「ん?あっ、大丈夫。」
大野は自分の肩にブランケットを掛けて来た櫻井を、振り返って見上げた。
「俺は大丈夫だから、翔ちゃん着な。」
と、言っておいて、撫で肩にブランケットは無理かな?と思い、内心笑ってしまった。
「あー!今、撫で肩にブランケットは無理だなって、笑ったでしょ!」
「そ、そんなこと無いよ。」
「そんなことあるでしょ!わかってんだからね。
貴方の考えてることは、全てズバッとお見通しなんだからね。」
拗ねたように、わざと怒ってみせる櫻井に、大野は困ったように眉を下げた。
自分より一回り程大きな体格に、目鼻立ちの端正に整った彼は、どこに出ても人目を惹く素敵な紳士なのだが、惜しむらくは矢印と評される程の撫で肩の持ち主だと言うことだった。
その彼の肩にブランケットを掛けたところで、ずり落ちるのは目に見えている。
大野は櫻井のそんな姿を思い浮かべ、一人苦笑していた。
「クスクス、翔ちゃん、そろそろリハーサル始まるよ。早く着替えなよ。」
「貴方もでしょ。智君、貴方、リハーサル着Tシャツ一枚しか持って来ないでしょ。寒いと思ってブランケット持って来たんだから、肩に掛けてよ。」
「えー?こんなもん掛けて踊れ無いよ。」
「こんなもんって言うなよ。これ、貴方の為に買ったんだよ。」
櫻井は今、大野の肩に掛かっている茜色のブランケットを掌全体で擦りながら、
「触り心地良いでしょ?この生地。すっごい探したんだぁ。」
と得意気に話した。
まるでブランケットを自分で製作したように話す櫻井を、大野は幸せな気持ちで眺めていた。
櫻井と気持ちを通わせて既に10年経っていた。
初めての主演ドラマに個展、それに加えてコンサートにレギュラー番組と、多忙を極めた時期だった。
忙しさとプレッシャーに押し潰されそうになっていた大野に、手を指し延べたのが櫻井だった。
別に櫻井が仕事を代わったわけでも、手伝ったわけでも無いのだが、彼からずっと好きだったと告白された大野は、まるで全ての苦しみから解放された囚人のように心に光の射すのを感じた。
自分も櫻井のことが好きだった。
ずっとずっと、その気持ちを心の奥底に隠してきた。
一生、この気持ちを告白することは無いだろうと思っていた。
だが目の前の櫻井は、自分が深く仕舞いこんでいた恋心を、二人の前にさらけ出し、同性だとかアイドルだとか言う壁をいとも簡単に破り去り、真っ向から告白してくれたのだ。
正直、意外だった。櫻井という男は、既成概念や世論や体裁というものを人一倍気にする性格だと思っていたからだ。
裕福な家庭に育ち、有名大学を卒業した彼は、特に世間体を気にする筈だった。
その彼が、同性の自分に好きだと言ったのだ。
しかもその眼は真剣で、とても真面目に正直に自分のことを思ってくれているのが大野にもわかった。
その日から、大野は櫻井と恋人として付き合うこととなった。
「うん、気持ちいいけど。やっぱりリハーサル中は…」
要らないと言い掛けて止めた。
櫻井がわざわざ自分の為に用意してくれた物だ。
無下には断れなかった。
櫻井の優しい気持ちが嬉しかった。
「その色、智君に似合うと思ったんだぁ。良い色でしょ?」
「んふふ、そうだね。赤色だね。」
「茜色っていうんだって。お店の人が言ってた。」
「ふうん。茜色っていうんだ。なんか優しい色だね。夕焼け空みたい。」
「智君っぽく青色系にしようか迷ったんだけど、智君を暖かく包み込むのは俺でしょ?だったら赤系だなって、この色にしたんだ。どう?気に入ってくれた?」
「翔君、今、すっげぇキザなこと言った。」
「キザなもんか。智君を暖かく包み込むのは俺の役目。他の誰にも、メンバーにだって譲らないよ。」
「翔君、恥ずかしいから、止めて。」
櫻井の顔を真顔で見れない大野は、恥ずかしそうに俯いた。
俯いたが、その手でブランケットを抱き締めるように自らの両肩に手を置いた。
「あったかーい。翔ちゃんに包まれてるみたい。」
「でしょ!でしょ!気持ち良いでしょ?」
櫻井は嬉しそうに大野をブランケットごと優しく抱き締めた。
「こうしてれば、俺も暖かい。智君の温もりだぁ。」
「いや、俺じゃなくてブランケットの温もりな。」
「智君の温もりプラス、ブランケットの温もりだよ。はぁー良い匂い。智君の温もりプラス匂いだよぉー。最高じゃん。」
そう言って櫻井は大野の肩に顔を乗せ、大野の首元をクンクンとかいだ。
「やめぃ!くすぐったい!翔ちゃんは犬か!」
「ふぁーい犬でーす。俺は智君の番犬でーす。」
櫻井がふざけた調子で答えると、大野はふざけんな、とばかりに体を離そうと手を突っ張ったが、逆に櫻井の両腕に強い力で抱き寄せられた。
「しょ、翔…ちゃん?」
「俺が貴方を守るから。どんな敵からも貴方を守る番犬になる。貴方を攻撃する輩に噛み付き大きく吠えて、退治してみせるから。」
「敵って…そんなもん…。」
「世の中にはね、他人の悪口を思い付くのが楽しくてしようがない連中がいるんだよ。嘘でも何でも文字にしてSNSに流してしまえば、信じる輩はごまんといる。そういう奴等から、貴方を守るのが俺の役目だ。」
「じゃあ……本当に悪い奴等がおいらを襲ってきたら?」
「その時は早急に警察を呼びまーす。」
「何だよ!それ。肝心な時に守ってくれないじゃん。」
「智君、俺がケンカで他人に勝てると思います?
思いませんよね。むしろ腕っぷしは、貴方の方が強いですよね。逃げるが勝ちって知ってます?
知ってますよね?俺は逃げて勝つんです。逃げてなんぼなんです!」
「……この屁理屈野郎。」
「はあぁー?なんとおっしゃいました?お口が過ぎますよ、智君!」
「だって翔ちゃん、口ばっかじゃん。口から生まれて来たんじゃん?」
「バカをおっしゃい!どの世界に口から出てくる赤ん坊がいますか!だいたい貴方って人は…」
動き続ける櫻井の唇を、大野は黙って眺めていた。
間近で見る櫻井の顔は、自分が愛しているイケメンとは程遠かったが、相好を崩した彼の表情に愛しさと感謝の気持ちが溢れ、思わず櫻井の唇に自らの唇を重ねてしまった。
えっ?と一瞬驚いた顔を見せた櫻井だったが、すぐまた顔を綻ばせ、今度は自分から大野の唇に吸い付いた。
「んー、んー、んんん!!」
予想以上に濃厚なキスをしてきた櫻井に、大野が呻きながら抗議した。
櫻井によって、がっちり抱きすくめられた体は、どうにも離すことが出来ないので、大野は櫻井の背中を思いっきり叩いた。
バンバンバン!!
「痛ってぇ!兄やん、酷いじゃないですか!」
「酷いのはお前じゃあ!場所を考えろ!ここ、楽屋だぞ!誰か来たらどうするんだ!」
大野は、やっと離れた櫻井から逃げるように身をよじると、顔を真っ赤にして叫んだ。
すると櫻井が平然として答えた。
「え?最初から皆、いますけど?」
「えっ?ええぇー?!」
大野が驚いて周りを見渡すと、ソファーの影から相葉、二宮、松本が頭を出した。
「どうぞ続けて。」
「こっちのことは気にせずに。」
「大野さん、色っぽくて良いよ。」
「あー松潤、そういう眼で大ちゃん見てたんだぁ。翔ちゃんに怒られるよー!」
「え?私も、そういう眼で見てますけど?」
「ニノも?じゃあ俺もそういう眼で大ちゃん見ちゃおうっと♪」
「うっ、うるさーい!!お前ら全員出てけー!」
大野が吠えた。
「「「「ご、ごめんなさーい!!」」」」
相葉、二宮、松本、に続いて何故か櫻井も、脱兎の如く楽屋から飛び出して行ってしまった。
「何なんだよ、あいつらは。」
一人楽屋に残された大野が、呆れたように呟くと、扉の向こう側から四人の声がした。
「智君、お誕生日おめでとう!これからもずっと俺と一緒にいて下さい!」
「リーダー、お誕生日おめでとうございます!私と共に生きて下さい!」
「あっ、ニノずるいぞ!大ちゃん、おめでとう!俺も大ちゃん、大好きー!」
「大野さん、お誕生日おめでとう!プレゼントは僕だよ!」
「こらっ!松本!俺の智君に何を言うか!」
四人の楽しげな会話をもっと聞きたいと、大野は楽屋を後にする。
肩に茜色のブランケットを掛けて。