イタリアでモロッコごはん

イタリア在住栄養士ritzcoが美味しいモロッコ料理情報を綴ります。
ず~っとやりたかったフランス語の勉強を再開!充実の勉強ライフも一緒にお届けいたします☆


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息子がギブス生活になってから
イタリアの小学校の先生から毎朝教室まで
重いリュックを持って同伴してくださいと頼まれました。
 
 
普段イタリアの小学校では両親は昇降口でサヨナラで
教室まで自由に入って行くことは出来ない規則なので
背負ったリュックの方が大きいような小さな2年生の子供達と
一緒に教室まで歩いて行けるのはとても嬉しいです。
 
 
 
今日も帰りに教室までお迎えに行くと
担任の先生が、息子さんは展示物を飾るのを率先して手伝ってくれたり
体育の時間にその場でピョンピョン跳ねていたり
まるでギブスをしていないみたいなんですよ!
 
 
いやいや、病院でドクターに触られても痛くなかったくらいですから
大したことないんですって。
ギブスをしているというだけでビックリされてしまうのだけれど
本当にお騒がせです。ただの固定具です。
 
 
 
ところで、話はぶっ飛びますが
2016年のクリスマスプレゼントは日本で大焦りで選びました。
 
特に何も考えておらず
突然19日に日本に飛んでしまったものですから
アマゾンでギリギリ、2日以内に届くものを!
と言っても色々ありすぎて悩みました。
 
 
せっかくなら日本でしか買えない
可愛い裁縫道具セットにしようと
女の子用と男の子用でバッグに収まっているものをゲット。
 
 
子供達はプレゼントを開けても
いつものワッという歓声は無く
最初なんだか解らなかったようで二人で首を傾げておりました。
 
フェルト40枚セットというのも包んでおいたのですが
それも???だったらしく、
きっとこれはママへのプレゼントなのでは?とかブツブツ言っておりました。
 
 
しかしこれが後に大ヒット。
 
 
うちの母親は仕事を辞めてから
洋裁にハマっておりまして
今や元私の部屋が彼女のミシン3台が並ぶアトリエと化していて
ガンガンイタリアにも作品が送られてきております。
 
 
子供達は私の母親から色々教えてもらって
好きな色のフェルトを切って縫い始めました。
 
すると息子は黒いフェルトに赤い糸で
STAR WARS という文字を刺繍し始めたので
母親はビックリしてしまいました。
 
誰も刺繍なんて技術は教えていなかったからです。
 
どこかで見たことがあったのでしょうか?
波縫いで刺繍をしようとして
でも自分が想像した完成像と違ったらしく
途中で投げ出しておりましたが
きっと彼はステッチを教えれば、いずれ出来るだろうと思いました。
 
 
 
イタリアに帰ってきてからも
フェルトを引っ張り出しては色んな作品を作り続けています。
 
先日は先生にボタン付きポーチをプレゼントしていて
え~!ギブスでどうやって縫ったの?と言われていました。
私が見ていないところで作っていたので
そう言えば、どうやって縫っているのか不思議でした。
 
 
 
今日は夕食後にまた娘と息子は
フェルトで何か作り始めました。
 
娘は色鉛筆を入れる筆入れを
とっても細かい縫い目で縫っていました。
 
息子は何を作っているのか最初解りませんでしたが
母親に布地で作ってもらったロールペンケースを模したもので
ハサミや鉛筆削りも入るものを作っているようでした。

 
 
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私は一切手伝っておりません。
以前イタリアに帰ってきてから教えたと言えば
ボタン付けくらいかな?
 
日本で玉留めと波縫いと玉結びを習ってきたので
面倒臭がりで怠惰な私は勝手にやらせているだけです。
 
 
 
 
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完成したようです。
クルクルとロールしてボタンで留めるタイプのペンケース。
 
いつだか幼稚園のスモックのボタン付けが出来ないイタリア人マンマが
これから中国人の縫子さんのお店に行って付けてもらうの!
と言っていたことがあって ビビビビックリしたことがありますが
うちの息子はそんなことに時間を割くことは回避できそうです。
 
 
日本では家庭科の授業があって
生きていくのに必要最低限必要な
目玉焼きやホットケーキを焼く知識や
お裁縫を当たり前のように習えますが
イタリアではそれを全く教わらずに大人になってしまう人もいるのです。
 
 
お裁縫をマスターしたら、
今度は子供達にお料理を教えてあげようと思います♪
モロッコ式だとまずはパン捏ねから。
イタリアなら簡単なパスタから。
日本式なら~鍋でご飯を炊く方法からかな??
キャンプ場で飯盒炊飯するみたいにね☆
 
 
 
 
 
 
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あなたは24歳の時、何をしていましたか?
 
 
私と夫は、あるショップ店員のおばさんと話していて
夫が2016年から今まで沢山の辛いことがあったから
今年はそれを引きずらず新しい環境でスッキリ生活したいんだ
と彼女に言うと
 
私も夫を亡くし、24歳の息子を亡くして
もう立ち直れなそうだったけれど
最近やっとなんとか普通に生活できるようになったわ
と夫に言いました。
 
10年前に亡くなった息子さんは珍しい心臓病で
だんだん心臓が肥大していって破裂して息を引き取ったとのこと。
 
 
 
 
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24歳の終わりころ、私はイタリアにやってきました。
健康な体さえあれば自分の人生をどうにでも方向転換できる年齢です。

イタリアに長居するなんて考えておらず
それでも日本以外のどこかで生活する必要性を強く感じて
6か月間の滞在予定でやってきました。
 
自分の視野を広げたかったのですが
日本の雇われ社会から脱した自分は
あまりにも無力で言葉もろくに話せず
海外では生きていく術すらないことを思い知らされ
途方にくれていました。
 
 
24歳で自分の才能を開花させて
世界に羽ばたける人。
 
24歳で自分に失望する人。
 
24歳で難病で命を落とす人。
 
 
 
私は24歳で才能を開花させている人を
すごく羨ましく思っていたけれど
 
24歳で難病で命を落としてしまったら
もしかして彼はその後素晴らしい才能を
開花できたかもしれないのに
そんなチャンスすら失ってしまったのか
 
彼女の若い息子さんの死を思うと無念で、店員さんの前で泣いてしまいました。
 
 
 
私はイタリアに来てから未だ無力感に苛まれているけれど
それでも結婚して子供を授かって
私を支えてくれる人がいて
私が支えなければいけない人がいるということに
言葉に出来ない感謝の気持ちで一杯で
それだけで私の人生は完結しても何の無念もない。
 
 

 
もし店員さんの息子さんが
普通に機能する心臓を持っていたら
何がやりたかっただろうか?
 
 

店員さんは息子さんの死から立ち直り
今その難病への研究資金のための募金活動を続けているとのこと。



彼女の息子さんの無念の死を思いながら
これからも、いつ死んでも無念ではないくらい
自分に出来ることを精一杯やりながら
与えられた生を全う出来ればいいと思う。
 
 
 
 
 
 
 
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先日は息子のギブスの件でお騒がせしました。
 
今朝あったレントゲンの検診も
無事代理の姪っ子に息子を連れて行ってもらい、事なきをえました。
 
 
私がブログを書くのは
お腹の底に溜まっていた思いが喉元まで出て来てしまい
身体から放出しないといられなくなって「書く」という行為に至っています。
 
こんな吐き出しブログなのに
先日私が検診に息子を連れて行けない!などと
また吐き出してまったところ
それを読んでくださった沢山のフィレンツェ在住の友人から
 
「私が代わりに連れていってあげようか?」
 
「車が必要ならいつでも言ってね!」
 
とお声をお掛け頂きました。
もう、嬉しくて、ありがたくて、またその夜ボロボロ泣きました。
 
 
心優しいお友達の皆々様、ありがとうございました♪
いつも忙しくて、なかなか会えないけれど
こんな時に助けてくれようと声を掛けてくれる友がいるって
なんて素晴らしいことだろう!と感動しました。
 
 
 
義姉の病の看病日記も
ただの私の経験や感じた思いを綴っているだけなのに
多数の読者様からコメント欄やメッセージボックスに「ありがとうございます」と
感謝の言葉を頂くことが多くて、本人が驚いています。
 
 
看病日記も、やはり思いが溢れだす時に一気に書くので
読者の誰かのためになるか?とか
あまり考えずにやはり吐き出しております。
 
 
こんな内容でも読まれた方が
ご自分の経験と重ね合わせて共感してくださったり
何か学びを得てくれて感謝の言葉をくださったのなら
本当に吐き出し冥利に尽きます。


いつも私のブログを読んでくださりありがとうございます♪
コメントをくださる読者様にも、いつも元気をもらっております。
これからもどうぞよろしくお願いします。
 
 
 
 
さて、先日ハジャに義姉のことをお願いした土曜日が
瞬く間に一週間が巡ってやってきました。
あまりの時の流れの速さにいつもビックリしてしまいます。
 
 
 
この土曜日の朝、私は11時に家を出て
夫はローマからフィレンツェ行きの飛行機に乗り
昼の12時には家に着いている予定でした。
 
 
が、10時半に電話があって
なんと飛行機に乗れなかったと!


義姉をまた一人家に残すことになってしまいました。
なんだか夫は素直に帰ってこれない気がしていたんですよね~。
 
搭乗直前のゲート変更のアナウンスに
ヘッドホンをしていて気付かず
ゲート前で時間になったので並んだら
「ミラノ行き」と書いてあったそう。
 
 
変更先のゲートに走るも
もうゲートは閉まっていて乗れなかったそうです。
 
 
夜中の3時にカサブランカからローマに着いて
9時台のフィレンツェ行きに乗ろうとしていたので
ヘッドホンしながらウトウトしていたそうです。
 
 
全くお騒がせですが
今回は自分のせいでゲート変更に気付かなかったのに
無料で別便に変更手続きをしてもらえたのが
不幸中の幸いだったそうで。
 
夫の後にも数人、同じように飛行機を逃した人がいたのですが
彼らは変更料金を徴収されていたそうです。
 
 
この夜、先日の盛り塩は全く効いていないようでしたので
友人から教わった乾燥サルビアを燃やして
家中歩きまわって煙をまきました。
 
もうこれ以上何も起こらないでぇ~っ!!!
 
 
土曜日の午後、ハジャが義姉のリクエストに応えて
クスクスを作りにきてくれました。
 
 
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ワイルドなモロッカンクスクスは
久しぶりに夫も一緒に食卓を囲み
大変美味しゅうございました。


夫がいない間は、何事も起こらないようにと
私も気を張りつめておりましたが(色々起こりましたけどね)
夫も帰ってきたことですし
少し気を緩めて(でもイタリアにいるからには気を引き締めて)
過ごせるかなと思っております。
 
 
 
 
 
 
 
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夫がいない間に
義姉のハンディキャップ生活において
必要な手続きやら次回の入院に向けての事務手続きやら
介護以外にも4つくらいのことを同時進行していて頭爆発しそうです。
 
 
そんなある朝、息子の手を見たら
左手の小指の付け根部分がぷっくり腫れて青くなって
小指がヘンな方向に曲がっているのをみて
 
「何なのこれは~!?」
 
とビックリすると、昨日学校の前で転んだのだと言う。
痛くはないらしく、昨夜も何も言わなかったのに。
 
 
でもどうしても今日はやらなければいけない事務手続きがあり
義姉を車椅子で外に連れ出さなければならないので
なんとかその仕事をやっつけた後、小児科総合病院Meyerへ。
 
 
救急入口へ行って待合室で待っていると
二人のボランティアのお年寄りが
うちの息子の名前を呼んで「遊びにいきましょう!」と言う。
 
 
整形外科受付入口近くの遊び場で
なんとその二人のボランティアが息子とパズルやおもちゃを出して
ずっと待ち時間一緒に遊んでくれて、非常に助かってしまった。
 
 
2時半に着いて4時に呼ばれ
レントゲンを撮ってからまた待たされ
これは上の娘のお迎え間に合わないなぁと
姪っ子達に電話した後、学校に電話して事情を話してお迎えの件は一件落着。
 
 
 
しかしレントゲンの後なかなか呼ばれない。
 
 
 
やっと中に呼ばれたら、
レントゲン写真を見せられて
小指の付け根部分に小さなヒビが入っていますのでギブスします
ですって!!!
 
 
えー!ヒビ入っていたのに痛くなかったの??
 
 
なんでこんなに待たされていたかって
整形外科の先生待ちで
ギブスをするためだったみたい。
 
 
長い待ち時間も
息子は何の問題もなくお爺さんと楽しそうに遊んでいたのに。
 
 
なんでまたこう同時多発で色んなことが起きるのか
もうサッパリ解らない。
しかも夫不在の時に限って
これでもか!これでもか!ってくらいにハードルが出没する。
 
 
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息子は肘までのギブスをしてもらい
取るまで1か月かかるそう。
 
しかも午前中4つくらいアポが入っている30日に
またレントゲンを撮りに来ることと言われ
日にちは変えられないと。
 
また姪っ子に頼むしかないかな。
 
 
 
 
 
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あっと言う間に暗くなり
家に帰るとドッと疲れていることに気付き
夜はどうやって寝付いたのかも解らず
いつの間にか朝になっている始末。
 
 
もうこれ以上何も起きないように
さすがに昨夜は盛り塩を玄関に置きました。
 
 
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先日夫の弟が亡くなり、夫は一昨日モロッコへ旅立った。

旅立つ前に、どうしても私が1日外出となってしまう土曜日に

退院してきた義姉の世話を頼める友人に電話をしていた。

 

義姉は、左脚を切断する前は

両足壊疽で真っ黒で歩けず

しかも敗血症でフラフラだったので

オムツをして排便のコントロールは利かない状態だった。

 

 

左脚を切断してずいぶんと回復して

今は車椅子に座りながら

自分で差し込み便器を使って排便できるようになった。

 

 

つまり人に頼むということは

一緒にいてお茶飲んでいてくださいではなく

排便の世話まで頼むということであって

そう簡単に頼めるものではない。

 

 

姪っ子達も仕事をしているし

土曜日だけは無理なので

夫は義姉の友人のハジャに電話した。

「ハジャ」はメッカに巡礼に行ったことのある女性の総称。

 

 

夫は電話を切った後

ボロボロ涙をこぼして泣いていた。

 

ハジャは

「喜んで行きますよ。むしろ、いつでも呼んでください。」

と快く引き受けてくれたのだそう。

 

モロッコに行っている間は無理だけど

フィレンツェにいる時はいつでも行けるからと

言われた夫は喜びで涙していたのだ。

 

 

 

 
 
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土曜日、約束通りハジャが来てくれたお陰で
私は安心して子供達を日本語、アラビア語学校に連れて行けた。
 
 
日曜日の朝、またハジャが来てくれた。
今度は朝からタジン鍋を抱えてきてくれた!
 
モロッコ人女性は手料理を運ぶ事に苦痛を感じないらしく
そのタジン鍋には完成したタジン料理入り。(つまり作ったまんま)
日本人のようにプラ容器に移し替えたりしないところが
お料理へのこだわりを感じる。
 
 
ハジャは義姉の髪の毛にヘンナを塗り
お昼にはタジン鍋を温めて
鶏とお野菜たっぷりのタジンをみんなで頂いた。
本当に久しぶりのタジンに、私達は舌鼓を打った。
子供達はジャガイモが美味しいと何度もお代わりした。
 
 
そして午後には義姉のベッドのシーツを替えてくれて
髪の毛と体を洗ってくれた。
 
 
夕方には来客が3名。
 
私はお茶を出してから
リンゴケーキを焼こうと
ハジャのレシピを聞くのに彼女をキッチンに呼んだ。
 
 
するとハジャは私に
「ありがとーぅ、あの部屋から引き離してくれて。
 私、あのうるさいお喋り聞いていると頭痛くなっちゃうのよ。」
と言った。
 
全く私も同感なのでブンブン顔を縦に振りながら私は彼女を抱きしめた。
そしてモロッコ人でもあの喧噪が嫌いな人がいることに
ビックリすると共に、ハジャにさらなる親近感を抱いた。
 
 
 
リンゴケーキが焼き上がった頃にやってきたモロッコ人Aさんは
徒歩2分の近所に住んでいる人で、
私が淹れたミント無しお茶を飲んで、いかんと思ったらしく
 
リツコ、お茶は私が淹れるから!と家からミントと
モロッコの巨大な角砂糖とクルミとアーモンドを持って来てくれた。
 
ごめんよ、ミント切らしていて。
 
 
こうして美味しいミントティーとお茶タイムを過ごし
みんな帰っていった。
 
 
1日ドッと疲れたけれど
ホッと一息ついた時、
私も夫と同じく涙をボロボロ流して泣いた。
 
 
ハジャの至れり尽くせりの優しさ。
私が病気になったら、こんな友人が周りにいるだろうか?
 
日本人の友人関係とはまるで違うもののような気がする。
「私が知る」友人関係とは、もっと表面的なものだし
自分も友人にここまで求めないと思う。
 
 
日本人の私の常識では
「他人に迷惑をかけないように生きる」
ことが前提で、一線を超えたら後はお金で解決するのだろう。
 
 
でも、もし私が病んだ時モロッコにいて
私のアパルタメントのお隣さんが近くにいたら
きっと彼女は私の世話をハジャのように喜んでしてくれるだろう。
 
 
これはもう、幼い頃から何を見て育ったかと
イスラムの慈悲深い教えの賜物であって
老若男女、助け合いの共同体の中に生きていれば
全員がそうとは当てはまらずとも
弱者を進んで助けに行ってしまうのだ。
 
 
彼らは幼い頃から人々が助け合う姿を見て育っている。
 
うちの子供達は私が義姉の差し込み便器を洗いに行くのを「見て学んだ」ので
今は私が席を外している時は
義姉に頼まれて「大人のおまる」をトイレに持って行って
尿を流して洗って義姉のところまで戻すまでやってくれている。
 
私は遊びながらおまるを洗いにいく子供達の姿を見て感動した。
そして「これだ!」と思った。
 
 
モロッコ人は見て学んでいるのだ。
 
日本人は見たこともないから知らないので
知らないことは外注するのだ。
 
日本では時間に余裕がないので
こういう姿を見せることも難しいかもしれないけれど
「見学」という形でも良いから
もっと見せる機会を作るべきだと思う。
 
 
当の私もモロッコ人の助け合いの姿を見て学んだから
当たり前のように介護を引き受けられたのであって
見たこともなかったらケア施設にまんま送り込んでいたと思う。
 
 
誰か助けてくれる人がいたら
世の中の人々の不安は半減するハズなのに。
 
 
今日もまた、モロッコ人の慈悲深さに脱帽し
真に心豊かな人とは、ハジャみたいな人なのでは?と思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
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1か月半ぶり!のブログです。

皆様、今年もどうぞよろしくお願い致します。
喪中のため新年のご挨拶は控えておりました。


ブログが書けなかった一か月半
あまりにも色々な事があり過ぎた上
さらにドタバタする予定目白押しで
2017年は私の生活も大きく変化しそうな予感がします。


12月半ば、義姉の入院が1月までと決定した時点で
即、日本行きのチケットを取って一時帰国してきました。
 
久しぶりに過ごす日本の年末年始は素晴らしかったです。
四季の中で一番日本らしさを感じられる時期な気がします。
 
 
春に亡くなった祖母と叔母のお墓参りへ。
 
敏腕従姉の計らいで
なんと子供達は日本の小学校に1週間通えることに!
娘は2日目からインフルエンザでお休みで2日しか行けませんでしたが
息子は元気に初めての日本の小学校を満喫したようです。


突然日本行きを決めて
誰かと会う予定も立てず
ただただゆっくり過ごしてこようと出発した割には
驚くほど沢山のことが出来たなぁと思います。
 
お世話になった皆々様、本当にありがとうございました♪
 
 
 

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妹と登った東京都庁。

私はイタリアに来る直前まで新宿に住んでいたのに

都庁の展望台までは登ったことがなく

子供達と初めて登ってきました。

 

 

 

展望室には全国各地のお土産が勢揃いしていて

景色よりも珍しいお土産物色に夢中になってしまいました。

 

観光客のイタリア人の女の子が

イタリア語で返事をしていたうちの子供達を

じーっと不思議そうに観察していて笑えました。
ミラノから10日間の観光で来ているとのこと。

最近日本を訪れるイタリア人がドッと増えた気がします。

 

 

 

 
 
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色々食べてどれも美味しかったけれど
やっぱり日本のカキフライは最高ね。
ちょっとフィレンツェのカキは怖くていつも手を出せず。
 
 
 
こうして年越し蕎麦を食べて
静かな年明けを過ごしていたら
突然の悲報。
 
 
モロッコで夫の弟が具合が悪いと聞いた翌日
そのまま息を引き取ったとのこと。
脳出血だったらしい。
 
 
帰国中、何か起きそうな胸騒ぎがしていたのはこれだったのか。
 
 
昨年の夏、ずっと付きっ切りで私をお世話してくれた
穏やかで心底優しいおっとりした義弟。
43歳の若さで、まだ2歳と1歳の子供を残して逝ってしまった。
 
 
夫に先立たれた奥さんは
息子に先立たれた義母は
残された人々を思うだけで胸が張り裂けそうだった。
 
 
今夜、やっとまとまった休みをとって
うちの夫もモロッコに旅立ちました。
 
自分の弟の死という
どうにも深い穴はとうてい埋められなくても
残された家族に寄り添ってきてほしいです。
 
 
こうしてカサブランカで唯一の
直系の家族である義弟を失い、
私がモロッコに帰っても
夫の実家の雰囲気はガラリと変わってしまうのだろうと思います。
 
 
 
 
 
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フィレンツェに帰ってきて間もなく
長いことリハビリ施設に入院していた義姉が退院してきました。
 
夏の時点では両足切断か?というくらい
両方とも真っ黒の壊死状態だった足も
左脚を切断した後、右足は奇跡的に回復に向かいました。
 
片足で自転車を漕がされたり
車椅子で動けるようになって
ホテルのようなリハビリ施設で車椅子で動き回り
カフェの自販機で好きな時にカフェを楽しみ
片足又は両足切断した同志達と慰め合ったり
相当リラックスして楽しんでいた様子です。
 
 
家に帰ってくると、カフェが飲みたくても
いちいち私に聞かなければならず、もどかしいご様子。
自販機が一台欲しいところですが
ネスプレッソのマシンみたいな
カプセルタイプのカフェのマシンを買ってあげたら
独りの時に便利かなぁと思って、今度見に行ってみようと思います。
 
 
というワケで、大学はテスト期間中なのですが
全く勉強などしている暇もなく日々は過ぎていきます。
これは今勉強するなというメッセージと勝手に受け取り
日々の課題に取り組んでいこうと思います。


2017年の私の家族に共通するテーマは「旅立ち」かな?と。
それぞれ皆が自分なりに旅立てる年になるような気がします。
 
私のブログを読んでくださっている方々にとっても
ステキな年になるようお祈りしております。
 
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日本にいる頃は全く独りよがりな自己中な行動ばかりしてきたけれど

願望が強ければ強いほど不可能なことも可能に出来ることを悟っていた。

 

 

でもイタリアに来てみると「神を信じている人」が周りにウジャウジャいて

私は独りよがりな考え方ばかりしていられなくなった。

 

 

私の周りで起こる不思議な出来事は「あり得ない話」として片づけてきたけれど

神を信じている人の周りで起こるそのような出来事は
「奇跡」とか「ミラクル」とか言うのでしょう。



いやぁ、イタリアに来てから

これでもか!というミラクルを見せつけられてきました。

目の前で見せつけられるのです、「神の仕業?」という出来事を。



あれは私が娘を産んで間もない頃。

夫の同僚が職場で荒れている時期で

うちの夫は同僚からのストレスに耐えられなくなっていました。

 

 

理不尽な事を許さない夫はある日その同僚に

「お前今に見てろよ、そんな態度を続けていると
 明日から病欠してお前の顔見ないようにすることだって出来るんだからな!

 Dio vede e provvede!!  神が判断を下すまでだ!!」
 

 

その数時間後、夫が救急車で運ばれたと職場から連絡がありました.......。


職場の階段で膝に痛みを訴え歩けなくなり、整形外科に運ばれたとのこと。
レントゲンの結果は「膝の腱に損傷があり入院が必要」とのこと。

 

 

私は突然の出来事にウロウロ、オロオロ。
生後2か月の娘を抱えながら旅行バッグに入院に必要なモノを詰めながら
あの病院までこのバッグを抱えながらベビーカーを押していくのか?
などと考えていると、突然車でイタリア人の友人が遊びに来て病院まで送ってくれたのでした。
なんというグッドタイミングな訪問!!

 



夫の同僚は仮病だと思ったでしょうし

夫自身も何故仕事中に突然こんなことになったのか解らなかったようですが

たまたま仕事中でしたし労災が下りて

完治まで4か月かかる!という長い間、
夫は有給病欠でその同僚から離れることが出来たのでした。



1か月はギブスで足が曲げられない状態で病院に入院していて

その後3か月は自宅療養となりました。

 

 

私はその頃大学の1年生で

6月の試験を終えて夏休みに突入し、7月に出産し

10月から2年目の大学復帰はどうしようかなぁと考えていた頃でした。



いつもテキトーでどうにかなるだろうという

お気楽なスタイルで過ごしてはおりましたが

まさかのタイミングで私の大学復帰と同時に夫が自宅療養に入り

母乳から哺乳瓶を少しずつ導入して
ベッドで安静を求められた夫は3か月間、娘とずっと遊んでいてくれたのでした。



私の研修先の大学病院は家から目と鼻の先でしたし

お昼は自宅に帰って食べて、母乳で娘を寝かせてからまた午後の授業に戻り
なんと私は奇跡的に難なく大学復帰を果たしました。
 

 

 

夫の同僚は一体どんな気持ちでこの4か月を過ごしたのでしょうか?
これは神が下した判断と受け取ったのでしょうか?


彼は仕事が出来ないイタリア人。

夫は彼の何倍も要領良く働ける外国人。

毎日全ての仕事を夫任せにしていた彼には

夫不在の4ヶ月は相当厳しかったと思います。

 

 

 

夫は後で気づいたそうですが

あの頃ちょどスポーツジムに通い始めて

膝に無理がかかるトレーニングをした後だったので

その後職場で重いものを運んでいたタイミングで
腱を損傷するに至ったのだろうとのこと。

 

 

それにしても、腱の損傷は相当痛かったようですが

その後夫は笑いが止まらない様子で

今でもあの事件を思い出しては噴き出しています。

 

 

神に近い生活をしている人の周りで起こる事件は

さすがに神の力を感じずにはいられないレベルでございます。
 

 

 

これは私の周りで沢山起きているあり得ない出来事の中の

ほんの1話に過ぎません。

 

 

 

 

 

 

 

あの10年後、また大学生をしているとは

全く想像もしていなかったのですが

授業の前に大学のキャンパスが秋色でとても綺麗だったのでパチリ。

 

 
 
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アラビア文学の授業で

ひとしきりイタリア語訳でも意味不明なアラビア語の詩を読み終えた後

アラビア語ペラペラなイタリア人教授が授業後に

私と全く同じ位置に立ち、この風景を携帯で写真を撮っているのを見てビックリ!!

 

偶然?シンクロ?

この風景を同じように美しいと思える人を目の前にして

とても幸せな気持ちでキャンパスを去りました。
 

 

 

 

 

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皆さんハチミツはお好きですか?


ハチミツって栄養豊富で神秘的な食品ですよね。
その豊富な栄養をまるごと享受するための
「食べ方」を過去のブログで書いております。

自分のブログをリブログして良いものか謎ですが
よく解らないままリブログ機能を使わせて頂きます。

是非ご覧くださいね♪

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ところで大学は?

 

と最近よく聞かれるのですが

なんだかんだ言って通えちゃっています。

 

 

義姉は脚の切断部分の傷の治りが悪いらしく

長い間リハビリ施設に入院したままなのです。

 

 

もうそこの施設にいられる期間は限界なのですが

感染症の危険性があるのでドクターは家に帰らせたくないらしく

他の施設を見つけるとのことでした。

 

糖尿病患者の術後の創傷治癒は

高血糖や血流障害などの理由で

なかなか難しいみたいです。


ちなみにイタリアは65歳以上の患者は

治療費や入院費は一切かかりません。

ヨーロッパはお年寄りにやさしいシステムだと思います。
 


 

 
 
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私はずっと自宅介護になるものと思っておりましたので

大学にも通えないと思い込んでおりました。

 

でも気晴らしに勉強は続けたいとは思っていたので

授業出席は基本的にしなくてもよい「パートタイム学生」に切り替えておりました。

 

通常学生は授業の70%の出席率に到達しないと

テストを受けられないか、追加の勉強をしなければなりません。

 

でも働きながら大学に登録した人は

基本的に授業に出席出来ませんので「パートタイム学生」として

教授の指示のもと、自宅学習をしてテストを受けられるというシステムです。

 

 

 

これで私は授業に出席することにストレスを感じることなく

自宅で勉強を続けられる状態にはなっていたんですけどね。

 

 

まさか義姉がこんなに長く入院生活を送ることになるとは

思ってもみませんでしたので

新しい科目の授業も出席できるうちにと通っております。

 

 

 

しかし、私はここで大学に入学していなかったら

夏休み明けからずっと待機状態で
もどかしい状況だったのでは?と思うのです。

 

 

今だって病院にいつ呼び出されてもおかしくない状況ですが

何もない静かな日には授業に行ったりテスト勉強をしたりしています。
 

 

 

いつも思うのですが、

仕事に行ける状況ではないような時は

勉強するのが一番ですね。

 

 

たとえ勉強のペースがゆっくりではあっても

何もしないで時ばかりが過ぎていくよりは

濃い時間の流れになること間違いなしです。

 

 

 

 

 

 

ところで、義姉がイタリアにやってきたのは

彼女が40歳の時だとか。

 

 

それまではサウジアラビアのお金持ちの家で雇われていたそうです。

彼女のお料理があまりにも美味しかったからか

一度その家の仕事を辞めてモロッコに帰ると

もう一度働かないか?とパトロンがモロッコまで迎えに来たそうです。

 

 

 

イタリアには友人が用意してくれた仕事があってやってきたとか。

好景気だったイタリアはいくらでも仕事があったそうです。

 

 

しかし、40歳で単身イタリアに渡るなんて

結構波乱万丈な人生ですよね。

 

 

日本にいたらちょっと考えられないような風来坊な生き方ですが

モロッコ人は平気でやってのけてしまうんです。

 

 

夫のお祖父さんはイスラム教の宣教のため

サウジアラビアとモロッコ間をラクダで旅していたとか。

元来定住するという固定観念が無いのかもしれませんね。
 

 

私はこういう風まかせな生き方に堪らなく憧れます。

主導権は自分が握っている自由な人生です。

 

 

こういう人生のお手本を日本で見る機会がありませんでしたので

イタリアに来て、国境をものともせず

貪欲に自分の意思で未開の地でも人生を切り開いていく人達を見て

単純にすごいなぁと思いました。

 

 

こういう考え方が頭のほんの片隅にでもあれば

「過労で自殺」とかあり得ないのでは?と思います。

狭い視野で生きていると、自分の可能性に限界を感じてしまいます。

 

 

もっと大きな世界を視野に入れて

自分の人生を自分の意思で切り開いてみてはいかがでしょうか?


モロッコ人はより住みやすい土地を目指して

いつでも旅立てる状態でいます。

それは年齢など関係ないところが凄いところです。

 

 

私も彼らを見習って

あまり住んで入る土地や所持品に執着することなく生活しています。

精神的にいつでも捨てられる状態でいることで

いつか思い立った時に旅立てるように.........。

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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テーマ:

数秘術というものをご存知ですか?

 

私が数秘術を知ったのは

堀内瑠美さんの朝方美人塾で紹介されていた

「誕生数秘学講座」の記事を読んだのがきっかけです。

 

 

以前から私の家族の誕生日の数字の関係性を読み解きたいと

漠然と思ってはいたのですが

こういう講座があることを知って、

是非日本帰国時にこの講座に出てみたいものだと思っていました。

 

 

するとある日Facebookで

フランス語仲間として知り合ったお友達のムツミさん

その気になる蓮野美玲先生の講座に参加してきたと仰っていて!

しかもそこで学んだことをさっそく生かして

誕生数秘学を読み解いてくださると募集をかけていらっしゃったのです!!!

 

 

私は大興奮で名乗りをあげて読み解いて頂きました。

私はムツミさんの文章の大ファンでして

ただ読んでいるだけで癒されるあの語り口調で
長年気になっていた私の家族の誕生日の謎を細かく分析し

ドンピシャで当たっている驚きの結果を送ってくださったのです。

 

 

もう、私は長年の謎が解明したことと

ムツミさんの読解力に感銘し

朝から鼻血を出しそうなくらい興奮し

この結果をブログでシェアして良いかムツミさんに確認しました。

 

 

そして今夜はブログ書くぞ~!

その前に今日の日記を書いてからにしよ、と

私の愛用3年日記帳を開くとなんと

全く同日の1年前に私はフィレンツェで堀内さんのブログセミナーを受けていた

と書いてあったのです。
(堀内さん、フィレンツェまでお越し頂きありがとうございました☆)

 

 

一体これは偶然と言えるのでしょうか?

ひとしきりゾ~ッと鳥肌が立ったところで

気になる結果をシェア致しますね♪

 

 

 

 
 
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なぜ私の家族の誕生日の数字の関係性が気になっていたかというと

 

私は8月13日生まれ

夫は4月10日生まれ

娘は7月13日生まれ

息子は7月10日生まれ

 

私と娘は13日生まれ

夫と息子は10日生まれ だということ。

 

あと、4月22日に

結婚式と料理学校の試験日がたまたま重なり、1日に2つこなす羽目になったこと、

フィレンツェ大学の卒業式も数年後のその日だったこと

など、偶然にしてはちょっと気になる

絶対この数字から物語れる何かがあると、ずっと思っていたんですね。

 

さて、ムツミさんはどのようにこの数字を読み解いてくれたのでしょうか?

 

 

 
 
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以下 ムツミさんによる誕生数秘の読解結果です。

 

まずはじめに、ご家族それぞれがお持ちの数字について、
簡単に説明しますね。

りつこさんの持っている数字は、4,8,3
旦那様の持っている数字は、1,1,5
娘さんの持っている数字は 4,1,11
息子さんの持っている数字は 1,1,8


左が、生まれてから30歳くらいまでに影響を受ける数字で、
真ん中が30歳から60歳くらいに影響を受ける数字、
そして、右が、克服ポイント、を表すということになっています。

 

りつこさんご一家のメンバーが持っている数字を出してみて
真っ先に目がいったのは、「家族4人のうち、3人がリーダーである」
ということでした。

 

旦那様、娘さん、息子さんが、真ん中に「1」を持っていて、
「リーダー的資質」を持っていることを意味しています。

特に旦那様と息子さんは、生まれ落ちた時点で与えられていた資質と、
成長するにつれて発揮してくる資質が両方とも「1」で、
数ある組み合わせの中から、二人とも同じ「1」「1」というのに
驚きました。旦那さんと息子さん、かなり似たタイプで、
お二人とも、自他共に認めるリーダータイプなのでは?と想像します。

 

「生まれ持った資質」と、「生まれた後で芽を出し発揮してくる資質」が同じタイプの人(旦那様と息子さん)は、
自分が思う自分と人から見られる自分に差がないので、とても生きやすいタイプで、のびのびしている人が多いそうです。
もしも、今の時点で「リーダーである自分」にピンと来ていないのなら、そういう自分を意識して、
挑戦してみることで、より自分らしさを発揮して、輝けるそうです^^。

 

娘さんの場合は、同じくリーダーの資質を持っているのですが、生まれ持った資質が、「きっちりタイプ」なので、
また少し、旦那様と息子さんとは印象が違うかもしれません。今の時点では、几帳面で落ち着いたしっかり者、
という印象が目立っているかもしれませんが、成長するにつれて、リーダーシップを発揮し、
人をまとめたりするようなポジションになることも増えてくるかもしれません。そういう役目を引き受けることで、益々輝くタイプのようです^^。

 

そして律子さんですが、生まれもった性格が、娘さんと同じ「4」番。うちも私と息子がこのパターンなのですが、
娘さんを見ていると、自分を見ているような気分(もしくは自分の子供時代を思わせる)になったりしませんか?^^ 
律子さんも、娘さんも、生まれ持った資質が、キッチリタイプ、具体的に言うと、几帳面だったり努力家だったり、粘り強かったり、
という特長を示す数字なので、コツコツすることが得意だったり、何に挑戦してもだいたい結果を出すことができるタイプなのでは、と想像します。

 

娘さんが、「几帳面な努力家がベースとなったリーダー」タイプであるのに対し、
律子さんは、「几帳面な努力家がベースとなった、情熱家、野心家」と出ています。


目指す目標に向かって、情熱を燃やし進んで行くタイプであり、かつ土台には「几帳面で努力家」という資質があるので、自分なりの目標を持って、どんどん前に進んで行くタイプだと読み解きました。実際の律子さんと照らし合わせて見ても、納得!というのが個人的な印象でした^^。

 

りつこさんが益々自分らしく生きて行くためのヒントとしては「3」番、
「子供のような遊び心」というものが出ています。日常に「遊び」を意識して取り入れてみることで、益々充実して、自分らしく輝けるのでは、と思います。

 

お母さんと娘、パパと息子でタイプが似ているというのも素晴らしいバランスだと思いますし、
家族の中にリーダーシップを取れるタイプが3人もいるなんて、頼もしい家族だなぁ、、、と思いました^^。

 

 

 

そして気になる4月22日の謎に関しては

 

 

数字からのメッセージ、本当に興味深いですよね。

節目に当たっては「22」に縁があったのですね。

ざっくり言うと、22のメッセージって、「GO!その調子だ!」
みたいなものですよね。
門出のメッセージにぴったりな感じですね。

今も幸せにイタリアで結婚生活を送られていて、
学校で学んだものを生かしてお仕事をされているわけですから、
数字から受けた祝福の通り、素敵な人生を歩まれていますね♪

 

 

 

とのことでした。

 

 

どうでしょう?

ムツミさんは私のお友達であるだけで

私の家族とは会ったこともない方です。

 

なのに~、こんなに細かく

まるで全員のことを昔から知っているかのごとく

ドンピシャで人物像を当ててくださったのです。

 

誕生数秘ってこんなに凄いのぉ~!!!???
 

 

もう、ひとしきり感動致しました。

 

 

 

誕生日の数字が同数であるように

私と娘、夫と息子はタイプが似ていたんですね。

 

そして4月22日は私にとって門出の日だということ。

結婚当初はどうなることやらと思いましたが
料理学校入学と共に、徐々にイタリア語の壁を克服して

12年経って家族も増えて、本当に楽しく生活しております。

 

日本からイタリアに旅立って

自分の無力さを思い知って

夫に支えてもらいながら沢山学べたこと

辛い時期もあったけれど

それが私を一回りも二回りも成長させてくれたこと

今まで起きた全ての事象に感謝している毎日です。

 

そして今、ムツミさんのお陰で誕生数秘の結果を得られたことで

この素晴らしいアドバイスが

家族の未来予想図の道しるべとなっていく事と思います。

 

ムツミさん、この度はご丁寧な回答を頂き、本当にありがとうございました。

 

 

現在は募集を締め切っていらっしゃるムツミさんですが

またお時間が出来次第、「誕生数秘読解の再開のコール」がかかるかもしれませんので

気になる方は是非彼女のブログをチェックしていてくださいね♪


私の誕生数秘の結果のご感想を皆様、是非聞かせてくださいね☆

 

 

 

 

 

 

 

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