「不埒さ」を装う・女の不倫道

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既婚者の恋愛は、倫理的な呪縛に縛られている人々からは「不埒な行為」として恰好

 

な非難の的になるのは確かだ。でも一応、言ってることは正しいので、気にはかけて

 

も、人は、他人の与り知らない様々な事情を抱えて生きているのだからそれに振り回

 

されたりする必要などない。

もともと「不埒もの」というのは、これはこれで立派な才能で、それを批判し、ケチ

 

をつけるのは、そういう事をしたくても出来ない、必要に以上に常識や道徳、世間体

 

に組みし過ぎる人が言ってるのだから気にする事などない。

 

 

自分の理解を超えたもの、出来ないもの、道徳に外れたものを easy に批判する人は

 

どこにでも居る。他人を批判することでしか自己を保てないからだ。自分自身の醜い

 

部分も含めて「自分自身」を受け入れていない精神的にまだ大人に成りきっていない

 

人たちだ。

 

己の醜い部分も含めて「ありのままの自分に価値があると思える人」は、他人の醜い

 

部分の「不埒な」行状も受け入れることが出来るので、積極的に他人を批判などしな

 

いものだ。

 

 

道徳や倫理を気にして「好きになった人」に、言うべきことも言わずに悔いを残した

 

り、思い詰めて悶々とするより、軽率だなんて思わずに、勇気を出して自分の思いを

 

はっきり言った方が精神衛生にいい。

 

人生をより彩り豊かに生きる「第一歩」は、先ず「自分の気持ちを素直に表現する」

 

ことだ。

 

しかし、日本に於いては、男女を問わず、軽率に自己表現することが不得手で、沈黙

 

は金、みたいな考えが幅をきかせてきたところがある。

 

それが、不倫ともなると「道徳観」とか「倫理観」が高い壁になって、乗り越えるの

 

は至難の技だ。

 

技というよりはむしろ、心の有り様の問題で、積極的に「軽率で不埒」にならないと

 

この高い壁は到底越えられない。

 

 

恋愛を成就させるには、先ずプライドを捨て、不埒になることだ。男はもともと不埒

 

ものだが、無理して突っ張る傾向がある。

 

女も格好をつけて気取り、外見的にいいところ魅せようする。また「女の意地よ」と

 

我慢する傾向もあるが、この「女の意地」の魅せどころを間違ってはいけない。

 

それは、恋愛の入り口ではなく、出口である。つまり「別れ際」だ。恋愛の入り口で

 

はやはり、女いえどプライドを捨てて「不埒」になるべきなのだ。

 

 

男と女の最も自然なあり方は、動物の世界を見れば自ずとわかってくる。動物には

 

下手な理屈や打算がないから、常に自分の性的本能に正直に生きている。

 

この種の不埒な性的本能は、人間も持っているが理性とか常識、道徳とかいった枠で

 

縛りつけているため、ここにどうしても無理が出てくる。

 

こうした生き物の原点からいうと、「妻だけとか、夫だけと性を営なめ」というのは

 

原始的な意味で「エロス」には欠けてくる。

 

一夫一婦制を否定するつもりはないが、人間の根源的なエロスの必要性と悦びを犠牲

 

にしてまで、夫婦という安定した形にしがみついていなげればならない現代の倫理観

 

には、些か違和感を持つ。

 

 

むろん人間は、知性や理性があるから、不埒な行為を本能の中に織り込み済みの動物

 

と同じというわけにはいかないが、一方で、動物と変わらない原始的な性本能を持っ

 

ていることも否定できない。この地球で、人類は最も高度な生きものと言ったところ

 

で、所詮は動物なのだから、いや、ときには動物以上に野蛮で、利己的になる生きも

 

のだけに、動物から学ぶべきところは沢山あるに違いない。

 


女性の不倫で一番みっともないのは、いや、見てて気の毒だと思うのは、せっかくの

 

「いい女」が、ひとりの男に振り回されている姿だ。

 

軸足を「夫」に置いている筈なのだから、あまり「ひとりの男」に集中しないように

 

して、相手の男を不安がらせるくらいの距離感を保つべきだと思う。

 

むろん、好きな男を追うのは一向にかまわないが、不倫が出来るくらいの「いい女」

 

だと、ここは自ら自覚を持って他に「スペア」というか、ちょっと気になる男性も追

 

ってみるくらいの「不埒さ」が必要だ。

 

 

「二兎を追う者は一兎も得ず」というけれど、こと不倫に関しては、それは危うい

 

考え方だと言える。

 

二兎を追う者は、往々にして二兎を得て、三兎を追う者は三兎得る。そこまでうまく

 

いくかどうかは別として、ただ、ひとりの男をだけを「追い詰める」よりは、気持ち

 

が分散して、ガツガツ度も減って「いい女」を保てる筈だ。さらに、立ち振る舞いも

 

余裕があって、綺麗で居られる。

 

 

しかも、この「不埒な」考え方は、失敗しても「被害者意識」を持たないで済む。

 

たとえ男が、妻の元へ戻ったり、自分より若い女に走ったしても、さほど苦にならず

 

あきらめやすい。

 

 

また「不埒な」考え方で、不倫に向き合う女は、その恋からいつでも撤退しかねな

 

い風情を漂わせているので、かえって男の気持ちを惹きつけ、魅力的な存在に映る。

 

 

ここで忘れていけないのは、相手の男も「不埒もの」だということだ。確かに外見は

 

紳士的で、仕事もできる。人間的にも尊敬できる相手かもしれない。しかし、下半身

 

は、別な生き物で「ケダモノ」なのだ。更にこのケダモノは、卑怯な上に節操がない

 

ときているので始末に悪い。

 

 

ひとりの男に好きで、やたらしつこくまとわりつくと、男という生き物は、安心した

 

挙句に、その女の「しつこさ」にうんざりして、他の女と遊びだす。

 

だから女性は、安心していると逃げらそうな「不埒」で危険な空気感を持って、男に

 

接していたほうが、男は真剣に追ってくる筈だ。

 

 

女性にとっての「不埒な」という意味は「余裕のある風情」ということになる。男を

 

魅了し「不倫ができる女性」は、お願いですから「男から連絡がない」とか「もう一

 

ヶ月以上会えない」とか悩まないで「僕ら不埒な中高年男性」の憧れの的なんですか

 

らもっと余裕を持ってゆったり構えて、いつまでも「いい女」で居てほしい。

 

 

ほとんど女性は、不倫の恋をロマンチックなものと思いがちですが、男性の性衝動が

 

ピーク時にはそれなりに「恋人」ぽっく振舞いますが、終われば心は家庭と仕事へ向

 

くものです。それが不倫の実態で、男は卑怯な生き物だと、このブログで言い続けて

 

いることです。そもそも不倫の恋は、これらを初めから受け入れないと成り立たない

 

恋物語です。基本的には、男が自分の欲望のために作るあげた悲しい恋物語を知った

 

上で、防御策も女性側も講じておくべきなのです。

 

 

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