子供に習い事をさせることは
子供の可能性を広げること
自己探索の機会も与えるでしょう。


さて、子供が習い事をするには
次の2つの背景があります。


1 親が習わせる
2 子供が自分から習いたいと言う


1 親が習わせる
子供の可能性を広げる、開けるためには、
良いことだと思います。


そして、大切なこと。
「この子は本当にその習い事を楽しんでいるのだろうか」
「嫌々やっているのではないか」
このことに配慮することです。


2 子供が自分から習いたいと言う
子供自らの好奇心とチャレンジ心。
この想いを叶えてあげることは、子供の成長にとって重要でしょう。
自らがそれを選び、努力して、成功体験を積む。
自信の獲得にもつながります。


しかし、この場合も、
「この子は本当に、今も好きで習い事を継続しているのだろうか」
「やめたいと言い出せないのではないだろうか」
配慮が必要です。


それでは、親の配慮とは、具体的にどのようにして行うのでしょうか。

それは子供を観察すること。
そして、コミュニケーションです。


良好な親子関係であり、子供が悩みを相談出来る関係性を築き
子供が習い事をやめたいと言った場合は
事情と理由を聞き

勇気を持って、そのことから撤退することです。
「お金を無駄にした」とは絶対に言わないこと。


嫌々習い事を継続すると
子供は自己抑圧的な人間となり その影響で人生を楽しむ能力が阻害されるかもしれない。
また将来的には、歪んだ親子関係にも発展する可能性大。
経済的には投資の損。


私もピアノ、そろばん、習字、水泳といろいろと習い事をしましたが
⇒正確には、させられた

何も身についていない。


ピアノは少し弾ける程度にはなりましたが
今はまったく弾いておらず
果たして親が200万近く投資した価値はあったのだろうか?



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昨年の今頃だったでしょうか。
もう、1か月早かったかな?


母がいかなごのくぎ煮を炊いたので、
「要るか」と携帯にメツセージが入っていました。
でも、1日で3回も電話が鳴ったので
「要らない」と断言した。


この4か月後に母は亡くなり
実家の冷蔵庫の冷凍室を開けると
沢山のいかなごのくぎ煮が冷凍されていた。


あの時、もらったらおけば、良かったという気持ちになりました。


私と母は何が何でも、相性の合わない間柄で
母も徹底的なところがありますが
私がその10倍徹底的なので、いや、鉄壁の守りと表現した方がいいのでしょうか。


相性が合わない親子は存在するのか?
話し合っても分からないのか?
そもそも話し合えないのかと?
という疑問も生じるかもしれませんが


子供時よりそういう関係性ではなかった。
大人になって、話し合える関係性は、私と母ではゼロ。
でもこれは、私と母の話し。


稀ではありますが
成長した子が、子供時の辛かったことを親に話すと

親も過去を振り返り、
子に謝罪し、子も親と過去を許し
親子の距離が急激に縮まることもあります。
これはまれですが・・・。

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正しい主張かなと思います。


問題はその夢を、いかに抱くのか
何を夢とするのか
人生の目標とするのか、
そしてそれは、現実的に考えて達成可能なことか、どうかです。


夢をいかに抱くか
人生の夢とは、生きる目標でしょう。


しかし、夢を抱けない、夢が分からないことも多々あります。

その夢をどうやって探すのか、見つけるのか


過去に想っていた、想いでしょうか。
または感動体験からでしょうか。
それとも、ネットの情報からピンとくるものからでしょうか。


いずれにせよ。
過去を思い出したり、何かを見て、
自分の夢は、コレではないかと感じることが大切です。


そして、次に大切なことは、
夢と感じたことについて、少しでいいから
経験・体験をしてみることです。


この経験・体験から
夢とはコレだと、確信がもてると思います。


それでも、未だ夢が分からない
何を目標にしてよいか分からない場合は
どうしましょう。


まずは、日々の行いを正しく行い

その夢と出会える日を待ちましょう。


夢と出会えるにも、タイミングが必要なのです。
それは、夢を叶えるための、ベストタイミングなのです。



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