SPECIAL POLICE UNIT 誠の旗の下に

  新選組・幕末史関連の記事と紀行文、すみやかに異文化を取り入れた新選組隊士たちにあやかって、ちょこっと国際交流を書いています。


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     北条VS豊臣

 沼田城をめぐって、北条・真田・徳川のそれぞれの名代が、戦さをする代わりにお互いの言い分を秀吉の前で表明するという劇中劇の様相でした。芸達者の俳優さんが、丁々発止でやり合うという三谷幸喜さんならではの劇で、なかなか見ごたえがありました。

 「沼田城をだまし取り、かすめ取り、勝ち取りました。」

とは、信繁の主張です。戦国時代ですねぇ。武士は例え、犬畜生と呼ばれても勝たねばならぬと言いますが、まさに弱肉強食の時代です。

 山本耕史さん扮する石田三成は、それぞれの主張を理知的に裁いていました。沼田城の領有が真田に傾きかけたものの、北条の巻き返しも鋭く、結局は三成が真田昌幸に頭を下げて、沼田領の大部分は北条へ、残りを真田へと分けることになりました。しかし、それが火種となり、北条攻めへと突入!

 伊達政宗が登場してきました。この東北の雄が秀吉傘下に入ったことで、北条の命運は決まりましたね。後はどう、小田原城の決着をつけるかです。伊達政宗は今回の大河では、ラストに信繁と深く関わってきますので、要注意です。

 信繁は秀吉の命を受けて、戦場を走り回っていました。まだまだ使いっ走りの兵士ですが、この経験が後年の武将への礎となるのでしょう。戦場にいる方が、この方はいきいきしています。



 逆に、実戦に臨んで三成はいらついています。なかなか机上で立てたプラン通りに実際は進まないものですが、頭のいい人はそれが我慢できないのでしょうね。三成さんは、ストレスがおなかにくるようです。

 

 NHKの小道具展

 全国巡回の小道具展が大阪NHK(谷町4丁目)の1階エントランスで開かれていました。出演者の皆様のサインが多数展示されていたのですが、それ以外は撮影OKとのことで、いくつかご紹介します。



信幸
 

 こちらは衣装です。何枚か用意されているとうかがったことがあります。信幸のものです。


信繁

 信繁の若いころです。


昌幸

 父、昌幸のものです。熊の毛皮付きです



3人

 パネルも展示されていました。


真田丸絵

 

 大坂冬の陣屏風に描かれている真田丸です。こちらは四角い形で描かれています。実情に近い絵だったんですね。


大坂城絵


 黒い大坂城です。豊臣期のものです。

 リアル信繁さんの肖像画です。


信繁絵

 
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    大パネル展示

 ついに側室となった茶々が懐妊しました。大喜びの秀吉ですが、この頃から、段々、常軌を逸してきましたね。聚楽第に天皇を迎え、官位も最高となり、この世の春を極めている秀吉です。

 信繁の方は、城の壁に書かれた落書きの犯人探しに躍起になっていました。何しろ、みつけないことには怒りが収まらない秀吉の命で、門番が皆殺しにされ、その次は市民が一人一人・・。たまったものではありません。

 石田三成、切腹覚悟で無茶をする秀吉をいさめていました。そして、さすがは長年つれそった北政所さんです。最後はきちっと、締めてくれました。

 

 北条攻めが始まりました。なかなか上洛しない北条氏政に業を煮やした秀吉は、沼田を要求する北条、徳川・真田の三者代表を京へ呼び出し、話し合いで解決するようにセッティングしました。清州会議の京都版ですね。ただ、この話し合いは決裂、いずれ、小田原攻めということになります。また、戦さです。

 上田の信幸の方は、今一つ、本多忠勝の娘、稲としっくりいっていません。秀吉に重用される信繁、徳川の重臣の娘を嫁にもらった信幸、この二人の運命が徐々に別の道を歩きだしました。

現在、中央線・谷町線の谷町4丁目駅が楽しいことになっています。「真田丸」の舞台が大坂にやってくることにちなんでか、谷町4丁目駅の改札外、①出口に向かう地下通路に「真田丸」の巨大なパネルが展示 されています。こういうことは、大阪ではいまだかってなかったことです。


真田丸パネル展示1


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谷町4丁目駅の⑨出口近くにはNHK大阪がありますので、そちらの受付で頼むと、「真田丸」の絵葉書がもらえます。グッズもありますので、ロゴの入ったファイルやキーホルダー、手ぬぐいなどが購入できます。



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 こちらは「大坂夏の陣図屏風」のレプリカです。原図は黒田長政が描かせたもので、黒色の大坂城を見ることができます。現存する中で、最もよくできた大坂城の絵だと言われています。


 四天王寺の石の鳥居の前の一団が真田軍です。鹿の角がついた兜をかぶっているのが信繁です。


夏の陣屏風1


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豊臣家の人々

 秀吉に呼ばれながら、重い腰を上げなかった父昌幸が、いよいよ長男信幸をともなって、大坂にやってきました。再会を喜ぶ信繁ですが、そこは秀吉、今度はなかなか父と兄に会ってはくれず、間に入って右往左往の信繁です。

 茶々の口添えもあって、何とか秀吉からは直接、所領安堵のお墨付きをもらいましたが、家康傘下の与力大名になるようにとのお達しで、真田家としては頭の痛い話です。ただ、こうやって大名たちを豊臣の傘下に収め、天下統一が進み、戦乱のない世になかになっていったのかと、興味深いものがありました。

 

 秀吉が茶々に側室になるようにと、くどいています。返答に迷う茶々はなぜか、信繁に相談。高貴な生まれながらも、茶々の過酷な生い立ちを聞き、小さくても愛情深い一家で育った信繁としては、同情するしかないですが、相談されてもねぇ。信繁は「殿下の側室になるのが幸せかどうかはわからないが、側室にならなければ、不幸になるでしょう。」と答えていました。

 茶々は側室になることを決意し、護衛役だった信繁をお役御免にしました。そして、「再び、再会して、同じ日に死ぬだろう。」と予言していました。再会は当然ありますが、同日に2人が亡くなることはありません。何日ずれるかは、本ドラマの最終回を楽しみにしていてください。それとも、三谷さんのことだから、同日にするつもりなんでしょうかねぇ。

 今回、茶々の母で信長の妹、お市の方の話題が出ていました。戦国第一の美女とたたえられたお市さんです。


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持明院1

 ここ高野山の小坂坊持明院は、お市の次女、お初の嫁いだ先、京極家の菩提寺でした。その縁からか、お市と浅井長政の絵姿が残されています。お寺の古文書には、京極高次(お初の夫)が当寺院を訪れたという記録があると、お寺の方にお聞きしました。



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 この絵はお市の没後10年を期して描かれたそうで、元は長女の茶々が持っていたものを冬の陣が終わった後、お初に渡したのではないかとお寺には伝わっているそうです。これは精巧な模造ですが、本品は重要文化財に指定されています。



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 こちらは長政の没後17年に描かれた絵姿です。お市と一緒に描かれたようです。


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 お庭には、牡丹やシャクナゲの花が咲いていて、とてもきれいでした。


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 今、南海電車はラッピングされていて、楽しいことになっています。


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