不倫中の男は、時々訳もなく相手の女性が嫌になる時がある。なぜか、無性に毒を

 

吐きたくなる。

 

その表現方法は、男の性格や置かれた立場で様々な違いはあるが、ある男は彼女から

 

のメールや電話を一切無視して、相手の反応を見る。いや、心のどこかで見て楽しん

 

でいると言った方が正確かもしれない。

 

 

僕の場合は、無性に「喧嘩」を売りたくなる。どんな反応をしてくるか、不思議なこ

 

とに「ワクワク」することさえある。理不尽な自分への嫌悪感と彼女の怒りの言葉の

 

中で、どこかホッとしている自分がそこにいて驚くことがある。

 

 

不倫中の男は、無意識あろうがなかろうが、どこか「罪悪感」で疲れて切っている。

 

なぜなら、その罪悪感から、妻や彼女のさりげない言葉や態度を必要以上に、重く受

 

け止めて、常に心の奥でヒステリック反応しているからだ。

 

 

さらに忘れてならないのは、不倫で疲れている男は、常に妻や彼女の「言葉」のウラ

 

には「自分を責めている」という意味が込められているような「もっともな勘違い」

 

の環境の中で生きているということだ。

 

 

妻が「ねッ、雨なのに日曜出勤、ご苦労様」と普通に言っているのに、その男には

 

「まァ、雨でも彼女のところへ行くんだッ」と責められているように聞こえる。彼女

 

が何気なく「昨日、雨たっだね」と言えば、その男には「雨で、ずっと奥さんと一緒

 

に家に居たんだァ。仲のいいこと」と皮肉られているように聞こえる。

 

 

だから、不倫をしてしまった男は、妻と居ても、彼女と居ても、常に「責められてい

 

る」と感じていて、精神状態は常に緊張状態にある。それが、なにかのきっかけで、

 

ある日プツンと切れてしまい、毒を吐きたくなるのだ。

 

 

己の罪悪感からか、決して妻には喧嘩を売らず「彼女」に喧嘩を売りたくなる。

 

喧嘩を売って彼女が、本気で怒って「別れ」を切り出せば「それは、それでイイか」

 

と、今の不倫で疲れ切った環境から脱出できれば、楽になれると思う時がある。

 

でも、それは単なる「ガス抜き」あって、彼女に辛くあたって、ある程度「疲れ」が

 

取れればまた元に戻る。

 

 

若い時の恋は一本道だった。ひたすら相手を好きになれば真っ直ぐ突き進むだけであ

 

った。例え様々な障害があっても、乗り越えられるだけの「大義・正義」がそこには

 

あったので、胸を張って二人で頑張れた。またその恋が失敗に終わったとしても他人

 

様からとやかく言われる事などなかったはずだ。


 

だが、不倫はまったく違う。二人が結ばれるためには、様々な障害がある。特にそれ

 

ぞれが結婚していて子供までいる場合は、その障害は一層厳しいものになる。

 

二人が真剣になればなるほど、自分を含めて自身の家庭や周辺の人々にも多くの混乱

 

や修羅場、試練を投げかけることになる。つまり誰かの不幸なくして「不倫」は成立

 

しないのだ。男はそれが頭から離れないで「ストレス化」してくる。もともと、男は

 

不倫で家庭を捨てる気など毛頭ないから、当たり前かもしれない。


 

不倫と言う恋に落ちた二人が、それを続ける分だけ、世間のしがらみは強くなり容易

 

にそれを断ち切れない、断ち切ることを決断した時、別の種類のトラブルが二人を待

 

ち構えている。

 

こうした「切ない不倫」と言う恋の実態と感情は、女と比べて男の精神に大きくスト

 

レスとして降りかかる。元来、男は「嘘」が苦手な生き物である。男は、自分自身に

 

平気で嘘がつけるほど高等な生き物ではない。

 

 

ある精神医学の本よると、女で比較的「嘘」をつかないのは「思春期以前の少女」と

 

「おばあちゃん」だそうだ。この二つのグループに共通していることは、彼女らが

 

まだ生理が始まらないか、既に上がった人たちであるということである。

 

 

生理がある。いわゆる最も「女盛り」のとき、女は最も巧みな嘘つきになる。つまり

 

不倫中の女盛りの女性は、この「嘘だらけのゲーム」に耐えられるだけの強い精神力

 

を持ち合わせているということでもある。

 

事実、僕が悪意を持って彼女にメールで喧嘩を売っても、最初のうちは相手にしてく

 

れるが、途中で何をどう言っても返事をくれなくなる。そして翌日、大人の対応をし

 

てくる。「あァなったら、倫太郎は何を言っても通じないから、無視することにして

 

いるんだ」。女は、年齢に関係なくいつも「冷静で大人」だと感じるときである。

 

 

恋に生きた女はサマになるなるが、愛に溺れた男はサマにならない。妻以外に好きな

 

な女がいても、それを振り払おうと頑張る。本能に逆らって頑張る。

 

頑張った男は、他の女性たちから素敵だと言われる。その辺りを男はわかっている。

 

でも下半身は別な生き物として「サマにならない方」に走ってしまう。その葛藤のな

 

かで、不倫中の男は、時々、訳のわからない行動に走り、相手の女性に「一人芝居」

 

を強いることになる。

 

 

ある程度の年齢に達した男は、不倫の恋がロマンチックに観えるのは「相手の見た

 

くない醜い部分を見なくて済んでいるから成立している事」をよくわきまえている。

 

会うのはいつも、小洒落たレストラン、小綺麗なホテル、一生懸命彼女が掃除した

 

部屋、そして自分はいつも「余所行きのファッション」。

 

男は知っている。彼女が、会社での自分の仕事振りやデート中の立ち振る舞いだけ

 

で、勝手に幻想を描き、自分を好きになっているだけだと。

 

 

男は、不倫の恒常的なストレスに疲れると、本当の卑怯で薄汚れた自分をさらけだし

 

て、楽になりたいという衝動にかられる。

 

 

だから、無性に不倫相手の女性に「喧嘩」を売りたくなったり、連絡を意図的に絶っ

 

たりして、毒を吐きたくなる。そして、彼女がどんな反応をしてくるか見たくなる。

 

 

卑怯で理不尽な自分への嫌悪感と彼女から罵倒の嵐の中で、どこかホッとしている自

 

分がそこにいるのだ。「こんな男でも本当にいいのッ」と問いかけながら...................


 

 

 

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