物語の6

テーマ:

僕は君の幸せを願っているのに、君が幸せになると僕は不幸になるのです。


でも、君が不幸になると、僕はもっと不幸になるのです。

そう思い込んで、今日もお粥をすすります。

ああ、病院食。


窓から見えるあの木。木の葉はとっくに全部無くなってしまいましたね。

木の葉がなくなっても木は生き続けます。

それは木の葉に命を託した人間にとっては、とても辛いことなのです。

そんな事を考えながら、今日もお粥をすすります。

ああ、病院食。

AD

三島由紀夫 「金閣寺」

テーマ:

あーやっべーよ俺!マジやっべーよ俺!

凄い久しぶりにマトモな作家のマトモな本をマトモに読んだ!


一緒に「仮面の告白」も再読したんだけども、

あふれるばかりのホモティック・ラブエネルギーに押された僕は、

告白文学の金字塔たる美の真髄たる「仮面の告白」には

一種の近づき難い、超えられない次元を感じたので、

こっちのレビューは見送って「金閣寺」のお話です。

っつーのも、オナニーの話ばっかり書いちゃうからね。



「金閣寺」は一言でいうと坊さんが金閣寺を燃やしちゃう話です。

主人公の溝口には金閣寺の存在が美しすぎて、

金閣寺に邪魔をされてセックスができません。そう、不能モードです。

そういった彼を囲む環境が「俺」LOVE「美」を「俺」KILL「美」へと

変化させていって、彼は最後、確かな確信をもって金閣寺を燃やします。


日本語はワザと滅茶苦茶に書きましたが、つまりは

金閣寺マストダイ!って感じです。もしくは金閣寺バーン!

あるいはスモークオンザウォーター。金閣寺ですね。


ところで金閣寺と行ったら、僕が中3の頃に

「写真とってくれませんか?」と女の人に話しかけられた所として有名です。

アレがボクが今の学校に入って三年だから、

「三年ぶりの血の繋がってない女性との会話」になりますね。

普通の読書感想文に太字を使う、っていう掟破りなボクの行動から、

それがどれだけ衝撃的体験だったかを感じ取って頂ければ幸いです。


さて閑話休題。


この物語には三人の特徴的男の子が出てきます。

・和尚

・鶴川

・柏木


和尚は勝手に恨まれててかわいそうでしたが、

その言動から何か「自爆」っぽいものを感じていたのでしょうか溝口は。

脱俗ってわけでも無いのですが、彼の内部には

俗世間そのものを殺しきるような「うわぁ」があったんだと思います。

仏に会えば仏を殺し…ってヤツですね。多分この和尚は精神的殺し屋です。


上の鶴川は登場から「受けっぽさ」の目立つ柔弱な好青年って印象が強く、

その明るさが金閣寺という作品を照らす光過ぎたので、消されました。

多分ですが、コイツが生きてたら溝口は金閣寺を焼かなかったと思います。


そして柏木君。

実はこの溝口って人は吃りなのですが、彼は跛足です。

跛足っていうのは、簡単にいうとあの、伊良子清玄から盲目を引いたヤツです。余計分かりづらいですね。

つまり、えっとですね、足が悪い人です。

時に蒼青に出てくる深町瑠音ちゃんは吃りなのに可愛かったですよ。

ドモりで眼鏡で内気で図書委員でおかっぱでセーラー服で伏目勝ちでえーととにかく俺ストライク。

彼女のためにゲーム買おうかと思ったくらい。頼むぜlass様。キャラメイキングはツボ。


おっと、柏木の話に戻ります。

柏木は独自の認識学を童貞を捨てたときに手に入れていて、

童貞を捨てた相手はおばーちゃんです。

しかし、彼の心にはいつも認識が存在していて、

世界そのものをアレしてコレしてやろう、っていう意識が満ち溢れてます。

そういった認識学と溝口君の美学が禅の公案を舞台に、

ラスト近辺でちょっとぶつかるのですが、なんつーか、認識ですね。


さてその柏木君がどうにもモテる。美人のお嬢さんの前でワザとコケて、

「大丈夫ですか?」と言わせたらもう「フィーッシュ!」ですからね。

とりあえず俺の敵であることは間違い無さそうです。

かっこよくてモテるヤツよりもそうでなくてモテるヤツのが敵を作りますか。どうだろう。


溝口君はこの悪友柏木に惹かれ、彼の精神に触れてから転落人生を歩み、

授業をサボって童貞を捨ててお金を借りて最終的に

柏木に借金を催促される程の人材になりました。


まあそこは別に物語の核じゃないからほうっておく。




ここからはちょっとまじめな話になるんだけれど、

と言っても大事な話じゃないから適当に聞き流してね、まじめなのは俺だけだから。

三島由紀夫に信奉者が多いのは、確かにその才能や生き方に因るものが

凄い多いと思うし、僕も今回金閣寺を読んだ結果、かなり好きになったんだけれど、

やっぱり好きになる理由ってのは「共感するから」だと思うんだ。

今の哲学にも多分あるじゃろ、アレだよアレ。
「全ての感情の根源は共感である」 あれ?言わない?

まあ言わないよな。俺も自分で言って今はじめて聞いたし。

でも、作品を読んで「共感」を得た事、そして美の概念を読者に「共感」

させた事に三島由紀夫のステキさがあると思うんだな俺ちん。


でも、読者がどー考えたか、なんて側に考えがちょっとでも行っちゃうって意味では、

ボクは文学者っつーより社会学者目指したほうがいいのかも知れないね。

読者側の心理なんて作品の価値とは全く関係ないってのにさ。全くスノッブだ。馬鹿みてえ。


いや、でも「三島作品の美学」を相対的に証明するには、

「信奉者」の存在が不可欠だと思うんだ。

ボクは三島作品の凄さはその「分かりやすさ」にあると思うんだ、美ってヤツの。うん。

美について、僕らに分かりやすいように事例を美しく証明してくれるから、

僕らはその美を絶対的に信じてついていける。

そういった強さがあると思うんだ。美だ、美。



最終的にまとまりが無かったんだけど、

オナニーの話のが良かったかなあ。

AD

佐久間猛:エロ写真発掘帳

テーマ:

http://www.seikyusha.co.jp/books/ISBN4-7872-7071-0.html



コレ買ったら帰りのお金が無くなったので

T君にお金を借りて帰りました。


塾で友人に金借りたのって、

チロルチョコ崩すゲームでスッカラカンになった以来。

どうしてこんなどうでもいい事で身を崩すかね自分。


しかし、自分でもビックリなんだけど、

別に下心100%からの購入ってワケでもなく、

8割下心、2割探究心からの購入って感じだったんだね。

曲りなりにも澁澤龍彦全集は読みきったからね。

エロ「研究家」としての視点も知らぬ間に会得してたらしい。

本業にゃできないけど大人になったら副業にしたいなあ、エロ研究家。

本業にしたいけど童貞だし。しかもアイラブマイ童貞だし。


実際にざっと目を通した感じでは、

日本・中(清)・欧と分かれていましたが、

なるほど、「ヌード写真」って今呼ばれてるモノとは違って、

どうにも撮影者の「ウザさ」が伝わってきて興味深くはあります。


今の言葉でいう「個人撮影モノ」なんかとも違い、かなり撮影者が「ウザい」。

このウザさは日本の作品に顕著で、無理やり撮ったんでしょうなあ、

被写体の方も「いやな顔」をしてたり、かなり非商業的です。


中国のは清の時代でしょうか、

仏像とか仏画とかと一緒にうつっていて、精一杯

「芸術だから捕まえないでアル」って感じがよろしかったです。

女の子こそこうやってエロ写真だけど、この時代の男って辮髪だからね。

…ラーメンマンだからね。アイヤー。時代アル。


ヨーロッパは画質が悪いだけで、

今とやってる事あんまかわんねえ。

ただ違うのは、ナイチンゲールが普通に生きてて

普通にクリミア戦争で負傷兵を看病してる、

そんな時代のエロ写真だって事くらいですかね。

1853年ってアナタ。




コレ買った帰りに別の塾に通ってるクラスメートとすれ違い、挨拶されました。

彼は彼女…かは分からないけど女の子を連れていました。


ここで「あー」と思う毒男心をまだ持ち合わせていた自分に感謝ですね。

でも僕が気づいてなかったのに挨拶してくれたからいい人だと思う。多分。

問題当ての神様、俺ちん。

テーマ:

橋爪大三郎さんの「はじめての構造主義」を

読み終わった次の日の国語のテストの問題文が

同先生の『言語/性/権力』だった。


『出口のシステム現代文(ベーシック)』と一緒に

中村雄二郎さんの『術語集』を購入したら

システム現代文(ベーシック)の問題として

『術語集』が扱われてた。


橋爪さん、東工大の先生やってるんだね。

知り合いが東工大はいったら紹介して貰いたいもんだね、うへ。


内田樹さんの本が気になる今日この頃。

読書の対象が変わったのは、僕が受験期だからかしら。



そういえば、『はじめての構造主義』を読み終わって、

構造主義って、近代哲学でいうデカルトの対極あたりで、

これからまだ進化を続けるのかなあ、なんて思った。


根拠は無いけど、哲学が世界を整理する方法だとすると、

アリストテレスの分類はやっぱり人間とか西欧とかを越えて偉いと思うんだ。

この仕事を終着点と考えると、プラトンのイデア論は、曖昧に「世界全体」を捉えた

ひとつの形なんだろうなあ。

鷲田清一 モードの迷宮

テーマ:

鷲田清一の「モードの迷宮」を一冊読んだだけで、
大学受験を制覇した気になってる、僕みたいな人間を、
世間では「お調子者」とか「浅知恵」とか「バカ」って言うんでしょうね。
まあ、そこまで思い上がっては居ませんけども。


こういった文章を議題に、
60文字以内で、貴方がエロいと思う衣装について述べよ、
みたいな小問がね、欲しいね。

だからさ、ブレなんだよ、全ては、という
アバウト過ぎて的を射てない読後感想から
エロい衣装について考えると、一番エロい衣装は難しいですよね。

「制服」という観点から見てもですね、
ブレザーのエロさとセーラー服のエロさって違うじゃないですか。
濡らすとエロいって意味ではセーラー服が勝つじゃないですか。
でもブレザーもエロいじゃないですか。


ブレが大きくなればいいって問題でもないんですよね。
確かに学ランとか裸ワイシャツとかはブレが大きくエロいですし、
ふんどしってジャンルを開拓したのは日本人のカルマだとすら思います。
男装の麗人にエロさを見出すのも確かにありますし。

ただ、そのエロはセーラー服とは違うじゃないですか。


具体例を挙げますと入江紗綾写真集。知ってますか。
アレでピンク色のビキニを着てる写真があるのですが、
アレは水着じゃなくて下着じゃないか?という
意見が証拠画像とともに提出されましてですね。
全く同じ服だというのに「下着」である、「水着」である、
という事実だけで、我々の、その写真に対する認識は大きく変わり、
「水着かぁ(´Д`*)」から「下着っすか(*゚∀゚)=3」に
大きく変化するじゃないですか。

従ってですね、我々は、記号に興奮する生物じゃないか、と
言えるような気がしてくるのですね。うん。


こういう事ばっか言ってると、
ホントに読んだのかって言われそうですが、
ホントに読んだんですよ。
19世紀ビクトリア朝のぶっ壊れたコルセットについても、
ちゃんと、ちゃーんと読んだんですからね。

そいじゃあまあ序文に変えて。

「精神的に向上心のないものは、バカだ」と。


現代文を自力で解くには、その文章を読み解く上での

自らのスタイルを持つ事が大切なのですが、

その「スタイル」は最初から全員に混沌として存在しています。

その混沌を上手く個性的に確立するのが難しいところ。

学校・塾の教える現代文は、つまるところその部分なんですね。


何事もそうですが、形がしっかりしている事が大切なんですね。

スポーツはどれも構えから入るじゃないですか。

あ、構えじゃなかったら、ルールから。サッカーでボールを手で触らない、とか

バレーボールはボールを落としちゃいけない、とか、

そういうルール。ですから、端的に申し上げますと、

構えやルールに従って読む、っていうのが受験現代文なんです。


つまり、先生の教えてくださったルールで文章を読む事が

現代文という教科のメインテーマだと言う事ができます。


「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」という言葉があります。

この言葉を逆に解釈すると、敵を知らなかったら戦は危ういし、

増してや自分を知らなくても戦は危うい、という事になりますね。

コレも現代文読解に当てはまる事で、

自分のスタイルと相手(著者と問題を作った人)のスタイルを

知り、臨機応変に扱っていかないと問題は解けません。



とりあえず、この二つを前提に、今回のテスト範囲である、

丸山真男先生の『「である」ことと「する」こと』、

夏目漱石先生の『こころ』を読み進めていきたいと思います。ハイゴーよ。

やっほー、yukiです。好きな食べ物って誰も聞きたくないけど、

聞いておけば結構ソレだけでなんとかなるよね。


さて、『お題バトン』なるものをノビッタ さんから貰いましてね。

早速答えていこうと思います。ひあうぃごー。


Q,パソコンまたは本棚に入っている文庫本に関するものは?

いくつあるかなあ。数えたこと無いけど文庫本だったら50冊…

いやもっとあるな。10冊単位で纏め買いしてるから。

多めに見積もって100冊…くらい?うん、図書館メインだし。

ちなみにエロマンガは30冊くらいです、ありがとーっ!


Q,最初に出会った文庫本は?

…何だったかなぁ。ドグラマグラはかなり早かったけれど、

その前に大槻ケンヂが入って、目を通しただけの我が闘争も…

分からないな。ウン。


Q,今妄想している「文庫本」に関することは?

講談社学術文庫と東洋文庫があれば偏差値10は上げ底できるネ。


Q,特別な思い入れのある「文庫本」に関するものは?

文庫本はちっちゃくて安いのがイイんだよね。

そういう意味では最も文庫本な文庫本は、アレ。古本。

大好きだ。100円コーナー。


Q,バトンを渡したい五人は?

お題だけ置いておこう。語りたいヤツは語っちゃうがいい!

そして語ったら僕のところにコメントくれると喜びます。

・包茎 ・ツンデレ ・人間不信 ・イナバウアー

・三国志 ・山崎九郎右衛門 ・岩本虎眼

・ながいけん ・ティッシュ ・折鶴

一週間です。

一週間パソコンから離れてチンコを触らずにいると、

こんなにも時間ができるんだなあ、と

私すら感慨深い気分になる程沢山の本を読んだ。


しかし寺山修司という人間が居た事を、僕はスッカリ忘れていた。

孟子と鍵ゲーを一直線上に並べると、コイツが中点に位置すると思うが、

別に興味がある事象じゃないので放っておく事にする。

僕のメネラウスの定理はこんな証明に使われるべきでは無いのだ。


寺山修司が包茎を馬鹿にすると思うのは包茎のコンプレックスとか

そういう事をひとまず置いといて、僕が寺山修司を思い出したのは

「さかさま世界史」という一冊の文庫本からである。著者は寺山修司。


彼の選んだ「英雄」をモンタージュして、寺山修司の足跡を探ると、

泥水に石を投げ込んだ時みたいに、水の底から寺山修司の

煙みたいな土クレがもやっと上がってくるのです。

別にその寺山さんの人格に興味があるわけではありませんが、

これはきっとその頃の「現代」だったんでしょう。


孟子・尊徳・家出の勧め・ウェルテル・スタンダール・紫式部・リルケ…むーん。