フズリナも無事終わったし、徐々に再稼働。ということで、今年の初めに行ったヨーロッパの美術館記録がまだ溜まっているので、徐々に書き残しておこうかと。
パリで美術館情報をあらっていたときに、これはマストだなぁと思って。でも友人に聞いたら、連日恐ろしい程人が並んでいるというので怯んでおり。だってこの時のパリ、毎日氷点下なんだもん。そんな中で1時間待ちとか絶対嫌でしょ。
なーんて言っていたら、どんどん時間が過ぎ、ボルドーに行ったりしてたら、あっという間に残り5日。こりゃそろそろ見に行かないとやばいぞと、日数見たら開館してるの休日しかないっていう。こういうのほんと計画性無くてあほなの、私。
とはいえ、待つのが嫌いな私が、珍しく並んででも見たい展示だったので、メトロ乗り継いで行ってみたら、運良く30分弱くらいで館内に入れて。こういうの超得した気分になるよねー。
それにしても、いやぁ…ここ近年に1.2を争うとんでもなく素晴らしい企画展でした。そもそもパリのピカソ美術館で2人の展示会をやるのって初めてなんですって。そんな時にパリにいられた私はなんてラッキーなんだろう。
初期を共にした2人が、30年以上の時を経て、晩年また一緒に製作しだしたのはなんとなく知っていたけれど、その変遷を追ってみると、まぁそれはそれは対照的な2人でした。
いつも通りあくまでも主観ですが、ダイナミックにこれでもかと外に外にエネルギーを放って、圧倒的な技術とパワーで周りを魅了しながら、どこかビジネスセンスの高さを感じさせるピカソ。打って変わって、最低限の、何もかもを削ぎ落とした孤高の世界で、丁寧に築き上げていくジャコメッティ。きっと2人とも絶対にお互いにないものだから、どこか羨ましかったんじゃないかなぁと思うのだけれど、不思議なのは初期の2人には、なんとなく通づるものがあって。
私ね、本当に本当にジャコメッティが好きなのです。全部削っちゃうんじゃないかってほど、かりっかりな人間の彫刻を初めてみた時、こんなに本質的なものの捉え方する人いるんだと思った。
本質、って正直、そう簡単に形にしたり、言葉にできるものじゃないけれど、それを物の見事に具現化されると、ぐうの音も出なくなるし、それだけでひれ伏してしまう。今考えると初めてモランディを見た時の感覚に近い。
今回の企画展、ドキュメンタリー映像も多くて、私ジャコメッティの製作風景を初めて見たのだけれど、あのカリカリの彫刻を触る時の彼の指、目、もう参っちゃった。狂おしくてたまらない女性を目の前に、大事に大事にメスを入れていくように触れていくあの感じ。ある種、彼の中のエロティシズムを感じる瞬間でもありました。こういうのってほんとぞくっとするのよね。
とはいえ、6歳の時、マドリッドで防弾ガラスに入ったピカソのゲルニカを見た時の衝撃に勝るものはなくて。あれがなかったら、今美術を見て、ぞくぞくと細胞中が疼く体になってなかったと思うし、どちらが良いという話ではなくて、ぜんっぜん違うからいい。だからこういう企画展は最高に面白い。
あまりにいい展示を見て心が踊り、近くのカフェで昼間っからワインとサーモン。うひゃ、贅沢。こういう時間至福です。
っていうか、途中からナンバリング忘れちゃったけど、徒然美術館シリーズっていくつ目なんだろ。一回カテゴライズしないとダメだなぁ。また徐々に書いていきまーす。
新聞に載ったピカソのフラワーブーケの横に、自分で同じものを描いてみるジャコメッティ。
こういう時の彼の姿を横のテーブルから見ていたい。