写経体験ツアー

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日帰り、写経体験ツアーに参加。

参加者1人でしたが、(住職の方がマンツーマン)でお寺の歴史や仏教のお話、本堂の説明、写経や絵馬、御守りの作成と、とっても貴重な体験、自身が想像していた仏教のイメージが覆されるような?お話の数々、真の意味に触れると…実に面白い。
3時間というお時間でしたがあっという間、とても有意義な楽しい時間を過ごさせて頂きました。

※参加者1人という事は、殆どないとの事ですが、偶々そういう日に私があたってしまったようです(^-^)
因みに私は、信仰宗教等はないです。




住職とご挨拶、おもてなしのお菓子やお茶を頂きながら茶道、掛軸のご説明を受けます。





仏様や神様などのお話を聞きながら、本堂を歩きます。
世界共通、御本尊様へ参拝の仕方を住職さんにレクチャー頂き体験。
緊張しました!

初めての写経体験、姿勢を正、半眼で呼吸を整え精神を落ち着かせ…中々…難しいです。逆に緊張からか、筆が震えて…思うように書けません(泣)

「けじめをつけられる(持たれてる)方ですね…書道されていますか?されていましたか?」と、住職さんに言われました。何故ゆえに?問いかけました所、「字は心(人)を表します、見ればわかりますよ」と。
書道は、小学生の時に毛筆二段で終わっており…其から今日(こんにち)まで筆で書いた事はありませんでした。住職さん、正解◎です。

余談ですが、学生時代アルバイトの選考で落ちた事ありません、面接前に採用が決まっていたパターンが殆どです。
初めての受験や就職、推薦(学校推薦)でした。
理由は、履歴書(書き方)電話の対応(言葉遣い)「挨拶」(礼儀礼節)でほぼ8割方決まっており、面接というのは裏付ける為のチェックのようなもの、と採用側の方8割がそのようにおっしゃっておられました。
コミュニケーションコストがかかりそうな人材を、企業はわざわざ選ばない…という事でしょう。
字の綺麗、汚いとか?は正直わかりません。ですが、清書する気持ちで一文字一文字丁寧に書いていたと思われます。
履歴書…資格欄?資格欄だけは書ききれなかったです。今時代、実用性のない資格ばかりですが…(汗)普通免許、自動二輪免許、珠算、暗算、簿記、秘書、商業経済、情報処理、ワープロ、英検etc.
受ける仕事用途に応じた資格2or3級以上は書いていました。。学生時代は、資格取得クラスで1番、多分?同全学年クラス合わせても1番多く持っていたと思われます…、勉学は下から数えて何番目でしたが(笑)


写経した用紙を御守り袋に入れ(私用の手作りお守りが完成)、絵馬に筆でお願い事を書きます、絵馬を奉納し終了です。

参加者の方が他に、今回偶々いなかった…との事でしたが…正直な感想…

とても「贅沢」な時間でした。

なぜかと言いますと…
気になった事や気になった物etc.疑問に感じた事や質問を住職さんにしていたのですね。住職さん、1つ1つ親切、丁寧にお応え下さり、時間内で1時間30分説明の方に時間をとってくださったのです。
他の参加者がいた状況では、其は不可能だったと思います(笑)

最後に住職さん、「わたくし(僕)の方も気持ち良くお話そしてお勉強させて頂きました、本日はありがとうございました、又お時間が出来ましたら気軽にお越しください」と。手間のかかる客人ですみませんでした。(汗 汗(^_^;))
流石です!といいたい所ですが←目上の方に対し失礼な表現になってしまうので、言葉を変えます、適切な言葉が見付かりませんが…感銘いたしました。
住職さん、失礼のない言葉で締めて頂き恐縮です。此方こそ、ありがとうございました。

申し訳ないような…有難いような…、満足度120%のツアーでした。
参加費、はっきりは触れませんが、1ライブ観賞料金位です。

どの世界も、相通じるものがあるのだな…と、とても勉強になりました♪









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岡野雄一vs白浜久トーク&アコースティックライブ at みどり屋食堂《福岡》
「Rocker meets Pecoross ~ペコロスに会いに行こう!」

3月4日(土曜日)17:30開場 / 18:30開演
前売り¥2.500 / 当日¥3.000(要オーダー)

みどり屋食堂:福岡市中央区渡辺通2丁目1-28  TEL 092-737-3311
http://loco.yahoo.co.jp/place/g-1uVrd9xI0nM/
御予約&御問合わせ:info@pandars.net  
みどり屋食堂:midoriya@amage.co.jp

《白浜久》

西南学院大学卒業後、法務教官として小田原少年院に2年間勤務。
1985年ソロデビュー。
1986年ARBに加入し、4枚のアルバムと3枚のソロアルバム発表。
プロデュースしたアーティストは福山雅治、山本太郎、ユニコーン他。
また作詞家、作曲家として時任三郎、真田広之、山瀬まみ、福山雅治etc.数々のアーティストに楽曲提供。
2011年アメリカで開催されたMidAtlantic Song Contestで日本人初GOLD(最優秀賞)受賞。
TVアニメ「輪るピングドラム」挿入歌に自身の曲が採用され、2012年アニメのサントラ年間売上1位に。

白浜久ウェブサイト
http://pandars.net


《岡野雄一》

長崎在住。漫画家・シンガーソングライター。
2012年『ペコロスの母に会いに行く』(西日本新聞社)
2014年『ペコロスの母の玉手箱』(朝日新聞出版)
実写版映画『ペコロスの母に会いに行く』は、キネマ旬報べスト・テンで2013 年日本映画1位に輝く。
2016年夏に舞台公演『ペコロスの母に会いに行く』


白浜久プロジェクト Live at Cavern Beat《福岡》
4月22日(土曜日)

※詳細決まり次第UP

皆様のお越しを心よりお待ちしております❗

photo by   masashi.koyama  all rights reserved


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このブログの目的は、その権利を侵害するものではありません。


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challenge

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12月から始まった…モノは試しで離煙へのchallenge?


発売当初から吸っている、タール8mg ニコチン0.7mg COOL NANOブリザード(20本入)


12月より、離煙パイプNo1からNo31まで使用


現在、タール1mg ニコチン0.1mg ピアニシモ FRAM(10本入)と使い捨てスマート煙草(電子タバコ)


離煙パイプNo27辺りから…日常生活に支障をきたすようなコンコン咳と痰が出始める。。この段階で、ニコチン0.098mg

止めるべきか?続けるべきか?う~ん。。

No31まで、とりあえず…やってみよう。

No31を終えた段階で、咳&痰 更に酷くなる。。この段階で、ニコチン0.035mg。煙草止めるより、咳&痰の方が私にとっては深刻な問題。10年位前に似た症状があり完治するのに2年はかかった、苦い思い出が頭を過る。

一旦パイプ利用をやめている、タール1mgニコチン0.1mgの煙草に、すんなり移行出来た今の所。並行して、使い捨てスマート煙草(電子タバコ)を使用。

様子を見る事、数日。咳&痰若干…落ち着いてきた感はするが…どうなる事か。。

challengeする前は、喫煙歴20年~、1日1箱から1.5箱(20~30本)今月に入ってからは、1箱10本入煙草が無くなったら1日の煙草は終わり(1箱吸わない日もたまにある)、後は使い捨て電子タバコで…身体が徐々に馴染んできたようだ。

「身体の様子を見ながら、無理をしないでchallengeしてみよう!」と、はじめから決めていたので。
本来ならばNo31を使いきった段階で終了orタール1mg、ニコチン0.1mgの煙草に切り替えた時点で、パイプの二度使用(更にニコチンをカットしていく)のスタートになる訳だが(煙草sizeが変わってしまった&離煙より咳&痰の再発防止を優先に、切り替えパイプを購入するか?しないかは?身体の状態を見ながら決めていきたいと思う)


離煙を始めようとしたキッカケ。

煙草を無理に、やめよう!とはしていなく、(ストレス溜めながらやろうとは思っていない)challengeしてみようと思ったキッカケが3つあり、その中の1つ。

欲しい・必要・買いたい 商品があり、煙草代を削ろう!と、離煙パイプを始めたと同時に煙草代の節約で500円玉貯金をはじめた…コツコツですけど(汗)

中々、貯まらないですけどね(^-^)(^-^;

まぁ、途中経過として…、ゲット出来るまでは取り敢えず、続けたいな…と思って。


道のりは…長いな。。


でも、良いのです…


目に見える成果を日々楽しみながらchallengeしているので、苦にならないかな☆













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徒然日記 「成人式」

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昨日は、成人式でしたね(^-^)

かれこれ…私は、20数年前の事でしたでしょうか?

同級生がSNSで、振袖姿の娘さんと一緒に写っている画像をアップしていたのですが…

「誰かさんの若い時に…似てる、親子だね~♪」と、感想を伝えたが、

それと同時に、当たり前の事なのだけど…私達も歳をとっているのだな~、と染々…感じた訳でして。。


ニュースを見てると…いやぁ~、ファッション凝っていますね~、、レインボーな髪型されている方や里見八剣伝?みたいな…衣装etc.凄いね。。
良さが全くわからないのだけど…、だから否定も肯定もしません、好みの問題なので(^-^ゞBut、もし娘がいたとして、「やめといた方が良いと思うよ~、良く考えて決めなさい(シンプルな振袖にしといた方が良いんじゃないの~)」と、一言位はいうかも?
一応、20歳の記念やし(まだ、世の中の綺麗、汚い部分も其ほど多く染まってない訳じゃん?人生の門出だしさ)
私の中では、シンプルって難しい着こなしじゃない?っと、感じたりする訳で、着こなせたらカッコいいだろうし、素敵じゃない?と、どうせならセンスを表現出来るような娘であって欲しいし…敢えて、「成人式」に↑話題のようなド派手な和装、衣装におんぶされてしまうような、ファッションに挑戦しなくても良いんじゃないかな?って。。例えるなら?12歳の女の子が全身CHANELに身を包み…衣装の方が勝り、本人の方が負けちゃっている感じ、
逆に面白くもないし。

そもそも…振袖とは、未婚女性が着こなす和装。袖が長いほど格式が高くなるといわれており、若い時に着ないで、いつ着るの?
私のような未婚女性が、着ようと思えば着れるが…一般常識的な範囲で考えれば(現時点の年齢で)着る事は無いでしょうね。
よって、式典 成人式にて本人達はイケテる?と思っているかはわからないが、ド派手な和装や振袖ともとれぬような変型和装、一部の若者女性に人気のある?花魁ファッション、かっこよさや可愛らしさを通りこし…成人式の意味さえ理解していない(同窓会でもなければ、パリコレ擬でもない。ファッションパーティーと勘違いしている、単なる目立ちたがり屋さん。。個人のステージなら派手なファッション大いに結構☆←個性を表現する場)一般常識 TPOからかけ離れてしまった、痛すぎる…残念な人…と、世間の目には映る訳です。


私達の頃は振袖以外、紋付き袴(白黒)の方やはいからさんが通る?のようなファッション、後はシンプルにスーツというような感じの方は会場で見ましたが。

因みに私は、振袖(レンタル衣装)でした。この時期はここぞとばかり…衣装屋さんレンタル代が上がります、他 着る機会もそうそうないですし…、
家族会議の結果、最初で最後(記念という事で)衣装を選び、成人式に出席しました。

巷のニュースのような、式典で暴れたり、暴言を吐き式を中断した方は、誰もいなかったような気がしますね…。基本、20歳になったらお馬鹿な事は卒業しましょう?カッコいい大人目指しましょう?etc.的な方々が多かったのですかね…わかりませんが。

そういえば、振袖に私が選んだお色…当時、会場見渡す限り…余りいなかったです。。目立とう精神全くもってないのですが…、やむを得ず。今は人気のある、お色のようですけどね。


メインカラー…黒(ブラック)
ゴールドかシルバーのシンプルな柄模様が入っていて(^_^;)
任侠映画?に登場しそうな…和服のイメージ。


一般的多くの方が着ているような赤系やピンク緑系、黄系が着たかったのです、本当は。
歳相応の若々しいさがあり、可愛らしいじゃないですか?

隈無く…試着したんです、赤色やピンク、緑系、黄系…。

ですが、似合わない?衣装担当のお姉さんに「こんなに…↑似合わない方、初めてです」と。其に相槌している、母。

ジャブ程度に、ちょっとショックだった記憶があります(笑)が、否定しませんでした。

自身でも鏡で見ていて…余りにも似合わなさ過ぎて、半ば諦めて帰ろか…と、で…
最後に、残っていた…黒を試着。

すると担当者の方が、
「こんなに、黒が似合う方 そうそういないです」と。其に又、隣で相槌している母。

選択枠が沢山あるようで…実は、ほぼなかったと言いますか。。
よって、若々しさの欠片もない(笑)成人式の写真は…封印と相成りまして。

2年後に購入した訪問着は、淡いパープル色、ゴールドの帯(西陣織)でしたが、着る機会もそうそうなく、押入に入ったままです。


新成人の方々、何を誓ったのでしょうか。
此からの人生、責任が付いて回ります、悔いのないよう謳歌してくださいね♪



徒然日記 「爪痕」

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田舎に帰省すると、ある地域に足を運ぶ。

遠戚が、住んでいた…海岸付近の一帯。
(歴史を遡れば…寺院に納められている書物の記載や身内の話によると…ご先祖様が村長?町長?されていた地域です、ご先祖様が地域方々の豊かな暮らし、農業・水産等天災や海災遭わないように、安全や豊作etc.願いを込めご寄付された石碑が、付近の寺院にあり…この辺りのお墓の中ではかなり古いです)

原発から3◎km(30km圏外)東日本大震災、津波で流されてしまった一帯である。




2011年4月撮影



2011年 8月撮影




2016年 7月撮影






2017年1月撮影

今は、跡地 建物も建っていなければ、漸く…ここまで復興してきましたか…正直な感想です。
余り、テレビ マスコミ等で取り上げられなかった地域でもあり。
現在は、避難民と元から居る住人との経済格差問題が広がっている地域でもあります。

福島県出身…というだけで(因みに私は、いわき市出身)ですが、ある事を勘違いされる事があり「非常に迷惑しております」原発損害賠償金なるものは頂いておりませんし、↑上記の一帯も、30km圏外ですので該当しておりません、ですが津波という被害はかなり甚大でした。
(あっ…、皆様や国からの義援金、支援金 各種制度により、18才未満の方と当時、妊娠されていた方一人あたり40万円←自主避難をされた方は追加で20万円、以外の方は一人あたり8万円 頂いたそうです、ここを見ていたいわき市民(友人)から連絡がありまして、教えてくださいました、ありがとうございます。尚、漁業関連や見舞金等に関しましては個人差があるようです、キリがないので触れません、興味がある方は市のホームページ、役所へお問い合わせください)
敢えて付け加えますが、義援・支援金と原発損害賠償(東電)は、別ですので誤解のないように。


原発損害賠償金を頂いている方で、不服?不満?のインタビューや記事等を目にする度、感じる事があります。

少ないとか?多くしてとか?どんだけ…お金が欲しいの?

生きている、命が…あるの。

命じゃ、不服なんですか?

命より、お金なんですか?

津波…一瞬で、命が…失われました。

死人に、口なしです。


「働かなくてもお金が入るから帰りたくない」だから戻らない?(戻らなかった?)…仕事に復帰すれば就労不能損害補償がなくなる、働けば働いた分だけ補償が減らされる…汚染問題や利便性以外で、そう応えられている方…おられますね。公表されているアンケート調査結果です。

住居費、医療費、衣料費、消耗品、光熱費、消耗品、衣料費、学費、税金←無料。
1人あたり毎月10万円支給、他…第一次賠償1世帯300~600万、第二次賠償1世帯3000~6000万etc.(1世帯家族の人数に対しての算出になりますので、1億~というお話は事実です)
「原発」避難者の方々に支給されたであろう…ざっとこんな感じでしょうか。


30k圏内、原発事故で避難をされている方々が該当している話であり、津波被災者は、原発損害賠償金 頂いておりません。津波被災者は無関係です。


もともと福島に原発を誘致するにあたり、近隣自治体には国から莫大な補助金が投入され、雇用、福利厚生もかなり恵まれていたにも関わらず…
「原発城下町」が出来る程、地域の商店や飲食、様々な形で東電の恩恵を預かっていた。双葉町や大熊町、自治体の財政力指数が全国で1、2位を争った程、楢葉町と広野町にまたがる、Jビレッジ多目的スタジアムは建設費130億円etc.

いざ、事故が起きて…こういう騒ぎ。

40年以上に渡りの電源三法交付金、賠償しきれない分、今度は国民の負担ですか。

私の住んでいた所は、隣接していない地域でしたので、恩恵肖りませんでしたが、↑こういう話は、以前飲食店を営んでおりましたので、昔からお客様方々、各方面の方々から聞いてはおりました。

簡単に、忘れてしまうのでしょうね…其れとも…忘れたふりをしているのでしょうか…、私にはわかりませんが。


30km圏内方々、東電、どっちもどっちなのでしょうけどね…。


経済援助も乏しく自力再建を目指すいわき市民にとって、避難民との格差問題…避難民方々が「元の生活に戻して欲しい」と願うのと同様に、除染が済んだ地域の方々は戻って欲しい…、いわき市民の方々が「元の生活に戻して欲しい」と願う気持ちは、同じなのでは?と感じたりもしますが。
避難民方々ばかりが、被害者意識を抱くのは…理解し難い所があります。

避難解除されたとて、戻れ…という国もどうかと思うが、原発被災者の支援が手厚すぎて自立を妨げている…という事にはなっていないのでしょうかね。。

因みに私は、現在都民です。田舎との二重生活は、精神肉体、経済的にキツかった、仕事の兼ね合いや時期が重なった事もあり、後に住民票を移動しました。震災時市からヨウ素、送られきました。



去年かな…神奈川県のいじめ問題がニュース等話題にあがりましたが、150万円以上でしたっけ?いじめ被害にあったとか?


私の素直な感想は「小学生が?何でそんなにお金持ってるの?」←???、不思議でした。

そして、「福島県民全員が原発損害賠償金頂いた訳ではありません、30km圏内の方々が該当し、30km圏外の方は該当しておりません、正しい認識を持って欲しいかな」それと、これって恐喝事件なのでは?と。

私がその子の立場であったなら、
「30km圏外の自主避難なので該当しません」賠償金を頂いていた家庭であったとしても「お金は、親が管理しているので自分は持っていません」と、伝えてた事でしょう。

悲しいかな?と感じた事は、何でもそうかも?知れないけれど…子を持つ親が自身の子供に正しい事を教え伝える事は(コミュニケーション)大切な事ではないのかな?と。
大人の都合で、都合の悪い部分だけ隠している所とかありませんか?例えば…30km圏内高額な損害賠償金頂いた方々、どういうお金なのか、月々幾ら頂き、何の為の賠償金なのか?放射能は人に伝染するか?しないのか?etc.きちんと子供に説明してますか?
悲しい位に…今、ネット情報社会なんです。親が隠していても、子供の方が知っていたりする時代なのです。情報がありふれどれが正しい?どれが間違っている?大人ですらわからない。よって、きちんと伝える事も出来ない。正しい事を親が子供に伝えてあげないと、曲がったら曲がったまま進んでいってしまう。


子供目線で、触れ合っていますか?という事。


私の家庭は、母子家庭でした。小さな頃は何の不自由なく、好きな習い事もさせて頂けてた、極庶民家庭でした。

小学生(中学年の)頃かな?事業倒産し…一家離散しました。例えるなら?ジェットコースターが急降下したような…生活の変わりよう。
けど、母が頑張って…兄妹引き取り育ててくれました。兄が私の父親代わりです。
朝から晩まで仕事し、女一人で子供を育て上げる…という事は、並大抵な事では出来ないと思う。
学校や外で何か嫌な事があったからとて…家の中では、何もない顔をしているのが常だった。
変な顔したものなら…それこそ、心配かけてしまう。。母に余計な心配一つ、増やす事になってしまう(子供なりの変な気遣いだろうか…)


でもね…母は、親 なんよ。

娘の顔色や声、仕草が、ちょっと変だな?感じた時は、

「何かあったの?」

「様子が変だな…怪しいな…何か?隠してるでしょう?」etc.

未だにだけど(笑)言ってきますが。


其が、親 なんじゃないのかな?と。


他人の事は、言えませんが…横道それそうになった多感時期、其なりあったにも関わらず…大きく外れなかったのには、理由があります。

其は、『親の背を見て 子は育つ』という事。

卑怯な真似事は、小さな頃から好きじゃないせいか…人をいじめた事がなければ、人にいじめられた事もない、人と群れなかったが、意思表示はハッキリしていた。

運命を運命として受け入れた時、(誰のせいでもない)心が楽に…後の人生が楽しくなってきた。

色々な事情で、家族はバラバラになってしまったが、私は両親や兄 尊敬してます、愛されてますし、愛してます。


今回の事件のような、もし?同じいじめ目にあっている子供がいるとしたなら、

お金や物をたかってきたり、そんな友達は友達ではない、友達と思っていないから、そういう事が出来るの(巷では、このような関係性を、利用する人、利用される人ともいうのでしょうか?)己の愚かさに気付きましょう。孤独になる事を恐れないで欲しいです、今は例え辛かったとしても、素敵な友達との出逢いがあるかも、知れないから…希望を捨てず、己を見失わないで欲しいです。








2017年が、皆様にとって素敵な一年でありますように。


本年も宜しくお願いいたします。



※母と私の共同作業、今年のお節料理はこの様な感じ(毎年、年末より仕込みを始めるのですが、ギリギリ帰省になってしまい、今回余り私は協力出来ず(汗(^_^;))
母が3分の2、私が3分の1の作業で作りました、美味しく頂きました☆


近所の神社に、初詣。





年越し蕎麦

毎年、12月31日は年越し蕎麦を食べるのですが、

作った後に…気付いた…。

青物が…ない。やっちゃった…。

母、私で冷蔵庫の野菜室を探したが…やっぱり見当たらない。

という事で…ミスマッチではあるが…ブロッコリーがあったので、ブロッコリーをトッピング♪
たまには、そんな時だってありますわ(笑)

ケセラセラ♪

母と私、お節料理を作るのに夢中になってしまい、年越し蕎麦の青物を、買い忘れたようです(笑)(^w^)



除夜の鐘

日本の伝統 文化や生きざままでも、否定する世の中とは…如何なものかと。

引き継きつがれているもの…好きとか?嫌い?(うるさい)とか…そういう問題じゃないような気がします。

伝統(でんとう、英: tradition)とは、信仰、風習、制度、思想、学問、芸術などの様々な分野において、古くからのしきたり・様式・傾向、血筋、などの有形無形の系統を受け伝えることをいう。


除夜の鐘には、意味があり。

そもそも…、一部の苦情をされた方々より「寺院」の方が先に…ある。

後に産まれた方々の一部の声だけで、伝統 文化を自粛する等々…やめる必要ないのでは?
って事は…お祭りも?うるさい!と、苦情が出たら自粛なのか?…きりがないよ。。
合理的な見解、今時代の流行り文化が全てではない…と、私は思う(>_<)


と、感じたこの頃であったりします。


私の実家は、神社から徒歩10分。
小さな氏神神社、除夜の鐘のかわりに、除夜の太鼓である。風習は、健在のようだ。

除夜の鐘や(太鼓)を聴きながら…
新年を迎えたのだな~と、四季を感じたりします。


happy new year♪まで数時間。

良いお年を‼





徒然日記「酒乱」

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高◎寺のとあるライブハウスで…店主がお酒を飲み、主催者(女性)を殴ったり蹴ったりし、イベント中止…になったとか?で、そんなニュースを偶々目にした。

どうやら被害者女性と加害者は示談による和解により解決されたらしいが、示談が成立した途端に加害者が被害者に対して嘘付き呼ばわりのツイートを投稿…で、その後又和解に落ち着いたようだ。


どうも、出演費が格安のライブハウスのようで。
何か理由があったから、イベントが中止になったと一般的には捉える訳で…

真相の程は、知らないが。。

仮に…オーナーがもし?酒乱だったら…と思うと…嫌悪感すら覚える。


「酒乱」という部分に着目して、過去に自身が経験した事を書かせて頂くが…

へなちょこではあったが…昔、格闘技経験者なのだが、

ボクシングを始めたキッカケ…

ストレス解消並びに、「酒乱の相手(お客さん)に遭遇した事」が…キッカケ。

お店を営んでいた時に、酒乱の客(同級生)が店内で暴れたのだが。

お店の女の子、泣いちゃて…、怖がっちゃって…「お店辞めます」次の日から来なくなった。


従業員に嫌な思いをさせてしまった…守ってあげられなかった…申し訳なさと、無念な気持ちが入り雑じり…自身が強くならなきゃ…、護身術を少しでも身に付ける為、それで格闘技を始めた。

顔見知り程度の同級生男性、素面の顔を何となく知っていたが…その時初めて、酒乱という者を見た。
いつも男性3人組で飲みにきていて…他の2人は1人の男性が酒乱という事も知っていたようで、その時…止めにも入ってはくれていたのだが。。
店内で暴れられるのだけは、わたし…本当に嫌で。
要は、私が摘まみ出した。

「私の店で好き勝手な事してんじゃね~!」

その男性を店外に出し、羽交い締めする事…30分位だったかな?

「帰れ」

「わかった…帰る」

と口にしたのでその場は、何とかなったが。
お連れ2人の両腕に抱えられながら帰っていった。

が…その後が大変…周辺に響き渡る怒鳴り声と共に他店の看板蹴るは殴るは…、
次の日、3人の中の1人から連絡がきて…酒乱さんは留置場?に入ってますと。どうも、最後は…タクシーに喧嘩をうったらしく、器物破損 逮捕されたと。

私は、わたしで…周辺ご迷惑かけたであろう?飲食店に次の日菓子折持参で頭下げてまわり。
お客がしでかした不始末といえ…うちの店に出入りし、その地で商いをしている以上ご近所に迷惑をかけた事には変わりない。


今思えば…懐かしい話だけど…20代前半の私にとっては…やり場のない思い…小さな店でもオーナー 責任者ゆえの孤独 痛感 した出来事だった。


其から、1ヶ月たった頃…例の男性が店に顔をだし…私の前ではお酒一滴も飲まず謝罪してきましたが「全然、覚えていない」との事…。
留置場に何故居るのか?わからなかったようだ。
会わす顔が無いので、二度と来店しません。と、「又、顔見せおいでよ」と言ったもののそれから来なかったね。
しょうがないので、その方の焼き鳥店に、こちらから顔を見がてら焼き鳥食べに行ったけど。
私の前では、酒飲まんと黙々焼き鳥焼いていたな。

自身の中では別に怒ってもないし、人体、生命における危害を加えた傷害等…幸いにして、それはなかったので…其があったのであれば又別な話。
その件において私は、必要以上の事は言わなかったが、他人が云々どうだの、こうだのetc.ではなく…、本人の意思により、何か気づきがあったのならそれでいんじゃないの…っと、その時感じた。
ただ、同じ間違いを繰り返したら…本当のお馬鹿だな…さよなら、って事←私の中の価値基準。
どんなに、素晴らしい人格者であろうが…「酒乱」1から築き上げたものを、一瞬にしてパーにしてしまう。


酒乱…って…そういう事…なんですね。。


そういった経験からか、その後の営業ではお客様の「目」に注意しながら、お酒を提供するようにしていた。
(いくらお客様が、お代わりといえぞ…目の変化(前兆)に気付いた時には…失礼のないよう配慮し、お引き取り頂いていた)
スタッフにも、そういった教育はしていました。
そのかいあってか…お店をたたむまでの10年間、スタッフの協力やお客様に支えられ、この事件を最初で最後に、暴力事のない…お客様が安心し来店頂けてたお店をつくる事が出来ました。



お酒を飲んでも、飲まれるな。


記憶がありません…許される事と…許されない事が…あるのだから。


話を戻すが、個々の考え方の違いだが、今回のような…仮に?店主酒乱ゆえの事件であったとしたならば、幾ら出演費が安くても残念だが、お店(ライブハウスに限った事ではないが)利用する事は、私の中では…ないな…と…感じた訳で。














11月12日 南相馬市Back Beatにて開催されました、白浜久×小山卓治 Last Fight in Fukushima!
企画、運営 ご尽力くださいました、Last Fight事務局より、ご報告メッセージを♪
(原町sessions、blogより文章引用させて頂きます)

白浜さん、小山さんの九州ツアーや前回の南相馬ライヴに続き、今回のライヴでも子ども達支援Tシャツを販売しました。
また、メンバー出品のバザー品販売、ご寄付も合わせまして、計72,000をLAST FIGHTから未来の福島こども基金
http://fukushimachildrensfund.org/20161215/2338
へ寄付させて頂きました。
ひとえにみなさんのお気持ちが寄り添いあった暖かみのある印です。持ち寄った想いが連なり、子供たちの笑顔の礎の一端を共に築くことができました。
ご来場の方々、始まりの白浜さん、当地の想いを紡いでくれた小山さん、協賛を頂きました代和産業様・庄司建設工業様、ご寄付を頂きましたパイオニア設計様、運営、準備、告知協力、送迎等裏方でご協力を頂いた方々に心より感謝申し上げます。
また熊本支援、両氏サイン入りエッグシェーカーの売上6千円は小山さんが寄付された熊本県健康福祉政策課 義援金担当係
http://www.pref.kumamoto.jp/kiji_15416.html
へ寄付させて頂きました。

やんごとなき理由で様々な状況下に人々が置かれたことを
”忘れない”姿勢はいつかどこかで必ず響き伝わるでしょう。
われわれもまたみなさんのお気持ちを”忘れません”

みなさん、どうもありがとうございました。
寒さ厳しき折、くれぐれもご自愛ください。

Last Fight事務局
原町sessions