたとしても、仕方のない事であろうか・・・。
「全ての営利団体、また自営をされている方々にも、今後はますます、虚偽のない完璧な収支報告をしていただきます。月に一度、全ての営利団体に対して、しかるべき監査員を派遣し、精査いたします。ちなみに、彼女たちに虚偽は通じませんので、少しでもアンフェアな事をされている方々はお気を付け下さい。」
空也はまた不敵な笑みを浮かべると、何かを招き入れる様に、黙って目をとじ、掌を天に向ける。
すると、眩い光を放つ、無数の球体が現れ、ゆっくり地上に到達する。
程なく、それらは人型を成していくと、それぞれが特徴的な羽兜を被り、洋風の戦鎧を身に纏う、見目麗しい女性の姿に変貌した。
『おいあれって・・・』『なんだっけ、知ってる気がする・・・』
姿は人に違いないが、明らかに人とは一線を画する存在感を放つ彼女たちに対し、人々はまた俄にざわめく。
『あ、ヴァルキリー、ヴァルキリーだよあれ!』
携帯ゲーム機を首から提げた子供が、指を差しつつ、確信を持って叫ぶ。
「さすが、有名人ですね。フッ・・・」
それを聞いた空也は、ほくそ笑み、独り言の様に囁いた。
そう。まさしく彼女たちは戦乙女、魂の選定者と呼ばれる存在、そして先のプルトン事件の折、支倉道場四天王や蘭丸らと相対し、結果として、良くも悪くも絆を結んだ者たちである。
「存在を秘するべきわたしたちを衆目に晒した上、真偽の選定をするために使役しようとは、お前も大概、いや、素直に悪趣味と言うべきか。」
空也の言葉を拾ったヴァルキリーの一人、彼女たちの序列の最上位にして、彼とは少なからぬ曰く付きのブリュンヒルデが、表情を変えずに突っかかる。
「心外な。他意はありません。とある筋より、この国では貴女方の人気が高いという話を伺っていましたので、その事を思い出し、手持ち無沙汰と嘆かれていた貴女方にとっても、貴女方の特性を生かした、有意義な役割と考えただけなのですが…余計なお世話でしたか?」
そう言うと、空也は含みたっぷりの笑顔を浮かべる。
そしてとある筋とは、間違いなく、そちら系の話題に明るい光太郎の事であろう。
「…ふむ。まぁいい。だが人気があるというのは解せぬ。人間にとって、死後の魂すら使役するわたしたちなど、忌み嫌うべき存在だろう。」
ブリュンヒルデ以下、ほかのヴァルキリーたちも怪訝な表情を浮かべている。
「細かい事情までは存じませんが、人々が作る様々な作品に於いて、貴女方を美化する傾向が強いからでしょう。先ほど笑ってしまったのも、わたくしの待遇とは大違いで、そこが少し憎らしいと思ったからです。」
言わば堕天した存在であるルキフェル、即ち空也にしてみれば、同じ穴の狢とも言える筈の彼女らに、皮肉の一つも言いたかったという事であろうが、どうせ本心からの言葉ではあるまい。
「憎らしいか…。正直な物言いに聞こえるが、それも本心ではないのだろう。…フフ、…ン、コホン。」
ブリュンヒルデから見て、神格が格上である空也の真意を読み取る事は難しいが、そうせずとも、空也がそんな些末な事を気にするわけがない。
とどのつまり、今のは空也なりに気を利かせた方便なのだろう。
ブリュンヒルデはそう思い直し、平素の皮肉っぽい性格には似合わない事をするものだと、つい笑みが零れてしまったが、軽く咳払いをして平静を装う。
「さて…わたくしそれ程面倒な思考は持ち合わせていないのですが、どうなのでしょうね。…フッ」
それに対し空也は、白々しい満面の笑みを返したのである。
「ご存じの方々も居るようですが、彼女たちはヴァルキリー、魂の選定者と呼ばれている存在です。対象の存在を認識するだけで、対象に関わる全ての履歴を即座に読み取ります。そして彼女たちに掛かればどの様な長距離もゼロ距離、移動時間という概念も存在しません。便利ですね。」
それがどういう事か言わなくても分かるでしょ?とばかり、またまた不敵な笑みを浮かべる空也。
要するに、先に空也が述べたように、彼女たちが居れば隠し事や虚言は無意味、そして彼女たちの人数だけで、日本国民全ての履歴程度、必要に応じ余裕で解析できますよ、と言う事である。

さて、空也はその流れのまま、あらためて以下のような事を発表した。
まずは道徳について・・・
一つ、親兄弟、または親しい血縁者以外、本人の承諾無しに呼び捨てで呼称しない事。
一つ、混雑した場所、救命を伴う緊急時等のやむを得ぬ場合以外、無闇に他者の体に触れない事。
一つ、路上喫煙、騒音等、度を超えた迷惑行為に対しては、現状よりも厳罰になる事。

そして企業や団体について・・・
一つ、同業、同販売内容、同サービス間で基準額を儲け、価格は付加価値による差別化以外認めない事。
一つ、基準額は時事変動による相場も反映し、労働・原料等の対価に見合う金額設定とする事。
一つ、金銭他での買収、裏取引、強要といった一切の不正を認めず、背いた場合は死罪を含む厳罰に処す事。
一つ、あらゆる企業・団体に於いて、全人員の手当や支給額を、内外問わずオープンにする事。
一つ、それらの差違について、責任者は明確な理由付けと説明責任を負う事。

なるほど、あらゆる差別と潜在的不満を一掃し、企業に於いても、一部の人間だけが得をするという古い体制を、一切合切打ち砕こうという事であろう。
しかしながら、それが出来れば苦労しない、内容としては落胆したくなるものでもある。
だが、ここに顕現したヴァルキリーを始め、人ならざる超常の力を持つものまでもが、日本、否、人間社会の改革に協力するとなれば、その彼らを束ねるのが織田信長という希代の英雄である現実と相まって、画期的な改革を成してくれるのではないか。
何より、未知にして確実に人を凌駕する超常の力を持つ者たち、即ちその武力が、良くも悪くも不正、悪政の抑止力になるであろう事は間違いない。
よって先程までの、難解ながらも人に優しい信長の演説との相乗効果により、人々の心の奥底にあった、人ならざる者への不信感や恐怖感は払拭され、大きな期待が膨らむ結果となったわけである。

その後暫く、威圧的とも取れる演説を一頻り終えた空也。
「では信長様、お願いします。」
信長に踵を返し、本日一番の不敵な笑みを浮かべ、締めの言葉を促す。
「うむ。」
腕組みをして待っていた信長は、空也と入れ替わり、壇上に立った。
「皆、諸々難解な話では有ろうが、難しく考える事はない。」
信長は軽く小首を傾げ、少し躊躇った様子で間を開ける。
「最後に一つ・・・と言うても、不甲斐ない最期を遂げた事になっておる儂が申すのも面はゆい話ではあるが、個々に思うところ様々な人である以上、どうにも気にくわぬ、そりが合わぬという相手も居ろう。」
信長は頭をポリポリと掻いて間を開け、ふぅと小さく息を吐いて続ける。
「したが、どの様な相手であろうと、見るべきところはある筈である。故に、何者かを忌み嫌うは是非も無きところであるが、全てを拒むでなく、その才に着目し、愛でるべし。即ち、己以外の者に敬意を払うべし。好こうが嫌おうが、そこに信頼が生じ、そして絆が結ばれるであろう。それこそが、人だけが持ち得る、最も尊き“誠”である。皆、左様に心し、日々の生活に励んで欲しい。」
人々は、信長の、飾りのない演説に酔いしれている。
「うむ。・・・なれば、全ての理不尽、不条理は儂らが引き受ける故、皆は存分に才を発揮し、今生を全うせよ!・・・以上である!!」
唐突な要求にして潔い幕引き、一帯に一瞬の静寂が生まれる。
『おおおおおおーっ!!!』
感極まった人々が、雄叫びにも似た歓声を上げ、まさに天をも貫くと思わんばかりの大音声である。
信長は、登場した時と同じ勢いで壇上から駆け下り、リムジンに乗り込んだ。
信長が去った後も、暫く歓声が止まず、信長コールが巻き起こっていた。

~二ヶ月後・支倉邸~
診察所の休憩時間、祥子が編み物をしながらテレビを見ている。
『こんにちは。12月最初のお昼のニュースです。今月に入り、先月の国内犯罪件数が4件であった事が、今日、警視庁の発表で明らかになりました。警視庁では、史上類を見ない快挙であるとして大いに湧いており、それと同時に、仕事が暇であるという嬉しい悲鳴を上げているとの事です。起こった4件の事件についても全て未遂に終わっており、警視庁では織田新政権のポテンシャルの高さに・・・』
「あらあら、ウフフ。平和が一番ね。」
祥子は満足げに、編み物のペースを上げる。
「祥子さん、お昼は何にしますか? 僕作りますよ。^^」
同じく診療所から、午前中に使用した機材、器具の手入れを終えた蘭丸が、手を拭きながら祥子に訊ねる。
「あら助かるわ、ありがとう。蘭ちゃんの作る物なら何でも良いわ。最近腕を上げたものね。^^」
「いやぁ、祥子さんや優子に比べたらまだまだ・・・って何でもって一番困るんですけど^^;」
「あらあら、ウフフ。そうね。冷蔵庫にお野菜の残りが有ったから、使ってくれると助かるわ。」
「なるほど、分かりました。^^」
蘭丸は心得たとばかり、台所へ向かった。
何とも平和なひとときであるが、斯の演説以降、信長、そして伊集院旗下に組み込まれた、人ならざる者たちの協力もあり、人の起こす事件など児戯に過ぎないとでもいうのか、あらゆる暴力や不条理は未然に防がれていたのである。
聞けば、善からぬ行いをした報いは、死よりも恐ろしい、その様な噂がまことしやかに、まさしくネットなどでツブやかれ、噂は噂を呼び、その様な高リスクの中、悪しき考え、行いをする者は居らず、自然淘汰されていった。
犯罪ばかりではなく、対企業に制定された取り決めも功を奏し、才有る者がしっかりと評価され、グループの中枢や指揮官となる事で、その下に付く者たちも公正な評価を得られる様になり、労働者たちの不満は解消されていった。
そしてその空気がそのまま社会にも流れ出し、本当の意味で心のゆとりが生まれ、他者を慈しむ風潮が、確実に広まりつつあると、全ての人々が実感できるほどに至っていた。

~支倉邸・裏庭~
「ふぅ~・・・。もう師走だと言うに、地味に暑いのぉ。」
総裁としての職務はどうしたのか、信長が庭の手入れをしている。
「その様に熱心に体を動かされていたら、それはそうでしょう。・・・フッ。」
どこからとも無く、いつもの空也が現れる。
「ぬっ、空也・・・。如何したのじゃ?」
信長はバツが悪そうに眉をひそめる。
「問いたいのはわたくしの方です。自宅に戻られていたのですね。全く困ったものです。」
やれやれとばかり、嘲笑を浮かべて呆れた仕草をする空也。
「戻らんからな。方針は決めたのじゃ。後の政は其方らに任せると言うたであろう。」
やはり面倒事は嫌い、そして逆ギレか、ふて腐れた様子の信長。
「はい。それはそうなのですが、黙って居なくなられては皆が心配します。彼ら(人ならざる者たち)が全て賛同しているわけではないのです。暗殺の恐れもありますし、立場を弁えて下さい。」
それとも死にたいのですか?とばかり、言葉も選ばず、そして皮肉っぽい笑顔を忘れない空也。
「分かっておる。それも其方らを信頼しておればこそじゃ。さればそういう事で、帰って良いぞ。」
信長は満面の笑みを浮かべる。
「はぁ~・・・。イェス・ユア・マジェスティ。」
空也はわざとらしく疲弊した仕草を見せ、クスッと笑って立ち去ろうとする。
「あら空ちゃん、来てたのね。これからお昼ご飯だから、信長さんを呼びに来たところなのよ。ちょうど良いわ、空ちゃんも食べて行きなさい^^」
空気を読まないマイペース祥子、やはり最強か・・・。
「ははは。だそうだ、“空ちゃん”。」
「・・・^^;」
悪ガキの様な笑みの信長、そして有無を言わせぬ雰囲気の祥子に挟まれ、言葉を失った空也。
『チャッチャッチャ、チャララララ、チャーラーラチャーラーラ…』
そこに、突如鳴り渡る信長の着メロ・・・。
「ぬ、早苗?・・・儂じゃ、如何した?」
『信・・・お父さん、優子の様子が変なの! 空也さんそこに居るのでしょ? 学校に来てって伝えて!』
電話の向こう、学校に居る様であるが、何やら珍しく取り乱している早苗である。
「フッ・・・。イェス・ユア・ハイネス。」
空也はこの場から逃れる口実が出来、水を得た魚の様に、心底安堵した表情を残して姿を消した。
「あ、ちょっと、空ちゃん!・・・もう、慌ただしい子なんだから。」
もはや、祥子に掛かれば空也すら子供扱いである・・・。
『ちょっと、お父さん、聞いているのかしら?急いでいるのだけれど。』
こちらの様子が見えない早苗としては、苛立って捲し立てる。
「ふむ。空也なら早苗の声を聞くなり飛んで行きおった。で、優子が如何した?」
『そう。なら良いわ。カチャ・・・ツー、ツー』
信長には用がないというのか、言いたい事だけ言って切られてしまった。
「忙しないのぉ。・・・が、空也の事は楓にでも聞いたにせよ、儂がここにおるとよく分かったのぉ?」
「フフ・・・もうあなたの子ですから。あなたの考えなんてお見通しなのよ。」
「・・・なるほど。違いない。・・・ははは。」
優子に何か起きているというのに、暢気な親である・・・。
が、早苗が空也を指名し、その空也が行けば問題ないという、これも信頼の現れなのであろう。
「では、儂らは飯にするか。」
「はい。フフ、今日は蘭ちゃんが作ってくれたんですよ。」
「ほう、左様か・・・。」
仲睦まじきは善き事かな・・・。

斯くして、長きに渡る空想小説『信長である!』これにて幕引き・・・である。
随分と間が空いてしまい、読者諸氏には申し訳なく存じ奉る・・・。
いつかまた、いずれ、小話、後日談、すぴんおふ等で・・・会えたら良いのぉ。
さらば・・・(*ノノ)

AD
伊集院邸へと戻ってきた信長以下一同は、ロノウェに出迎えられ、そのまま楓の部屋へと導かれて行き、早苗の使役するセーレとその愛馬レキエルは、それを見届けた後、早苗の深層へ帰還した。
「お~。ゆ~こ~、おかえり~。」
楓の部屋に入るなり、優子の気配を察した幸子が、間延びした声で出迎える。
「おかえりっす。」「おかえりなさい。」
幸子がいるという事で、当然ながら、残りの四天王である友美と光太郎も呼ばれていた。
「ただいま? って、みんなも来てたんだ。」
一瞬だけ意外そうな顔をしたものの、それもそうかと納得した様子で目を細め、楓をチラリと見る優子。
とどのつまり、楓と空也は以心伝心、津田邸での出来事は大方楓の知るところとなり、不測の事態に備え、いつでも動けるよう待機していた幸子以下四天王の面々を楓が招集した。そして幸子らにも、ある程度の経緯くらいは既に伝達済みという事なのだろうと、悟ったわけである。
「ふむ・・・(楓め・・・)。」
そして信長も、苦虫を噛み潰した…までは行かないものの、ここに戻ってくる事さえ、始めから想定済みと見えるこの状況、やや不愉快そうに楓を睨まずには居られないのである。
「まぁとりあえずはお座りになって下さい。お疲れでしょう。」
楓はそんな信長を神妙な面持ちで出迎え、上座に座らせ、他の皆も着席したのを確認した後、最後に座った。
「ふぅーむ。」
腰掛けた信長は一呼吸おいた後、嘆息とも溜め息ともつかない大きな息を吐き、楓に説明を要求する。
「大体の状況は察していますが、今日あのタイミングでこうなるとは、私も思っていませんでした。」
楓にしては珍しく、開口一番に言い訳がましい事である。
「けれど、切っ掛けのようなものは、ずっと狙っていたのでしょう?」
「それは…。そうですね、否定はしません。」
早苗の鋭い指摘に楓は苦笑して答え、誤魔化す事をしなかった。
「戯けた話、否、腑抜けた話である。そも、この時代の者ではない儂に望む事ではなかろう。」
緩い空気になりかけたところで、すかさず楓を牽制する信長。
「もっともなご意見です。ですが信長様もご存じの通り、政治家の脆弱化は留まるところを知らず、国民の政治に対する関心、いえ、期待度は地に落ちたと言っても過言では有りません。」
そこまでいうと、楓は空也に目を向ける。
「この様な物をお見せする必要もないと思いますが、より具体的に認識して頂くためこれをご覧下さい。」
空也がタブレット端末で見せたのは、1960年からの政党支持率について世論調査したもの、即ち与党、野党、支持政党無しという結果を示す、三本の折線グラフであった。
「こうして見ると、政治に関心が無くなっているという話が事実だと解るわね。」
感心した様子の早苗であるが、本当に感心しているわけではなく、寧ろ嘆かわしく思っている事は明白である。
「90年代からの、この支持政党無しってグラフの伸びが凄いっすね。」
優子と信長の隙間から顔を出し、物珍しそうにタブレットを眺めていた友美が言う。
友美の言う通り、支持政党無しという結果が、90年代40%程度だったところから一気に60%を超え、近年では70%にまで到達し、政党支持率は与野党とも20%にも満たないという惨状であっ
た。
「信長様は、この状況をどう思われますか。」
信長に対して、平素は頼りなさげでおろおろした様子すら見せる楓であるが、今は表情一つ変えず、凛とした態度で問う。
「どうと言われてもな。物事を明確にせず、何も成し得ぬでは、斯様な仕儀に至るは必然であろう。」
現代日本の政治システムについて、既に大まかなところは理解している信長は冷ややかに答えた。
「そうですね。では少し角度を変えて質問させて頂きます。…例えば、信長様の居られた戦国の世で、政治と国民の関係がこの様な状態に陥った場合、どの様な状況になると思われますか。」
楓はまた、より一層に涼やかな表情と声で問う。
「ふむ。斯の時代、領主、国主の器がそこに住まう民草の生死に関わる故、否が応でも無関心というわけには行かぬ。したが、そも民草は政に関して何の口出しも出来ぬし、あまつ批判なぞしようものなら、如何な仕打ちを受けるか知れておる。故に有力者に煽動されるか、その後ろ楯でも得ぬ限り、自ら事を起こす事はない。左様に考えれば、今も昔も変わらぬと言えるであろう。斯のペネムが申した通りにな。」
諸々不満げながら、丁寧に答えた信長である。
「なるほど、後ろ楯ですか。確かに、民はいつの世も無力。ですがその後ろ楯さえあれば、民の不満は爆発的に連鎖する可能性がある。例えば戦国に於いての本願寺絡み、つまり一向一揆であり、中国に於いても、遡れば後漢末期、張角率いる黄巾党。他、世界各地の歴史を振り返っても、枚挙に遑がありません。」
信長の居た戦国時代、そして自身の前世であった三国時代を例えに上げ、楓はクスリと笑みを漏らす。
「まさか儂に、教祖にでもなれとでも申すつもりか。」
自身が散々苦しめられた本願寺の話を持ち出され、ましてやそれを見習えと言いたいのか、さすがにそれはないだろうと確信しつつも、小賢しい言い回しをするものだと、口をへの字に曲げる信長。
「ふふ、まさか。彼らの求心力には見習うべきものがありますが、偏見に凝り固まってしまった現代日本では、宗教と名がつくだけで受け入れがたく思う方たちも居ます。…ですので、宗教や旧来の政治にとらわれない、全く新しい考え方、いえ、新しいという表現は違いますね。誰もが正しいと思える方向を示せる者、即ち信長様の様な方が必要なのです。」
「飽きもせず戯けた事を。…儂の末路を思えば、寧ろ儂はその様な者の対極であろう。」
そう言って信長は一笑に付す。
「そうかしら。そんな事はないと思うけれど。だってあれ(本能寺の変)は、欲に目が眩んだ秀吉が悪の権化だったのだから、信長さんだけに非があるようには思えないわ。」
「ぐぬっ…(早苗め、余計な事を…)」相に据えるつもりだったんですか?」
信長の面倒ごと回避工作が失敗したことは
早苗に痛いところを突かれ、またしても顔をしかめる信長。
「じゃ楓さんは始めから、信長さんをこの国の首スルーし、話を戻す優子。
楓の人柄からして、最初から、信長を含め自分たちを利用するつもりで接近してきたとは考えにくいが、念のため確認しておきたく思い、さりとて誤魔化しは許さぬとばかり、少しきつい口調で訊ねた。
「優子さんや信長様を見込んで、私たちの責務にご協力頂き始める以前から、国政や人心の悪化を憂いてはいました。ですが、最初からその様に仕向けたつもりはありません。ただ、信長様のひととなりを知った後、つまりかなり早い時期から、信長様がこの国を先導して下されば有り難い事だと、淡い期待をしていた事は否定しません。」
楓は言葉を慎重に紡ぎながら、誠心誠意、他意はなかった事を訴え、優子もその言葉に偽りはないと感じた。
「そう。楓さんはそうかも知れないけれど、それを知っていて、その意を汲んだ空也さんが、今回の事を切っ掛けに話を持ち出した……いえ、英三郎さんの話に便乗したという事になるのかしら。」
腕組みし、目を閉じたまま、少し疲れた雰囲気を醸し出しながら訊ねる早苗。
「フッ…。そうですね。坊ちゃんの耳にも入れてはいましたが、あくまでわたくしが独断で計画し、準備していたプロセスを、前倒しにしたに過ぎません。」
いつもの不敵な笑みを浮かべながら答える空也である。
「あの、ちょっといいっすか?」
こういった難しい話にはあまり介入しない友美が、不意に質問の許可を求めた。
「はい、何か有れば仰って下さい。」
それに対し、楓は嬉しそうに、にっこりと微笑んで答える。
「ええと、師範代(信長)が総理大臣的な何かになるっていうのは置いておくとして、みんなが正しいと思うやり方ってなんなんすか? そんなものが本当にあるんすか?」
これまた珍しく、眉間にシワを寄せ、何か不服そうな物言いの友美である。
「そうですね。考え方や物事の捉え方は人によって千差万別、友美さんの言う通り、なかなか難しい話だとは思います。ですが人の道に外れない方策、もっと言えば、立案者の損得や労苦を度外視した物、それを施行した結果、少なからず国民の益となる物なら、概ね受け入れられるのではないでしょうか。」
「んー、それってつまりボランティアみたいなもんすか? だったら尚更無理なんじゃないっすか?」
楓に対して馬鹿を言っちゃいけない、そんな態度で反論する友美。これもまた希有な現象である。
「ほぅ…というと?」
友美が何を言いたいのか分かっているのであろう、微笑を維持しつつ尋ねる楓。
「だってテレビとかでやってるじゃないっすか、台風とか地震の被災地救済、復興に幾ら掛かるとか、他にも色んな災害の被害防止に必要な環境整備とか、どれも処置が追いついていないって。それって人もお金も足りてないって事っすよね? そんな状態なのに、そんな上手い事できると思えないんすけど。」
友美にしてはやはりこれまた珍しく、正論すぎる正論である。
「まぁ、確かに。何をやるにしてもお金は掛かるからね^^;」
信長の名代として、諸大名からの陳情を受け付けていた蘭丸も、友美の意見は現実的でもっともだと感じた。
言うまでもない事だが、優子や早苗らにしても、何でもかんでも救えるなどとは思ってはいない。
にも関わらず黙していたのは、敢えてそんな正論を口にしても仕方がないと思い、ここは黙っていたからである。
早苗に至っては、友美の意見は寧ろ少し話を逸脱したもので、話の軌道修正が必要だと感じ、疼いていた。
「ふふ。その事についてはかなり改善され…いえ、改善するつもりです。」
そんな彼女らの思惑を余所に、楓は意外にも、友美の疑問、或いは不満とも言うべきモヤモヤを解消すべく、にこりと笑い、空也にアイコンタクトを送る。
「フッ。これをご覧下さい。」
空也が再び示したタブレット端末には、政治家、或いは何らかの権力を有する組織と反社会的勢力、有り体に言えば暴力団等との癒着、それに伴う不祥事に関しての、記事や画像が表示されていた。
「あー多いよねーそういう話もー。」
そんな悪質な政治家諸氏に対し、蔑視の色を浮かべたジト顔で、すこぶる棒読みのセリフを吐く優子。
「はい。この様な反社会的勢力を必要悪とし、彼らを利用して都合の悪い事象の揉み消し、または直接対象を排除するといった行為自体は、現代に限った話ではありません。勿論、この様な暴挙は許されない事ですが、こういった事に掛かるもう一つの問題として、彼らを動かす報酬、或いはその後の隠蔽工作、更には彼らとの関係を維持するため、莫大な資金が動いて“いた”という事実です。」
「はぁ…。見下げ果てたシステムっすね。」
小難しい事は苦手な友美をして、呆れかえらせるに十分な話であり、他の者たちも一様に表情を曇らせる。
「動いて“いた”と申したが、今は既に、左様ではない…と申すか。」
全て聞き流し気味の信長であったが、こういったところは聞き漏らさない。
しかしながら、それを承知の上で食い付かせようと、そういった言い回しをしている楓なのであるが。
「完全に無くなったわけではありませんが、今のご時世です、全てを闇に葬るのはなかなか難しく、仮に疑いが掛けられた場合のリスクを考えれば、強硬手段に出るのも躊躇われるのでしょう。どうしてもの場合は足がつかぬよう、第三者に依頼し孫請けのような形を取るようです。また逆に、志有る者が声高に正義を主張し、善政を敷きたいと願っても、それによって利益を得られなくなる者たちから、そういった暴力行為を含めた弾圧を受けるのは必定。結局の所、志有る者も周囲との偽りの和を尊重しながら、国民の窮状を度外視した、権力者にとって無難な政治を行うという形に収まってしまっているわけです。」
嘆かわしい事ですがと、首を振りながら苦笑する楓。
「どっちにしても半端者、覚悟が足りないってワケっすね。」
「そんなんだったら、最初から政治家なんてならなきゃ良いのに。」
友美も優子も意志の弱い男は大嫌い、殊更嫌悪感を露わにして言葉を吐き捨てる。
「まぁ誰だって我が身は大事だからね。解らなくもないけど。」
やはりここでも至って現実的であり、客観的、且つ公平な物の見方が出来ている蘭丸である。
「そう。始めは崇高な志を持って政治家を目指す人も居るのでしょうけれど、いざそのポジションになってから、醜い現実に打ち拉がれて心が折れる…という事が往々にしてあるのではないかしら。」
将来性や身の安寧の為だけでなく、理想を掲げて政治家になろうとする者たちも居るだろうと言う早苗。
「はい。寧ろそういった方たちの方が多い筈…。私もそう信じたいです。」
うむと、楓は大きく頷き、僅かに眉間に皺を寄せ、少し考え込む仕草。
「フッ。ですが人間の心は弱く、すぐ不安に駆られ、迷走を始める物。余程の胆力がない限り、既存の秩序や概念を討ち破るのは難しい。守るべき家族や仲間、或いは環境、そういった柵(しがらみ)の有る者ならば尚の事。」
言いたい事が解りますかと問うように、意味深な笑みを友美に向ける空也。
「そういった柵もさることながら、既成概念に囚われ、良くも悪くも、定められた道筋、砕いて言うなら、波風立てぬ優等生的な思考にならざるを得ない事も、様々な事象を打破できない原因になっているのです。」
空也に続き、楓もやんわりと微笑み、友美を見やる。
それはまさしく、今のやり取りに、先の友美の質問の答え、そのヒントが有るのだと伝えるためである。
「えっと…(つまり柵があるから、自分一人の身じゃないから…無茶な事が出来ない…。それに、いくら正しい事だからって、人と違う事ばっかしていたら浮くし、悪くすれば孤立してしまうっす。…そんなの普通、今の時代に生きてたら常識、誰だって、空気を読んでうまくやるのが当たり前っす…ん? あれ? それって…)だから師範代っ、信長さんなら出来るって事っすか!?」
自分なりに脳内で消化し、合点がいったというリアクションの友美。
「ふふ、どうやらご理解されたようですね。現代に生きる人々は、どうしても、現代の道徳や固定観念に囚われてしまいがちです。これはもう縛りと表現した方が適切でしょうか。それ故に、悲しいかな、柔軟な発想をする事、或いは行動に移す事を、自ら抑制してしまうのです。お解りの通り、それはつまり、俗に言う“浮く”という事態を恐れるためです。その点信長様は、言わば現代の理から切り離された存在。有り体に言うなら、そういった物に縛られず、ある意味、無神経に振る舞う事が出来るという強みがあるのです。」
楓は敢えて無神経という不遜な表現を使い、満面の笑みを浮かべる。
「まぁ確かに、色んな意味で無神経ではあるよね。」
「そう。子供っぽいと言えば可愛らしい表現だけれど、年甲斐のない所が多いわね。」
それに乗っかった優子と早苗は、互いに軽く回想シーンを巡らせ、うんうんと頷き合う。
「ぬぅ、其方たち・・・。」
いつもの事ではあるが、娘二人に声を揃えて批判され、少し凹んだ様子で、軽く肩を落とす信長である。
「ああ、私は良い意味で言いました。信長様は自ら汚名を被ろうと、信念を貫く強さをお持ちですから。」
ここで信長を貶めるような話に脱線するのは困ると、楓がすかさずフォローする。
かつて比叡山への仕打ちや怠惰な家臣への懲罰を始め、信長の非情な政策は、全て、当時の古き悪しきを徹底的に取り払い、後の世、即ち次世代を担う者たちに禍根を残さぬ為のもの。
砕いて言ってしまえば、嫡男信忠以下、後継者が治める世の為の露払いだったわけであるが、それらを行うにあたり、自らを第六天魔王と称し、世の人々から常軌を逸していると恐れられるほど過激な演出を加えたのも、自ら進んで悪役を演じることで、跡を継ぐ者に人望を集中させ、より治め易い空気を作る為でもあった。
そこまで計算してパフォーマンスする先進性を備え、他者からの評価など意に介さない剛胆さを持ち合わせる者など、古今東西そうは居ない、否、思い当たる者が居ないと、即ち楓は褒めちぎっているわけである。
「ふぅ…。楓、世辞のつもりなのか知らぬが、儂はただ面倒だっただけである。故に、多くの無駄な行程を省き、手早く強行したに過ぎぬ。」
一方の信長は、このまま持ち上げられ、なし崩し的に楓や空也の思惑に填るものかと、すかさず否定する。
「はいはい、照れない照れない。」
「そう。今の信長さんを知ってるからこそではあるけれど、私利私欲の為に権勢を振るった訳ではない事は、確信を持って信じられるわ。」
楓のフォローが功を奏し、信長が希有なる英傑である事を思い出した二人は、世の中の為になるならば、信長には頑張ってもらいたい、そうなれば、寧ろ嬉しくもあり、誇らしいと改めて思い、楓に賛同する姿勢。
「ふぅ…。まったく、其方らはどちらの味方であるか。」
思えばこの二人、大事な局面では、基本的に自分の味方をしてくれた事はない事を思い出し、とてつもなく寂しい気分なり、思わず薄ら笑いを浮かべてしまった信長である。
そんなこの場の心中はさておいても、信長とて現代を憂う気持ちも解るし、気にくわない輩や事象が多いのも認めているが、現状の穏やかな生活を気に入っているし、やはり国の舵取りなどという大仰な事、ぶっちゃけて言えば勘弁して欲しいというのが一番にあるわけなのである。
「ほほっ。・・・信長殿、往生際が悪いですよ。」
「左様にございます。信長様は困っている者を放ってはおけない質にござりますれば。」
信長にしてみれば聞き慣れた声、そして支倉道場の面々は、実際に顔を合わせるのは初めてとなる、気高くも柔らかい物腰の女性二人、即ち、信長の正妻であった蝶と、同じく側室であった類が、ロノウェに伴われ部屋に入ってきた。
「フッ、良いタイミングですよ。ロノウェ。」
「恐縮です。空也様。フフッ。」
すれ違い様、小声で言葉を交わした空也とロノウェ。
「むっ・・・蝶、類・・・何故此処へ?」
訊ねながらも、謀りおったなと楓を見据える信長。
しかし、実はこれも空也の独断であるのだが、楓としても、それが楓の心労を軽減する為に行われた事と察し、即ち自身にも責があるということで、苦笑して返すしかなかった。
「当代に於いても信長様が立たれると聞き及び、嬉しゅうなって参ったのですが…」
「されど、どうやら信長殿は童の如く駄々をこね、拒んで居られると。故に、信長殿を説得に参りました。」
そう言って残念そうに苦笑する類と、挑発的な笑みを浮かべる蝶。
「ぬぅ、其方らまで楓に与すると申すか(蝶が斯様な顔をする時…嫌な予感しかせぬわ…)。」
信長を知り尽くした二人が現れ、迂闊な事は言えぬと警戒を強めつつ、いじけた素振りの信長。
「ほほ、これは異な事を。これは私たちの意思でございます。何より、以前信長殿が申していたではありませんか。『政が腐敗せし世に於いて、立つべき者が立たねば、国は滅びの道を辿るのみ。』と。」
ニヤリと、ある種妖艶な笑みを漏らす蝶。
「信長様はこうも申されておりました。『儂は今川との戦にて死ぬるはずであった。しかし天が儂を生かした。それ即ち儂の大望を天が認めた証。これを違える事は天に背くに等しく、必ずや成就させねばならぬ。』と。」
しとやかにくすりと笑う類。
「ぬぅ・・・左様な話を持ち出すとは、卑怯な・・・。」
ぐうの音も出ないといった様子の信長。
「そして常々申しておりました。『皆が笑うて暮らせる世を作る。それが儂の天命である。』と。」
蝶が類と顔を見合わせ用いたこの引用は、示し合わせていたかの様に、綺麗にハモって暴露された。
これこそ、滅多な事では側近にさえ打ち明けなかった、この二人だからこそ伝えていた、信長の本心である。
「ふぅー・・・。」
信長は照れ臭さも有ってか、僅かに顔を赤らめ、大きく息を吐くのみで、何も言わない。
「信長殿は本能寺で死なず、再び天に生かされ、この時代に参られた。これもまた天命ではありませぬか。」
一転、止めの一矢を放つが如く、キリっと締まった表情で、ずばりと言い放つ蝶。
「・・・ああ、もうよい。好きに取り計らうが良かろう。」
これは自身が蒔いた種、最早これまでと腹を括り、素直に敗北宣言の信長である。
つまりこの件から逃れる事は、半世紀近く、文字通り命をかけて走り続けた自身を否定する事になり、そんな事は、仕事に対しプライドの高い信長として、許せる事ではなかった。
あに図らんや、信長をこの境地へ至らしめた蝶と類は、信長にとって、痛恨の伏兵となったわけである。
「ほほ、潔きこと。」
信長に決断させ、したり顔ながら、何処か同情している風にも感じられる蝶である。
「ははは…(信長様、完璧にやられましたね^^;)」
これは相手が悪かった、始めから勝ち目はなかっただろうと、完全無欠に同情する蘭丸である。
「フッ。では信長様の気が変わらぬうちに、早速ですが坊ちゃん、手筈通り進めて宜しいですか。」
「そうですね、こうなった以上、迅速に事を進めるのが得策でしょう。」
「イェス、マイロード。」
既に段取り済みだったかのように、楓から何か許可を得ると、不敵な笑みとともに姿を消した空也。
「あれ? ちょっと、今日こうなるとは思ってなかったって、さっき言ってませんでした?」
珍しく、そして不意に、楓にきつい口調を浴びせる優子。
確かに、先ほど楓が皆を出迎えた際、まず先に、他意は無かった旨を伝え、その様な釈明をしていた。
優子が言いたいのは、ならばなぜ、その手筈とやらを進めるため、迅速すぎる動きをするのか、つまりは既にこうなる事を予期していたかの様な状況に、やはり他意があったのではないか疑いを抱いたという事である。
「はい。その通りですが・・・?」
楓は何の事を言っているのか解らない様な、またまた惚けるような仕草。
「落ち着きなさい優子。確かに楓さんは思ってはいなかったと言っていたけれど、そうなっても良い様に、その手筈という何かを、空也さんが水面下で準備をしていただけではないかしら。」
優子の意を汲み、また楓が解っていて惚けている事も読みきり、且つ、補足説明は貴女に任せますと言われている気がして、楓の思惑に翻弄されている感もあり些かシャクではあったが、丁寧に理屈を説明した早苗である。
「むっ・・・あ、言われてみれば、そうか。」
早苗に言われて冷静に考え、納得の優子。
優等生の割には、頭に血が上ると細かい事は忘れてしまう優子なのである・・・。
「あ、そう言う事ですか。その通りではありますが、 申し訳なくも思います。ご理解感謝します^^」
やはり織り込み済みであったらしく、シレッと澄まし顔で、釈明と感謝の意を表す楓である。
「やれやれ・・・であるな。」
心底くたびれた様子で、ソファーに深々ともたれ掛かり、大きな溜め息をつく信長であった。

─ その日の深夜 ─
『総理、伊集院家の執事という方からお電話が入っておりますが、如何致しますか。』
執務室のインターホンから、取り次ぎ役と思しき男の声。
「なにっ、伊集院卿から・・・だと?! 今日は立て込んでいる、明日おり返すと伝えなさい。」
総理と呼ばれ、女性秘書を侍らせている男は、その連絡をぞんざいに扱う。
『申し訳有りませんが・・・えっ、はい・・・総理、お急ぎの用件との事で、すぐ取り次ぐようにと・・・』
取り次ぎ役は、困惑し怯えている様子で取り次ぎを続けている。
「ちっ、適当に取り繕う事くらいできないのか。とにかく今は忙しい、折り返すと、」
「フッ。細谷総理、一国の首相とも有ろう方が政務の場で淫らな行為を……醜悪な事この上ないですね。」
「なっ、なんだ君は、どこから入ったのだ!? SP、SPは何をしているっ!」
突如現れた燕尾服の男に驚き、狼狽する総理。
そう、言わずもがな、おなじみの不敵な笑みとともに現れたのは、伊集院家執事、御崎空也である。
「SPの方々には眠って頂きました。・・・ああ、申し遅れましたが、わたくし伊集院家で執事をしております、御崎空也と申します。お取り次ぎ頂けないご様子でしたので、直接伺ってしまいました。失礼を。フッ。」
「な、君が伊集院卿の・・・一体何用か。」
有り得ない侵入を果たした空也を見てこの反応、少なからず、伊集院家の秘密についても知っている様子。
「はい。時が来ましたので、内閣総理大臣という前時代的な指導者にはご退場願い、また同システムについても一新する事になりました。フッ。」
「なっ、にを・・・」
顔面蒼白になる細谷総理、果たして空也は、何をしようとしているのか。

つづくんです
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「えっと、英三郎さんが今の社会を快く思えない理由って、つまり何なんです?」
これまで苦労は多かった様だが、英三郎自体は裕福な環境にある。
弱者への思いやりで、政治批判をしているだけなのだろうかと、蘭丸は改めて訊ねる。
「先程信長様も仰っていた様に、今の日本は政治家、つまり指導者に問題があり、もっと言えば、義務を果たさず国民から搾取するだけの体制、それをよしとし続けてきた国民にも問題があるのです。」
憤りを抑えているのか、英三郎は顔を強張らせながら答える。
「まぁ確かに…(僕も先生…楓さんから現代の話を聞いてそう思ったし…)。指導者たちにも、根本的な所で危機感がない様に感じる。なんて言うか、真剣味に欠けるっていうか、良い事言ってても嘘くさい感じがします。」
信長の側近として仕えた蘭丸は、現代に於いて、英傑と呼ばれている数多と実際に対話した経験がある。
それ故、人の本質を見抜く能力、直感的な物がずば抜けており、相手の僅かな挙動だけで人となりが分かる。
それが現代の政治家程度なら尚の事、テレビ越しでも、善し悪しの判断が付いてしまうのである。
「その通りです。今の政治家たちは、これまで、この国を築いてこられた偉人たちの遺産を食い潰しているのです。彼らの無能が招いた格差社会、その事によって急増した心ない行いをする人々……それを世の中が不景気だから、荒んでいるから仕方が無いと言いつつ、彼らへの様々の保証は不動である事実。こんな事が許されて良い筈がない。」
英三郎は、拳でばんっと机を叩く。
「……(これは少々耳が痛いですね)。」
代々、異形や超自然災害などから人知れず国を守るという、特殊にして崇高な使命を有する伊集院家だが、活動資金の一部は国からの支援、即ち国民の血税である。
英三郎が伊集院家に対し、僅かに敵意を向けている風なのはその為かと、空也としても思わず素で苦笑いを浮かべてしまい、柚葉がそれを見逃さず、そんな空也をジト顔を見つめる。
「要するに、生活水準に優劣がある事が良くないという事?」
実に短絡的な着地点であるが、要約するとそういう事なのかと、再び優子が訊ねる。
「そういう事でもあるのですが、しかしそれは是非もない事だと思っています。例えばかつてソビエトの様な体制では、民衆は努力をしなくなり、これを今の日本国民の気質に当てはめると、崩壊的な世となるでしょう。」
「なら、どうするのがベストだと言うのかしら。」
そこまで言うからには、英三郎にはどうすべきか見えているという事なのだろうから、先ずはその考えを披露して貰うべきだろうと、今度は早苗が訊ねる。
「はい。何度も申し上げた通りの事ですが、国家国民に責任を持てない者、あまつさえ、我欲の為に地位を求める者が指導者になってしまう可能性を、金輪際、根絶しなければなりません。」
「ふむ。正論ではあるが、政を執り仕切ろうなどと考える者は、少なからず我欲が強い。正しいと信じ、如何な信念を持ち事に当たったとて、考えの違う者から見ればそれもまた我欲。欲と志は紙一重という事じゃ。」
己の体験談でも有るかのように、渋い顔で論じる信長。
「それは志の違いによるもの、互いに退けぬ思いがあるからこその話、自身の損得だけで動く者とは根本的に違います。例えば、戦国の世に於いて信長様が目指した新しい国づくり、それは決して、我欲だけで目指したものではない筈です。」
「ふむ。したがそれは後世の者どもが儂の政策を美化し、良い様に解釈したものである。実際は左様に大仰なものではない。儂はただ、支配者次第で極楽にも地獄にもなる民草の人生、古より続く左様な悪しき流れを断ち切ろうと……つまるところ、全ての者が幸福に、自由に生きられる世を作ろうと考えただけである。」
「そうです。そうだからこそ、その志に惹かれ、多くの有能な人材が信長様の元に集ったのです。それはまぎれも無く、信長様が古今無双の英雄たる証、そして今の日本は、その様な英雄を渇望しているのです!」
信長からは終始嫌われムードではあるが、実際にここまでやり取りし、その歯に衣着せぬ人となりに確信を抱いた英三郎は、熱く語り、今ここで、信長が決断してくれる事を強く望んでいる。
「フフ。厳しい態度とは裏腹に、汝は人と世界が好きで堪らないのだろう。その様なところ、新九郎によく似ている。けれど悔しいかな、その慧眼と手腕に於いて、汝は新九郎を遙かに凌いでいる。…そこなルイン、高次元の存在までもが汝を推し、人々、世界からも望まれているなら、その才覚を発揮しないでどうする。」
長い時を失望の眼で見据えてきたであろうペネムも、信長の本質は信頼できる物だと確信している様子。
「やれ、買い被りも甚だしいとはこの事であろう。当代に於いて儂に出来る事など、」
「つまり身分にとらわれず、他者の才能を正しく把握し、それを発揮できる適切な環境を与え、働きに見合った対価を与える。そんな信長様だからこそ、今に伝わる数々の偉業を成し得たという事ですね。」
迷惑千万と言わんばかりの、赤ら顔で否定する信長の言葉を遮り、英三郎に賛同する姿勢を見せる空也。
当初、空也も英三郎を嫌悪している感であったが、その時とは打って変わった態度である。
「ぬ、空也?」「・・・?」
信長は勿論、他の者たちも、空也の意外な行動に驚き、思わず目を丸くする。
「この国が英雄を渇望していると仰っていましたね。確かに、信長様と言えば誰もが知る日本屈指の英雄。そして何より常識や慣習にとらわれない改革者の象徴的存在です。今の日本に必要な指導者、それはまさに信長様の様な人物だと考える者が大勢いるのは間違い有りません。そのような人々の強い思い、つまり渇望が、信長様を当代に呼び寄せる一因となったのでしょう。」
空也は淡々と語った後、意味深にほくそ笑む。
「でも、それなら別に信長さんじゃなくても、他にも居るじゃない? 奇抜というか、先見の明がある歴史上の人物って。例えば、同じ戦国時代なら伊達政宗とか、明治維新の頃なら政治家としてもっと優秀な人居そうだし。」
優子は遠回しに、一般的にはヒステリックで怒らせると怖いイメージがある信長よりも、もっと人畜無害な英雄が居るのではないか、と言っているのである。
「確かに、広く知られる信長様の人物像、残虐性を有しているというイメージ的な話では、そうかも知れませんね。ですが抜本的な改革は、誰からも称賛される行いをしているだけではままなりません。時に非情と思える処置も必要になるのです。信長様は全てを理解した上で、そういった行動を取られていたのでしょう。極論、それはつまり自身さえ捨てる覚悟があったという事、ただの暴君とは根幹が異なります。」
いつになく多くの言葉で、信長擁護をする空也は、いつにも増して、何やら胡散臭い。
「……(此奴、何を企んでおる?)」
信長はムスッとした表情で、空也の講釈を聞き流している。
「そ、そっか。まぁでも、わたしたちは信長さんの性格知ってるから、そういうの分かってるけどね。」
優子としては今は父でもある信長、それを褒められ悪い気がする筈もなく、それ故、必要以上に空也を訝しむ様子はない。
「あたしは歴史に詳しくないのだけれど、つい最近までは、織田信長と言えば怖いイメージしかなかったわね。よく例えにされるホトトギスの歌のイメージが強かったというのもあるけれど。」
早苗も同じくであるが、加えて、歴史に殆ど興味のない、一般人代表的な意見を述べてくれた。
「信長様には他者との大きな違いがあります。あの決定的な機会……そう、信長様にとっては不幸な出来事だった本能寺の変、あれはまさに信長様を現状に至らしめる好機だったわけです。」
空也は不敵な笑みを浮かべ、何故か、ずっと成り行きを見守っていたルインを不意に見やる。
「なんだか引っ掛かる物言いね。まるで本能寺の変が、特定の誰かが用意した舞台と言っている様に聞こえるのだけれど。」
含みに気付いた早苗は、また何か隠しているのかと、空也にジト顔を向ける。
「わたくしにも確信があるわけではないのですが、ルインに何か心当たりがあるのではないかと…フッ。」
どうなんです?と言わんばかり、再度、不敵な笑みとともにルインを見やる空也。
『何故そう思うのか。』
これまでと同様、口は動かさず、無表情に問い返すルイン。
「お越し頂きながらこの様な言い草は失礼ですが、貴方が今ここに留まって下さっている事もそうですし、他、様々な過去の行動と照らし合わせても……いえ、単にわたくしの感と言った方が良いかも知れません。フッ。」
空也は一転、ルインに冷ややかな眼差しを向ける。
『我らが関与したとでも言うのか。』
「先程も申しましたが確信は有りません。ただ、あらゆる事情や感情に縛られないはずの貴方が、信長様に対しては、何か肩入れしている様に感じられるのです。そして、人を時空転移するほどの力を有し、まだ片鱗すら現れていない人の潜在能力を見抜く目を備え、並行世界生成因子、つまり排除対象については、あらゆる常識や法則を無視して確実に抹消せしめる力を持っている……本能寺の変、あれ程の舞台を用意できた者が居たとすれば…わたくしも知り得なかった事実、つまり神族の仕業ではありませんから、貴方以外、思い当たる存在がないのです。…フッ。」
確信がないと強調しながらも、したり顔でルインを見つめる空也。
『…確かに、我らにはそれだけの力はある。だが、我らに人を時空転移させる術があるというのは、勝手な決めつけだろう。』
今の空也の鎌かけには乗らなかったルインであるが、答えるまでに僅かな間があった。
「そうでしょうか。実際、貴方自身はされていますし、人を転移させる事も可能なのでは。ましてや、対象の時空にそれを望む者が多ければ、そちらの因果律を是とする事など容易いのではありませんか?」
それを見逃さない空也は、敢えて惚けた様子で追い打ちをかける。
『……腐っても創造主の一族か。敢えて隠す必要もなかった事だが、汝らの洞察には驚愕する。』
今更だがルインは対象が単一でも、訳ありげに『汝“ら”』という複数形の二人称を使うのである。
また、ルインが創造主と言ったのは、言うまでもなく最高神ゼウスの事である。
「フッ、恐れ入ります(腐っても…)。」
ルインを自白に至らしめる事はできたが、軽く反撃を食らい、不敵な笑みを引き攣らせる空也である。
『この者の言う通り、織田信長、汝らを転移させたのは我らである。』
……何ともさらりと、衝撃的事実の発覚である。
「ちょっと待って、それってルインに都合が悪い事にならないの?」
ルインの使命は並行世界を作り出してしまう因子を排除する事、過去から未来への来訪故に、彼らが認識する世界線上にある様々な事象の辻褄は狂わないとしても、信長自体が極めて希有な存在であり、天才的で独創的なその発想力故、その因子になり得るのではないか、優子はそんな懸念をして言ったのである。
『汝らには解しがたい話だろうが、織田信長、汝らはそれら因子の対極に位置する存在、汝らが是と定めた事象が、現世界にとっての本筋になる。汝らの言葉で例えるなら天賦、それは汝らが生まれ持った能力だ。』
即ち信長の発する情報や行動は、全て正しい事、正当化されてしまうという事であろうか。
「ほぉ…その割には、ままならぬ事が多いのであるが。(蘭や優子のおやつをくすね損ねたり、な。)」
とんでも展開になっている事は捨て置き、つまらない事を思い出した信長である。
『些末な事についてはその範疇ではない。多くの対象に影響を与える事、世界を変革する程の行動の結果が、例外なく本筋になるという事だ。その変革は救済となり、結果的に因子の覚醒を抑制するだろう。』
「(信長様が表舞台に出る事で、増え続けている因子の覚醒を抑制する…? じゃあルインも、因子の覚醒率上昇は、世の中の不条理が原因だと思ってるのか…。)」
宇宙の思念、そのインターフェイスに過ぎないという割には、妙に人間くさい思考だと蘭丸は思った。
だが確かに、かつて信長の目指した物とは、常に力を持つ者と持たぬ者とで分かたれ、力を持つ者が搾取するだけという、連綿と続く日本の古い体制を砕き、全ての民が身分に関係なく才能を発揮できる世。
努力すれば報われる世、それは何もしなければ得る物もないと言え、淘汰を招き過酷な世にも思えるが、信長は人がそれ程愚かではなく、弱くはないと確信していたし、手段は兎も角、自らも先頭に立ち、その手本を示し続けた。
蘭丸は信長の政策を思い起こしている内、今、信長が求められるのは必然とさえ思えてきた。
「そ、それはやはり、信長様に、この国、日本の政治の舵取りをして頂くべきという事ですかっ?」
現代日本を憂う英三郎としては、当然の如く、ルインの言葉に嬉々として食い付いた。
『我らは汝らの営みにまで介入するつもりはない。ただ、汝らにとっても都合の良い話ならば、その様にして損はないと我らは考える。当然、織田信長、汝らが因子となる事は無いと重ねて保証しよう。』
「おお、それは願ってもない状況ではありませんか。ルイン…ほどの存在がここまで推してくる……信長様、これは天命だと思われませんか? 立って頂けるなら…そのためならば、わたしも協力は惜しみません。」
英三郎は感極まったように瞳を潤ませ、そして信長の手を取り懇願する。
「むおっ! これ、寄るでない、買い被りだと申しておろう、空也、何とか致せっ!」
若干汗ばんでいた英三郎の手を振り払い、心底嫌そうな顔をして空也に助けを求める、否、命じる信長。
「フッ…これは面白い事になってきましたね。わたくしも良い考えだと思うのですが。どうです? いっそその方の言うように、表舞台に出て、当代でも一世風靡してみてはいかがでしょう。」
そしてまたしても英三郎に賛同した空也は、楽しそうにほくそ笑み、逆に提案する。
「なっ、其方まで何を戯けた事を申しておるのだっ。そも、儂があそこまで出来たのは、有能な家臣たちが居ったからだ。当代に於いて、身一つで何が出来ると申すか。」
表面上は豊かに見える現代社会だが、殆どの政治家は保身ばかり考え、互いに足を引っ張り合っている事は、信長も理解しているし、生まれや育ちで人生が左右されるケースが多い時代である事も、これまで起きた事件で体感した事も含め、身に染みている。
そして後者は、信長が最も嫌う、戦国以前の悪しき古い体質に似ており、嫌悪するところではある。
だからと言って、信長自身も言ったように、人一人の力、それが信長、或いはそれ以上の如何な英雄であろうとも、惰弱し、失望しきった者たちの心を改革できるなどと、その様な傲慢な思考には到底至らないのである。
それこそ、誰もが賛同する正義を掲げ革命を起こし、圧倒的な力を見せつけ成功させる事は勿論、その後即座に、誰もが平等、そして現状と同じく不便無いと感じる善政を敷く…そんな離れ業を成し得ない限りは無理だと。
「有能な家臣…ですか。それでしたら居るではありませんか。今日ここにも…フッ。」
空也は優子や早苗、蘭丸、そして最後に柚葉を見て、軽く溜め息をついた。
「(…ちょっと、柚葉を見て溜め息ついた…ね?)(#'-')ジトー......」
見くびられて不満な柚葉は、ジト顔で抗議、ピンッと立てた人差し指に雷を発声させ空也に向ける。
「フッ…(軽い冗談ですよ)。」
それを本気で放って来ないとふんでいる空也は、惚けた様子で目を背けるのみである。
「待て、左様な事にまで子らを巻き込めと申すか。即ち力押しにて政を掌握せよと、そう申すのか。」
信長の不愉快ボルテージが徐々に上昇していくのが、誰から見ても明らかである。
「うーん…。みんなが幸せになるって言うなら、わたしは構わないけど。」
「なっ!? 優子っ、おみゃーまで何を言うとる!」
優子の短絡的な結論に、思わず名古屋弁が出てしまった信長である。
「突拍子もない話で思わず閉口してしまっていたけれど、単純で解りやすい話でもあるわね。それに、そんな事を言い出すからには、楓さんのプランの中にも織り込み済みの話なのでしょう?」
今度は早苗がジト顔で空也を見つめる。
「さすが早苗様、察しが早くて助かります。本来ならもう少し先の話、頃合いを見て相談させていただく予定でいたのですが。まぁ、これも一つの切っ掛けという事で、前倒しにしても良いでしょう…フッ。」
「ぬぅ、其方らは…。」
空也にニンマリとされ、以前信長が、伊集院こそが日本の舵取りをしてはどうかと楓に言った際、楓は自らの特性上、表舞台に出るのは難しいと答え、逆に、信長ならどの様な政策をとるかと訊ねられた。
それに対し信長は、政権保持者の安泰を第一に考える政策が気に喰わぬと答え、下らぬ討論などしている暇があるなら、目標を絞り、迅速に、かつ徹底的に問題を解決すべきだと説いたものである。
それは雑談程度のやり取りであったが、この時の伏線だったのだろうと信長は悟り、その時にきっぱり、興味がないと言っておけば良かったと、今更ながら後悔したわけである。
「なんと! 伊集院殿もその様なお考えを…。…信長様、何卒、何卒この国を導いて下さい!」
英三郎は額を床に叩きつける程の勢いで、平伏し、懇願する。
馬鹿げているし、非現実的としか思えない願いであるが、英三郎の真剣さは窺える。
「まぁ待て…。英三郎、其方の思いは相分かった。したが、全ては楓と相談してからの話じゃ。」
「おお、それでは…!」
「慌てるな、そうと決めた訳ではない。」
「は、はい…。ですがどうか……。」
「・・・(ぬぅ…)。」
今は素直に根負けしておき、一旦皆を落ち着かせるのが妥当だと考えた信長。
後で楓を説教しつつ、この面倒な問題をご破算にしたい考えであるが、果たして……。
『話はついた様だな。これで我らの役目は終わったか、御崎空也。』
ルインが空也へ向き直り、問う。
「はい。貴方の思惑に添う形になり、予定が狂ってしまいましたが、概ね問題ないでしょう。」
『我らの思惑か…。そういう事にしておこう。…さらばだ。』
まるでルインに利用された様な言い草の空也に対し、本当に利用したのは空也、否、伊集院楓ではないのかと言いたげなルインであったが、敢えて何も言わず、速やかに姿を消した。
「惚けてないで、あたしたちも退散するべきだと思うのだけれど。」
妙な余韻に浸り、惚ける皆にさきがけ、早苗が次の行動を促す。
「うん。長居は無用ね。直にでも楓さんのところに行かないと。良いよね?」
優子は空也を見やる。
「はい。……フッ。」
空也は不敵な笑みを浮かべ、信長の側へ歩み寄る。
「よし、それじゃもう一回、……変身っ!」
優子は再び、善女竜王バージョン優子にメタモルフォーゼ。
「先に行っている。」
言うなり、このバージョンでは自力で瞬間移動できる優子は、一足先に楓のところへ向かった。
「セーレ!」
早苗はセーレを召喚、召喚されたセーレは愛馬レキエルを伴って現れた。
「楓さんのところへ向かうわ。」
「御意のままに。」
早苗はお姫様抱っこでセーレに抱えられ、蘭丸と柚葉はレキエルに股がる。
「パフェ美味しかった。またね、ザブさん。森さん。」
「お、お邪魔しました…^^;」
呑気な柚葉につられ、呑気な挨拶をしてしまう蘭丸である。
「は、はい。大したおもてなしも出来ず…。」
再び次々と見せつけられる超常の力に呆気にとられる間もなく、現実に戻された感の英三郎。
「はい。またいつでもお越し下さい。」
同じく呆気にとられつつも、明るく見送る森である。
「セーレ。」
「承知。」
早苗はセーレに命じ、レキエルと、そこに騎乗する二人共々、優子と同じく瞬間移動で姿を消した。
「信長様、わたくしたちも。」
「…うむ。」
空也は左手で信長の背にそっと触れ、空いた手の人差し指と中指を額に軽く押し当てる。
「信長様っ……。」
床に膝をついたままの英三郎は、一歩二歩、恐る恐る、すがる様に這い寄る。
「連絡は致す。」
「はい、お待ち申しております。」
「・・・(やれやれじゃな…)。」
そして信長も、最後まで難しい表情のまま、空也の瞬間移動により、その場から去った。
「英三郎様、大丈夫でございますか?」
英三郎を助け起こしながら、たずねる森。
そして再び英三郎の中に戻ったのか、いつの間にか、ペネムもその姿を消していた。
「ええ。わたしは大丈夫です。」
「嫌がってはいましたが、やはりあの方は、苦しんでいる者を放っておけない性格の様ですね。」
今日のやり取りで、知られざる信長の性格を知った森は、ここで微笑みを零した。
「ええ。きっと、…きっと信長様なら、無下に放置は出来ぬ筈です。」
あとは信長を信じて祈るばかりと、天を仰ぐ英三郎であった。

つづくんです

久しぶりの更新でございます……
そしてこのつたない物語もクライマックスへ向かっております。
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