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2005年07月27日

バットマン・ビギンズ

テーマ:映画

ガスマスク
 やたらと含みを持たせた終わり方だなと思ってましたが、これ「バットマン」の前の話なんですね。そんな基本情報も入れずに見てました。クリストファー・ノーランは好きな監督です。「フォローイング」ででてきて「メメント」を成功させた時は作ってる映画の性質からいって実験的な事をやる人かと思ってました、なのでバットマンと聞いた時は耳を疑いました。バットマンみたいに既に成功してる映画を作るには、周囲からの期待やら重圧やらあって、思うように撮れない。なぜ彼がバットマンを選んだのかちょっと疑問でしたね。

 そんなやや玄人受けするような作品を作る監督らしさがでていたと思うのは、映画が始まってから一時間はバットマンが登場しない事です。さすがにバットマン好きでない僕も不安にさせられてしまいました。映画を間違えのだろうかと思いました。そのままバットマンが登場せず優に一時間を超えた頃には、完全に違う映画を見ている気分になってました。何を見てたんだっけ?と疑似記憶喪失体験が出来る映画となってます。わお!それって「メメント」と同じゃない?そんな所に主張を感じました。映画会社のお偉いさんとかプレミアをみて、バットマンが半分以上でてない事にお怒りにならないのでしょうか?もっとバットマンを登場させろと、単純に責め立てそうな気がしますがね。


ワーナー・ホーム・ビデオ
バットマン ビギンズ 特別版
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2005年07月26日

やさしくキスをして 2

テーマ:映画

おっさん



 父親がパキスタンから移民としてイギリスに来て、グラスゴーで暮らす一家。その長男カシムがロシーンと恋に落ちる。さすがにラブ・ストリーをチラシが強調しているだけあって官能シーンは結構あります。ちょっとケンにしては珍しいです。ロマンスがうまく行き、これからという時、カシムが重大な話をし始める、それは親が決めた娘との結婚が2ヶ月半後にあるという告白。

 イギリス人のケン・ローチが、パキスタン人とイギリス人とのロマンスを描く時、果たしてどちらからの視点から、描いていくだろうか?この映画は決して抑圧する側から描かれてはいないし、まして抑圧される側からも描かれていない、うまくバランスを保ってる。そんな映画は、珍しいのではないか。イギリス人からの白人至上主義的な偏った視点を感じない。映画という分野においても、先進国と後進国では差がある。アメリカの映画が世界中で上映されるように文化的にも、人々の考え方的にも、先進国の侵略は起きている。それを支えるのはやはり経済という事になるだろう。

 二人のロマンスは、カシムの家族やロシーンの教師としてのキャリアまでに悪影響を及ぼしていく。カシムの両親は、封建的で前時代的でイスラム的な考えを貫こうとします。ラシーンの方は両親もいなく、その寂しさから若くして結婚したのだが、結局その結婚もうまくいかず、孤独で家族の絆みたいな物に憧れを持っている。そんな風に家族へのあこがれを持つ女性で、家族が欲しくて早くに結婚した女性が、きっと願うのは素敵な恋人を見つけて自分の家族を作りたいということ。ロシーンは現代のイギリス女性らしく、自分のしたいように行動し、その為には皮膚の色だって気にしないし、世間体だとか女性だとか気にせずラディカルに行動する。彼女の考え方や行動は日本人の女性が憧れるような生き方なのではないだろうか。

 それに対してカシムやその家族は、絆や世間体をとても重んじる。彼の父親は、インドからの独立も経験している。インドがイギリスから独立する際、イスラム教徒はヒンズー教徒から迫害されたのでパキスタンに逃れそのまま国を作った。そんな宗教の違いで起こった悲劇を経験しながらも、異教徒を受け入れず、自分の息子に対してイスラムのやり方を押し付ける。カシムの妹にも行きたい大学が遠いからという理由だけで、入学を認めようとしない。
 
 先に書いたようにケンはこの映画ではなるべく中間の視点から描こうとしている。そうして描かれた作品を見ると、どっちが悪いなんて決して言えない。というかどっちも正しいもの、間違った事はしていないし、ただ誰もが幸せになりたいと思って行動しているだけだ。カシム一家のやり方は前時代的だと思われるかもしれないが、それも家族の事を思ってだ、グラスゴーとはいえ、パキスタン人のコミュニティはしっかり出来上がっていて、彼らはパキスタンのコミュニティも気にしなければいけない。そうしない事には生きていけない。若い人達はいいかもしれないけど・・・。これはもう誰が悪いとか、そんなレベルの話ではすでになくて、決定的に違うものだとして描かれている。民族や宗教や時代で、暮らしかたや考え方は変わるけど、どちらがいいか悪いかなんて言えないでしょう。みんなそれぞれのやり方なんだって。

 同じ街で違う民族、違う宗教、違う考えの二人が出会って恋に落ちる。二人の間には厳然と存在する溝がある、これはもう埋めようがなく、勝手に埋まる事もない。この溝に翻弄されてしまう二人、途中で本当に解決できない問題ばかりでてきて、人間はどうしたって他人を理解できる生き物ではない、お互いが大切に想っているにもかかわらず・・・なので絶望的な気分に陥いってしまいました。映画は最後に向かいどんどん悪い方に話は進んで行きます。映画のラストあたり、ちょっと嫌な雰囲気を感じました。なんかこれからとてつもなく良くない事が、画面でおきそうな予感を感じました。でもそれは違ってました。この二人と二人を取り巻く周りの問題はまったく解決することなく、終わるし、さらに悪化しそうな含みを持たせている。でも良かったのは二人が最後まで分かれるという選択をしなかったという事。問題を超えるとか理解してやるとか、過剰な意気込みも感じさせず、自然と二人が一緒にいる、ゆるやかな意思みたいなもの。そいつが良かった。解決してないけどそのまま持って行こうなんておおらかさを感じます。

アミューズソフトエンタテインメント
やさしくキスをして

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2005年07月25日

やさしくキスをして  1

テーマ:映画
スペイン館

 ケン・ローチ最新作。グラスゴーを舞台にパキスタン人の男性カシムと、白人教師の女性ロシーンのロマンスです。この映画とってもよかった、やっぱりこの人かなり好きな監督です。この映画のチラシなどでケン・ローチのラブ・ストリー作品だという事を強調しているように思えるが、ロマンスは二の次になってしまっている。パキスタン人とイギリス人とのロマンスという設定ならば、当然のように差別の問題がでてくる。先日、ロンドンで地下鉄とバスのテロがあり犯人がパキスタン人だと言われているのを聞くと、とてもタイミングのいい公開だと思われるが、これは名古屋だけの事情ですね。ともかくロンドンみたいに移民がいっぱいいて、しかも民族の種類も豊富で、色々な宗教を信じている人達が同じ街で暮らしていれば差別の問題は避けて通れない。映画はカシムの妹が差別を受ける事から始まる。

 海外なんかにいくと日本みたいな単一民族国家(厳密にいうと違いますが・・)というのは本当に珍しい事がよくわかる。トランジットで香港の空港について、乗り換えるために他のターミナルに行く間だけでも、それを実感します。色々な民族がいて当たり前、色々な民族がいれば差別があるのも当たり前、他の多くの国ではそれが日常。

 差別する/される理由って色々ありますが、身体的な特徴で差別というのは、同じ人種が住む日本の中で暮らしていても珍しいものではない。ちょっとした体の特徴の違いがいじめの原因になる。だから皮膚や目の色なんてすごく判りやすい特徴が違ってれば、それが差別する理由にはもってこいだ。同じ生物でも、身体の特徴は各個体によって違う、それは人間でも動物でも同じ。背が高い人もいれば、低い人、ワシ鼻、短足、さらさらな髪、ニキビや吹き出物、こぶやイボ、耳の形、やせ形、ハンサムな人もいれば、そうでない人もいる。差異がある身体的特徴は数え挙げて行けばキリがないのはずなのだが、差別される特徴として挙げられるのは、数ある身体的特徴の中でもほんの少しだけであるのは結構不思議ですね。一番分かりやすいのは皮膚の色。

やさしくキスをして
アミューズソフトエンタテインメント

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2005年07月23日

封切り情報 名古屋・近郊エリア 7/23

テーマ:映画
男女マーク
皇帝ペンギン@最寄りの映画館
ペンギンがたくさん出てきます、発狂しそうなくらい嫌な熱さが続くなか、少しでも涼しい気分にしてくれる、こんな映画は貴重です。あまりに心地よすぎて映画館で寝てしまう事のないように気をつけましょう。

やさしくキスをして@名古屋シネマテーク
ケン・ローチ最新作です。彼はいつも社会の底辺で暮らす人達の視点から、映画を描きます。テロがあったばかりのロンドンを舞台にして、イスラム教徒のパキスタン人とグラスゴーに住む白人の女性教師の恋物語。ケン・ローチでラブストーリーというふれこみなのですが、これまでの彼の作品から考えると、ちょっと不思議な気がします。ともかくケン・ローチはとても好きな監督なのでとても楽しみです。

永遠のハバナ@名古屋シネマテーク
キュ-バから来た映画です。これも楽しみ。キューバ産の葉巻でも吹かしながら見てはどうでしょうか?
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2005年07月21日

バス174

テーマ:映画

マンダラ
 貧困の問題はとても根が深い、特にアフリカや南米のように、貧困が社会や人々の心の中、奥深くまで染み渡ってしまってるような国では、そこからの脱出はとても難しいことのように思う。「シティ・オブ・ゴッド」を見ればそれがどこまで進行しているか、少しは分かるだろう。フィクションとはいえ、実際にスラムの子ども達を出演させ、スラムの現実を映像化する事で貧困を浮き彫りにした。ただ「シティ・オブ・ゴッド」は貧困を扱うにはあまりにスタイリッシュ過ぎたし、あまりにハリウッド過ぎたのではないだろうか?と いうか世界レベルで比較しても、かなりクールな映画だったと思う。
 ブラジルの貧困がどれだけ凄まじいのかは、このバスジャック事件を扱った映画を見てもらった方が、問題の深刻さがよくわかる。ひとりの青年がバスに強盗に入り失敗、そのまま乗客を人質に取り、バスジャック事件に発展。マスコミが集まり、犯人を殺したくてウズウズしている警察がバスを包囲する、当然野次馬も集まってくる。そんな様子がブラジル中にテレビ中継される。
 ドキュメントはバスジャックの発生から始まり、リオのスラムで生まれ育ち、貧困しか知らなかったサンドロが、二十歳で事件を起こすまでの生い立ち。実際の事件の映像、さらに様々なブラジルにおける問題を掘り下げる事で、事件の背景を暴こうとする。警察の腐敗だとか、社会の人の無理解、刑務所内の暴力等々、ブラジルの抱える問題をドンドン明らかにしていくのだけど、サンドロがそれを全部経験していってて、しかも彼を知る人の証言で、彼は決して根っから悪い奴ではないことが分かるだけに、余計悲惨な気分になる。バスジャク事件でも人質らの証言から、彼が誰も傷つけるつもりなどなかった事がよくわかります。事件は、サンドロがあっけなく終わらせてしまうのだが、この終焉の仕方がまた悲惨です。ブラジルでの暴力は暴力を呼び、終わる事はないように思えてくる。

 ブラジルはまだこうして映画になっているから、いい方だと思う、もっと悲惨で貧乏な国がまだまだ世界中には存在している。経済、物、人、考え方がグローバル化する中、僕らにもその責任の一端はある。少しでもそれを知る事が重要です。


角川エンタテインメント
バス174 スペシャル・エディション
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2005年07月17日

メリンダとメリンダ

テーマ:映画
野外椅子
 ウッディ・アレンらしい仕掛けが施されている彼の最新作です。この映画では二人のメンリダが登場するのだが、この二人は、喜劇好きの脚本家と悲劇好きの脚本家それぞれの創作であり、その二人が平気で一つの映画に同居している。でもまったく違和感を感じることがないのは、きっかけとなる出来事は同じなのだが、その後の設定を微妙にずらすことで、別々の人間の話のように仕上げている。喜劇として描くか、悲劇として描くか。二人の見方によって随分違うように思うかもしれない。けれども喜劇でもそれがきちんと喜劇として機能すれば泣ける話になるし、悲劇だって、少しだけ見方をずらせば簡単に喜劇になる。それぐらい喜劇と悲劇の境目は曖昧だと思うのだけど、「メリンダとメリンダ」でも途中で悲劇なのか喜劇なのか判らなくなってしまう。そこらへんは監督も意識しているのだろうかと思います。
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2005年07月16日

チャレンジキッズ

テーマ:映画
女神
 アメリカで毎年900万人の子どもが参加する全米スペル暗記大会、これに参加する8つの子どもとその家族を追跡したドキュメンタリー。頭脳オリンピックと称されるこの大会は全米ナンバーワンのスポーツチャンネルで放送されるほどポピュラー。地区大会の予選の優勝者になっただけで地元紙の新聞の一面を飾ってたりしてて、なるほど大変な人気があるんだと思った。それとも他にたいした出来事がないのだろうか?

 インタヴューで,ある女の子が自分の住んでいる街は、退屈な所だといっていたのが印象に残った。アメリカみたいに広大な国土を持つと大変です、車がないと買い物にも困るし、若者にとってはつらいだろう、卒業したら早くでていきたいと思うのは当然、そんな退屈な街でも護身用に銃が普通にある。これもスペル大会に出場する子が、銃の練習をしてて、若さと退屈さと銃というなんとも危い構図が現れます。もちろんこの映画はそんなヤバイ映画ではありません、どの子も一生懸命努力してて感心しました。受験勉強でもないのに、1日8時間や9時間勉強するってすごい。またインドやメキシコからの移民の子もいたりしてアメリカの移民国家としての側面も垣間見えます。こうした移民の子達が地区大会でも全国大会でも頑張れば、正当な評価が与えられるってのもアメリカらしい、まさにアメリカン・ドリームですね。
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2005年07月15日

封切り情報 名古屋・近郊エリア 7/16  

テーマ:映画
いろり
埋もれ木@名演小劇場  7/16

最近新聞で紹介されているのを良く目にします。小栗康平監督9年ぶりの作品だそうです。夢と現実が少しづつ重なり合うという映画。映像も幻想的、夢のような不思議な映画なのだろうか。夢が現実を浸食して、現実が夢を浸食する、そんな映画であればと願います。

9 songs@名古屋シネマテーク  7/17

二人はロンドンのブリクソン・アカデミー、ブラック・レーベル・モーターサイクルのライブで出会った。すぐに彼の部屋で幾度となく愛を確かめあった。彼女は彼に口づけをし、彼は彼女の胸に唇を這わせる。彼女は「ブラジル人はみんなこんな風にに踊るのよ」と裸で踊った。そして、夜になると二人はライブに出かけるのだ。プライマル・スクリーム,フランツ・フェルディナンド、エルボー、ザ・ダンディ・ウォーホールズ、スーパー・ファリー・アニマルズ、ザ・ウ゛ォン・ボンディーズ。「24アワーズ・パーティーピープル」のマイケル・ウィンターボトムの最新作です。これだけバンドを並べられるとロック好きにはたまらないでしょう。ロンドンのライブの様子もガンガンでてきそうです。9つの曲に囲まれた恋の記憶の物語です。
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2005年07月11日

バタフライ・エフェクト

テーマ:映画

ふくろう  バタフライ・エフェクトとは「ある場所で蝶が羽ばたくと、地球の反対側で竜巻が起こる」=初期条件のわずかな違いが、将来の結果に大きな差を生み出すという意味のカオス理論の一つ。遅刻して乗り遅れた列車が転覆事故を起こし、命を救われたなんてはっきりした因果は日常では中々起こらない。でも、僕らは人生において常に選択を迫られている、それがどういう影響を与え、どんな結果を引き起こしたとしても、この世界を選択した僕らには、ほかの世界を知りようがない。

 仮にパラレルワールドを覗け、違う世界に行けたとしたら。この映画の主人公のようにどんどん泥沼に落ちて行くことになるだろう。ほかの世界が良かったなんて考えは、自分の選択に後悔を持っているからだ。この世界の過ちや間違いは、この世界でなんとかしないといけない、そうしないと結局つじつまが逢わなくなってしまう。でも自分の行動に対して後悔しないなんて、無理だよねぇ、選択が全部正しいなんて不可能。誰でも結構持っているんじゃないだろうか?あの時こうしたら良かったなんて・・・

 映画の主人公は、現在の幸せを求め過去を右往左往するのですが、話はどんどん悪い方向に行ってしまい、想定外の事が次々と起こる、これはきっとパラレルワールド間のねじれなんだろうね。結局最終的にはすべてなかった事にしてしまう。この映画はひたすら悔恨を引きずったまま終わってしまうのです。大きな幸せも、ちいさな幸せもいらないという選択、間違いなく間違っているのだけど、誰もが持っている想いだけに、このやるせなさは心に響きます。


ジェネオン エンタテインメント
バタフライ・エフェクト プレミアム・エディション
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2005年07月09日

ミノタウロスの皿  藤子・F・不二雄 異色短編集 1

テーマ:書評

タイヤ


 藤子不二雄と言えばドラえもんですね、”どらえもん”と入力して変換キーを押せばきちんと”ドラ”がカタカナで”えもん”がひらがなででてくるくらいポピュラーです。藤子さんはドラえもん、パーマン、キテレツ大百科、エスパー真美、オバQなどが代表作です。どれも現実がかなり漂白されて、まさに漫画という肌触りをもちます。いわゆる大人には、彼のそういった漫画はどれもこれも物足りないだろう。絵もまったく質感がなくやたらと清潔感がある。藤子・F・不二雄と言えばそんな子ども向け漫画しか書かない人だと思われがちですが、きちんと大人向けの漫画も書いています。そういった作品を集めたのがこの短編集です。これは大人でも十分楽しめるし、かなりきついブラック・ジョークもある、元々SFが好きなだけあって、未来を描いた作品も多い。前述した彼の代表作はどれも子どもの夢を、そのまま漫画にしたような作品ばかりだった。そんな藤子さんが大人漫画を書いたわけだけど、その意気込みが感じられるのが「劇画オバQ」という短編。



 15年ぶりにオバQが街に帰ってきて再会をする。劇画というだけあって、正ちゃんもオバQもリアルに描いてある(劇画調のオバQはかなりグロテスク)。「オバケのQ太郎」に思い入れがある人は、あまりいないかもしれないけど、オバQファンでなくても、この作品を読めば切なくなってくる。15年ぶりに再会した正ちゃんの家に来たQちゃんだが、20杯食べるごはんや、大きないびきが、正ちゃん夫婦の悩みの種となる。Qちゃんはお化けだし、久しぶりに帰ってきた下界で、昔のように楽しく暮らそうと思うのだが、結婚し仕事を持つ正ちゃんは相手をしてあげられない。夢の中で楽しく遊んでいたオバQを劇画にしてしまった事で、否応無しに現実と対決させている。



 大人と子どもの区別なんて今では曖昧になってきてる、そもそも定義自体あいまいだし、成人式なんてただのお祭り騒ぎになりさがってる、誰もがなんとなく大人になっていく。それでもあきらめなければいけないものは確実にある。ただ大人になれば、大人になってはじめて気づく楽しみが発見できることを知ってしまうと、案外平気なものだ。まあそれは一定の年齢に達したからこそ言える事で、今現在この問題にぶちあたってる人達にとっては一大事。僕は中学生になるのがすごく嫌だった、小学校とあまりに世界が違いすぎるもの、かなり強引なステップアップだと今でも思います。やや無理矢理な大人への成長の痛み。オバQの世界が完全に、夢の世界として自立していて、マンガゆえに永遠にそれが続くものだと信じていれば、これは随分つらい物語だ。一番つらく寂しい想いをするのは、年をとることのないオバQだ、あきらめてオバケの世界に帰っていくリアルなQちゃんの後ろ姿が本当に切ない。夢の世界の住人が劇画にされたのではたまらない、藤子さん残酷です、同時に藤子さんの覚悟を感じます、自分で育てた世界を犠牲にしてまでですから。




藤子・F・不二雄

ミノタウロスの皿

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