イタリアでモロッコごはん

イタリア在住栄養士ritzcoが美味しいモロッコ料理情報を綴ります。
ず~っとやりたかったフランス語の勉強を再開!充実の勉強ライフも一緒にお届けいたします☆


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日本にいる頃は全く独りよがりな自己中な行動ばかりしてきたけれど

願望が強ければ強いほど不可能なことも可能に出来ることを悟っていた。

 

 

でもイタリアに来てみると「神を信じている人」が周りにウジャウジャいて

私は独りよがりな考え方ばかりしていられなくなった。

 

 

私の周りで起こる不思議な出来事は「あり得ない話」として片づけてきたけれど

神を信じている人の周りで起こるそのような出来事は
「奇跡」とか「ミラクル」とか言うのでしょう。



いやぁ、イタリアに来てから

これでもか!というミラクルを見せつけられてきました。

目の前で見せつけられるのです、「神の仕業?」という出来事を。



あれは私が娘を産んで間もない頃。

夫の同僚が職場で荒れている時期で

うちの夫は同僚からのストレスに耐えられなくなっていました。

 

 

理不尽な事を許さない夫はある日その同僚に

「お前今に見てろよ、そんな態度を続けていると
 明日から病欠してお前の顔見ないようにすることだって出来るんだからな!

 Dio vede e provvede!!  神が判断を下すまでだ!!」
 

 

その数時間後、夫が救急車で運ばれたと職場から連絡がありました.......。


職場の階段で膝に痛みを訴え歩けなくなり、整形外科に運ばれたとのこと。
レントゲンの結果は「膝の腱に損傷があり入院が必要」とのこと。

 

 

私は突然の出来事にウロウロ、オロオロ。
生後2か月の娘を抱えながら旅行バッグに入院に必要なモノを詰めながら
あの病院までこのバッグを抱えながらベビーカーを押していくのか?
などと考えていると、突然車でイタリア人の友人が遊びに来て病院まで送ってくれたのでした。
なんというグッドタイミングな訪問!!

 



夫の同僚は仮病だと思ったでしょうし

夫自身も何故仕事中に突然こんなことになったのか解らなかったようですが

たまたま仕事中でしたし労災が下りて

完治まで4か月かかる!という長い間、
夫は有給病欠でその同僚から離れることが出来たのでした。



1か月はギブスで足が曲げられない状態で病院に入院していて

その後3か月は自宅療養となりました。

 

 

私はその頃大学の1年生で

6月の試験を終えて夏休みに突入し、7月に出産し

10月から2年目の大学復帰はどうしようかなぁと考えていた頃でした。



いつもテキトーでどうにかなるだろうという

お気楽なスタイルで過ごしてはおりましたが

まさかのタイミングで私の大学復帰と同時に夫が自宅療養に入り

母乳から哺乳瓶を少しずつ導入して
ベッドで安静を求められた夫は3か月間、娘とずっと遊んでいてくれたのでした。



私の研修先の大学病院は家から目と鼻の先でしたし

お昼は自宅に帰って食べて、母乳で娘を寝かせてからまた午後の授業に戻り
なんと私は奇跡的に難なく大学復帰を果たしました。
 

 

 

夫の同僚は一体どんな気持ちでこの4か月を過ごしたのでしょうか?
これは神が下した判断と受け取ったのでしょうか?


彼は仕事が出来ないイタリア人。

夫は彼の何倍も要領良く働ける外国人。

毎日全ての仕事を夫任せにしていた彼には

夫不在の4ヶ月は相当厳しかったと思います。

 

 

 

夫は後で気づいたそうですが

あの頃ちょどスポーツジムに通い始めて

膝に無理がかかるトレーニングをした後だったので

その後職場で重いものを運んでいたタイミングで
腱を損傷するに至ったのだろうとのこと。

 

 

それにしても、腱の損傷は相当痛かったようですが

その後夫は笑いが止まらない様子で

今でもあの事件を思い出しては噴き出しています。

 

 

神に近い生活をしている人の周りで起こる事件は

さすがに神の力を感じずにはいられないレベルでございます。
 

 

 

これは私の周りで沢山起きているあり得ない出来事の中の

ほんの1話に過ぎません。

 

 

 

 

 

 

 

あの10年後、また大学生をしているとは

全く想像もしていなかったのですが

授業の前に大学のキャンパスが秋色でとても綺麗だったのでパチリ。

 

 
 
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アラビア文学の授業で

ひとしきりイタリア語訳でも意味不明なアラビア語の詩を読み終えた後

アラビア語ペラペラなイタリア人教授が授業後に

私と全く同じ位置に立ち、この風景を携帯で写真を撮っているのを見てビックリ!!

 

偶然?シンクロ?

この風景を同じように美しいと思える人を目の前にして

とても幸せな気持ちでキャンパスを去りました。
 

 

 

 

 

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皆さんハチミツはお好きですか?


ハチミツって栄養豊富で神秘的な食品ですよね。
その豊富な栄養をまるごと享受するための
「食べ方」を過去のブログで書いております。

自分のブログをリブログして良いものか謎ですが
よく解らないままリブログ機能を使わせて頂きます。

是非ご覧くださいね♪

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ところで大学は?

 

と最近よく聞かれるのですが

なんだかんだ言って通えちゃっています。

 

 

義姉は脚の切断部分の傷の治りが悪いらしく

長い間リハビリ施設に入院したままなのです。

 

 

もうそこの施設にいられる期間は限界なのですが

感染症の危険性があるのでドクターは家に帰らせたくないらしく

他の施設を見つけるとのことでした。

 

糖尿病患者の術後の創傷治癒は

高血糖や血流障害などの理由で

なかなか難しいみたいです。


ちなみにイタリアは65歳以上の患者は

治療費や入院費は一切かかりません。

ヨーロッパはお年寄りにやさしいシステムだと思います。
 


 

 
 
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私はずっと自宅介護になるものと思っておりましたので

大学にも通えないと思い込んでおりました。

 

でも気晴らしに勉強は続けたいとは思っていたので

授業出席は基本的にしなくてもよい「パートタイム学生」に切り替えておりました。

 

通常学生は授業の70%の出席率に到達しないと

テストを受けられないか、追加の勉強をしなければなりません。

 

でも働きながら大学に登録した人は

基本的に授業に出席出来ませんので「パートタイム学生」として

教授の指示のもと、自宅学習をしてテストを受けられるというシステムです。

 

 

 

これで私は授業に出席することにストレスを感じることなく

自宅で勉強を続けられる状態にはなっていたんですけどね。

 

 

まさか義姉がこんなに長く入院生活を送ることになるとは

思ってもみませんでしたので

新しい科目の授業も出席できるうちにと通っております。

 

 

 

しかし、私はここで大学に入学していなかったら

夏休み明けからずっと待機状態で
もどかしい状況だったのでは?と思うのです。

 

 

今だって病院にいつ呼び出されてもおかしくない状況ですが

何もない静かな日には授業に行ったりテスト勉強をしたりしています。
 

 

 

いつも思うのですが、

仕事に行ける状況ではないような時は

勉強するのが一番ですね。

 

 

たとえ勉強のペースがゆっくりではあっても

何もしないで時ばかりが過ぎていくよりは

濃い時間の流れになること間違いなしです。

 

 

 

 

 

 

ところで、義姉がイタリアにやってきたのは

彼女が40歳の時だとか。

 

 

それまではサウジアラビアのお金持ちの家で雇われていたそうです。

彼女のお料理があまりにも美味しかったからか

一度その家の仕事を辞めてモロッコに帰ると

もう一度働かないか?とパトロンがモロッコまで迎えに来たそうです。

 

 

 

イタリアには友人が用意してくれた仕事があってやってきたとか。

好景気だったイタリアはいくらでも仕事があったそうです。

 

 

しかし、40歳で単身イタリアに渡るなんて

結構波乱万丈な人生ですよね。

 

 

日本にいたらちょっと考えられないような風来坊な生き方ですが

モロッコ人は平気でやってのけてしまうんです。

 

 

夫のお祖父さんはイスラム教の宣教のため

サウジアラビアとモロッコ間をラクダで旅していたとか。

元来定住するという固定観念が無いのかもしれませんね。
 

 

私はこういう風まかせな生き方に堪らなく憧れます。

主導権は自分が握っている自由な人生です。

 

 

こういう人生のお手本を日本で見る機会がありませんでしたので

イタリアに来て、国境をものともせず

貪欲に自分の意思で未開の地でも人生を切り開いていく人達を見て

単純にすごいなぁと思いました。

 

 

こういう考え方が頭のほんの片隅にでもあれば

「過労で自殺」とかあり得ないのでは?と思います。

狭い視野で生きていると、自分の可能性に限界を感じてしまいます。

 

 

もっと大きな世界を視野に入れて

自分の人生を自分の意思で切り開いてみてはいかがでしょうか?


モロッコ人はより住みやすい土地を目指して

いつでも旅立てる状態でいます。

それは年齢など関係ないところが凄いところです。

 

 

私も彼らを見習って

あまり住んで入る土地や所持品に執着することなく生活しています。

精神的にいつでも捨てられる状態でいることで

いつか思い立った時に旅立てるように.........。

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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数秘術というものをご存知ですか?

 

私が数秘術を知ったのは

堀内瑠美さんの朝方美人塾で紹介されていた

「誕生数秘学講座」の記事を読んだのがきっかけです。

 

 

以前から私の家族の誕生日の数字の関係性を読み解きたいと

漠然と思ってはいたのですが

こういう講座があることを知って、

是非日本帰国時にこの講座に出てみたいものだと思っていました。

 

 

するとある日Facebookで

フランス語仲間として知り合ったお友達のムツミさん

その気になる蓮野美玲先生の講座に参加してきたと仰っていて!

しかもそこで学んだことをさっそく生かして

誕生数秘学を読み解いてくださると募集をかけていらっしゃったのです!!!

 

 

私は大興奮で名乗りをあげて読み解いて頂きました。

私はムツミさんの文章の大ファンでして

ただ読んでいるだけで癒されるあの語り口調で
長年気になっていた私の家族の誕生日の謎を細かく分析し

ドンピシャで当たっている驚きの結果を送ってくださったのです。

 

 

もう、私は長年の謎が解明したことと

ムツミさんの読解力に感銘し

朝から鼻血を出しそうなくらい興奮し

この結果をブログでシェアして良いかムツミさんに確認しました。

 

 

そして今夜はブログ書くぞ~!

その前に今日の日記を書いてからにしよ、と

私の愛用3年日記帳を開くとなんと

全く同日の1年前に私はフィレンツェで堀内さんのブログセミナーを受けていた

と書いてあったのです。
(堀内さん、フィレンツェまでお越し頂きありがとうございました☆)

 

 

一体これは偶然と言えるのでしょうか?

ひとしきりゾ~ッと鳥肌が立ったところで

気になる結果をシェア致しますね♪

 

 

 

 
 
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なぜ私の家族の誕生日の数字の関係性が気になっていたかというと

 

私は8月13日生まれ

夫は4月10日生まれ

娘は7月13日生まれ

息子は7月10日生まれ

 

私と娘は13日生まれ

夫と息子は10日生まれ だということ。

 

あと、4月22日に

結婚式と料理学校の試験日がたまたま重なり、1日に2つこなす羽目になったこと、

フィレンツェ大学の卒業式も数年後のその日だったこと

など、偶然にしてはちょっと気になる

絶対この数字から物語れる何かがあると、ずっと思っていたんですね。

 

さて、ムツミさんはどのようにこの数字を読み解いてくれたのでしょうか?

 

 

 
 
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以下 ムツミさんによる誕生数秘の読解結果です。

 

まずはじめに、ご家族それぞれがお持ちの数字について、
簡単に説明しますね。

りつこさんの持っている数字は、4,8,3
旦那様の持っている数字は、1,1,5
娘さんの持っている数字は 4,1,11
息子さんの持っている数字は 1,1,8


左が、生まれてから30歳くらいまでに影響を受ける数字で、
真ん中が30歳から60歳くらいに影響を受ける数字、
そして、右が、克服ポイント、を表すということになっています。

 

りつこさんご一家のメンバーが持っている数字を出してみて
真っ先に目がいったのは、「家族4人のうち、3人がリーダーである」
ということでした。

 

旦那様、娘さん、息子さんが、真ん中に「1」を持っていて、
「リーダー的資質」を持っていることを意味しています。

特に旦那様と息子さんは、生まれ落ちた時点で与えられていた資質と、
成長するにつれて発揮してくる資質が両方とも「1」で、
数ある組み合わせの中から、二人とも同じ「1」「1」というのに
驚きました。旦那さんと息子さん、かなり似たタイプで、
お二人とも、自他共に認めるリーダータイプなのでは?と想像します。

 

「生まれ持った資質」と、「生まれた後で芽を出し発揮してくる資質」が同じタイプの人(旦那様と息子さん)は、
自分が思う自分と人から見られる自分に差がないので、とても生きやすいタイプで、のびのびしている人が多いそうです。
もしも、今の時点で「リーダーである自分」にピンと来ていないのなら、そういう自分を意識して、
挑戦してみることで、より自分らしさを発揮して、輝けるそうです^^。

 

娘さんの場合は、同じくリーダーの資質を持っているのですが、生まれ持った資質が、「きっちりタイプ」なので、
また少し、旦那様と息子さんとは印象が違うかもしれません。今の時点では、几帳面で落ち着いたしっかり者、
という印象が目立っているかもしれませんが、成長するにつれて、リーダーシップを発揮し、
人をまとめたりするようなポジションになることも増えてくるかもしれません。そういう役目を引き受けることで、益々輝くタイプのようです^^。

 

そして律子さんですが、生まれもった性格が、娘さんと同じ「4」番。うちも私と息子がこのパターンなのですが、
娘さんを見ていると、自分を見ているような気分(もしくは自分の子供時代を思わせる)になったりしませんか?^^ 
律子さんも、娘さんも、生まれ持った資質が、キッチリタイプ、具体的に言うと、几帳面だったり努力家だったり、粘り強かったり、
という特長を示す数字なので、コツコツすることが得意だったり、何に挑戦してもだいたい結果を出すことができるタイプなのでは、と想像します。

 

娘さんが、「几帳面な努力家がベースとなったリーダー」タイプであるのに対し、
律子さんは、「几帳面な努力家がベースとなった、情熱家、野心家」と出ています。


目指す目標に向かって、情熱を燃やし進んで行くタイプであり、かつ土台には「几帳面で努力家」という資質があるので、自分なりの目標を持って、どんどん前に進んで行くタイプだと読み解きました。実際の律子さんと照らし合わせて見ても、納得!というのが個人的な印象でした^^。

 

りつこさんが益々自分らしく生きて行くためのヒントとしては「3」番、
「子供のような遊び心」というものが出ています。日常に「遊び」を意識して取り入れてみることで、益々充実して、自分らしく輝けるのでは、と思います。

 

お母さんと娘、パパと息子でタイプが似ているというのも素晴らしいバランスだと思いますし、
家族の中にリーダーシップを取れるタイプが3人もいるなんて、頼もしい家族だなぁ、、、と思いました^^。

 

 

 

そして気になる4月22日の謎に関しては

 

 

数字からのメッセージ、本当に興味深いですよね。

節目に当たっては「22」に縁があったのですね。

ざっくり言うと、22のメッセージって、「GO!その調子だ!」
みたいなものですよね。
門出のメッセージにぴったりな感じですね。

今も幸せにイタリアで結婚生活を送られていて、
学校で学んだものを生かしてお仕事をされているわけですから、
数字から受けた祝福の通り、素敵な人生を歩まれていますね♪

 

 

 

とのことでした。

 

 

どうでしょう?

ムツミさんは私のお友達であるだけで

私の家族とは会ったこともない方です。

 

なのに~、こんなに細かく

まるで全員のことを昔から知っているかのごとく

ドンピシャで人物像を当ててくださったのです。

 

誕生数秘ってこんなに凄いのぉ~!!!???
 

 

もう、ひとしきり感動致しました。

 

 

 

誕生日の数字が同数であるように

私と娘、夫と息子はタイプが似ていたんですね。

 

そして4月22日は私にとって門出の日だということ。

結婚当初はどうなることやらと思いましたが
料理学校入学と共に、徐々にイタリア語の壁を克服して

12年経って家族も増えて、本当に楽しく生活しております。

 

日本からイタリアに旅立って

自分の無力さを思い知って

夫に支えてもらいながら沢山学べたこと

辛い時期もあったけれど

それが私を一回りも二回りも成長させてくれたこと

今まで起きた全ての事象に感謝している毎日です。

 

そして今、ムツミさんのお陰で誕生数秘の結果を得られたことで

この素晴らしいアドバイスが

家族の未来予想図の道しるべとなっていく事と思います。

 

ムツミさん、この度はご丁寧な回答を頂き、本当にありがとうございました。

 

 

現在は募集を締め切っていらっしゃるムツミさんですが

またお時間が出来次第、「誕生数秘読解の再開のコール」がかかるかもしれませんので

気になる方は是非彼女のブログをチェックしていてくださいね♪


私の誕生数秘の結果のご感想を皆様、是非聞かせてくださいね☆

 

 

 

 

 

 

 

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義姉は左脚切断手術を終え、リハビリ施設へと移動しました。

 

最初に手術を予定していた朝に

この本を読んだ時は本当に衝撃的でしたが
やはり義姉も切断を終えた後、ハムドゥッリッラーと言っていました。

 
 
 
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義姉の左脚の膝から下にかけては

手術の3日前から何の感覚も無くなり

ただ石のように重いだけで

「私の足は死んでしまった。」と言っていました。

 

 

膝下の大部分が壊疽で真っ黒で

見るも無残な有様でしたので

こうして感覚も無くなり諦めもついたところで

切断手術に踏み切れて良かったと思います。

 

 

 

しかし やはり

体の一部が切り離されるという事実は

本人にも、周りの人間にも

視覚的にも精神的にもかなりショックが大きく

術後のお見舞いは、みんな言葉も無く泣き続けました。

 

 

 

 
普通糖尿病の場合、足の指に壊疽が起こりますが
義姉の場合、長年の喫煙も祟って
両足膝下の広範囲、特に左脚は酷い壊疽に襲われました。


最初は赤い斑点が出始めたのですが
ものの1か月程で壊疽にまで発展したので
本人も周りの人間も驚くばかり。
義姉は痛みにもがき苦しんでおりました。
 
 
 
壊疽から敗血症になり
昏睡状態になり入院した義姉。
 
最初は切断などせずに、そのまま死にたいと言っておりましたが
今は切断してもう少し長生き出来ることが嬉しいようです。
 
 
 
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
 
先日私は友人達とランチを食べて帰ってくると
フィレンツェ駅の裏が酷い渋滞で車が動きませんでした。
問題の地点に差し掛かるとバイクと車の交通事故のようでした。
 
 
翌日友人が、あの渋滞の原因だった交通事故で
フィレンツェの有名なトラットリア、ソスタンツァのオーナーが
その事故で亡くなったと教えてくれました。
 
 
それを聞いて、私はそんな不意な事故死を迎えることに
今までにない恐怖を抱きました。
 
一瞬で、大切な誰かに最後の言葉を伝えることもなく迎える死。
まさか当の本人でさえ死ぬなんて予想もしていなかった突然の死。

きっと沢山の観光客の方がこちらのトラットリアで
ビステッカを堪能されたことと思います。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 
 
 
 
こんな虚しい死に比べたら
義姉は脚を失ったけれど
命を失うかもしれなかった昏睡状態を乗り越えて
いつもお見舞い客にわんさか囲まれて
幸せだなぁと思います。

 
 
我が家で療養中も宴会状態でしたが
入院先の病室も、義姉のベッドの周りだけ宴会状態で
あまりに見舞い客で溢れているので
他の患者さんや家族に迷惑がかかからないよう、看護師から注意を受ける程でした。
 
 
 
今までベッドでずっと寝ていたのに
リハビリ施設に移されてからは
車椅子で一人で行動できるように
朝はベッドから叩き起こされて、
スパルタに車椅子に乗せられているそうです。
 
 
 
我が家にも保健所から支給された車椅子と
褥瘡防止マットレス付きのリクライニングベッドが届きました。
 
 
リハビリ施設には同じく脚を切断した人や
義姉よりもっと酷い状態の患者さんを沢山見かけます。
そんな中で少し元気を取り戻して
車椅子で動けるようになって退院して
寒い冬が来る前の秋のフィレンツェを堪能してほしいです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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ある日偶然会った、とても印象的な人との出逢いも

時が経つと共に、それは必然だったと思うように

 

ある日ふと手に取った本を偶然開いたページは

その文章を読んだ途端

まさにその瞬間に読むべき一節だったことに気付く。

 
 
 
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義姉の手術予定日だった土曜日

私は朝8時に病室に待機しているようにとのことで

家でバタバタ出かける用意をしながら

長丁場になりそうな待ち時間を想像しながら

何の気なしに本棚から一冊の本を手に取ってバッグに入れた。

 

 

 

病室に着くと、義姉はまだ寝かせてくれと言うので

外の誰もいない待合室に出てその本を開いた。

 

 

2年前、海辺で寝そべりウトウトしながら一度読んだきり

読み返していなかったので内容もうろ覚えだった。

 

ポール ボウルズの 「孤独の洗礼/無の近傍」

 

パラパラとページをめくり

「小アフリカ」 の章から読み始めた。

 

2ページ目に突入した時

私はバズーガで撃たれた衝撃で

何メートルも後ろに吹き飛ばされたようなショックを受けた。

 

そこに書かれていた文章を引用するので少々お付き合いください。

 

以下引用  **************************************************

 

 

ケルザーズからアドラールまでトラックで14時間かかった。

そのあいだエル・アウグルートのオアシスで昼食のために休んだとき以外は、

その老人は床に座り込み、身動き一つしなかった。

 

・・・・・・・・中略

 

 

午後になると、砂埃は次第にひどくなり、

日没にやっとアドラールの町に入ったころには、

運転手と私までが埃まみれになっていた。

 

私はトラックを降り、体から砂埃を振り落とした。

小柄な老人が後部から降りると、

砂埃が滝となって体からこぼれ落ちた。

 

それから老人は前に回ってきて運転手に話しかけた。

運転手は良きイスラム教徒だったので

シャワーを浴びて体をあらいたがっていた。

 

不幸なことに運転手は良きイスラム教徒であると同時に

都会のイスラム教徒だったので、

田舎出の人間がゆっくりと慎重に話すのを聞いているといらいらした。

 

そして相手の話がまだ終わらないうちに、

老人が手を出しているのに気づかずに、音を立ててドアを閉めてしまった。

 

老人は落ち着き払ってもう一方の手でドアを開けた、

彼の中指の先は、わずかな皮膚でつながっているだけになった。

 

彼はそれにちらと目をやった、

それから静かに、いたるところにある砂から一握りすくい上げ、

ちぎれた指をもとの場所に押し当てると、その上に砂を注ぎながら、そっと言った。

 

「アラーよ、感謝します。」

 

これだけのことをすると老人は少しも表情を変えずに荷物を持ち上げ、歩み去った。

私は不思議な気持ちに包まれて、その後ろ姿を見送った。

そしてもしも同じ状況におかれたら、

私はさぞ老人とは違う行動を取ることだろうと考えた。

苦痛を外に表さないというだけでも十分に常軌を逸しているが、

自分を傷つけた人間に怒りを示さないということはとても不思議に思える。

そのうえこんなときに神に感謝を捧げるなどは、不思議の最たるものだ。

 

たしかに、このようなストイックな行動の手本に毎日お目にかかるわけにはゆかない。

だからこそ私はこれを覚えていたのだ。

だが、それ以後も、経験を重ねるうちに、
これは決して典型から逸脱するものではないことがわかった。

そしてこれは私にとって、北アフリカの人々の尊敬すべき点の象徴になった。

 

 

************************************************************ 

 


これを読んだ時、私は独り唸りながらある人のことを考えた。
夫の母親のことを。 →詳しくはこちらをご参照ください 「義母のこと
 
彼女は恐らくこの老人の境地に達している人だと私は思う。
女性だし、「痛~!」くらいの一言は発しそうだけど
きっとその後すぐに 「アル ハムドゥッリッラー」 と神に感謝すると思う。 
 
 
 
 
先日イタリアの義姉は昏睡状態になって緊急入院した。
幸いすぐに意識を取り戻し、お見舞いに来る友人達に
 
「神は いる」
「アル ハムドゥッリッラー(アラーよ、感謝します)と言いなさい!」
 
と言われ、涙をながしながらその言葉を繰り返していた。
 
 
 
以下引用*************************************************
 
「私たちが見ているこの世界は夢のようにどうでもいい、はかないものだ。
こんなものを深刻にうけとめるのはばかげたことだ。
それよりも、私たちを取り巻いている天国のことをかんがえましょう」

中略

宗教が日常生活から
ひどくかけ離れたものになってしまった文化の中に生まれた者にとっては、
教義と自然な行為とのあいだにわずかな齟齬しかない文化の只中にいる
ということは驚くべき経験だ。

そして、これが北アフリカにいることの魅力の一つでもある。
 
***********************************************************
 
 
 
2年前の私には、この文章を読んでも何も解らなかった。
ウトウトしながら流し読み流して殆ど内容も覚えていなかった。
そして今、この瞬間にこの本を手にしたのは必然だったと確信した。
 
 
私はイスラム教徒ではないし、しばしば彼らの行動や言動を理解出来なかったりする。
 
ケンカをしたり嫌なことがあって、こちらもイヤな気分に陥っているのに
彼らと言えばお祈りをすれば自分だけスッキリした気分になっていて
祈らない私だけイヤな気分のまま取り残されることになる。
 
どんなに苦しい病気と闘っていても
病気であることは脇に置いておいて神に感謝が出来る。
 
 
 
 
つまり彼らにとって、この世の出来事は夢のようにどうでもいい、はかないもので
こんなものを深刻にうけとめるのはばかげたことで
全ての事象を決定している神に感謝して天国のことを考えると
嫌なことは忘れ、病気の苦しみすら薄れてしまうということらしい。
 
 
 
神がすべてを決めているので彼らはあまり人のせいにしない。
だから指がちぎれても老人は運転手のせいにはしなかった。
 
しっかし痛いのに声ひとつ発しなかったってのはどうかね?と思う。
私はその境地まで達する前に死んでしまうと思う。
 
 
 
 
 
この辺りまで悶々と考えていると
医者に「ご家族の方ですか?」と呼ばれた。
 
 
「予定していた手術ですが、
他の緊急の患者さんが出てオペ室が使えなくなりましたので
月曜日に延期になりました。」
 
 
と、結果論を伝えられた。
日本のように「申し訳ございませんが」とかいう一言は一切なし!
 
これも神が決めたことか、と思い
手術が延期になってホッと胸をなでおろした。
私にとって今回の義姉の手術は永遠に延期になってほしいと思うような
すごく複雑な気分で病院を後にした。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
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フィレンツェの街中を歩いていると

フィリピン人女性に微笑みかけられた。

 

 

え?と思ってキョロキョロ周りを見たけれど

「私に」微笑みかけていたので

私もニッコリして通り過ぎた。

 

 

 
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これが一度だけではなく

私は今までに何度もフィリピン人女性に微笑みかけられている。


そう、彼女達は私を「同胞」とみなして自然な挨拶をしているのだ!

 

 

そんなに私はフィリピン顔をしているのか?!

 

 

ま、私がフィリピン顔なのか
ペルー顔(南米系にもよく間違えられる)なのかはさておき

微笑みかけられてちょっとビックリするけれど、悪い気はしない。
 

 

彼女達は同郷の人間への親しみを込めて

それを笑顔というステキなサインで相手に伝えているのだ。

 

 

私の夫もよくイスラム系の人とすれ違うと

特に知り合いでもないのに「サラーム」と軽く挨拶している。

イスラームはみんな兄弟な感覚なのだろう。

 

 

 

それに比べて私の同胞日本人ときたら!

 

外国ですれ違うと、わざと目をそらしてくださる。

まるで「自分はここフィレンツェで唯一の日本人ですよ!」
と感じていたいであろうことがヒシヒシと伝わってくる。

 

とてもそっけなく、冷たく、悲しい習慣だと思う。

 

きっと外国に長く住んでいる多くの人達は感じた事があるのではないだろうか?

もしくは無意識のうちに目をそらしてしまっていたりするのだろうか?

 

 

 

先日もフィレンツェ行きの飛行機で隣り合わせた日本人カップルは

私と目を合わせないように

二人で日本語のガイドブックを覗き込んでいた。

 

もしかして私のことを濃い顔中国人とでも思っていたのかもしれないけれど。

 

こんな時、ほんの一瞬の微笑みが彼らから私に向けられたなら

私も挨拶するきっかけとなって

フィレンツェの見どころをいくらでもそのガイドブックにチェックして教えてあげられたのに、と思う。

 

 

 

きっと目をそらしてしまう人は

何かを奪われたくない人達なのだと思う。

 

 

挨拶から奪われる時間とか

自分だけが守りたい人間関係とか

挨拶した相手にウザがられるのが恐怖とか。

 

 

こういうタイプの人と間違ってお友達になると

私が持っている情報だけを奪ってドロンする人が殆ど。
良い関係を築いていくなんて、これっぽっちも思っていなかったかのように。

 

 

 

もっとオープンに微笑みかけて

広がる人間関係とか

挨拶からもたらされる世界との一体感とか

そちらにフォーカスした方が絶対にポジティブですよ!

 

 

私はいつも同胞に向けてほほえみをたたえている人間でいようと思う。

そして私に向かって微笑みかけてきてくれる奇特な人には

相手から何かを奪うのではなく

沢山私が持っているものをあげたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
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モロッコから帰ってきて

ホッと一息つく間もなく

今日までぶっ飛ばしてきました。

 

 

義姉の退院、子供達の小学校の準備

自宅介護の開始、

歩行不可能になってしまったことによる

ドクターとソーシャルサービス間の諸手続き。

 

 

介護はみんなが手伝ってくれるので大丈夫なのですが

その他の膨大な諸手続きに駆け巡り

医者の待合室やバスに座ったとたん眠りこけてしまう有様。

もう、ハッと起きた時に恥ずかしい思いを何度もしました。

 

 
 
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写真は昨日の美しい夕焼け。

ほんの数分間の空のスペクタクルに癒されました。

 

 

 

介護と言っても私ひとりではなく

夫と姪っ子とその他二人のモロッコ人女性が

代わる代わる助けてくれるので負担には感じておりません。

 

 

それより何より、この率先したモロッコ人の助け合いに

私はまた感動させられました。

 

 

 

きっと日本で「介護」というと

まず「出来ればやりたくない」

という気持ちから嫌々始める印象がありませんか?

 

イタリアでも介護は殆ど同居ヘルパーを雇って対応します。

 

 

それがモロッコでは

(私はイタリアにいますが我が家はモロッコ式)

喜んで~!!なんですね。

 

 

以前書いたことがあるのですが

モロッコはベビーシッターも老人ホームもいらない桃源郷なのです。

なぜなら大家族(又はご近所同士)助け合いながら全てを賄えるから。

誰か手が空いた人が小さい子や老人の面倒を見ているのです。

 

 

 

それが当たり前の国で育ったモロッコ人ですから

お!歩行困難になった?喜んで助けます。

体拭きます、オムツ替えます、何でも言って!

と軽~く嫌な顔せず率先して対応出来るんです。

 

 

 

日本にいた頃の私はエゴの塊のような人間で

自分さえよければ他人のことなんてどーでもいー

という非情な行動を常にとっておりました。

 

 

ていうか、日本ってこんな感じが当たり前じゃないですか?

自分の生活で精一杯で全く心に余裕がないと

周りのことにまで気配っていられませんよね。

 

 

こんな私が12年間モロッコ人を観察し

バカンスは現地で生活し、彼らに助けてもらい続けてきました。

 

 

なんでみんなこんなに心温かく優しく助けてくれるんだろう?

同じだけ相手にお返し出来ない自分がもどかしくて

でもとっても嬉しくて、ありがたくて何度も何度も泣きました。

 

 

私は涙する度、自分の凝り固まったエゴを

少しずつ溶かして洗い流している気がしました。

 

 

そして今、恐らく相当な量のエゴを排除して

少しずつモロッコ人のメンタルに近づいている自分がいます。

 

 

 

12年前に脳卒中で倒れて

半身麻痺になった義姉を助けるために同居が始まり

何とか歩けるようになるまで回復して

今また動けなくなった彼女。

 

 

12年後の私はかなりのエゴを排除したことで

「え?介護?はい、やりますよ~!」

と全く問題なく言える自分になっていたのです。

 

 

これには自分でもビックリしました。

 

 

きっと日本にいた頃の自分なら

「お義姉さんの年金全部使ってヘルパー雇って全部看てもらって~!」

と平気で言っていたと思います。

 

 

今の私はお世話になった義姉を喜んで面倒みています。

あんなにお世話になったのだから当たり前だと思います。

これがモロッコ人の助け合い方なのだと思います。

 

 

というワケで、率先介護集団と

お見舞いのお客様やらで溢れて

我が家はいつもワイワイガヤガヤ。

 

 

みんなに心配されて

子供に戻ったように体拭いてもらったり

パジャマを着替えさせてもらったりしている義姉は

本当に幸せそうな顔をしていて、

あぁ、モロッコ人に囲まれて歳をとるって素晴らしいことだなぁと思います。

 

 

私が手を出す間もないくらい

みんなが義姉を看てくれるので

介護疲れとかは無いのですが

彼らは夕飯を食べていくので

介護しながら宴会のようになってしまい

私はドタバタの一日の終わりにお料理やお皿洗いなどで疲れ果てました。

 

 

今日は誰も来ない静かな夜で

やっとブログが書けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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モロッコから帰ってきて間もなく
1ヶ月入院していた義姉が退院し
私は彼女の介護生活に突入しました。


私がモロッコに旅立ってすぐに
具合が悪くなって入院した義姉。


私はモロッコにいながら
ずっと彼女の病状を電話で聞く毎日。


糖尿病の末期で腎臓や心臓に問題があり
さらに高血圧と高血糖が追打ちをかけて
フラフラでほぼ寝たきり状態。



両足の膝下がグチャグチャしてきて
包帯でグルグル巻きにされて歩けない状態です。



入院している間は私たちが面倒見てあげるからと
フィレンツェのモロッコ女性陣が
私に帰ってこなくても良いとしきりに言ってくれました。



これは後発の夫も出発できないかもなぁと半分諦めていたら
義姉本人が夫に、あなたのお母さんも具合が悪いんだから会いに行ってきなさいと言って
夫は常に助けてくれる女性陣に甘えてモロッコに旅立てたのだとのこと。




でも今年はモロッコにいてもどこにも旅行などする気分ではなく
静かに過ごして帰ってきました。




犠牲祭の日に退院してきた義姉。




私は羊肉のことなど考える余裕などなく
かろうじて食べられる義姉のお食事を用意し
オムツ替えが出来るのか?が最大の問題でした。




初日はまた最強モロッコ女性陣が
オムツだのベッド用シートだの
色々持ってきてくれて
なんとか2人掛かりでオムツを替えてあげました。




こんなに大人用のオムツが巨大だとは知りませんでした。





そして翌日、もうオムツが足りなくなってしまったので
色々調べてみると、担当医に一筆書いてもらえば
保健所で無料で貰えるとのことでした。




まるで子供が産まれた時のように
老人のお世話も新しいことばかりで
目が回りそうです。




私の二人の子供を、まるでお婆ちゃんかのようにお世話してくれた義姉は75歳。


こんなに早く寝たきりになってしまうとは
想像しておりませんでしたが
いずれ来るべき日がやってきただけのこと。



出来る限り我が家で面倒見ていこうと思っています。



それにしても、いつも気を張って
元気にモロッコ料理を作ってくれていた彼女が
フラフラで食べる気力も無くなってしまい
その変わり果てた姿が可哀想でなりません。



具合が良くなるのか、悪化していくのか
私には見当も付きませんが
足の痛みなどが増さないよう祈るばかりです。






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モロッコにもIKEAが出来たとのこと。
我が家の家具は足りないもので一杯なので
イケア見学へ!


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カサブランカは広いな〜と
いつもドライブしていると思います。


フィレンツェは本当に小さな街ですのでね。


カサブランカは昭和なのどかさの中に
最先端の都会の雰囲気が突然現れたりする
カオスという言葉がピッタリな街。


イケアはメッチャ郊外にありました。



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家具は同じで
掛かっているのが民族衣装のジュラバ。




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値段を見てビビビビックリ!!
イタリアの2倍です!!




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そう言われれば、来ているお客さんも
お金持ちそうな人ばかり。


IKEAは庶民の味方じゃなかったんですか〜??


イタリアでは万人の散歩コースとなっているIKEAですが
どうやらここモロッコでは違うようです。



まるで日本の無印良品を外国で訪れて
あ、やっぱり日本行った時に買お!
って思うのと同じ感覚ですわ。



イタリア値段を知っているが故に
買う気が失せ、唯一タッパーが同じ値段だったので買いました。





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レストランではみんなタジンを食べていました。
他のものはモロッコ人はあまり食べないそうです。



今回色んな家具やらカーテンやら揃えるのに
カサブランカ中を見てまわっていたのですが
その後のIKEAはテンション下げられました。




この国にはIKEAの現代的なデザインに負けないくらい
強い個性的な文化が根付いているので
根こそぎIKEAに持って行かれることはあり得ないのです。


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例えば、私は家の照明を探していたのですが
こんなステキなライトを見てしまった後に
IKEAのライトは、とても安っぽく見えてしまいました。





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安っぽいのに高いIKEA。

ステキなのにお手頃価格なモロッコのライト。


私はモロッコのライトを選びました。



イタリアでも若者の家を訪れると
全部家具はIKEAで揃えました〜ってケースも多々あります。


が、イタリアでもリサイクルショップを訪れると
とんでもないお宝アンティーク家具が
IKEAより安い価格で売っていたりします。



イタリアで買ったIKEA家具は
見た目は格好良いですが
本物の木で出来ていないので
引き出しの下の部分が湾曲して開かなくなってしまいました。




どこを見ても同じな没個性な現代のインテリアに
イタリアやモロッコの職人さんの手による家具などを上手く取り入れて
個性的にしていけたらいいなぁと思います。




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