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ハリー・ホワイト(wikipedia)

人物

リトアニア系ユダヤ人移民の両親のもと、マサチューセッツ州ボストンで生まれた。高校を卒業後、職に就き、その後第一次世界大戦に従軍する。帰還後の1924年にコロンビア大学に入学し経済学を学ぶ。その後スタンフォード大学を経てハーバード大学とローレンス・カレッジで経済学の助手として勤務した後、ハーバード大学の大学院に入り、1935年に博士号を得ている。

ブレトン・ウッズ協定及び国際通貨基金 (IMF) の発足[1]にあたって、イギリスのケインズ案[2]とアメリカのホワイト案が英米両国の間で討議されたが、IMFはホワイト案に近いものとなった[4]。

戦後、共産主義者であると告発を受けた。非米活動委員会(House Un-American Activities Committee)出席後、ニューハンプシャー州の自分の農場にて心臓発作により死去。これはジギタリスの大量服用による心臓麻痺で、自殺だったと言われている。

「コミンテルンのスパイ」説

一部の論者は、ホワイトをコミンテルンのスパイであると主張している。それによれば、次のような「事実」があったという。

1941年、ルーズベルト大統領時代のアメリカ合衆国の財務次官補としてハル・ノートの草案作成に携わった。この頃、ソ連の工作員と接触し「スノウ作戦」という工作に関係したとされる。

また、ホワイトをコミンテルンのスパイであると主張する論者は、ベノナ文書で彼がソ連のスパイであったことが確認されたとも主張している。

引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%88

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日本を激怒させ、太平洋開戦を決断させたアメリカの最後通牒ハルノート。このハルノートの草案を作成したのが、このハリー・ホワイトという人物です。東京裁判で判事を務めたインドのラダ・ビノード・パル博士は「日米交渉の最後の段階に於けるハル長官の通牒の様な屈辱的な通牒を受け取ったら、モナコやルクセンブルグの様な小国だって、武器をとって立ち上がったあろう。」とこのハルノートを批判しています。

アメリカでは、共産主義者がスパイ活動をしていることが次々と発覚し、1948年以降国内の共産主義者に対して徹底した捜査を行いました。いわゆる「赤狩り」です。このハリー・ホワイトという人物は、共産主義者でスパイとの容疑を掛けられ、謎の自殺をしてしまいます。長らく真相は闇の中だったのですが、最近になって旧ソ連の崩壊により公開されたベノナ文書によりハリー・ホワイトがスパイだったことが明らかにされています。

現在のアメリカは、CIAという諜報機関を持っていますが、戦前はスパイに対して野放しだったようです。アメリカ軍内部やホワイトハウスにも共産主義者やスパイが多数おり、ニューディール政策で有名なルーズベルト大統領は、亡くなるまで2000万人の粛清を行ったスターリンを最も信頼できる男と信じ、開戦前から日本人を野蛮で狡賢い民族として一切信用しなかったようです。


日本側にも、近衛文麿首相の側近であった尾崎秀美が蒋介石と日中戦争の停戦交渉の見送りを工作していました。その後、尾崎はゾルゲ事件でコミンテルンのスパイであることが発覚して処刑されています。日中戦争の切っ掛けとなった盧溝橋事件も、コミンテルンと翻意だった中国共産党の工作であったことは、よく知られている事実です。


30年ほど前にKGBのスパイがアメリカに亡命し、日本のマスコミにソ連のスパイが多数いることが実名で明らかにされました。この事件はレフチェンコ事件といわれています。この文書によると日本の国会議員、外交官、日本の主要なマスコミの重職にある200もの人が、KGBのスパイのエージェントとして活動していることが明らかになっています。また、現在日本には2万人もの中国の工作員(スパイ)が常駐しているそうです。


現在の日本にはスパイを取り締まる法律はなく、スパイが野放しの状態です。政府がスパイを取り締まる法律を作ろうとすれば、「言論の自由が脅かされる、治安維持法の再来」とマスコミが騒ぐため、日本でスパイを取り締まる法律は実現していません。日本にいるスパイが日本を戦争に巻き込む工作をすれば、現在でも日本は戦争に巻き込まれる可能性があります。私たちはスパイの工作が、戦争という悲劇を起こした歴史を認識する必要があるでしょう。

参考ブログ記事
ミトロヒン文書とレフチェンコ事件
http://ameblo.jp/yukikaze99j/entry-10103164976.html
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