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紫陽花
「あ・・・・・色が変わってる・・・・・」
青色の紫陽花が、うっすらと赤みを帯び、紫がかって見える。
箒を持ったまま紫陽花の傍まで歩み寄る。
小さな花をいくつも付けながらも、花の香りのしない紫陽花が、まるで自分のように思えた。
女でありながら・・・・・女らしい匂いのひとつもしない私のように・・・・・。いつまでそこに立っていただろうか?
足元に斑点模様が広がっている。
それが雨なのか涙なのか、それは考えないことにした。
「雨に打たれるのが趣味なの?」
目の前に大きな円が浮かぶ。
その向こう側から顔を出した沖田さんが、ゆっくりとした動きで私の方へと傘を傾けた。
全てを見透かす目。
私を蔑む目。
その目に囚われると、息をする事さえできなくなってしまいそうで怖い。
さっと視線を逸らすと、クスクスと楽しそうな笑い声をたてながら、
濡れた私の顔を、着物の袖で拭いはじめた。
「き、着物が濡れてしまいます!!」
慌てて両手で沖田さんの手を静止する。
カランと箒が地面に転がる音が響いた。
交わることを避け続けた視線が、近距離で重る。
澄んだ翡翠色の瞳が、私を静かに見つめていた。
怖い怖いと思っていたその瞳が、とても綺麗だと思った。
恐怖とは違う不思議な感覚に囚われたまま、沖田さんをじっと見つめていると
どこまでも深く澄んで見えた瞳の色に、さっと陰が差し、
ハッとした時には、いつものように意地悪い色を湛えた瞳へと変わってしまっていた。
「ねぇ、千鶴ちゃん。」
「は、はい・・・・」
優しく響く沖田さんの声。
どうして沖田さんの声は、声だけは・・・・いつも優しく感じるのだろう?
「紫陽花って、毒性があるんだって。」
「そ、そうなんですか。」
「今度土方さんに食べさせてみようか?」
「えぇ!?」
「そうしたらどこに行く事もないし、君が看病してあげれば、ずっとそばに居れるかもよ?」
「死んじゃったら意味ないけど。」
そう言って笑う沖田さんに、乾きかけた瞳がまた潤んできそうになる。
紫陽花を見下ろすように俯きながら、手を握り、歯を食いしばって涙を耐える。
沖田さんはそんな私に追い討ちをかけるように、冷たく低い声を放った。
「そうやって泣きそうなのを我慢してる顔を見てると苛々するんだよね。」
「え?」
「そんな顔を土方さんがさせているのかと思うと余計に苛々する。」
雨が落ちて、大きな葉が上下に揺れる。
暗がりの中で見る紫陽花は、どれもあの人の着物と同じ藍色に見えた。
「千鶴。最近元気ないみたいに見えっけど大丈夫か?」
「え?うん。大丈夫だよ平助君。」
「ならいいけどよ。」
平助君と永倉さんが買って来てくれた団子。
それは私が以前「美味しい」といった茶店の団子だった。
「たまたま前を通った」なんて言っていたけど、きっと私を元気付けようとして買ってきてくれたのだろう。
その優しさに胸が温かくなる。
「それにしても毎日毎日よく降るよな。」
「なんか着物が湿ったみてぇで気持ちわりぃんだよな。」
「新八っつぁん、ほとんど着物着てねーじゃん!」
「うっせー!!お前だってかわんねぇだろ!!」
やいやいと言い合う二人の騒がしさが、今の私には心地いい。
開け放った襖の向こうには、雨に濡れた紫陽花が覗き見える。
開花の終わりが近いのか、ますます赤く色づいた紫陽花。
色を変え、花を枯らした紫陽花は、ひっそりと庭に佇みながら、また次の季節を待つのだろう。
私も・・・この想いを1度枯らしてしまえば、次にまた・・・・花を咲かせることができるのだろうか・・・?
「そういや昨日も土方さん遅かったみてぇだな。」
突然飛び出た土方さんの名前に、湯飲みを落としそうになった。
動揺を隠すように平静を装ったが、湯飲みを持つ手が震えている。
だけど永倉さんも平助君もそんな私の様子には気づかず、話を続けた。
「俺達には門限がどーだとか偉そうに言うくせによ!自分はなんだってんだ!」
「けどさ、あんなにあからさまな匂いつけて帰ってくるって変じゃね?」
「なにがだよ?」
「だってあの土方さんだぜ?あんな匂い付けて屯所に戻ってくるなんておかしいだろ?」
「そう言われてみれば・・・・・そうか・・・・?」
「まるで誰かに『女と会ってた』って教えてるみたいだよね。」
「総司!!!」
突然現れた沖田さんに、平助君と原田さんが驚いた声を上げる。
私の心臓も嫌な音を立てて、不自然な鼓動を刻みだした。
「それどういう意味だよ?」
「どういうって・・・・そのままの意味じゃない?」
「誰かに教えるって誰にだよ?」
「それは・・・・・」
沖田さんの瞳が私の方を向く。
頭が真っ白になって、指先一つ動かせなくなる。
「もちろん、平助君や新八さんのような『持てない哀れな男に』・・・・・でしょ?」
「なんだとこらー!!」
沖田さんは襖に軽くもたれるようにして腕を組み、拗ねたような声を上げる平助君達をにこにこと見下ろしている。
もう私の方を見ていないはずなのに、這うような視線に身体を締め付けられているような感覚が纏わりつく。
冷めたお茶の苦味だけが、いつまでも口の中に残り続けていた。
長く続いた雨の終わりを告げるかのように、初夏の日差しが庭を照らす。
雨の跡も消えてしまった乾いた紫陽花に、柄杓で掬った水をかけた。
ぽたりぽたりと落ちる水滴が、陽の光で煌いて見える。
その眩しさが、今の私の目には痛かった。
土方さんは私の想いを知っていた。
直隠しにしていたつもりだったけど、そんなものは疾うに見破られていたようだ。
そんな事も知らず、私は・・・・・
遠回りに、自分へ向けられた私の想いを殺ごうとしていた土方さん。
それは土方さんなりの優しさだったのか?
それとも新撰組を守るための手段だったのか?
どちらにしても・・・・私がここに居ることが、私が土方さんに想いを寄せた事が、
迷惑だったことには違いない。
一人苦しみ、悲しみに打ち拉がれていると思っていたけれど、
そんな私の思いが、土方さんをも苦しめていたとは・・・・・。
なんて情けなく、なんて滑稽なことだろう。
この紫陽花の花のように・・・・・梅雨の終わりと共に、私の心も散ってしまえればいいのに・・・・・
『紫陽花って、毒性があるんだって。』
ふと沖田さんの言葉が頭を過ぎる。
毒のある花。
これを食べれば、死んでしまうのだろうか?
そうすれば・・・・この辛い心も、楽になるだろうか?
「死にたいなら僕が斬ってあげるよ。」
「沖田さん・・・・・・」
どうしてこの人は、苛々すると言いながら、私の前に現れるのだろう?
どうしてわざわざ、話しかけてくるのだろう?
そして私も・・・・・・
聞きたくないと思いながらも、心に踏み込んでくる沖田さんの言葉に、
どうしてこんなにも心乱されるのだろう?
沈黙が落ちる中、二人並んで紫陽花を見つめた。
こうして沖田さんと味さを見つめるのは、もう何度目になるだろうか?
紫陽花はあの人を思い浮かばせる。
それと同じくらいに、沖田さんを思い浮かばせた。
「紫陽花って色が変わるんだね。」
「そうですね。なので『移り気』や『浮気』などという花言葉があると山南さんが教えてくださいました。」
「へぇ。移り気に浮気・・・・・ねぇ。」
初夏とはいえ、吹きぬける風はまだまだ湿り気を含んでいて、
巻き上がった髪が頬にはり付いた。
その髪に手を伸ばすより早く、沖田さんの指が頬に触れる。
指に髪を絡ませるようにして、そっと私の耳にかけた。
「なら・・・千鶴ちゃんも、この紫陽花のように、色を変えちゃえば?」
「え?」
「土方さんなんてやめてさ。僕にしちゃいなよ。」
冷たく感じた沖田さんの指先が、一気に熱を持ったかのように熱くなる。
それが自分の顔が赤くなったせいだなどとは気づく余裕もない。
経験した事のない感情と感覚。
回らない思考の中で、鼓動の早さだけが妙にはっきりとわかった。
「クス。そうやって僕だけの為に赤く顔を染めてよ。」
「あ、あの・・・・・」
「そうしたら、いつだって君を苛めてあげるからさ。」
「お、お断りします!!」
冗談なのか、そうじゃないのかわからない沖田さんに、戸惑いと不安に心が揺れる。
きっとこれも意地悪なのだと思いながらも、
全て否定しきれないのはどうしてだろう?
「そう?残念だな。僕、千鶴ちゃんのこと好きなんだけどな・・・・。」
「・・・・・・それは・・・・・どういう好き・・・ですか?」
「どういう好きだと思う?」
「わからないから聞いてるんです。」
「じゃぁ考えてごらんよ。」
雨の上がった雲の隙間から覗くような、柔らかくて温かさを感じさせる微笑に、
鼓動がまた、速さを増した気がした。
沖田さんの言葉に心乱されるのも、冗談だと払拭できないのも、
私が『恋』というものを知ってしまったからかもしれない。
沖田さんの瞳が怖いと思うのも、声だけは優しく感じてしまうのも、
そこに沖田さんの素直な感情を感じていたからかもしれない。
私自身気づかぬ感覚の中で、沖田さんの気持ちを感じ取っていたということか・・・・・?
沖田さんの視線が紫陽花へと戻る。
私も同じように紫陽花を見る。
「どんなに色が変わっても、紫陽花は紫陽花。心変わりしたとしても、君は君。ほら、なにも悩むことはないよね?」
「お、大ありです!!」
「千鶴ちゃんは頭が固いな・・・」
「沖田さんが柔らかすぎるだけです!」
「クス。君の頬ほどじゃないけどね。」
「つ、突付かないでください!!」
時が巡り来年の今頃、紫陽花は何色の花を咲かせているのだろうか・・・・?
そして私は・・・・・・誰のための花を咲かせているのだろうか?
初夏の日差しが紫陽花を照らす。
沖田さんの瞳の色と同じ、翡翠色の葉が、きらきらと大きく揺れていた―――――
おわり
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え?終わり?
はい。終わりです(笑)
うぉー!!どうか石を投げないでください!!
なんですかね?
やっぱ私にはこういう時代物は無理って事でしょうか?ww
でもまぁ、私的には満足なんでよしって事で!!(エヘヘ)
期待して読んでくださった方、すみませんでした!!
最後までお読みいただきありがとうございました!!


