2014年07月28日

Summer/01/2014

テーマ:終わらない唄
AD
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2014年07月26日

Fuji Rock Festival 2014

テーマ:終わらない唄
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2014年07月23日

収容病棟/'Til Madness Do Us Part

テーマ:映画
 今回ワン・ビン監督が撮影したのは、中国南西部雲南省にある、社会から隔離された精神病院。フレデリック・ワイズマンの『チチカット・フォーリーズ』、想田和弘監督の『精神』など精神病院を題材にした名作ドキュメンタリーに連なる新たな傑作です。

http://moviola.jp/shuuyou/#director

 これらの映画の手法は、通常のドキュメンタリーとは大きく手法が異なり、親切な解説や状況説明や音楽は一切無いし、最終的な結論も提示されない。なんとなく見ているだけでは、すぐに退屈してしまうだろう、この映画は見る者に能動的な態度を求める。スクリーンに写しだされた映像が、人々の行動や病院の光景などが、何が映っているのかを自分で考え続けなければならない。それも前編・後編合計約4時間の間。

 舞台は中国南西部雲南省にある精神病院、ところが精神病院とはいうものも、ここに収容されている人達は暴力的な患者、薬物中毒、同性愛者、熱狂的な宗教帰依者、政治的陳情行為をしたものや、一人っ子政策に違反したものまで収容されていて、ごちゃ混ぜの状態になっており、政府の都合の悪いような行動をする者ならば誰でも、異常なふるまいとして政府の都合のよく収容している。1人の患者が「こんなところにいれば精神病になってしまう」というのは、この病院が政治的な施設として利用されていることを指摘している。あと気になったのは、家庭内暴力を理由に家族の要請で収容されたと思われる人がちらほらいた。

 きっとこの映画を見るの多くは、通常では足を踏み入れる事のない、精神病院の入院施設がどんな所か、興味本位で観る事だと思うが、監督のワン・ピンが言っている通り、この映画に映し出されている人達の誰が異常で、誰が異常でないのかはっきり分からない。元々精神病はどこまでが異常で、どこまでが正常なのかは線引きがはっきりしないし、精神病だと判断する社会に大きく依存する所がある。また前述の通り中国共産党にとって都合の悪い人間が収容されている施設でもある。そういえばベッドの上で一生懸命お祈りをしているイスラム教徒がいた、彼は宗教的な理由でしょう。

 患者達のマナーの悪さは日本人にとってはとても目につくとこだと思う、この点は文化的な背景があるため病気とは無関係に思われる。病室でミカンを食べている人がいて、包んであるラップは床に直行、当然ミカンの皮もためらうことなく床に落とす。ベッドの中で寝ながらタバコすってるのは、見ていてヒヤヒヤします。床につばはくし、じっと寝ている患者が起きて、部屋のすみにじっと立っていたと思ったら、洗面器に向かって小便をはじめる、終われば何事もなくベッドに戻る。ある人は全裸で廊下にでて小便をしたりするし、廊下の水道で水浴びをしたりします。どの行為も、日本ならばありえない行為だと思うが、異常な行為かどうかは微妙だと思う。中国ではゴミ捨て、つば吐き、立ち小便は日常的な光景だ。まして田舎の病院のようだし。全裸で歩き回るのは、普通の精神状態ではないのかなぁと思うのだけど。部屋での小便はかろうじてマナーの問題なのではないか?

 人がいなくなれば廃墟といってもおかしくない、内装が全くないこの病院の建物は恐ろしく殺風景だけど、この中に収容されている人達の関係はどことなく温かいものを感じます。同じ運命を共にしている者同士だから結束しようみたいな、大文字の結束はないけど、どことなくゆるーくつながっているような、微妙なつながりが患者の間に流れている。例えば誰かかが何かをしようとすれば、必ず誰かが声をかけてくるし、何かと人がよってくる。狭い閉鎖された空間だというのもあるだろうけど、助け合うとまでは言えないが、無意識の所でみな支え合っているような感じがします。上映時間約4時間という長さではあるが、この映画のリズムに慣れてしまえば、それほど長くは感じられません。
AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2014年07月22日

The clock of the long now/Stewart Brand

テーマ:書評
 生態系はどのように変化を遂げたり、生態系内に起きたインパクトを吸収するのだろうか?それは生態系を構成する、各構成要素同士の関係による。各構成要素は変化する速度や規模が異なっているのである。 ある構成要素はインパクトに対してすぐに反応する事で、より反応の遅い要素がインパクトを無視出来るようにし、環境の持続性につながる通常のサイクルを維持する。反応が早い構成要素と遅い構成要素との組み合わせが、その生態系の抵抗力を高める事につながる。早いものは学び、遅いものは記憶する。早いものは提案し、遅いものは決定する。早いものは非連続的で、遅いものは連続的である。早く小さいものは、遅く大きなものを、頻繁な革新と時折の大変革によって導いていく。遅く大きなものは、早く小さいものを、抑制と恒常性でもって統制する。早いものは注目を集め、遅いものは力を持つ。耐久性があり活動的なすべての生態系はこのような種類の構造を持つのであり、その事が順応性がある健全な生態系へとつながる。

 針葉樹の森を例を上げるとしよう。松、樹冠、パッチ、群生、森全体、生物群の規模のヒエラルキーは、同時に時間のヒエラルキーでもあるのだ。松葉は1年で変化し、樹冠は数年かけて変化し、パッチは何十年も掛かる。群生の変化は数世紀に及び、森は千年で変化し、生物群は1万年かけて変化して行く。松葉は樹冠によって活動を抑制され、樹冠はパッチ、群生に抑制され、群生は森に制御され、森は生物群に制御される。それにも関わらず、革新は生態系を通して浸透していくが、それは過密状態、寄生虫、捕食、天候などのストレスへ対処する個体の系統間の進化的競争を通してなのである。時折、火災や病気、人間による破壊などの大きな衝撃が、時には生物群レベルを脅かすにまで、生態系全体を混乱させる。

 数学者であり物理学者でもあるフリーマン・ダイソンは人間社会も同じ見方ができるとしている。

”我々人類という種の運命は、6つの独特なタイムスケール上の生存競争によって決まる。生き残るという事は、すべてのタイムスケールの競争に成功するという事だ。しかし生存競争をする集団の単位はそれぞれのタイムスケールで異なってくる。数年のタイムスケールならば、それは個人であり。十年単位ならば、それは家族となる。数百年の単位ならばそれは民族や国家であり、千年の単位ならば文化となる。万年の単位ならば種となり、10億年単位ならば地球上の全生物単位となる。すべての人間は、すべての6つのタイムスケールが要求するものへ適応した結果である。これが相反する忠誠心に我々が苦しめられる理由である。生き残る為には、我々は我々自身に忠実でなければならないし、我々の家族、民族、文化、種、地球に対しても忠実である必要がる。もし、我々の心理的な欲求が複雑であるならば、それは複雑で相反するタイムスケールの要求によるのである。”

 順応性があり、健全な文明において機能している、六つの重要な階層を紹介する。早いものから遅いものへの順番で、

・ファッション/アート
・経済
・インフラ
・政治
・文化
・自然

 健全な社会では各階層がそれぞれのペースで活動することができる。より遅いペースの階層によって安全に統制され、より早いレベルの階層から活力を与えられる。歴史学者のユーゲン・ローゼンストック・ヒュージーは”すべての文明という形体は、堅固な基礎と自由との間の優れた均衡の上に成り立つ”と言っている。各階層は他の階層の異なるペースを尊重しなければならない。例えば経済が政治や文化に許容されて、自然に経済のペースを押し付けるならば、すべてを支える自然である森林、水産資源、水資源はすぐに失われてしまうだろう。もし政治がゆっくりではなく、急激に変更されるようなものであれば、フランス革命やロシア革命のような破壊的なものとなる。ソビエト連邦は文化と自然からの抑制を無視する一方、五カ年計画というインフラの変化スピードを経済とアートに強制した結果、各々からの支援と革新を得られなくなった。ソビエトは崩壊する運命にあった。

 各階層の特徴を、早く注目を集める層から遅く力強い順に見て行くことにしよう。ひとつ言える事は、人間は年をとるとより遅い方の階層に興味が湧いていくようだ。若者は文化には無頓着だが、年寄りにとっては大きな問題だ。若者はファッションに夢中になるが、年寄りには退屈に思える。ファッションやアートの作業は浅薄で、回転が早く、無関係で、魅力的だが、自己満足的な残酷なものとなる。これが駄目なら、あれを試すといったように。文化は社会が耐えらるような意味において、創造的で無責任な実験からは切り離されている。ファッションやアートの多様性は、駆動エネルギーとなって経済へ力を与える(例:毎年のように行われる車のモデルチェンジ等)。また時折発生する良いアイデアや活動は、より深い階層を改善するように動く。例えば政治が世論に影響を受けたり、文化がただのエンターテイメントではなく、多文化主義を徐々に受け入れていくような事である。

 仮に経済が監視的な政治や文化から、完全に自由であったり支持を受けないものであったら、共産主義崩壊後の旧ソ連国家のように、経済は簡単に犯罪に結びついてしまう。また、経済は下の階層に対して、指示はするもの支配すべきではない、なぜなら経済単体だけでは、非常に短絡的なものになるからである。この時代のストレスのひとつは、現在の経済があまりにもグローバル市場や、デジタル、ネットワーク革命によって加速されてしまっている事である。経済の適切な役割は、速度と富を新しいインフラの整備にまわし、それらの衝撃を有効に使い吸収する事なのである。それは同時に政治と文化のリズムに敬意を表すことになる。

 必要不可欠なものであるインフラ整備は、厳しい経済的な時間では正当化できない。輸送システム、コミュニケーション・システムとしての資本回収期間は、通常の投資としてはあまりにも長過ぎる。それゆえ、政府が保証する手段として、公債や独占化が必要となる。政治や文化は、下水道システム、道路、コミュニケーション・システムの建設に掛かる莫大な費用と期間を引き受けなければならないし、その間もより速度の遅い層である自然についても気を配らないといけない。

 教育は科学と同様、知的なインフラである。多くのものを生み出すが、費用回収には時間が掛かる。その時間を計算できない性急な社会は、計算出来る社会に対して、負けることになってしまう。一方で、教育がインフラのペースで発展できないような時代遅れの文化は、やがて廃れることになる。

Clock Of The Long Now: Time And Responsibility:.../Stewart Brand

¥1,558
Amazon.co.jp

いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2014年07月16日

180℃サウス/180℃ South

テーマ:映画
“パタゴニア”創業者イヴォン・シュイナードと“ザ・ノースフェイス”創業者ダグ・トンプキンスは、昔一緒にパタゴニアまでワイルドな旅に出てそれをフィルムに収めていた(パタゴニアとノースフェイスの創業者ってすごい組み合わせですね)。その旅は2人の運命を180°変えた旅であった。そして今、ひとりのアメリカ人青年ジェフがその軌跡をたどる様子を記録したドキュメンタリーがこの映画だ。


 ジェフはカリフォルニアからボートに乗せてもらってイースター島を経てからチリに入り、パタゴニアのコルコバド山頂を目指す。自然の景色とサーフィンする映像が綺麗で、音楽もゆったりとしたテンポの曲が多いので気持ちいいですが、ただそんな気持ちいい映像と音楽だけの映画には、残念ながらならない。イヴァンの”シンプルに暮らすことほど難しいものはない”という言葉がそれを示唆している。自然を称賛する映画を作ろうと思った時に、現代では避けて通れないのが環境破壊であるからだ。パタゴニアは南アメリカ大陸の南緯40度付近を流れるコロラド川以南の地域の総称で、南極に近いし、風は1年中吹いて砂漠や氷河に被われている土地。そんな地の果てみたいな場所でダム建設の話があるという話が出て来たり、チリに入ってからパルプ工場の汚染水問題なんか不意に割り込んでくるので、おやっと思う人も多いと思う。この映画には必要ないのではないのか?説教くさいのでは?と思うのも当然だと思うが、そこから目をそらす訳には、どうしてもいかなかったのだと思う。こんな話は入れたくない、ただ純粋に自然の素晴らしさを味わっていたいのだが、先に書いたように、現代はそんなシンプルな話ではすまなくなってしまっているのだ。今回の旅を通して大自然を楽しんだ彼らも、楽しんだ分だけの責任は自然に対してあるのだと思う。
 
 イヴァンはまた”欠陥のあるシステムを維持する必要はない”と言って、たぶん現代の資本主義のことに言及していると思うのだが。自然が大切だと思う心は、その生態系の中で進化してきた生物である人間だからこそ感じる事ができる。地球は人間が滅びようが、火星や月みたいに生物の住めない惑星となろうが関係なく静かに周り続けることだろう。生物の中には太陽光の届かない深海の熱水が湧き出る所に住むものもいる。彼らにとっては我々の世界は、想像を超えた別の惑星の話のように思えるだろう。

 でもやっぱりこの映画は自然の素晴らしさを教えてくれる映画だと思う。イースタ島で夕日の中でサーフィンをしているシーンがあって、そのシーンは本当に素晴らしいと思う。オレンジ色の光が溢れた中で、波の間を漂ったり、波に乗ったり、言葉にはできない時間だと思う。
ワンエイティ・サウス 180°SOUTH [DVD]/キングレコード

¥4,298
Amazon.co.jp

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2014年07月09日

ブルージャスミン/Blue Jasmin

テーマ:映画
ウディ・アレンの最新作です。http://blue-jasmine.jp/intro/

 冒頭に、ジャスミン(ケイト・ブランテッシュ)が飛行機で隣り合わせたおばあさんに向かって、
それまでの自分の人生を一方的にしゃべりまくる、それもかなりプライベートな内容を赤裸々にしゃべってるシーンがあって、それがそのまま映画の導入部となっているのだけど、飛行機の中で隣会わせた人とベラベラしゃべるシーンってアメリカの映画やドラマではよく見かけるので、何でも無いシーンなのかなと思いきや、おばあさんが空港に迎えにきた旦那さんに向かって、「1人で勝手にベラベラしゃべってるのよ」というセリフで、ああジャスミンはちょっと精神的に不安定なんだ事が描かれます。まだこの時点ではちょっと変わった人なのかなぁぐらいの印象にとどめていて、まだ笑えるくらいなんだけど、映画が進行するにつれてどんどん笑えなくなって行きます。

 映画は、ジャスミンと前夫の結婚の崩壊の話と妹のジンジャーの所に身を寄せてからの話をパラレルに展開していく構造になっており、前夫との結婚が崩壊していく様子は、少しづつ砂山を取り崩していくようで見ていてハラハラします。アカデミー賞を受賞しただけあって、ジャスミンの神経がすり減ってく様子は見事です。高級な服を持っているのだが、それを結構着回している所だとか細かい演出も見事でした。

 ウディ・アレンの映画は安心してみていられる、というのもストーリがとんでもない方向に行ってしまったりだとか、奇をてらった演出とかはなく、後から振り返ってみると、当然の結果になっているのに気がつくのだけど、映画を見ている最中は映画の展開に引き込まれる。このままずーと見ていたいという気持ちも一瞬湧きました。もちろんそんな事は現実として不可能ですが、そういう風に思わせる事ができるのは映画、芸術作品の力なのです。

いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2014年07月06日

Early Summer/02/2014

テーマ:終わらない唄

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。