『霊視』という概念

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今回はスピリチュアルなお話です。

「とりあえず『霊視』って何ですか?」
「なんか見えるんですか?」

なんだか得体の知れないモノとして認識されてる『霊視』。

『霊』が『視える』と書いて『霊視』とよびますが、実際は、「霊が見える」ということと、「霊を視る」ということとは微妙に違います。

霊が見えるというのは、そこらへんにウロウロしてるのやら雑多なモノなど、只、見えている状態(各々の方で見え方も違うし、彼らの言葉や念がおのずとわかってしまう方もおられるとおもいますが)で、霊を視るというのは、その対象を絞って彼らの言い分を聞いたり、映像としてとらえたりしていくこと(これも各々の方でアプローチの仕方が違うと思いますが)になります。

私の場合で言いますと、
『霊視』として、彼らの事を頭の中のスクリーンに、映像として色々と映し出していきます。感覚としては、記憶を脳裏に思い浮かべるようなイメージ、というのが近いかな?と思います。彼らの声も耳で聞くのではなく頭の中に響いてくる感じです。というより、わかる、という表現がしっくりきます。(これが、只、霊が見えてるだけの状態だと耳から入ってくる事が多いです)
全部まとめて情報が一気に押し寄せる感じの時もありますし、その方(対面している生きておられる方)の過去世が見える時もあります。
生霊なんかも見えたり感じたりする事もあります。
それらを細分化して分類し、情報として整理していきます。(これらのことはほぼ同時に脳内で処理されていきます。)

もちろん視たいモノだけみえるわけではないので、普段はA.Tフィールドを発動させてる訳なんですが。

なので、ひと言たった漢字二文字で『霊視』と言いましても、なかなか複雑な作業なのでございます。

決して誰しもに身近な『霊視』ではありませんが、誰しもが大多数の方が無意識に関わっているセカイのことであります。

信じる信じないはみなさま次第。

わたしはこの世界に肉体を持って生きている方々のために、『霊視』を役立てたいと思っておりますが、全てをそれで解決したいとは思いません。

以前も書かせていただいたのですが、くれぐれも、何でもかんでも、『霊』の所為になさいませんように。









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