ブログをこちらに引越しました。

http://ikeda7.com/papa/blog/

もしよければ登録変更お願いいたします。変わらぬご愛顧よろしくどうぞ。

娘が小学校を卒業したら、シングルパパの記録はやめようと思っていたのですが、いろいろ思うところがあり、もうすこし続けたく思いまして、気分を変えて別なブログに引越しました。(写真のアップがしやすくなりました。)

アメブロさん、いままでタダで使わせていただいて大変お世話になりました。ありがとうございました。

今度はホスティング型ブログではなく、自分が借りているサーバー(Xrea)にデーターベース(MYSQL)をこしらえてそれと連結しまして、んで、Movable Type(ムーバブルタイプ)というインスロール型ブログに移行したいと思いますです。

インスロール型ブログはなにやらむずかしそうでありまして勉強しながらになりますが、コツコツ覚えていこうと思っております。

これからもどうぞよろしくお願いします。
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有希の卒業式だった。

自分の娘の制服姿もさることながら、いつも遊びにきてくれている友達の制服姿にも感動した。

式の間中気になっていたことは、小学校の入学式以来、約6年ぶりに着た自分の背広だった。
上着はともかく、ズボンのファスナーが上がらず5分以上かけてやっとズボンをはいた。
中年太りになってしまったこの6年の歳月はズボンのファスナーに重くのしかかるようだった。
歳月は罪で、ファスナーは罰だと思う。
式のあいだ中、前かがみになろうもんなら確実にファスナーは張り裂けてしまうだろう。
そのことが気になって神経が分散してしまい、卒業式の感傷や余韻に浸ることなどできなかった。

もひとつ気がかりだったのは、最近自分はよせばいいのにパーマをかけた。

一番大きいカラーで頭の天辺だけ軽くウエイブをかけてもらうつもりだったのだが、その床屋さん、ほとんどパンチパーマ専門の床屋さんだったみたいで、パンチカラーしか在庫がなく、でも軽くかけてもらえれば丁度よくなるのかと思いきや、結果かなりアフロ系の髪型になってしまい、んで 私はどちらかというと東南アジア系の目鼻立ちの持ち主なので、有希にはこう言われる、

「外に出る時は、はずかしいから絶対に帽子かぶってね! ね!」と言われる最近だった。

失敗した髪型に対して有希は

「ドンマイ!」

と、さらに落ち込むような激励をかけてくれていたのだが、しかし卒業式、卒業式は背広なので帽子はやはりかぶっていけない。

んで、整髪剤とドライヤーで髪をなるべく真っ直ぐになでつけ、固定スプレー(スーパーハード)で髪を固定し、んでもって式に出かけたのだが、有希に見つかったら、おそらく「なんで帽子かぶってこなかったんだよ!」と睨まれるのは必死だったため、有希に見つからないよう、ひやひやしていたというのが正直なところだった。

そんな卒業式だった。

この学校のセレモニーは卒業生が壇上で校長先生に卒業証書をもらうと、その証書を持って保護者席まで近づき、保護者は席から少し前にでて子を待ち、証書を子供に手渡されるという趣向になっている。

有希の番になった。

有希は校長センセから証書を受け取り段を降りてきた。
証書を手に有希がだんだん近づいてきる。
案の定だった。
遠くからこっちに近づいてくる有希はなんだか斜に構えたかんじで私を睨みつけている。

「なんで帽子をかぶってこなかったんだよ!」と、言いたいみたいだ。

お父さんが帽子をかぶってくるこないは、小学生の有希の乙女心にとって重大なテーマなのだろう。
人前だったし、例え人前でも有希は平気で自分の不満をぶつけてお父さんを困らせるタイプだし、この場合、自分はなんて言い訳しようか考えるのに実を言うと必死な気持ちでいたと思う。
そして娘に噛み付かれるのかなぁと思い、心によろいを着る準備をしていたのだが、卒業証書を手渡すべく自分の目の前に立ち止まり、それから有希は無言で証書を手渡してくれた。
渡しながらの有希はお父さんの目を最初っから避けるよう横を向き、照れくさそうにボソッと早口でつぶやいた。



「いままでありがとう」




「...........」

「ん?、、、、、、へ?」



雑音の中だったが自分にはそう聞こえた。


有希は90度きびすを返して歩いて行き、セレモニーの中に消えていった。

お父さんはあっけに取られ、有希の意外な一言に苦笑いするのが精一杯というところだった。

卒業証書とともに一通の手紙が入っていた。
学校のはからいなのだろう、
こう書いてあった、


「お父さんいままでありがとう。
こうやって学校に通えるのもお父さんのおかげです。
中学になったら、またたくさんお金がかかると思うけど、よろしくね!!」

そして、おじいちゃんやおばあちゃんに対してもお礼の言葉が書き込まれていた。

親バカになるだろうが、決して感傷に流されすに作文している点が良いと思うし、ホッとする思いである。

でもお父さんはこう思うのだ。
こんな時、親によってそれぞれ感慨が違うのだろうし、自分の場合は偏屈な物事の考え方かもしれないが、お父さんは君に感謝などしてもらいたくないと思っている。
なぜなら親が子供を育てるのは実は至極あたりまえのことだからだ。
犬だってカラスだってそんなことは生き物はみんなやってる。
お父さんは君のおじいちゃんやおばあちゃんに一生懸命育ててもらったから、だから君を一生懸命育てているに過ぎないのだと思う。
もし君が将来子供ができ親になったら、お父さんがしたことと同じことを自分の子供に対してすればいい。
子供を育てるってことは、そういうことなんだと思っている。
一生懸命子供を育てる親になって欲しいから、だからお父さんは君を一生懸命育てているんであります。
だから君は親の言うことに絶対的に服従する必要はないし、必要以上に感謝する必要もないと思っている。
ここの理屈をはっきりと頭に入れとかなかったら、親も子供も悲しい人生が待っているような気がしてしょうがない。
君はいつか自分の人生のことを優先させる時、その時は親をばっさり捨てる時がくるのだと思う。
いつかそんな場面に間違いなく遭遇することになるだろう。
親を捨てるくらいの強い気持ちを子供の心にこしらえてやることが親の仕事であり、それが親の本当の愛情なんだと そう自分は感じている。
独り立ちとは親を捨てられる程強い気持ちを獲得できた状態のことを言うのだと思う。

逆にどうだろう、親が子供に捨てられた時、人間の弱い神経構造では さびしいという感情にただただ支配されてしまうだけなのだろうが、その時、へっちゃらでいられる面の皮の厚さを子育てという経験の中で日ごろから親は訓練していかなければならないような気がするのである。
親を捨てることができる強い子供と捨てられてもへっちゃらな強い親と、愛情の度合いが強ければ強いほど、ハードルは高くなり、そのハードルを越える準備は並大抵でないのかもしれない。

愛情が親と子を強くし、愛情ほど親子を強く鍛えてくれるものはないのかもしれない。
子供に捨てられてもへっちゃらなはがねのような精神の持ち主にいつかなった時、その時から、その精神を武器に自分の人生をやり直してみても遅くないと思っている。


6年前の入学式から変わったことといえば、おばあちゃんが足が悪くなり杖をついて歩くようになったこと、おじいちゃんは耳が遠くなったこと、そしてお父さんのズボンのファスナーだ。

そいうやこの6年間、お父さんはサラリーマンになろうと思わなかったなぁ。

君が学校から帰ってくるとき、必ず家にいる親でいたかった。
そのため、自営の道を選んできた。
でも犠牲的な気持ちでそうしてきたわけではない。
放課後や休みの日、君とプールに行ったり、テニスをしたり、卓球をしたり、バトミントンをしたり、公園にいったり、一輪車をしたり、図書館に行ったり、買い物をしたり、メダカを取りに行ったり、正直に言うとお父さんは楽しくて楽しくてしょうがなかったのだ。
パチンコするより、麻雀するより、飲みに行くより、楽しかったのである。
君を育てるお父さんは実は楽しくてしょうがなかったのである。


おかげさまで沢山思い出をいただいた気がする。
お父さんは実は十分幸せだったような気がする。
こんな幸せが明日も続けばいいなぁと毎日毎日そんなことだけ思い今日に至っているような気がする。
もし君がいなかったら、のん兵衛でだらしないお父さんは、おそらくアル中かなんかになってしまって、肝臓病で今ごろとっくにくたばってしまっていただろう。

だから「いままでありがとう」はこっちのセリフなんだわ まじで、、


本日、写真好きなお父さんにもかかわらず、あまりシャッターを押さなかった。
ファインダーを通さず肉眼で卒業式を焼き付けておきたかった。

買いたての君の制服はダボッとしている。

ダボッとした制服を着ている君はもうすぐ中学生というより、やっぱりいまだ小学生でしかない。

そして背広を着る仕事とは無縁だったお父さんは、いまだにネクタイの締め方を知らない。
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あるシングルパパの記録


雪解けの季節になった。

つるはしでお父さんが家の前の氷割をしていると有希が自分もやってみたい とのことだったのでコツを教えた。
氷割のコツを教えて3日目くらいの今日、割るコツをつかんだみたいだ。
写真は大きな氷を割れて喜ぶ有希である。
釣り人が戦利品をゲットした時の記念写真みたいだ。
氷割りの楽しさみたいなものも理解したのかもしれない。
なんでこんなことに興味を持ったのか?
お母さんが朝早くから仕事に行くので、弟2人のご飯支度までして通学する同級生の友達がいる。
その子が家の氷割りをしているという話しを聞きそれに有希は触発されたらしい。
有希が通う小学校はとにかくたくましい子が多い。というか、
とにかくいろんなタイプの子供さんが多い、さびだらけの自転車に誇り高く乗ってる子、親が仕事でいそがしいためいつも一人なのだが、一人の時間はなぜか積極的に勉強をする子、お化粧してくる子、カッターで自分のからだを傷つける子、ウソをつく子、物を盗む子、オカルトに凝って呪いの練習をしている子、お昼ごはんが当たらない子、大人みたいに覚めてる子、最近親が離婚して一時おかしくなった子、家で鳥を放し飼いにして飼ってる子、陰惨悪口をネットに書き込む子、有希はこういう小学校で3年間もまれた。
この学校でもまれた事と つるはしで氷割りをしてコツをつかんで喜ぶ有希とは無関係でないような気がする。

ありがたい話しである。
親が特に意図しなくても子供が回りに触発されて勝手に物を覚えてくれる。

転校時,家が2つの小学校の間に位置しているのでどちらの小学校に入れるか悩んだのだが、一方は公務員宿舎が回りに多いため教育熱心な家庭の子が多い学校、その反対で、働いている保護者が多い学校、どちらに行くか、学校事情に詳しい知り合いのかめぞうさんにも相談したりして後者の学校に決めたのだが、この学校にきて本当によかったと思っている。

いわずもがな、氷を割って喜んでいる娘を見ていてそう思う。


有希にこの学校にきて3年間の中で、いちばんうれしかった事は何かを聞いてみた。
いろいろ友達が出来たみたいだが、その中で一番仲良くなった友達のRに言われた一言だったらしい。

こう言われたらしい。


「この学校に転校してきてくれて、ほんとに どうもありがとう」


この一言をいわれた事が、一番うれしい思い出になったそうだ。

お父さんにとってもこの一言は全身の力が抜けるくらいありがたい一言だった。

大人の都合で離婚し、大人の都合で転校し、そのとばっちりはいつも子供だったと思うのだが、まさか有希の友達の一言に免罪符をいただいたような気がするとは、いやはや子供達の神様のような不思議な力にひれ伏すのみである。
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昨日、入学説明会が中学校の体育館であった。

有希はもうすぐ中学生になる。

説明会が終わると、同じ体育館内で学校指定のジャージや上靴やハーフパンツをその場で注文するのだが、混雑した中でサイズを合わせなければいけないので、お父さんがしどろもどろして困っていると、知り合いのお母さんや顔見知りでないお母さんまでが助けてくれた。

「おねえちゃんは ジャージの下はMで上はSの方がいいよ」

女の方は服を子供の前に合わせ ちょっと見をしただけで分かるのだろう、さすが女性はすごい。

ここらへんがやはりお父さんの弱点なのでる。

「ハーフパンツはひざがかくれるくらいだから、 えーっと、これ!これね M Mだわ ね」

その後、いろいろと入学の際の疑問等が山積していたので、いい機会だと思って、お母さん方に矢のように質問した。


小学校で使っていたリコーダーは中学で使えるのかどうか?
ジャージは洗濯するため2セット買った方がいいのかどうか、
2セット買うとしたら何と何か?
制服はどこでどうやって何に気をつけて買ったいいのか?などである。

お母さん方 どうもありがとうございました。大変助かりました。

お父さん家庭というのはこういった際の情報量が圧倒的に少ないので痛い。
その気になって調べようと思ったら調べられるのかもしれないが、一般の家庭のお母さんに慣れなれしく電話して聞くこともできないし、学校側は「なんでも聞いてください」というスタンスなのだと思うのだが、ちょっとしたことで苦情を学校に電話をして、先生を困らせている事が話題になっている昨今、なかなか細かいことでいちいち質問することができないというのが実情なのである。

疑問の質問の矛先はもっぱら、家に遊びにきてくれる娘の友人が唯一の情報元となる。
友人にいろいろ聞くのだが、うまいこと分かることもあるし、金銭的な事柄はあたりまえだが とんと分からなかったりし、そのたのみの友人が分からなかったらアウトなわけで、お父さんの疑問はそのまま封印せざるをえなくなり、鬱屈したままになる。

保育園から小学校に上がるときはもっとひどかった。
小学校に入る直前に分かったのだが、有希が通う小学校にはなんと学童保育がなかった。
また学童保育のある別な小学校に学区外入学できる仕組みになっていることを知ったのも入学の直前だった。

が、時すでに遅しだった。

保育園時代にそこらへんの詳しい情報を手に出来ていたら、小学校の生活は親子ともども全然違ったものになっていただろう。


その日の夕方、コープ札幌 春光店 2階の衣料品コーナーに中学校の制服を買いに行った。

最初お父さんが制服のサイズを見立てていたのだが、少し不安になり、店員さんに、

「あのぉ 制服を買いたいんですけど、なんにも分からないもんで、

んで 何を買ったらいいかを教えていただけないでしょうか?

できれば意見していただければありがたいんですけど」

店員さんは快く、「わかりました」と返事してくれた。

途中もう一人の店員さんも加わってくれて、喧々諤々と親身になって見立ててくれた。

「上着もジャンパースカートも160サイズでいいと思います。

今ちょっとダボっと大きい感じがしますけど、今の時期の子供さんはすぐ手足が長くなって、

すぐ丁度よくなると思いますので、このサイズがいいと思います。

皆さん制服は大抵一回り大きなサイズを買われるんですよ(笑)、

入学式なんかは皆ダボっとしたサイズを着てますので、心配ないですよ」

お父さんの見立てとは違っていた。

違っていたので、相談して正解だった。そう思った。


有希はもうすぐ中学生になる。

なんだかいろんな人のご好意に支えられてというか、好意というご迷惑に甘んじてここまできたような気がする。

店員さんが親身になって制服を見立ててくれている間、ずっと仮衣装の制服に包まれた娘の姿を見ていた。
人の暖かい好意の相乗効果も手伝って不覚にも目ん玉に涙が湧いてきた。
目ん玉の周りに表面張力が生じるのが分かり、ひとたび瞬きをしようものならボタボタと決壊しそうだったので、表面張力をなんとかがんばって堅持するために目を見開いたままにした。

有希にしてみればどうだったのだろう。

見立てをしてくれている店員さんの向こうで、大男が歌舞伎役者のように目をかっと見開いたまま仁王立ちしている。
そんな自分の父親の姿を見てどう思っただろう。

そんな目の前の風景に対し、娘はおそらく意味の分からなさしか感じなかったに違いない。

というか お父さんとしてはその方がラッキーだったような気がする。
あるシングルパパの記録

冬休みも手伝って、有希は4つ映画を見ました。
「ウォールイー」 「誰も守ってくれない」と「きつねと私の12ヶ月」 「赤い糸」
「きつねと私の12ヶ月」はお客さんが最初は我々2人だけだった。
貸切か?と思われたのですが、始まるとすぐ一人の若い女性が入ってきて、どこに座るのかと思いきや、我々親子の真後ろに座りました。

さびしかったのでしょう、でも気持ちが分かりました。(笑)

主人公の女の子と野生のキツネの一年間の交流を追った物語とで、登場人物がほとんどキツネと主人公だけで相手が動物なだけにセリフはほとんどなしという、そして全然お金がかかっていないことは小学生にも分かるみたいです。
何十億も制作費を使う他の映画をあざ笑うかのようでした。
キツネと主人公だけで2時間もどうやって引っ張るのかなぁと思っていたのですが、なかなかどうして全編通して眠たくなることもなく、作者の言わんとしてるところはおいらでも理解ができ、変な甘ったるいロマンを伝えようとしていないところが、ありがたく思われ、お客さんが3人というのが残念でしかたなかった気がします。

「禅」という映画をお父さんとしては一番見たくて、有希を説得したのですがダメでした。あたりまえか?
レンタルになってくれるのを待ちます。

今年の冬休みは4月にクロスバイクやら中学生になるのでお金がいろいろかかるからという理由で、

「冬休みは図書館しか連れて行けないぞ!」と言ってあったので、有希は暇な時は、

「ねぇ図書館 行こ」と言ってくることが多かった。

本読みしてる途中で疲れて、お父さんが「もう帰るか?」と聞くと、
「いや まだいる」と有希が言うので、2人で閉館のアナウンスまで本読みをした日が多かった。
でも なんか そんなこんなは いい思い出になったような気がする。

有希はハリーポッターを最初から読み直してたり、「ウォーリアーズ」とかというどっちにしても、気唐というか舶来ものの本にはまり、お父さんは男は黙って「司馬遼太郎」に人生の中でもう一度はまったりました。
知らなかったのだが、司馬作品って「竜馬が行く」に代表されるように、歴史ものとかお侍ものばかりなのかと思っていたら、あの先生は宗教研究の本をざっくりと出していて、歴史物みたいに部数が伸びることもないからか、文庫にもならず、一般書店に並ぶこともなかったみたいで、エッセイの中とかではかなり自分の宗教観、親鸞や道元、日蓮、最澄、空海に対する私見を「えっ!」と思うほど、はっきりと述べていて、大乗仏教の経典もかなり研究したみたいで、それらの経典の説明や違い、仏教はインドで生まれたのに なんでインドで根付かなかったのかとか、そんな中でも「空海の風景」がとてもおもしろく、空海の生涯の記述なんだけど、小説家なのでとてもステキな言い回しでもって説明してくれるため、非常におもしろい読み物でありまして、こん冬、「司馬遼太郎」を見直してしまったのでした。
というか、侍ものはほとんど趣味で生活費をかせぐための手段でしかなかったんではないかと思うくらい、本当は、宗教研究と文化の変遷に異常に力が入っていた人であるということが、自分でも伺いしることができました。
あるシングルパパの記録

有希と有希の友達と3人、サンプレに行ってきました。
有希と友達はスキーレベルは同じくらいであります。
なので2人ともおもしろいみたいでした。
楽しかったためかリストは12回も乗ってしまいました。
(そのための出費は正直そうとう痛かったス、リフトってなんでんなに高いのぉぉお?)

2人ともボーゲンで降りてくることは簡単にできるのですが、いわゆるプルークボーゲンってやつ。
ハの字のままターンするやつ、

「もうボーゲンは完全に卒業してるね! 今度の目標ははパラレルだね!」とお父さんが言うと、

「パラレルって何?」

「パラレルは平行ってこと 要するにスキー板をハの字でなく揃えてターンするやつ」

「、、、」

二人に ちょっとだけ火をつけてしまったかもしれません。

その直後から二人ともパラレルを覚えたくてしょうがないって感じになりました。

「よし 今日はぜってー パラレルできるまで帰らないぞ!」と有希が言いました。

そのため いつもはバカにされがちなお父さんの説明に対し
めずらしく眼を光らせて聞いてくれます。

くれるのですが、なかなか どうしてスキーが言うことを聞いてくれません。
パラレルの前段のシュテムターンというのを(基本ハの字でターンする時だけ板を平行に揃える)、
なんとか教えたかったのですが、教え方も悪いのだと思うのですが、結局シュテムまでは無理でした。

子供達がもう一つめずらしくお父さんの言うことを聞いてくれた場面がありました。

山の中腹まで来た時、

「さあ 後はリフトのとこまで行くだけだから
ボーゲンでも直滑降でもなんでもいいから、あそこまで思いっきりスピード出してみな、
リフトの入り口まで一気に滑っていきな
自分の勇気ギリギリのところまでスピード出してみな
自分の勇気ギリギリのところまでなんとかなんとかがんばって 思いっきり
スピード出してみな

転んだって死なないから、
絶対死なないから

せいぜい足が折れるくらいだから
足が折れたって どうってことないから

勇気ギリギリ練習が そういう練習がさぁ
そういう練習がさぁ 一番うまくなるコツなんなんだわ!まじで ほんと まじで」

熱弁してしまいました。
指導員でもないのに思わず熱弁してしまいました。

最初は恐る恐るスピードを出してましたが数回やるうちにスピードに興味を覚えたらしく、
ほとんど直滑降でリフトの入り口まで一機に滑降するようになりました。
そのスピード感がたまらなく爽快であることも認識できたみたいです。


ま 一般に言われるのは、
ボーゲンからパラレルまでは3シーズンをまたがなければならないと言われておりますので、
あせらないで、何度も何度も連れてこようと思いますです。

3シーズンをまたぐ話は本人達にはしませんでした。

「気が付いたらパラレルが突然できるようになるんよ」

という おとうさんのある意味 間違った指導話しを信じて眼を輝かせているからです。

言えませんでした、なんだか残酷な話なので、、、、

二人とも近い将来、ボーゲンではなく、両足を揃えてスイスイ滑るイメージを
あの あこがれのイメージを想像してしまっているわけであります。

そうそう それそれ

目標達成への近道は なんだかんだ言って 願望達成欲なんだぜ
あるシングルパパの記録


今年の4月から有希は中学生になる。
雪が解けたら自転車を買ってやろうと思っていた。
今までは24インチのいわゆる子供用自転車でがまんしてもらっていたので、奮発してクロスバイクを買おうと思っていた。
タイヤが5気圧以上の高圧タイプのもので、高気圧タイプになればなるほどスピードが出る。(ちなみにママチャリは3気圧くらい、競技用自転車は8気圧くらい)
時速何キロくらい出るのか、自転車の時速計を自転車よりも先にオークションで買ってしまったほどだ。
(おそらく私の足で45キロhくらいだと思う)
お父さんも運動不足解消のため使いたいので、サドルの高さははすぐ変更できるタイプのものを選び、んで 問題はタイヤの大きさなのだが、直径700ミリ(競技用と同じ)のものをお父さんとしては欲しかったのだが、有希の体格のことも考慮して有希に合わせ「26インチ」サイズにしようかなと、、、
そんな計画をしていたのだが、

んで 去年の秋頃のある日、テレビのドラマで主人公が見慣れない自転車に乗って高い場所に ひょいと ジャンプして飛び移るところを見た。

めずらしく有希は目を輝かせた。

有希「お おと あの自転車 な なに?なんなの?」

父 「BMXっていう自転車だよ ま 曲芸用の自転車だな」

その後BMXについて根掘り葉掘り聞かれ、口で説明してもラチがあかないので、ユーチューブでトリックと呼ばれているBMXの技のパフォーマンスを見せた。

これが有希に火をつけてしまった。

クロスバイクではなくBMXを買って欲しいになってしまった。

実をいうとお父さんもBMXに興味を持っていた。
んで 二人で話し合った結果、BMXは有希がおこずかいをためて買い、クロスバイクはお父さんが買う、そして2台とも二人で共用する。 そんな条件で話がついた。

そしてこのお正月、親戚の人にもらったお年玉も手伝って有希の「めざせBMX」のこずかい貯金は目標金額に達したのだった。
上の写真 DOPPELGANGER(ドッペルギャンガー)18700円也。(送料無料、昨年価格ドットコムでBMXの売れ筋ランキングは 安いという理由だと思うが ダントツ一位、)
そのため有希は雪が解けるのをワクワク待っている。

2台も自転車を買うのは贅沢な感じなのですが、ま お父さんが異常なほど自転車好きでありますゆえ、よしとしようと思いますです。(趣味がこうじて自転車修理の仕事やってるくらいですし、、、)

去年は一輪車に親子ではまった。
練習で親子で一輪車で町内を一周するのが日課になってしまった。
そのため町内で有名な変わった親子との評判を得てしまった。(当然である)
一輪車は今年も精進しようと思っている。
今年は中級技のアイドリング、片足アイドリング、そして片足走行。
片足走行ができるようになれば、一輪車で習得する技術はほとんどクリアできたと同じだということらしい。

先日、熊田なんとかというアイドルがテレビで片足走行していた。(見直しました!。一瞬で尊敬であります)

んで ことしは親子でBMXにはまること間違いなしである。

近所の人はあきれるだろう。

一輪車で有名になった親子が今度は自転車の行をしている。

皆こう思うだろう、

「このお父さんは娘をサーカスに売ろうとしているのか?」

ま とにかくどこまでトリックを覚えられるか またまた親子で競争となります。


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あるシングルパパの記録

大晦日はちょっと贅沢にキンキ鍋をした。
昨年好評だったので、今年も、、、
我が家の毎年の大晦日の定番アイテムになってしまった。
刺身も他のご馳走も何もいらない。キンキ鍋だけでいい。
それがうちの家族の意見なのです。
これが我が家の年とりになってしまいました。
今年は時間があったので、昼に魚をさばき、キンキのあらを一度グリルで焼いてからダシをとりました。
その後ストーブの上にのせ4時間くらいあく取りをしまして、、、
その汁をベースにしてキンキ鍋をセッティング。
最後に味噌を少しとかし出し醤油で味をととのえ できあがり。
具材を入れ沸騰したころには、、

んで なにがおいしいかっていうと、

すんばらしいスープになるのであります。まじで、、
キンキ鍋のスープって最高においしいスープになるのであります。
このスープでラーメン屋さんをやったら、絶対 行列の出来る店になると思いますです ハイ。
ただし一杯2000円くらいの値段になってしまうと思いますが、、、

昨年もいろんなことがありましたが、楽しい一年でありました。
神様に誓った言葉はこの10年くらい実は毎年同じであります。

「今年も試練をお与え下さい。」

おかげで試練だらけですわ 笑

あ おそくなりました。
あけまして どうも、、、



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にしん漬けを仕込みました。
その他 茄子の粕漬け、きゅうり粕、セロリ粕、大根粕などを今年は作りました。
以前 店舗をやってた時は販売用で作ってましたが、全部自家用なので 今回漬けたのは少しづつです。
今年はえんぴつみたいなコリコリきゅうりが市場にあったのでそれで作りました。
5kで500円くらいだったかな、、

大成功でした。

5kのきゅうりをぺロッと食べてくれました。
お菓子代わり感覚で食べてくれました。

茄子の粕漬けは失敗でした。まあまあのものしか出来ませんでした。
失敗の原因は「くろべぇ」という品種で作ったからです、皮が硬かったです。
次回からくろべぇは避けます。
自分的には粕漬けの最高峰は茄子だと思ってます。
一番期待してたんですがねぇ 残念でしたぁぁあ。
やはり夏場の大きくてやわらかい内地茄子を塩漬けにして何度も塩漬けしなおしてもどした茄子でなければダメみたいです。
それと中国産はやはりおいしくないです。やめた方がいいです。

んで 私は自称 にしん漬け研究家であります。
なんで自称かと言うと、過去に2斗樽で5樽ほど、失敗して捨ててます。
せっかく仕込んだ漬物を樽ごと大量に捨てる程 悲しいことはありません。
そんな幾度の悲しみを超えたにしん漬けな訳です。
タイトルを付けるとすれば「涙のにしん漬け」になるでしょう。
いろいろ失敗して私が到達したにしん漬けのノウハウというかチェックポイントをここにしるします。

ん? 何? 別に聞きたくない?

まぁそんなこと言わずに、確かに今時、いらない知識なのでしょうが、もっと時が立つと必要になる日がくるかもしれませんので、、、

しばしお付き合いください。

にしん漬けのチェックポイントはいろいろあるのですが最大は大根の処理なのだと思います。
よく他(よそ)でいただくにしん漬けは残念ながら雑味が気になる場合が多いです。
大根の下漬けをしないからです。
一発で仕込むんでしまうからそうなるのです。
キャベツ漬けはきゃべつ漬けで別途作り、大根漬けは大根漬けで作り、そしてにしんと麹をあわせるというやり方がいいです。
(面倒くさいかもしれませんが)
そうですにしん漬けはちゃんと作ろうとすると、非常に面倒なのです。だからおいしいのですけど、、、

きゃべつの汁はおいしいのでそのまま樽に入れ、大根の汁はまずいので入れないようにすればあの雑味は無くなります。

今回の材料

大球キャベツ 6.5k
大根 5k
麹(大平原) 200gx4
みがきにしん 500g
生姜 適当
人参(色あいに)2本
輪きり唐辛子 少々

きゃべつを適当に切り、4斗袋に入れ総重量の3%の重さの塩を入れ、袋の先っちょの口を手で留めるようにすれば風船のようになるのでその状態の中できゃべつに塩をまぶす。
そして放置する。(最低でも三時間以上)(うちは一晩)
次の日、塩が馴染んでやわくなっているきゃべつを畳の上で袋の上から足でまんべんなく踏む。
一見不衛生に見えますが、直接踏む訳ではないので、、(人には踏んずけて作ったとはあまり言わないほうがいいかもしれません、笑)
でもこれをすることで、きゃべつの茎の繊維が程よく壊れ食べやすくなるのです。

大根は乱切りします。皮は剥いてもむかなくてもいいです。うちは剥きます。
1斗袋に入れ3%ではなく5%の塩を入れます。そして袋の中でまぜます。
そのまま放置すること うちは一晩。
次の日水がびちゃびちゃ出てます。この汁がまずいんです。
この汁を捨てます。さらに重い重石をして汁を3時間くらいしぼり出します。
その汁も捨てます。
ようするに徹底的に大根の汁は毛嫌いする訳なのであります。
反対にきゃべつの汁は徹底的にえこひいきする訳なのであります。
大根の塩の5%はしょっぱいように見えますが汁を捨てるため、結果3%になると考え下さい。

にしんは昔は米のとぎ汁に3日間うるかすのが相場でしたが、最近のにしんは急速乾燥タイプなので、3時間くらいとぎ汁でうるかせば十分です。うろこは完全に取りましょう。
食べるときうろこが残っていたら大変はずかしいことだとお考え下さい。

麹はビニールに入れ水を少し入れ、ぬくいところに置きます。
うちは湯たんぽに熱湯を入れ、半日その上に乗せ毛布をかぶせときます。
麹をかなり溶かせてから使います。
麹菌が活発になる温度は60度です。
麹菌ウオーマーが売られえているくらいですが、40度のイースト菌ウオーマーでもいいのかもしれません。
熱を一切加えないでやる方もいますが、発酵するのがかなり遅くなるため、熱を加えてから混ぜた方がいいと思います。
ちなみに安い特売で売ってる98円くらいの麹は使わない方がいいです。
ちゃんとうまく発酵しないのだと思います。

そしてそれぞれを混ぜて、重石をします。
うちであれば 上の材料であれば30kの重石をかります。
一晩で水が上がってしまうほどの重石をします。
水が3日かかって上がるようではおいしいものは出来ないとお考え下さい。(ここもチェックポイントです。)

次の日 水が完全に上がっているようであれば、10kの重石に変えます。(重さを変える)(ここもチェックポイントです。)

とうがらしを入れた方が、酸味がつきにくくなります。

いつ出来上がるのか?それは陽気によって違います。
早ければ7日くらいで、寒ければ12日くらいで出来るでしょうか?
ある日突然甘くなります。麹菌が十分発酵してきた証拠です。
その次の日くらいから食べるとよいと思います。
麹菌がちゃんと発酵さえすれば、麹菌はあらゆる雑菌に打ち勝ってしまうので、安心して召し上がってください。
発酵する前の味見は、動物性タンパク質(にしん)が混ざった食べ物でありますゆえ雑菌がまざっているものだと考えて 味見はほんの少しだけすることを心がけてください。
発酵さえしてしまえば、言葉は悪いですが防腐剤がたっぷり入った食べ物に匹敵するわけでありますゆえ安心して召し上がってください。

ポイントを整理します。

大根の汁は入れないように工夫する。(親の仇のように嫌う)
キャベツの汁はおいしいので入れる。(腹を痛めた子供のようにめんこがる)
キャベツは袋の上から足で踏む。
にしんの鱗はちゃんと取る。
一日で水が上がるくらいの重石を最初にのせる。
水が上がったら、石を軽くする。
麹は安い物を使わない。
麹は少し発酵させてから(溶かしてから)使う。
発酵するまでの味見は極力少なめに、、
重石をかるとききゃべつに塩がきいていないようなら少し塩をパラパラ足す。
しょっぱくならないように気をつける。

以上のことをクリアすればそんなに失敗せずおいしいのが出来るような気がします。
繰り返しますが とても面倒なやり方です。
でもここまでしなければあの雑味を卒業することはできません。

因みにできあがりはとても上品な味です。
上品なおとなし目の味になります。
もし食べる人の舌を「う う うまい!」と驚嘆させたければ、味の素を混ぜます。
今の人は人工グルタミンの味に慣れているので味の素を入れた方が確実に誉められます。
商売で使う方は入れた方が売上につながるような気がします。

でもなるべくせっかく手作りなものですんで、無添加をお勧めいたします。

上品でおとなし目の味が本来のにしん漬けの味だとご認識くださいませ。

有希のマラソン大会での成績は36人中8位だった。
去年は17位らしかったのでまぁよくがんばった方だろう。
セカンドウィンドはこなかったみたいだ。(笑)
っていうか誰に聞いても「そんなもんこなかった」って言っていたらしい。(あたりまえか)

話は変わるが去年つい冗談のつもりで出張自転車修理のサイトを作った。
こう見えて自転車好きでありまして、好きがこうじて昔若い頃、日本列島横断の旅をしたことがあります。
1年目は東京の下宿から旭川間(9日間)、2年目は鹿児島から東京の下宿まで(11日間)。
2年通してなので横断とは言わないかもしれませんが、、、、、
で 修理しながら、メンテしながら、鹿児島に行くのに列車ににらなきゃならず、自転車は持ち込みできないので、分解、組み立てなどをしながら、そんなことしてたので大抵の自転車修理は出来るようになったわけでありまして、ま 自転車修理自体そんなにむずかしいものでもないのですが、、、

んで サイトといってもトップページ1ページだけのものなのですが、こちら
去年は全く注文の電話はなかった。(一件もです、、、、涙)
んで 今年の春にもう一回ホームページ制作の勉強をしなおして、SEO対策をやったところ、なんと今年からポツラポツラだが、「ホームページ見たんですけど」という電話がかかってくるようになった。

(SEO対策とは検索エンジンサイト(具体的にはヤッフーとグーグル)に、検索で上位ページにヒットさせることができるかどうか、そのための対策をページの中にうまいこと盛り込むことを言う。)

実際、「旭○ 自○車修理」とかで検索するとうちのサイト(とはいっても何度も言いますがトップページだけの粗末なものだが)が上位トップの1番目か2番目でヒットするようになった。電話がかかってくるようになったのもそのころからであります。

たかが1ページ、されど1ページである。
SEO対策 恐るべしなのであります。

そんなに修理仕事がいそがしかったと言えば実はうそになるのですが、でもおかげで今年は酒代だけでもこれで稼げたように思います。(笑)
ママチャリのパンク修理だけの電話ばかりなのかと思っていたら、結構いろいろな注文がくる。チューブ交換、タイヤ交換、チェーン交換、ロード用サイクルのメンテやフレンチバルブチューブ(ロード用サイクル)のパンク修理、それにあわせて道具を揃えていったら、いつのまにか写真のように本格的な道具箱になっていった。(笑)、空気入れもゲージの付いたやつに変わってしまいました。
ロード用サイクルを持ってる人は大抵自分でメンテするので自転車屋さんに電話がかかってこないのが相場でしたが、ガソリンが高くなったせいか、また自転車自体安価になったせいもあって、通勤用でロード用サイクルやマウンテンバイク、その中間のクロスバイクみたいなもの(価格でいえば3万から6万円くらいのもの)を買って通勤する人が増え、でも専門で所有してるわけではないのでパンク修理すらできないという感じでありましょうか、ま やってるこっちもだんだんおもしろくなっていった感じであります。
本業がおろそかになっても困るので、ハローページなどに乗せて本格的にやるつもりは全くないのですが、楽しいのでこれからも続けていこうと思います。