先日、エリカにセラピーの名前に冠した「統べ手」の命名由来について聞かれました。
いくつもの意味が含まれており、簡潔に説明することに抵抗があるというか、うまく説明できる気がしなかったのですが、
私のつたない説明でもエリカがフィーリングでなのか、すんなり理解してくれたみたいなので、言葉足らずでも言葉にして発信することにしました。
わかりづらいかもしれませんが、ご容赦ください。
統べ手、は、すべて、と読みます。
「すべて」とは、梵のことであり、宇宙のことであり、あなたのことです。
森羅万象、全知全能なる神の具現として存在する世界そのもの。
すべては不可分なのです。
私のいうことは世間的には新発見でもなんでもないでしょうが、あちこちでよく言われていることなので、わかる人は言うまでもなくわかるでしょうが、私がそう思ってるよ、という意思表示として。
「手」は、よく、人を象徴する意味で使われますね。
歌い手、語り手、読み手、作り手、とか、たくさんあります。
歌う人が歌い手であるように、「統べ手」は、統べる人という意味でもあります。
統べる、とは、何を統べるのでしょうか。
すべてを統べます。
しかし、すべてを統べるのは、きっと人ではないでしょう
だから、セラピーの名前に「統べ手」と冠したのは、私自身が統べ手だという意味ではありません。
統べ手は人でなくてなんなのか…神と呼ぶ人もいるでしょうね。
私がセラピーで行いたいことのひとつは、あなたを統べ手と出会わせることでもあります。
そのために、まず、ひとりの人が、ひとつの生命体として統べられていくのが近道でしょう。
あなた自身が、あなた全体の統治者となることのお手伝いをします。
統治者になるには、意志の力で打ち勝つステップも必要ですが、それよりも大切なのは、あなた自身の本当をみつめることです。
あなたを構成している要素、身体、ハート、精神、意識、無意識、神経、呼吸、摂取し排泄するもの、循環するもの、プラーナ……なんて、こうやって内訳を書き出したり、ましてやそれらを体系づけて説明したがるのを私は軽率だと思います。
統べ手は統べる人、という意味もあるといいながら、統べ手は人ではないと、ややこしいことをいうのは、人を超えた存在に近づけるのは人だ思っている為です。
すぐれた統治者は必ずしもすぐれた管理者ではありません。
あなたは自己の統治者となるべきではありますが、自己の構成要素を厳格に管理する必要はありません。
暴君になってしまわないように、奴隷となってしまわないように、あなたをより本質的な存在に昇華していくだけです。
あなたは、自身の構成要素を分解して表層意識によって掌握しなくとも、そのままのあなたが既に本当のあなた全体そのものであるという認識に立ち返るだけで、充分です。
統べ手セラピーのメニューはこれから決めますが、オイルトリートメントなどのボディケアを提供していきます。
身体へのアプローチを通じて、非言語的なシグナルを送ります。
気の詰まりをほぐして、流れをスムーズにいたします。気血の循環がよくなりスッキリします。
また、統べ手セラピーという名称には、「すべてはいつだってあなたを癒やそうとしています」というメッセージも込められています。
つまり、「すべて=セラピー」という意味です。
あなたはまだ気付いていないかもしれませんが、すべてはあなたの味方なのです。
あなたがあなた自身の統べ手になることで、森羅万象を味方にすることができます。
それに、とっくの昔から、生きとし生けるものすべてや、大気も月も星も太陽も大地も風も空も雲も海も雨もなにもかも、あなたがあなた自身の健全な統べ手になれるよう働きかけてきてくれていたはずです。
あなたが自身の身体的感覚に立ち返り、より深い次元で自己の心身を澄んだ意識に繋ぐことで、世界のすべてと癒しあう間柄になれるでしょう。
ボディケアは、精神性にも繋がりますので、ぜひ、統べ手セラピーをご利用くださいませ。