やはりあのとき、別れるべきではなかった。逃してから強い悔いにとらわれ、忘れか

 

ねているとき、会社のパソコンに、一通のメールが来た。この頃は、まだ携帯電話

 

はあるにはあったが、メールの機能はさほど一般的ではなかった。

 

 

景子からのメールには、結婚に踏み切った事情と、近況とが綴られていた。それに

 

よると、彼女はやはり実家や親戚の圧力に耐えかねて、仕方なく結婚したようだ。

 

ご主人は、大手製薬会社の社員でパリの駐在員であること、自分もパリに住んでいる

 

こと、ご主人は、現地駐在員として土日は、もっぱら日本からのクライアントの接待

 

で、家に居ないことなど、彼女らしく整った文章で記されていたが、パリ在住での

 

楽しさみたいなものは、そのメールからは感じ取れなかった。

 

それを読みながら、僕は改めて彼女を失ったことを悔いたが、といって今さらどうす

 

るわけにもいかない。

 

 

そのまま月に一、二度メールを交換するだけで月日が過ぎ、その間、彼女はパリの空

 

気の悪さにはなかなか馴染めず体を壊したでようであったが、数週間で回復したよう

 

だ。そうしたプライベートなことについては、お互いに必要最低限度のしか書かなか

 

ったが、その言葉の少なさの中に、二人の想いが、いまなお、微かながら続いている

 

ことを感じていた。

 

 

やがて、さらに数ヶ月が経ち、僕は、急にオランダへ出張することになった。パリと

 

オランダのスキポール空港はスカイ・ホッパーという小型のプロペラ機で一時間足ら

 

ずで行き来ができるのを知っていたので、迷わず出張の予定を決める際に、金曜日の

 

夜から日曜までパリに行くことにした。

 

景子に会えるかも知れないという淡い期待がそうさせたのは間違いないが、そうは

 

いうものの、当然のことながら、すでに人妻になっている彼女に逢っていいものか迷

 

った。しかし、会えなくとも、とにかくパリへは久ぶりに行ってみようと思った。

 

 

僕の青春時代の原風景は、ポンヌフ(Pont Neuf)から観た絵葉書のような景色だ。

 

遠い昔、寂しくなると此処にきては、その現実を超えた美しさに、癒されつつも、目

 

の前に広がるセーヌ川の流れとシテ島の誰も寄せ付けないような荘厳さに、かえって

 

パリという街が、僕には遠い存在に思えたのを覚えている。

 

ポンヌフ(Pont Neuf)は、パリに現存する最も古い橋で右岸はサマリテーヌのあた

 

りから、シテ島を経由して左岸を結んでいる。かつて僕の留学当時は、ルーブル宮殿

 

から左岸のサン・ジェルマン・デ・プレ修道院に向かうメインストリートだった。

 

 

大型のジェット機に慣れているせいか、小型機とは言え、テイクオフの際のスカイ・

 

ホッパーのプロペラ機特有のエンジン音と風を切る音は、けたたましく、彼女との思

 

い出に浸っていた僕の胸には、突き刺さるようで痛かった。

 

 

シャルル・ドゴール空港に着くともに、パリ17区のアニエールにあると聞いていた

 

彼女の家に電話をかけてみた。多分、ご主人がいないと思われる11時頃にかけたの

 

だが、いきないり彼女の懐かしい声で「アロッ」と、フランス語で返って来た。

 

一瞬、胸が熱くなった。「今、パリに着きました。逢いたいんだけど・・・・・」と

 

つぶやくと「オランダ出張と聞いていたので、倫太郎さんことだから、私よりパリに

 

会いたくて来るんじゃないかと思ってたわ。どこにお泊まりなの。いつものホテル・

 

ノルマンディ?」「えッなんで知ってるの?」「いつも近くの大阪屋のラーメンが楽

 

しみって言ってたじゃない」と笑った。

 

僕はホテルに一番近いメトロの駅名を教え、翌日の土曜日の昼間、彼女の出やすい時

 

間に逢うことにして、空港からタクシーに乗った。

 

いつもパリのタクシーに乗ると思う事がある。「なんで、この運転手の黒人がフラン

 

ス人と名乗れているんだろうか」と、僕にとってのフランス人はアラン・ドロンよう

 

な白人で、かっこよくなければいけない。

 

僕に語りかける黒人運転手のアルジェリア訛りのフランス語を聞き流しながら、パリ

 

の相変わらず薄汚れた石だらけの街並みに目をやった。35年前と比べて、パリの街

 

の色も人の香りも変わった。

 

大通りの真正面にオペラ座を観ながら、右手に曲がると、タクシーはホテル・ノルマ

 

ンディの前に止まった。

 

 

その日、久ぶりに逢った景子は和服姿で現れ、ホテルのロビーに居た外人たちの目を

 

ひいた。気のせいか人妻の落ち着きと気品のなかに、軽い哀愁を秘めているように観

 

えた。

 

僕たちは、ロビーのラウンジでカフェ・ノワールに口をつけながら逢えなかった歳月

 

のことを話し合ったが、その言葉の端々に、互いの愛が、なお時間を超えて息づいて

 

ことを実感した。

 

僕は二人だけになりたくて、自分の部屋に誘ったが、彼女は応じず、さらに何度か誘

 

ううちに「行くだけですよ」と念をおして、ようやく立ち上がった。

 

 

だが、密室に二人だけになっては、大人しくしていられるわけもない。思わず抱き締

 

め、唇を求めると、初めは抵抗したが、やがてあきらめたように穏やかになり、長い

 

接吻を続けた。

 

彼女が体を許す気があったとは思えないが、そこまでいけばとどめようもなく、僕た

 

ちは以前の恋人同士に戻り、互いの愛を確かめあった。表面、きちんとして慎ましや

 

かな彼女が、二人だけになると乱れていく。そのギャップは昔と変わらない。僕は

 

さらに惹きつけられ、愛しさが増した。

 

そうかと思うと、突然、異国からの文化に触発され、たちまち染まってしまったよう

 

に、腕の中で喘ぐ景子に、まったく異質なもの感じたことも事実であった。

 

その異質な女に変貌した景子からの刺激を受け、しばらくその残渣から逃れることで

 

きなくなり、翌日も逢瀬を重ねてしまった。

 

 

景子はシャワーを浴びた白い身体を薄紅色のガウンで包みながら、サン・ジェルマン

 

デ・プレ駅の近くにある有名なブーランジェリー(パン屋)に行きたい言うので

 

ランチは、サン・ジェルマン・デ・プレ教会とサン・シュルピス教会に挟まれたとこ

 

ろに、雰囲気のある、お洒落でこぢんまりとしたレストランあったのを見つけ、そこ

 

に入ることにした。

 

遅いランチだったので予約なしでも入れた。景子は、メニューを見ながら静かだが

 

はっきりと言った。「もう倫太郎さんとは、二度と逢わないわ。今度、パリに来ても

 

連絡しないで下さい。もう終わり、女に飽きたから、母になるわッ」。僕は驚いて彼

 

女の目を見たが、目を合わせることもなく「ギャルソン・スィルブプレッ」とウエイ

 

ターを呼んだ。

 

 

今にして思えば、不倫という限られた空間と時間の中で、僕は、きっと景子のほんの

 

一部分しか知らなかったに違いない。

 

女というものは一筋縄ではいかない、ひとつの面では描ききれない「付き合う男」に

 

よって様々な面を魅せる生き物だと、今は実感している。

 

 

実際、今の40歳年下の彼女は、ある男には、慎ましやかで、控え目な面を、僕には

 

生意気で傲慢なところを、別の男には誠実で情熱的な面を見せていたに違いない。

 

そういう女という生き物の「万華鏡のような本質」を景子という女と付き合っていた

 

ころには想像も付かなかったが、今の若いの彼女によって知らされたことは、大きな

 

刺激でもあるが「この歳で」と思うとショックでもある。

 

 

 

 

 

 

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