行く末

最近、未成年者の事件をよく見る。


よく見ると言っても、昔から未成年者が起こす事件は多くあるのだが、


車で児童や、女性らをひいた事件は少ない。

警察の事情聴取では運転手(18)は無免許、居眠りで児童らの列に突っ込んだと言う。他にも2人が乗っていたと言うが、運転手が眠りかけのときに助手席にいたら、注意を促すのが普通だろうと思うのは私だけだろうか。

だが、実際にブレーキのあとはないという話らしく、真実はわからない。

インタビューで女性が最近のズボンをずらしたような人だった、
立ち尽くしたまま、助けようとせずまるで他人事のようだったと発言した。


だが、18歳のメンタルは弱く、すぐに気持ちを切り替えることはできない。立ち尽くしてしまうのも自然だ。
だが、彼らは、動くべきだった。

その女性は、そういうくらいなのだ、もちろん率先して助けたのだろう。真実はわからないが。

子供の事件が多発。そんな言葉の裏を返すと、モラル、常識を教える大人たちの指導能力の低さや、
それを良しとする社会に原因がある。

良い国は子供を見ればわかる、次の若い種を育てるために私たちはしっかりと根を伸ばし幹を太くしなければならない。





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下ばかり見ていると壁にぶつかる、

上ばかり見ているとつまずいてしまう、

イヤになり立ち止まっても時間と不安を大きくするだけ、

私たちは前を向き自分の意志で歩かなくてはいけない。

それ以外、自分は納得しない。


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現実と理想とは常にかけ離れている。
私たちは努力というスキルを使い、理想に近づこうとしているます。

ところで、努力という言葉はとても使い勝手がいい。

なにせ、自分の尺度で決められるからです。

スポーツマンが言う、自分との戦いと類似していると私は感じています。

つまりは、少しやって辞めたり、
極端な例を挙げると、触っただけでも本人が良しとすれば努力になるということなのです。

ですが、実際そんな甘くはないのが現実です。
世にいる天才という方々は、
努力を苦に思わず、逆に楽しみながら取り組んでいる方が殆どです。

この時点で差が生れてしまいます。

つまり、今日の社会を創った方もまた、私たち同様に1からスタートしたのです。


できれば、成功したいものですね。


そんな私も、また努力をないがしろにしている1人です。

これから、私の目標は徐々に変化します。目標とはあくまで標であり、日々変化させ、考えなくてはいけないものです。


目標の上にあぐらはかいてはいけない。






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