チャリティーに関する一考察

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そろそろ「今年の24時間テレビのマラソンランナーは?」といった話題も聞かれる時期になりました。

同時に、24時間テレビと言えば、
出場者のギャラの件について、毎年いろいろ話題があがっているように思えます。

すなわち、

「ボランティアなんだから出演者はギャラをもらうべきではない」
「無償で出演してこそチャリティー番組」

といった内容です。

実際のところは、芸能人としてふさわしいだけのギャラは支払われているようですので、
それに対して、上記のような批判的な意見が発生しているということかと思います。

ただ、唯野は思うのです。

「ボランティア・チャリティーを行っている『主体』はいったい誰なのか?」

24時間テレビで言えば、それは日本テレビの制作側です。
もちろん、制作側はチャリティーを謳った番組制作を行う以上、
たとえば収益を極力寄付に充てる等といった「チャリティー意識」は、当然持つべきかと思います。

一方、出演者は、番組を運営する主催元から「仕事」を依頼されたうえで、
司会やトークやお芝居や歌といったプロとしてのパフォーマンスを披露します。
であれば、チャリティー番組であってもそうでなくても、
パフォーマンスに対してギャラが発生するのはむしろ当然のことかと思います。

これがたとえば主催元から

「これはチャリティー番組なのでギャラはノーギャラでお願いします」
「ただしパフォーマンスは普段通り(ギャラがあるときと同じくらいのものを)発揮してください」

というのは、出演者に失礼な話です。

逆に、

「これはチャリティー番組なのでギャラはノーギャラでお願いします」
「なのでパフォーマンスは多少手を抜いて気楽にしてもらってOKですよ」

というのも、視聴者に失礼な話です。

ボランティアの範疇にあるのはあくまで主催者であって、
(仕事として請け負っている側の)出演者にはボランティアの範疇にいる義務はありません。

もちろん、出演者自身が番組の趣旨に賛同して、
自らギャラを全て(あるいは一部でも)寄付するというのは
それは大変立派な行為かと思います。

しかしながら、ノーギャラで出演することやギャラを寄付することを、
さもそれが義務・当たり前のことかと言われれば、それは違うかと思います。

チャリティー番組であっても(むしろチャリティー番組であるがゆえに)、
番組の「質」は高いところを維持しておかなければなりません。

ゆえに質の高い芸を持つ出演者を揃えたうえで、それに見合ったギャラを支払う。
出演者はギャラに見合ったパフォーマンスを見せることで番組を盛り上げる役割を果たす。
その結果、主催者が得た収益を、募金に活用する。

これで良いのではないでしょうか。

むしろ「チャリティー」を錦の御旗にしてプロの出演者をタダ働きさせるとしたらその方が問題ですし、
逆に「チャリティー」だからと言って出演者から自らギャラを辞退するというのもプロ意識に欠けます。

ギャラを辞退するということは、「自分の芸にはお金を取れる価値がない」と言っているのと同じです。
そんな「お金を取れる価値のない」芸を披露するということは、
せっかく時間を作って観てくださっている視聴者(観覧者)にも失礼にあたります。

そういう意味からも、「チャリティー番組なのにギャラをいただくのはちょっと…」という出演者の場合は、
きっちり仕事をこなして、仕事の対価としてのギャラはいったんいただいたうえで、
自らの意志でギャラを寄付すれば良いかと思います。

…このように、チャリティー、ボランティアというのはいろいろ難しい側面もありますが、
そんな中でも30年以上も続き、毎年億単位の募金実績を上げている24時間テレビは凄いと思います。

(ただ、チャリティーの主体である番組側はあまり儲け過ぎないほうが良いですね)。

今年の24時間テレビ、いったい誰が走るのか、
そして、今年はどんな「サライ」が聴けるのか、楽しみでもあります。
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